■ 2011年度 三田祭論文要旨

「震災国日本における経済発展」

第15・16期生

はじめに

 2011年3月1日、未曽有の大災害である東日本大震災が発生した。この日を境に多くの物が変化し、社会も大きな影響を受けた。
日本は世界でも類を見ないほどの地震国であるということを認識した人は多かっただろう。しかしながら、災害に対する備えを日々、実施してきた人はあまりいなかったのではないであろうか。本論文では、震災前後で経済発展の定義自体が変化したのではないかという疑問に端を発し、東日本大震災前後の日本の分析を行っている。
 まず、東日本大震災が日本に与えた影響を明らかにした。直接的な被害のみならず、福島第一原子力発電所の事故を受けての震災後における人々の行動意識変化などの間接的な影響も見た。また、今回の大震災を通して、震災国日本としての経済発展を見直していく必要性があるのではないかという疑問が、分析を進める過程で生じた。震災前では豊かさを測る尺度として所得など金銭的なものが多く用いられて来たが、震災後も金銭的豊かさのみを追求するかどうかという視点から、人々の幸福度・産業・財政・人口・エネルギー・電力などの金銭以外の項目も含めた分析を行う。まず人々の幸福度の観点から、震災の前後の人々の価値観の変化を分析した。さらに、震災による人口流出が経済にどのような影響を与えるのかに関して短期的、長期的に分析した。
 次に、震災被害を受けた日本の現状分析を、企業・政府・家計の各主体について行う。被災地である東北地方において、第一次、第二次、第三次の各産業はどのような影響を受け、雇用にはどのような変化があったのかを分析した。また、災害時の政府による対応や、災害リスクを抱える日本において被災地の現状はどのようになっているのかという点についても注目した。
 最後に今回の震災において生じた原子力発電所事故の影響も分析した。これについては、今後の日本の電力構造の在り方も考慮しつつ分析を行う事とする。
 東日本大震災が与えた日本への実害を示し、現在の日本の復興を通して震災国として新たな経済発展の仕方を探ることが本論文の目的である。将来の日本を考える際に、将来の震災の可能性を抜きにして分析することはもはや不可能である。この論文が震災国日本の経済発展に対して、ひとりひとりが改めて考え直すきっかけになればありがたい。

 東日本大震災で被害を受けた方全員に、謹んでお見舞い申し上げます。私たち秋山研究会全員で、被災地の早期復興とその後の発展を心よりお祈り申し上げます。(秋山裕研究会一同)

第1章 東日本大震災が日本に与えた影響

 本章では、東日本大震災が与えた被害と影響を示した後、人々の価値観に東日本大震災が多大な影響を与えたことを、データを利用して述べる。さらに、経済発展と幸福度の関係を分析する。日本はOECDの定めた「より良い暮らし指標(Your Better Life Index)」において、安全度の指標が1位である。しかし、この安全度指標には災害による死亡に関する指標が考慮されていない。そこで災害による死亡を加味して再評価をした結果、日本は安全度の指標で20位になることが分かった。
 また、価値観の変化はアンケートからも見て取れる。「節約意識」「コミュニティ意識」「防災意識」「社会貢献意識」の4つについての震災前後の変化を実証分析した結果、統計学的に有意に変化していることがわかった。
 以上より、震災は人々の価値観に大きな影響を与えると同時に、それが変化したことから、震災の影響の分析は多角的な視点から行う必要があることが示された。

第2章 現状分析(経済活動に与えた影響)

