■ 2007年度 三田祭論文要旨

「社会保障から実現する経済発展  ―国民に安心をもたらす社会とは―」

第11・12期生

第1章 なぜ社会保障に注目したのか

 アダム・スミスやクラークによると、真の経済発展とは「より望ましい状態の実現」と定義される。これは生活必需品の取得だけでなく、不安のない生活の実現も達成された状態を持つことである。それでは日本ではこれが実現できているのだろうか。日本の経済構造は経済発展の進行とともにその重点を第三次産業へと移してきた。このため、生活における現金収入の重要性が増大した。しかしながら、近年、日本の家計では収入と貯蓄がともに減少傾向にある。またこれと同時に国民の間で将来への不安が増加している。つまり日本の現状では未だに真の経済発展が実現されているとは言えない。ここで将来の不安を引き起こしている原因として、日本の社会保障制度が本格的に整備された1960年代当時の出生率や経済成長を前提とした現行のシステムには、改革の必要があると私たちは考えた。このため、今回私たちは論文において社会保障に注目した。

第2章 効用の推計と日本の現状の評価

本章の目的は、格差と経済成長の選好における日本の現状を「効用」の観点から評価することである。本章で格差を扱うのは、社会保障の充実が格差の縮小に反映されるということが理由である。ただし、本章では格差の指標として「ジニ係数」を主に扱った。本章において、格差と経済成長の関係性を分析したところ、両者にトレードオフの関係があることがわかった。それを踏まえた上で、日本が現在選択している点において、経済成長と平等度の配分から得られている効用(満足度)を算出した。その結果、日本の効用の水準は高いものではなく、主要先進国の中では最も低いものであった。また、日本の経済成長と平等度の配分の特徴として、平等よりも経済成長を選好する傾向を見て取ることができた。

第3章 社会保障制度の変遷と機能

本章では社会保障制度が日本経済に及ぼす影響を、制度の成り立ちや制度の経済学的な機能の観点から把握した。まず、社会保障制度が第二次世界大戦後の成立当初からどのように変化したかを、日本の社会および経済の変化との関係を踏まえて考察した。その結果、社会福祉について、かつての最低基準の維持から生活の質の向上へと変化したが、国際水準でみるとやや遅れて変化してきたことがわかった。次に社会保障制度の範囲と本質について、社会保障と国が提供する他の公共サービスの代替関係を分析することで社会保障の範囲を捉えた。その結果、税制度や社会資本と代替関係にあることがわかった。そして、社会保障制度が持つ所得再配分機能とリスク分散機能のメカニズムとそれらの効果について分析した。その結果、現在の社会保障は両方の機能を有していることが分かった。

第4章 社会保障制度の目的部門別の特徴と今後の課題

 これまでの章では、社会保障の枠組みを1つの制度として分析を行ってきたが、本章では社会保障を目的別に分類し、医療、福祉、年金のそれぞれの部門の制度について個別に分析している。
 医療では医療保障制度の成り立ちを経済成長と医療費の関係から分析し、そして制度をOECD諸国と国際比較することによって、日本の制度のメリットとして他の先進国と同程度の負担で手厚い保障が受けられることを挙げ、デメリットとしてモラルハザードが発生しやすく非効率な制度になっていることを挙げた。
 福祉では介護保険制度を取りあげ、制度の設立意義とその発達の現状を確認し、現在抱えている問題について、保険者・被保険者・事業所の3方向から考え、それぞれの楽観的な見通しによる行き詰まり、保険外の負担の重さ、利用サービスの見込み違いによる収益減を問題点とする。
 最後に年金では、年金制度が直面している若者の年金離れを入口に制度を分析し、年金制度が抱えている問題について検討する。また、その問題を解決するために施行された2004年度改正について検討を行う。

第5章 日本の社会保障政策を改善する政策の検討

 本章では、まず第1章の国民の不安の原因である少子高齢化と経済の低成長を解決する方法を諸外国の実施例を用いて検討を行なった。その結果、諸外国の政策を日本へ適用しても、得られるメリットより財政赤字の増大の方が著しく、抜本的な解決策が取れないことが分かった。次に第2章で議論した日本人が平等よりも経済成長を選好する背景について議論した。その結果、日本人は高い地価と耐用年数の短さから消費支出に占める住居の負担が重いために、平等よりも経済成長によってもたらされる収入を求める傾向があることが分かった。以上の2点より、現在の日本では大幅な社会保障の改革は望めず、現行の制度を工夫することが最善であるとの結論に達した。