◆ 1998年度 三田祭論文要旨

「経済発展のメカニズム -産業構造の高度化からみた東アジア-

第2・3期生

序章 論文の展望

 ペティやクラークの研究により経済発展と産業の構造変化には密接な関係があることが明らかになり、産業構造の変化のメカニズムを解明することが今日においても重要な課題となっている。そこで、私たちは、本論文において産業構造の変化が経済発展に及ぼす影響を重視して分析を行っていく。特に、産業構造決定式と技術水準決定式に政策変数を明示的に含めることにより、政府が経済発展に与える役割に重点をおいて分析を行う。

第1章 資本移動と経済発展

 現在、世界的に国際間の投資・貿易の自由化、金融・資本市場の自由化が急速に進んでいる。そして、資本移動が各国に与える影響はプラス面でもマイナス面でも非常に大きいことが明らかになっている。このような状況を踏まえて、資本移動・特に外国資本の流入が途上国の経済発展にどのような影響を及ぼすのかについて分析を行う。
 内生的成長理論により、海外直接投資が成長における重要な要因であることから、世界全体のデータに基づいて、海外直接投資の決定要因について回帰分析を行った結果、市場規模、貿易政策、労働者の質、経済の安定性が有意となった。これは、アジア諸国においても同様の結果を得ることができ、アジアにおける直接投資の流入パターンは世界のパターンと大きな差はないとみなすことができることがわかった。

第2章 技術移転

 一般に、技術水準の向上は経済発展の進展にあたって極めて重要である。そこで、本章では、各国の技術水準の測定を行い、そして、測定された技術水準を用いて技術水準の決定式を推定することによって、技術水準の決定要因を明らかにしていく。
 各国の技術水準を推計するにあたっては、アメリカの技術水準を基本とし、農林水産業、鉱業、製造業(機械)、製造業(機械以外)、サービス業の5産業別にアメリカの生産関数についてタイムシリーズデータを用いて推定した。そして、推定された生産関数を用いて、各国の技術水準を推計した。
 推計された各国の技術水準の決定要因について回帰分析を行った結果、全ての産業において海外直接投資と教育が有意となった。そして、高付加価値産業になるほど、高い水準の教育が重要であることが明らかとなった。

第3章 産業別労働シェア

 ペティやクラークの研究は、産業構造の変化が経済発展をもたらすことを明らかにしていることに基づいて、本章では、産業別の労働シェアの決定要因について分析を行う。それにあたっては、経済の供給面を重視したヘクシャー・オリーン型の産業構造決定式の概念を利用している。
 労働シェアの決定要因について回帰分析を用いて行ったが、その際の産業分類は第2章と同じである。世界全体のデータを用いて推定した結果、農林水産業、製造業(機械)、製造業(機械以外)において資本労働比率の係数が負となり、資本蓄積の結果、産業構造が高度化しサービス業へと労働者がシフトしていることがわかる。鉱業では天然資源埋蔵量、製造業(機械)では輸送インフラ、製造業(機械以外)では輸送業、サービス業では情報通信インフラが有意となった。

第4章 産業連関分析

 産業連関表を用いることにより、一国の産業構造の変化をより詳細に分析することができる。本章では、産業シェアの変化に重点を置いて分析を行っているため、「比例的成長からの乖離型要因分解」をもしいて産業シェアの変化の分析を行った。
 アジア各国について分析を行った結果、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、台湾、韓国の著しい過去20年間の経済発展は、農林水産業・鉱業から、製造業・サービス業への産業構造の高度化とともにもたらされたものであり、ほとんどの国々で輸出の拡大が大きく貢献していることがわかった。また、輸入に対する「輸出による輸入誘発」の割合がいずれの国々において増加しているのも特徴である。

第5章 経済政策に対する制約

 経常収支は、その国の経済状態が健全か脆弱化を判断する基準の1つとして重要である。そのため、その大きさは経済政策に対する制約になると考えられる。そこで、本章では、経常収支の決定要因に関する分析を行った。
 経常収支の大きさの決定要因を輸出および輸入の決定メカニズムから考えるため、クロスセクションデータを用いて輸出関数と輸入関数を推定した。その結果、輸出は世界の市場規模、輸出の相対価格、輸入はその国の市場規模、輸入の相対価格で説明されることが明らかとなった。

第6章 シミュレーションによる経済政策の効果分析

 第1~5章で推定した各部門別の経済モデルを連結することによって、1人当たりGDPの水準を決定することが可能となる。それによって、技術、海外直接投資、労働シェアのそれぞれの決定式に登場する政策変数を変化させたときの1人当たりGDPの変化を算出することができる。また、同時に経常収支の変化も計算することができるため、政策の実施による1人当たりGDPの増加と経常収支の悪化の両者のバランスを見ることも重要である。
 各国について様々な政策変数を動かしてシミュレーションを行った結果、効果の大きさとしては、中国、インドネシア、韓国、フィリピン、シンガポール、タイにおいて教育インフラが、マレーシアにおいては輸送インフラが、シンポールでは情報通信インフラが重要であるということが明らかとなった。また、経常収支の制約を踏まえると、中国、インドネシアでは、情報通信インフラや輸送インフラが有効であり、フィリピン、シンガポールでは教育インフラが有効であることがわかった。

第7章 まとめ

 アジア通貨危機を踏まえ、本論文においては、常に経常収支を意識しながら経済発展が達成されるには何をなすべきかということを、シミュレーションを通して探った。その結果、アジア諸国は国によって発展段階、インフラの整備の水準、経常収支の状態が様々であり、政策を提言する際には、国ごとの特徴を注視することが必要であることがわかった。有効な政策の実施が、通貨危機のような状態に陥ることなく、安定的な発展をもたらすことになるであろう。

付録 重要事項の解説

・経済成長と資本ストック
 生産量は主に労働の投入と資本の投入によって決定される。労働者が増えても、機械や建物、運搬施設などの量が増えなければ、大幅な経済成長が達成されないのは明らかである。経済において、この資本ストックは、労働者が得た所得の中から消費に回さずに貯蓄を行った分が投資活動に振り分けられることによって増大することになる。

・技術
 財の生産は主に労働と資本によって行われるものであるが、生産性が高ければ高いほどより少ない要素投入でより多い生産を行うことが可能となる。経済学における技術はその生産性を表す「概念」であり、技術水準を高めることが経済発展を模索する世界各国の最重要課題となっている。

・アジアの発展と技術革新
 過去30年の東アジアの発展の要因として、経済開放と製品輸出の拡大、マクロ経済の賢明さ、貯蓄率と投資率の高さ、教育水準の高さなどがあげられる。これらによって、海外の企業を呼び込むことが可能となったが、それにともなう技術の移転を活用して技術進歩が達成されてきたのである。

・技術革新の要因
 内生的成長理論によれば、生産活動における経験の蓄積による学習効果、政府の教育政策による人的資本の蓄積、公共投資によるインフラの整備による効率の上昇が、経済全体への効果を通じて経済全体の技術水準を高めることになる。

・産業構造の捉え方  産業構造は、一国の経済がどのような産業から成り立っているかという「産業の組み合わせ」、一国の経済を成り立たせている産業がどのような割合で存在しているかという「産業の構成」、一国の経済を成り立たせている産業間の中間財の取引を通じた結びつきの強さを示す「産業の連関構造」から見ることができる。他産業との結びつきが強いほど、より複雑な製品を製造することが可能である。