 本章では、震災が経済活動に与えた影響を分析することでそれらの問題点を明らかにする。
 まず、東北の産業構造の特徴を探る。その結果、岩手県においては第一次産業、福島県においては第二次産業、宮城県においては第三次産業に特徴があることが分かった。それをもとに第一次・第二次・第三次産業それぞれについての現状を分析することで、震災が各産業に与えた影響と問題点を考える。第一次産業においては、東北が第一次産業に適した地域であること、震災により他産業への影響が大きかった事が示された。第二次産業においては、食品産業に特色があることを示した上で、今回の震災でサプライチェーンが崩壊したことで全国のみならず世界にまで影響が及んだことを明らかにした。第三次産業では、震災後に産業全般では回復傾向にあるが、観光業のみが停滞しており、その回復には時間がかかることが予想された。
 また、その延長線上として震災が雇用に与えた影響とその対策について述べる。第一次産業は高齢者が多いことから産業転換が困難であり、その解決のためには短期的ではなく長期的な雇用創出政策が必要であることが分かった。第二次産業においては震災後の雇用の回復は建設業が中心であり、こちらも短期的な回復にとどまることが分かった。

第3章 現状分析(防災と政府投資)

 本章では防災と政府投資について分析する。まず、日本の防災対策の変遷と災害リスクと居住地の関係を分析する。日本の防災政策が経済発展水準と発展スピードに従って実施されてきた事を示した後、その具体的政策の変遷について述べる。その中で、住居移転政策がなされたにも関わらず、津波リスクのある海岸沿いに多くの人が住み続けてきた事がわかった。その背景には、住居移転を妨げる地価の上昇と転職の困難さが存在するとの分析結果を得て、震災後の政府の防災政策の効率性について論じる。
 次に、過去の日本の災害復興投資について回帰分析を用いて分析した結果、日本は世界の標準的な傾向とはかけ離れ、早期から復興の早い段階から政府負担を減らしてきたことが分かった。その背景を踏まえ、日本の復興投資の最適値を実証分析により決定すると、3年間で被害額の約26%となった。これを今回の震災に適用すると、初年度に4.5兆円を、第一次産業を中心に投資するのが望ましいという結論が得られた。

第4章 各産業の問題点とそれに対する政策

 本章では、第2章を踏まえ、東日本大震災が各産業と雇用に与えた悪影響を解決するための政策を述べる。第一次産業においては、長期的な成長と雇用の確保には所得(付加価値)の増加が必要であるとの結論を得た。また、その具体策として6次産業化を例にした分析を展開した。
 第二次産業については、東北における第一次産業との相関性が高いことから、両者を連動させた政策が必要となる。具体的には日本の将来を見据え、高付加価値化を進めるべきで、震災国であるからこそ得られる技術や知識を積極的に輸出するなどの対策を打ち出す必要がある。

第5章 住宅への政策と復興財源に関する考察

 本章では、第3章を踏まえ、住宅への政策と復興財源に関する分析を行う。まず、災害に備えた住居のありかたを高台移転の実行可能性を中心に検討し、将来の被害を抑える為に高額な費用が掛かってでも、「100年構想」で進めるべきとの結論を導いた。一方で日本政府の債務問題を通して、復興財源の資金調達の仕方についてマクロ計量モデルに基づいて実証分析を行った。その結果、国債発行より増税で賄う方が長期的な影響が小さくなることが分かった。

第6章 福島第一原子力発電所事故による影響と日本の電力供給構造

 本章では、まず東日本大震災による福島第一原子力発電所事故がもたらした様々な影響を、チェルノブイリ原発事故と比べながら述べる。チェルノブイリの事故による影響は、短期的には大きなものではなかったが、長期的には人口流失や健康被害が見られる事が判明した。
 続いて、日本の電力供給構造とその特徴について分析する。世界の標準的な電力構成の決まり方を発展水準と地理的要因から回帰分析によって推定する。その結果得られた推定式を用いて、日本の現状と標準的な電力構成比を比べると、火力と原子力が過大で、水力と地熱が過小であることが分かった。さらにはその理由について、規制の存在とコスト問題を中心に検討した。また、日本の電力価格の高さと、それが実体経済に与える影響を分析した。その結果、電力価格が高いと電力の質は良くなるが、代わりに産業空洞化リスクも生じる結果が導かれた。最後に、以上の結論を踏まえた今後の日本の電力供給構造の在り方について提言を行った。