◆ 2012年度 三田祭論文要旨

「雇用問題と経済発展」

第16・17期生

はじめに

 人類は皆、働いている、あるいは、働こうとしている。これは、働くことが個人の幸福度を高めることにつながるためである。しかしながら、近年の日本では、所得格差の拡大や高い貧困率、非正規雇用増加や若年層の就職難など、多くの雇用問題が発生しており、幸福の追求が困難になっている。これらの問題を少しでも改善することによって、働くことが人々の幸福度の向上に直結するよう経済・社会の構築を模索していくことが、日本ではもちろん、世界各国においても重要な課題になってくるのではないか、そして、間もなく社会に出ていく私たち学生にとっても極めて身近であり重要な課題ではないか、という問題意識から、2012年度の三田祭共同論文のテーマを「雇用問題と経済発展」に決定した。
 本論文では、最初に、雇用問題を経済発展という視点から整理を行った。そして、その雇用問題の特徴およびそれを発生させるメカニズムを明らかにするため、労働を供給する家計、および労働を需要する企業の2つの主体の行動に関する分析を行った。さらに政府がこれまで行ってきた様々な雇用対策の変遷と効果に関する分析を行った。そして、経済発展の概念を踏まえて、雇用政策をどのように改善すべきか、また新たにどのような政策を加えるべきかに関する政策提言を試みた。

第1章 深刻化する雇用問題

 本章では雇用問題が与える影響について、マクロ的な視点とミクロ的な視点から観察した後、幸福度を用いて雇用問題と経済発展との関連の観察を行った。
 マクロ的な視点からの観察によって、雇用問題は少子化、社会保障、景気等、様々な問題と関連しており、これら近年深刻化している雇用問題を解決することこそが更なる経済発展につながることが分かった。
 次にミクロ的な視点からの観察を行った。失業率、就職率、平均賃金等の指標の動向から、深刻化する近年の雇用問題の特徴を明確にした。また、当研究会で独自のアンケート調査を実施し、一般社会人の方々にとっても、現在関心の大きい問題は雇用問題であるということを見出すことができた。
 最後にOECDが発表している「よりよい暮らし指標」という幸福度指標を活用して、人間にとって幸福度に影響を及ぼす要因の中で何が重要であるかについての計量分析を行った。その結果、雇用に関連する項目が幸福度に大きな影響を与えることが分かった。また、検索エンジンを用いた分析によって、日本人は他国の人々と比べて、幸福に関連する項目として「雇用」に大きな関心を持っていることが明らかになった。

第2章 家計視点から見た雇用問題

 本章では、雇用問題を家計視点から分析・考察を行うにあたって、人々を働いている者と働いていない者とに分類を行った。働いている者については、所得、労働時間、雇用形態の各労働条件に注目することが重要であり、働いていない者については、完全失業率などの失業統計に表れない失業状態の人々の増加要因を分析することが重要であることがわかった。働いていない者の増加要因について、性質の異なる様々な失業状態ごとに分析を行った結果、働いていない者は社会的な要因と個人的な要因の両方から影響を受けていることが分かった。また、働いている者について分析を行った結果、非正規雇用の増加が所得および労働時間の減少に大きく寄与していることが分かった。さらに、各労働条件の変化について、労働者側がどれだけ主体的に選択しているのかについて分析を行った。その結果、労働者が主体的に労働条件を選択するのは困難な状態にあるが、個人の能力の向上が主体的選択の可能性を増加させることも分かった。

第3章 企業視点から見た雇用問題

 本章では、雇用問題を企業視点から、生産関数や産業連関表を用いて分析・考察を行った。生産関数を使った分析では、コブ=ダグラス型生産関数を利用して企業が需要する雇用の量と質の変化の要因に関する分析を行った。雇用の量に関する分析から、海外直接投資や労働節約的な技術進歩が労働需要を減少させていることが分かった。また雇用の質に関する分析から、経済発展の進展に伴い、非正規労働者に対する需要が増加するようになり、雇用形態に変化が生じることが分かった。一方、産業連関表を用いた分析では、各産業の生産活動に伴う雇用の創出に関して、各産業の持つ国際競争力を反映した輸出がもたらす雇用の創造効果と輸入が引き起こす雇用の流出効果を視覚的に同時に見ることができるスカイラインチャートを作成し、日本、アメリカ、ドイツの比較分析を行った。また、産業連関表を利用した雇用誘発効果の要因分解分析を行い、日本、アメリカ、ドイツの比較分析も行った。その結果、日本においては、電気機械産業や研究・開発サービスなどの5つの産業において、今後、雇用創出の可能性があることが見出された。

第4章 労働政策の現状

 本章では、雇用政策を、効率的政策・公平的政策・その両方にまたがる政策の3つに分類し、それぞれの政策の効果を分析することによって雇用政策における問題点を明らかにした。第1節では、日本においては、効率的政策よりも公平的政策の支出割合が小さいことと、効率的政策と公平的政策が景気変動を反映してトレード・オフの関係にあることを見出すことができた。しかし、長期で見ると、それらの政策の実施にもかかわらず、日本の失業率や長期失業割合の悪化が継続していることも明らかになった。第2節では、効率的政策である積極的労働市場政策の6項目に基づいたクラスター分析を用いて国際比較を行った結果、日本は低支出国クラスターに属していることが明らかになった。そして、低支出国クラスターにおいては、長期失業者に対して職業技能訓練が機能しており、日本も同様の傾向であることが分かった。また、求職意欲喪失者に対しても職業技能訓練が有効であることを見出すことができた。第3節では、失業給付や生活保護制度の影響に関する分析を行った。その分析に基づき、早急に失業給付や生活保護の受給条件を緩和するとともに、公平的政策である消極的労働市場政策によって失業者を保護するだけにとどまらず、発生している余剰金を積極的に労働市場に介入して失業者の社会復帰を支援することに回すなどして、生活水準を引き上げつつ、格差の固定化を防止する政策を行う必要があることを見出した。第4節では、最低賃金制度の影響に関する分析を行った。その結果、近年の日本の最低賃金は上昇傾向にあるが、未だに世界的な傾向から外れており、所得不平等が大きいことがわかった。それに基づいて、最低賃金上昇による需要拡大効果が大きいと考えられる地方圏の最低賃金の引き上げを通じて、失業者を社会復帰させ、ワーキングプアの改善を図るべきであることを見出した。

第5章 雇用問題改善への政策提言

 本章では、経済発展の進展に伴う世界各国の失業率および長期失業率の理論値の算出を行い、日本がその発展水準に見合う水準を達成するにはどのような政策を実施するべきかを検討した。
 最初に、将来の人口、GDP等の経済・社会の基盤となる指標の予測を行い、それらを用いて失業率および長期失業率の理論値の算出を行った。次に、産業連関表を用いた産業構造変化の分析から将来の産業構造を予測し、それを踏まえて今後発生する産業別の投資の分析を行った。そして最後に、2020年における失業率・長期失業率の目標値を達成するために必要な産業振興政策、および労働者の技能訓練政策に関する提言を行った。