◆ 2016年度 三田祭論文要旨

「金利と経済発展-長期的な経済発展の視点から考える低金利政策-」

第20・21期生

はじめに

 2016年現在、安倍政権ではアベノミクスが進められており、大胆な金融政策、機動的な財政政策、そして民間投資を喚起する成長戦略という「三本の矢」が掲げられている。中でも大胆な金融政策では、マネーストックを拡大し物価上昇率を2%に押し上げると謳われ続けており、大きな注目が集まっている。また、2016年に入り量的緩和によるマイナス金利政策が導入され、9月には長短金利操作の導入が決定され話題となった。そこで私たちはでは、日本経済において金融政策が所得増加にどのように作用するのか、発展水準に基づく標準的な金利水準から離れると生産性などにどのような影響を与えるのか、そして低金利が所得分配にどのような影響を与えるのかについて分析した。それらの分析をもとに、近年の日本の財政・金融政策への評価を行い、そして長期的に最適な経済発展を達成するために必要な金融政策についての検討を行った。

第1章 金利と日本を取り巻く現状

 本章では日本経済、特に近年の低金利政策に注目し、日本経済の現状を過去と比較するとともに、金融政策の分析に用いる金利に関する整理と検討を行い、そのうえで日本と他の先進国の金利を取り巻く環境の比較を試みた。はじめに、低迷する日本経済を打開するためにアベノミクスの三本の矢の1つとして行われている超金利政策に注目した。その中で膨大な政府債務と低い人口増加率が財政政策と成長戦略の制約となっており、金融政策にのみ余地があるが、その効果には疑問が生じていることがわかった。また、現実の経済には様々な金利が存在し、どのような金利があり、どのような金利が経済分析で注目されているかについても考察し、10年物国債利回りが同時性・先行性・安定性・基準性の観点から用いられることが多いことがわかった。そして、国際比較での分析するにあたって、金利の推移や経済構造の特徴を示すデータを用いてクラスター分析を行った結果、OECD諸国が日本、フランス、ドイツ、アメリカがそれぞれ含まれる4つのグループに分けられることが分かった。

第2章 マクロ経済モデルを用いた金融政策の経済効果の分析

 本章ではマクロ経済学の基本的な分析方法を用い、金利とGDPや為替レートといった具体的な指標との関係を分析した。まず、日本の経済構造を基本的なマクロ経済モデルであるIS-LMモデルによって表した上で閉鎖経済下における金融政策の効果を分析し、日本は過去に比べ近年でのモデルの交点におけるIS曲線の傾きが急であるため、金融政策によってLM曲線がシフトしても所得の増加が小さいという特徴を持つことが分かった。また前章のクラスター分析で導いた各グループの代表国のIS-LM曲線を推定した結果、日本のIS-LM曲線の形状が国際的にみても特異的なものであり、日本における金融政策による経済効果が著しく少ないということもわかった。さらに、先ほど求めたIS-LMモデルを開放経済に拡張させたマンデル=フレミングモデルを用い、為替や貿易の変化を加味した上で金融政策の効果を分析した。その結果、近年の日本では海外生産比率が上昇し、過去に比べ円安による輸出増加の効果が小さくなっているため、金融政策の効果が小さくなっていることがわかり、またクラスター分析の各グループの代表国でも同様の分析を行ったところ、日本は各国と比べる開放経済下でも標準的な構造でなく、金融政策の効果は国際的にみても極めて小さいことが分かった。従って、日本の現在の経済構造では閉鎖経済と開放経済どちらのモデルの下でも、過去の経済構造に比べて金融政策が所得に与える効果が小さく、他国と比べても経済構造に違いから金融政策の効果は小さいと考えられる。

第3章 金利水準が生産性に与える影響

 一般的な投資関数においては金利が下がれば設備投資が促され技術水準が上昇すると考えられるが、その関係が実際に見られるかどうかの分析を行った。最初に経済発展の水準に見合う標準的金利水準の推計を行い、その標準的金利水準からの乖離として金利の水準を評価した。そして、金利水準と技術水準の関係を推定した結果、日本は金利水準が下がると技術水準が下がる関係にあることが明らかとなり、これは他の国々のパターンとは異なることが分かった。さらに、低金利の行き過ぎや長期化は企業の投資活動という側面から技術進歩率にどのような影響をもたらすのかを分析した。すると、日本は発展水準に基づく標準的金利水準から比較すると著しい低金利となっており、またそれが長期にわたっているため、日本における低金利は技術進歩を促すには望ましい水準ではないことが分かった。これを受け生産性が上昇しない状況において企業が行う利潤を獲得するための行動に着目し、この企業の行動が日本の家計に与える影響についての分析を行ったところ、生産性上昇に伴う賃金および雇用形態の変化は、地域の産業構造および年齢構成によって異なり、この差異が地域間の格差を生む可能性があることがわかった。従って、日本では過度な低金利が長期化しているため技術進歩を促すものではなく、生産性上昇に伴う賃金および雇用形態の変化は、地域の産業構造および年齢構成によって異なっているため、地域間格差を生む可能性があることがわかった。そして現状の低金利による技術進歩率の低下は地方部と都市部の格差を縮小させることにつながるが、この格差の縮小は両地域の雇用環境・賃金水準の悪化を伴うものであるため、好ましくないものであることがわかった。

第4章 金利と株価の関係とそれに伴う経済格差の分析

  本章では低金利政策が株式などのリスク資産の投資に与える影響について考察した。まず、リスクとリターンに関する選好を表す効用関数や効率フロンティアを用いて、安全資産とリスク資産の合理的なポートフォリオの決定について分析したところ、日本とアメリカの長期国債利回りと投資信託設定額の推移から、日本では低金利がリスク資産へのシフトをもたらしていないことがわかった。また、リスクとリターンに関する選好を表す効用関数の推定を行い、効用関数から描かれる無差別曲線と効率フロンティアから金利低下の影響を検討できることを説明した。次にリスクとリターンに関するCES型の効用関数と効率フロンティアを推定し、低金利政策がもたらす安全資産からリスク資産へのシフトを分析し、日本の効用関数はアメリカに比べて代替性が低く、株式投資の割合も低くリスク資産へのシフトが小さいため低金利政策の効果が小さいということがわかった。そして、所得格差と経済発展の関係を説明する理論を実証分析した上で、低金利が株価上昇を通じて所得格差に及ぼす影響についての国際比較を行ったところ、低金利による株価上昇の恩恵が富裕層に集中しているため格差が拡大することがわかった。また、日本は他国に比べて金利の低下に対して格差が拡大しやすい構造をもつことも明らかになった。

第5章 現在の超低金利政策に対する評価と最適な低金利政策に関する提言

 本章では最初に、①IS-LM分析、②生産性への影響、③格差への影響という3つの観点からアベノミクス下における財政・金融政策による効果に関する考察を行った。日本銀行は当該政策に対して、経済効果の方向性の正しさをもとに肯定的な自己評価を行っていたものの、本章での分析の結果その効果の大きさが充分であったとは言い難く、また、所得格差に対して大きな拡大圧力を有していたと評価できることがわかった。次に、技術進歩率を最大にする水準へ金利を引き上げることで、短期的には日本のGDPの成長率を鈍化させることになるが、長期的には現状の政策を維持した場合のGDP成長率よりも高い成長率を実現することが出来ることが確認できた。一方日本には、GDP増加により格差が拡大する経済構造が存在するため長期的には格差が増大する恐れもある。そこで所得増加による格差拡大を是正するために、所得の再配分を適切に行えるよう現在の税体系の見直しなども行う必要があると思われる。