◆ 2023年度 三田祭論文要旨
「出生率と経済発展 ~子育てを明示した効用関数から考える少子化対策 ~」
はじめに
現在、世界を見渡すと、出生率の低迷により人口減少に直面している国もあれば、出生率の高止まりにより人口増加に苦しんでいる国もあります。日本の出生率は、長期にわたって他の先進国よりもかなり低い水準にあり、2023年の合計特殊出生率は過去最低の1.26を記録しました。そのため、この少子化の進展は人々から注目を集めると同時に、これまでの対策に対する疑問も広がっています。そこで本論文では、まず、出生率の水準とその変化が経済にもたらす影響を明らかにするために、出生率が経済発展に与える影響の経路について分析を行いました。そして、出生率の変化が何によって影響を受けているのかを明らかにするために、出生率に影響を与える諸要因について、子育てを明示した効用関数などを用いながら分析を行い、その分析結果をもとに、出生率に関する政策の評価と日本の出生率を引き上げる政策の検討を行いました。
第1章 出生率と経済発展の関係の観察
本章では最初に、出生率およびそれを含む人口問題に対する問題意識について確認しました。人口問題は世界規模で注目されており、先進国と発展途上国の両方において重要な問題として捉えられていることがわかりました。日本においても人口問題は注目されており、多くの日本人が少子化に対する政府の対応が不十分であると感じていることが明らかとなりました。
次に、出生率がどのような経路を通じて経済発展に影響を与えているかについて注目し、出生率が生産活動における重要な要素である労働、技術進歩、資本ストックに影響を及ぼす経路について概観しました。
また、出生率の変化を説明する要因にも注目し、出生率は子育ての相対費用によって決まるというベッカー理論を基盤として、子育ての相対費用は教育、所得、女性の社会進出をはじめとしたさまざまな要因によって決定されている現状を概観しました。
これらの観察から、人口問題を考えるにあたっては、出生率と経済発展の複雑な構造を解明する必要があることが明らかとなりました。
第2章 出生率の変化が経済発展に与える影響
本章では最初に、出生率の変化が生産活動に影響を与えるメカニズムについて検討しました。その結果、出生率の変化が、生産関数における生産要素である、技術水準、資本ストック、労働投入量のそれぞれに影響を与え、GDPの成長に寄与していることが明らかになりました。
続いて、出生率が、これら3つ生産要素のそれぞれに影響を及ぼす具体的な経路について分析を行いました。まず、出生率が労働投入量に与える影響について分析を行いました。重回帰分析の結果、出生率は、総人口、生産年齢人口比率および、就業率に正の影響があることがわかりました。労働投入量はこれら総人口と生産年齢人口比率と就業率の積として求められるため、出生率の増加は複数の経路から労働投入量を増加させることが明らかとなりました。
さらに、出生率が技術進歩に与える影響に関する分析を行いました。重回帰分析の結果、出生率は人的資本の水準と社会のデジタル化に正の影響を与えており、人的資本の水準の向上とデジタル化の進展を通じて技術進歩が促進されることが明らかになりました。
そして、出生率が資本ストックの水準に与える影響について、先進国と発展途上国のそれぞれに分けて分析を行いました。先進国では、出生率の低下が将来の消費の減少をもたらすため、その消費を支えるため必要な資本ストックの水準が低下し、そのため現在の投資が減少することから、現在の資本ストックの増加幅の減少につながることが明らかとなりました。一方、発展途上国では、出生率の上昇が将来の所得を減少させ消費の減少をもたらすため、その消費を支えるため必要な資本ストックの水準が低下し、そのため現在の投資が減少することから、現在の資本ストックの増加幅の減少につながることが明らかとなりました。
最後に、人口の年齢構成の変化と経済発展の関係、および、人口の年齢構成と生産における生産要素の集約度の関係ついて分析を行いました。人口の年齢構成はGDP成長率、投資成長率、財政収支の面で経済に対して影響を及ぼし、若年人口比率が高いほど経済発展を促進させ、高齢人口比率が高いほど経済発展が抑制されることがわかりました。さらに、労働集約的産業が盛んな国が高齢化すると、経済発展に負の影響を与えることが明らかになりました。
第3章 出生率を変化させる要因
本章では、子育てを明示した効用関数を推定し、その推定結果を用いて、世界各国の出生率に関する要因分解分析を行いました。最初に、子育てを明示した効用関数の推定方法を検討した上で、現在の日本における効用関数の推定を行いました。その推定結果から、人々が合理的な行動をとるとすれば、日本の人々は子育て支出を減らしたいと考えており、現状よりも低い出生率を望んでいることが明らかとなりました。
