◆ 2020年度 三田祭論文要旨

「感染症と経済発展 コロナパンデミックによる経済危機と社会の変化」

第24・25期生

はじめに

 現在、新型コロナウイルスは、世界中へ感染を拡大させ、世の中の在り方を大きく変えています。また、日本国内に目を向けると、全国一斉での臨時休校や、緊急事態宣言の発令、経済活動の自粛など、これまでに経験してこなかったことが次々と生じています。そこで本論文では、新型コロナウイルスを含めて、感染症が経済発展に与える影響、また、経済発展の水準と感染症の感染拡大との関係にも着目し、幅広く観察と分析を行いました。そしてそれらの分析結果をもとに、日本にとどまらず、他の先進国や発展途上国も対象に、コロナ下において行うべき政策やポストコロナにおける社会・経済の在り方について検討しました。

第1章 コロナパンデミックの現状

 本章ではまず、感染症と経済発展の関係について概観し、感染症が消費・生産・教育にどのような影響を与えているのかについて観察を行いました。その結果、新型コロナウイルスの感染拡大は、経済発展を進展させる経済・社会基盤を破壊しかねない存在であること、感染拡大によって人々の消費構造が変化し、その変化の方向と大きさは消費項目によって異なること、また、生産面においても、コロナ禍による影響の受け方は業種によって異なることを確認することができ、それによって、さらなる分析の必要性が明らかとなりました。また、コロナ禍を機に露呈した日本のICT教育の遅れの原因は、教員のICTスキルやデジタル環境の整備が不十分であることから生じていることも明らかとなりました。次に、世界各国における新型コロナウイルス対策と、それが世界経済に与える影響についても観察・検討を行いました。各国のコロナ対策は、ロックダウンによる共通対策とそれ以外の独自対策の組み合わせとなっており、その組み合わせは国ごとの背景や特徴を反映していること、そして、新型コロナウイルスの流行は、これまで拡大傾向にあった資金・財・人の移動の変化を通じて、経済に大きなリスクをもたらす存在であることが明らかとなりました。

第2章 感染症が経済発展に与える影響

 本章では最初に、コロナ下の経済について、産業別にその影響を概観した上で、経済全体への負の影響が大きいとされる第3次産業の中でも特に観光業・飲食サービス・娯楽業、そして第2次産業について詳細な分析を行いました。観光依存型の国では国内外からの外的要因に左右されやすい観光業以外の業種の比重を高めることが今後必要であり、飲食サービス・娯楽業は新型コロナウイルスから受ける打撃により、その存在自体が破壊されてしまう可能性があることも明らかとなりました。一方、製造業は輸出やサービス業による需要に依存している業種ほど被害を受けていることがわかりました。次に、株価・貿易・物価に着目し、感染症が引き起こす経済変動と経済発展の進展との関係について分析した結果、新型コロナウイルスの感染拡大は経済変動を過度に増大させ、経済発展に負の影響を及ぼす可能性があることがわかりました。また、人々の生活面にも注目し、感染症によってもたされる雇用情勢の変化、人々の働き方の変化、人口移動パターンの変化についての観察・検討を行いました。労働面においては、テレワークの恩恵を受けるために正規・非正規などの雇用格差の是正が必要であり、そして、感染拡大を契機として、人々の価値観に変化が生じ、人口密度が低く感染リスクの低い地域へ人々が移動するようになっていることが観察されました。最後に、人々の選好の変化を効用関数を通じてとらえるため、コロナ前の効用関数とコロナ下の効用関数について比較・検討を行いました。それにより、コロナ前と比べると、コロナ下では、人々が所得より余暇時間を重視するように変化していることが明らかとなりました。さらに、コロナの感染拡大に伴い多くの人々が亡くなるという現実に直面した各国が異なる感染症政策を実施していることを踏まえて、人々が持つ死生観と幸福度の関係を組み入れた効用関数を国別に推定しました。その結果、各国が持つ独自の死生観が幸福度に影響を及ぼしており、それが各国の政策の違いに現れていることが明らかとなりました。

第3章 経済発展の水準が感染症の拡大・収束に与える影響

 本章では最初に、一国の発展水準の違いを反映する政治体制・医療水準・経済規模に注目し、それらが感染症の拡大・収束に与える影響を分析しました。その結果、腐敗の程度が大きい国や、議会が多様性を有している国ほど、感染が拡大する傾向にあり、選挙制度の健全性や政府の信用度が高い国ほど、感染を抑えられる傾向があることがわかりました。そして、各国の医療水準の違いは、感染症の発見・抑制・治療のすべての段階において影響を及ぼしていること、また経済発展の水準の違いによって、死者数や感染者数に影響する要因が異なっていることも見出すことができました。さらに、一国の発展水準の違いから生まれる社会環境の違いに着目し、都市化の度合いや、文化・国民性・政策の違いをとりあげ、それらが感染症の拡大・収束に与える影響について検討を行いました。その結果、都市化の進展による大気汚染の悪化の程度が感染者数を、衛生サービスの普及度が死者数に影響していることが明らかとなりました。さらに、国民が集団主義的であるかどうか、不確実性について回避的であるかどうかなど、国民性を反映する要因が感染の拡大の程度に影響を与えていることがわかりました。これらの分析に基づいて、国ごとの個人の行動に特徴を踏まえての感染症対策が必要であると結論づけました。

第4章 感染症に関する政策提言

 本章ではまず、第2章と第3章で明らかとなった感染症と経済発展の双方向の関係について整理しました。それを踏まえ、発展途上国一般、先進国一般、そして日本に分けて、コロナ下とポストコロナにおける政策提言を行いました。コロナ下の検討にあたっては、感染者減少率とGDP増加率の2要素からなる効用関数の推定結果を用いて求められる各国の感染者減少率とGDP増加率の最適値と実績値を比較した上、短期的な政策の提言を行いました。ポストコロナの検討にあたっては、余暇時間、医療費、医療費を除く支出、の3要素からなる効用関数の推定結果を用いて求められる各国の最適医療費の水準と、現実の医療費の水準を比較した上で、長期的な政策の提言を行いました。コロナ下においては、先進国と発展途上国では医療体制などが異なるため、必要とされる政策が異なるけれども、世界全体での感染終息のために国際協力が重要であることが明らかとなりました。また、日本の場合、効用を最大化する最適点を達成するのためには厳格な政策の実施が必要であり、短期間での収束を目指すべきであることがわかりました。また、ポストコロナにおける政策として、さらなる医療の強化が求められる国が多い一方、その前に医療システムそのものの整備を進める必要がある発展途上国が多く存在することもわかりました。日本では、教育面のITリテラシーの向上や、医療における検査数の拡充、またリモートワークの普及や所得格差の是正が必要であると結論づけることができました。このように、本章では、感染症拡大という危機にどう立ち向かうべきかについての政策の検討を行いました。