◆ 2018年度 三田祭論文要旨

「貿易と経済発展 推進されてきた自由貿易と台頭しつつある保護貿易」

第22・23期生

はじめに

 第二次世界大戦以降、自由貿易が世界的に推進されてきたものの、近年では保護貿易的な政策をとる国々が見られるようになってきた。これを代表する出来事として、アメリカと中国との間の貿易戦争が挙げられる。2017年に、アメリカの対中国貿易赤字が過去最大になったことなどを機に、アメリカは2017年3月に鉄鋼・アルミ製品への追加関税措置を発動し、これに対して中国は2017年4月にアメリカ製品に15%から25%の報復関税措置を行うことを発表した。またEU、メキシコやカナダ等も、それらの国々に対するアメリカの追加関税措置に対して報復関税で対抗するなど、アメリカを起点として、保護貿易の風潮が広まりつつある。そこで本論文は各国の貿易の決定要因を明らかにしながら、保護貿易政策が世界経済に及ぼす影響についての分析を行った。そしてこれらの分析をもとに、世界、そしてその中で日本がどのような行動をとるべきかを検討した。

第1章 貿易と経済発展の関係

 本章では最初に、経済発展に関するデータの観察を通じて、経済発展において所得水準が重要であり、それは、国際貿易の進展とともに向上していることを見出した。そこで、経済発展の阻害要因となりうる最近のアメリカの保護貿易政策が世界各国に与える影響に注目する意義について、第二次世界大戦前のブロック経済時の状況を踏まえて論じた。あわせて、経済発展の視点からアメリカの状況を分析し、現在のアメリカの保護貿易政策は一般の経済理論に沿うものではないことが明らかとなった。また、各国の貿易構造の観察を通じて、貿易構造は国によって様々であり、それらは産業間・産業内の貿易として捉えられ、地理的・政治的要因も影響していることがわかった。

第2章 産業間貿易

 本章では最初に、現在の世界貿易を観察することによって、異なる産業が生産する財を輸出入しあう産業間貿易が世界的に増加しており、その多くは先進国と途上国の間の貿易であることを見出した。産業間貿易によって得られる各国の利益を効用関数の推定を通じて算出し、大国であるほど貿易利益が小さいことが明らかとなった。また、産業間貿易を発生させる要因として生産性が重要であり、貿易品目の特化が進むとさらに貿易が拡大していくことが確認できた。それを踏まえて、産業間貿易の進展が経済発展に及ぼす影響についての分析を行った。その結果、産業間貿易の拡大は産業の特化を通じ技術進歩や消費需要の増加、資本形成を促す正の効果を生み出すことが確認された。その反面、産業構造の急激な変化が失業率の増加をもたらすこと、また産業間貿易において一次産業の生産特化が固定化した場合、技術進歩に負の効果があることがあわせて確認された。

第3章 産業内貿易

 本章では最初に、同一産業が生産する財を輸出入しあう産業内貿易を、産業内貿易指数(グルーベルロイド指数)を通じて観察し、産業内貿易は発展水準が高まることによって増加する傾向にあることを見出した。一方で、産業ごとの貿易を分析すると、発展水準による影響は産業によって様々であることを観察した。次に産業内貿易の決定要因についての分析を行ったところ、規模の経済性などの生産面と、製品差別化などの消費面の両面から決定されていることがわかった。その上で、産業内貿易が経済発展に与える影響について分析を行い、設備投資の拡大や技術進歩、雇用の創出をもたらすことがわかった。さらに産業内貿易が行われている産業ほど、関税障壁が高ければ高いほど直接投資が行われやすいということを明らかにし、アメリカのトランプ政権による保護主義政策に対し世界各国の企業がアメリカへの直接投資を拡大する可能性があるということがわかった。

第4章 国際貿易による経済発展への影響

 前章までは、産業間貿易および産業内貿易のそれぞれが経済発展にもたらす影響を分析したが、本章では貿易全般が経済発展にもたらす影響に注目した。その結果、国際貿易は一国全体の所得格差を縮小させる効果がある反面、一国内の地域間格差を拡大させる効果があり、所得格差への影響は複雑であることを見出すことができた。またそのような構造により、近年の保護主義の流行とトランプ政権の誕生に繋がった可能性が示唆された。また、国の発展段階に応じて輸出入のバランスが変化していく中で、貿易収支の水準は貿易赤字、貿易黒字、貿易赤字と推移していくことを確認した。それに基づいて、赤字是正を主な目的としたアメリカの保護貿易政策の妥当性を検討した。その結果、現在のアメリカの貿易収支は理論に基づいて推定した貿易赤字よりも小さく、アメリカの保護貿易政策は標準的な経済発展のパターンと比較すると妥当ではないことがわかった。

第5章 世界の貿易の現状

 本章では、世界各国の貿易の現状をまとめるとともに、各国が貿易を行うことによって享受している利益を算出した。アメリカはこれまで自由貿易体制を整えてきていたが、トランプ大統領就任後、世界的に保護主義的な動きを強めている。一方、中国は貿易によって急激な経済成長を遂げており、アメリカの保護政策に対しては、報復関税を課すことで対抗している。他方、これら貿易戦争の当事国以外の各国の状況や対応は異なっている。日本は現在、自由貿易推進の立場にあり、自由貿易を世界的に拡大させていくことで保護貿易に対抗している。EU諸国は自由貿易を推進してきているが、アメリカの保護政策に対しては、報復関税などの保護貿易・日欧EPA締結などの自由貿易の双方から対抗している。中所得国や低所得国はWTOに加盟し、世界的な貿易自由化の中で、先進国と貿易を行い、経済成長を遂げることができた。それにあたっては、WTOの前身のGATTにおいて「特別かつ異なる待遇」の下での貿易が特に低所得国の成長に貢献してきた。前章までで明らかとなった、貿易と経済発展のメカニズムに基づいて、各国の貿易利益を求めた結果、各国は貿易を通じて大きな正の影響を得ており、貿易をしていなかった場合は、国によって程度や特徴に差があるものの、いずれもマイナス成長になっていたことが確認された。

第6章 貿易戦争の影響と各国がとるべき対応

 本章は第5章において注目した国々を対象に、現在行われている貿易戦争が、将来にわたって続いた場合と、将来にわたって貿易戦争が発生しなかった場合の、経済成長と所得格差の変化を分析した。分析においては、経済成長に与える影響をGDP成長率の変化によって、所得格差に与える影響をジニ係数の変化によって、それぞれ評価した。それらを踏まえて、識者の見解や各国の動向を用いながら世界各国の進むべき道の提言を行った。世界各国が貿易から静学的(生産要素の増減を考慮しない場合)、動学的(生産要素の増減を考慮する場合)両面から、また産業間、産業内両方の貿易パターンから利益を得ており、貿易戦争が激化した場合、経済発展水準が落ち込みは深刻であり、格差も拡大する。したがって各国が協力し、自由貿易を推進し、貿易による利益を追求していくべきであると結論付けられた。