そして、日本以外の国々の効用関数の推定にあたって、世界の国々について出生率の変化パターンを用いたクラスター分析を行い、国々のグループ分けを行いました。それによって、日本や韓国は出生率の回復に失敗したグループに分類され、北欧の国々やフランスは出生率の回復に成功したグループに分類されるなど、世界各国が特徴ごとにグループ化されることが明らかになりました。
続いて、日本以外の国々について、子育てを明示した効用関数の推定を行いました。まず、現在の日本と世界の国々(出生率回復国、アメリカ、中国)の効用関数の推定とそれらの推定結果の比較を行いました。その結果、日本は出生率回復国と同様の大きさの子育ての選好度係数を有しているにも関わらず、低い出生率が続いていることがわかりました。
次に、日本と出生率回復国のそれぞれの子育てを明示した効用関数を過去にまで遡って推定し、それぞれの効用関数の係数の変化の比較を行いました。それによって、日本と出生率回復国の出生率はともに子育てから得られる効用の変化に連動しており、出生率回復国の余暇時間の選好度係数は、日本とは逆に長期的傾向として減少傾向にあることがわかりました。
そして、日本、中国、アメリカの各国について、子育て支出に関する要因分解分析を行いました。まず、日本の子育て支出の時系列における変化に影響を与えた要因を5つに分類し、それぞれの寄与度を分析した結果、選好度要因のマイナスの影響と賃金率要因のプラスの減少が重要な要因であることが明らかとなりました。そして、日本と中国、日本とアメリカのそれぞれについて、子育て支出の差の要因分解分析を行いました。分析の結果、中国は子育て支出から得られる効用が日本より小さく、アメリカは子育て支出から得られる効用が日本より大きく、それらが出生率に反映されていることがわかりました。特に、アメリカは賃金上昇による出生率へのプラスの影響が大きく、それによって高い出生率が維持されていることが明らかとなりました。
要因分解分析に続いて、子育て支出の大きさの決定構造に関する分析を行いました。子育て支出の大きさに影響を及ぼす具体的指標を明らかにするために、内的・外的の様々な要因を考慮して子育て支出に対する影響を分析しました。分析の結果、通勤時間などがマイナス、保育所定員率などがプラスの影響を与えることがわかりました。これにより、政策によってこれらの指標を変化させたときの子育て支出の変化の算出が可能となりました。
第4章 出生率を変化させる政策に関する検討
本章では、先進国における少子化や発展途上国における人口増加に対する政策とそれらの政策の成果について検討し、諸外国で行われている政策を参考に、今年1月に発表された日本の「異次元の少子化対策」の効果についての分析、および出生率上昇に関する政策提言を行いました。
最初に、先行研究が示してきたことを整理した上で、本論文の第2章と第3章で行われた分析により明らかとなった関係式を整理し、因果序列図を作成しました。それにより、本論文は、様々な角度からの出生率と経済発展に関する分析によって、各分野が相互に影響し合う関係を捉えていることが特徴であることを明らかにすることができました。
続いて、世界各国が直面している人口問題に、各国がどのように対応してきたかについて検討しました。第3章で行ったクラスター分析によりグループ化されたグループごとに代表国をとりあげ、それらの国々の政策とその成果について検討しました。先進国については、メキシコ、日本、フランス、スウェーデンを、発展途上国については中国、ルワンダ、インド、ナイジェリアに注目しました。先進国では出生率の上昇を、発展途上国では出生率の低下を目指した政策が行われてきており、各国の出生率の推移は、それぞれの国々で行われてきた政策の影響を受けているものの、政策の効果が十分である国と不十分である国が存在することがことがわかりました。
そして、岸田内閣が提唱している「異次元の少子化対策」に関して、経済的支援、子育て環境の整備、労働環境の整備に関する政策の効果の検証を行いました。その結果、どの政策も、短期的にも長期的にも出生率は人口置換水準である2.07はおろか、「異次元の少子化対策」の政策目標である1.8には及ばないことが明らかになりました。
最後に、この「異次元の少子化対策」の検討結果を踏まえ、出生率を引き上げる様々な政策の効果を予測し、それらについて検討しました。その結果、給付などの経済的な支援ではなく、リモートワークの推進や週休3日制の導入などといった働き方改革により社会システムの変革を進めつつ、経済活動を維持させていかなければ、人口減少を食い止めるような出生率の回復は困難であることが明らかになりました。
以上の分析から、発展水準が等しい国々が同じような政策を行ったとしても一様には効果は得られず、日本においては金銭的支援ではなく、雇用環境の改善を通じた子育て環境の整備が重要であることがわかりました。