◆ 2004年度 三田祭論文要旨

「EPA(経済連携協定)による経済発展
  ―長期経済発展に向けた取り組み―」

第8・9期生

序章 本論文の意義と目的

 バブル崩壊後、日本経済は長らく停滞している。経済成長の要因となる資本ストック・労働・技術水準の3つについてみても成長が見込めない。
 このような中で日本が経済発展を目指すには、貿易の振興が不可欠である。
 本論文では、FTAに投資と人の移動の自由化もとりこんだEPA(経済連携協定)に着目し、日本の経済発展にもたらす効果を分析し、日本が目指すべきEPAは何かを検討する。

第1章 日本経済の現状分析と長期発展の可能性

 日本は1950年代後半から高度経済成長期といわれる急速な発展を遂げた。しかし1990年代にバブル経済が崩壊し、日本のGDP成長率は鈍化傾向にある。
 長期経済発展に必要な資本ストック・労働人口・技術水準のそれぞれの将来推計を行うと、それぞれが減少傾向にあり、日本のGDPは2010年を境として減少するという結果が得られた。その原因は日本の貿易増加率ぼ低さにある。貿易増加率は、資本ストック・技術水準・GDP成長率に正の影響を与える。したがって長期の経済発展に効果があるのだ。世界の貿易政策をみるとFTAが顕著に見られる。FTAとは貿易の障害となる関税を相互に引き下げることで、貿易促進を目指した協定だ。しかし日本が結んでいるFTAはシンガポールとの1件しかない。日本の長期経済発展のためにはFTA締結に積極的に取り組むことが望まれる。

第2章 日本のFTA締結の可能性

 本章では、日本がFTAを締結した場合ではなくて日本のFTA締結の可能性について検討する。
 まず日本の農産物・工業製品の貿易量を見てみると、日本は工業製品に比較優位を持つが、農産物は工業製品に比べて額が小さくかつ比較劣位にある。日本の農業は国際競争力がなく、農産物にかけられている関税も高い(2002年は64.9%。工業製品は1.5%)。
 つまり、FTAを締結した場合、農業部門へ大きな影響があるということが予想される。関税撤廃による日本の農業供給額・失業率・自給率への影響を試算したところ、農業供給額は約5兆7365億円(約70%)減少し、失業率は全国で約2.4%ポイント以上のの上昇、自給率は40%から33%にまで減少することがが見込まれた。したがって日本にとってFTAを締結することは大変難しいものといえる。

第3章 新たな対外政策としてのEPA

 FTAに代わる新たな対外政策としてEPAがある。EPAとは「経済連携協定」のことで、経済産業省の定義によると「ヒト・モノ・カネの移動の更なる自由化、円滑化を図るために、水際および国内の規制の撤 廃や各種経済制度の調和等」と明記し、 FTAに「ヒト・カネ」を加えた包括的な取組みといえよう。 EPAが貿易・投資・人の移動へ与える影響について考えてみると、まず貿易において、阻害要因である関税が撤廃されると経済厚生が変化し、技術進歩率・GDPともに変化することが予想される。
 次に投資において、相手国からの対内投資が増加することで技術進歩率・GDPが変化し、対外投資が増加することで資本ストック・GDPが変化することが予想される。
 最後に人の移動においては、労働力の変化によってGDPへの影響が考えられる。日本は現在、韓国・タイ・マレーシア・フィリピンとEPA交渉を行っているが、これらの国の中で韓国は最も工業国に近く、タイはもっとも農業国に近い。したがって本論文において、日本とのEPA締結効果を分析する国をこの2国にし、EPA締結による日本と相手国側への影響を分析した。

第4章 各国におけるEPA締結の貿易効果

 本章では、EPAにおいて期待される効果の一つである貿易額の増加を韓国.タイと締結した場合について考 えてみたい。日韓EPAにおいて、日本は海産物を、韓国は精密機械.一般機械.自動車を保護したいと主張している。そこで関税を完全撤廃した場合と、上記の品目にのみ関税を課した場合についてそれぞれ試算してみた。
 次に日タイEPAについて考える。日本は米・砂糖・鶏肉・でん粉を、タイは鉄鋼製品・自動車を保護したいと主張している。
 これらの結果により、関税完全撤廃のほうが部分的に保護するより貿易額が高いといえた。次に雇用への影響を見てみると、どちらのEPAの場合でも関税を完全撤廃するよりも部分的に保護するほうが失業者の増加は低く抑えられる結果になった。また、関税を完全撤廃したほうが雇用の増大が大きく、特に日本の製造業の関税が撤廃されると韓国では296万人もの雇用創出が試算された。

第5章 EPA締結による投資自由化の効果

 次に、EPA締結によって投資が自由化された場合を考えてみる。
 日本のGDPに対する対内直接投資の割合は先進国の中で最も低い。その理由として政策的・経済的要因などの阻害要因があるからである。一方で対外直接投資にも、現地の為替・送金などに対する規制や法体系の曖昧さという阻害要因がある。EPAにおいてそれを解消し、投資の増加を目指す。韓国からの対内直接投資は、日本がより開放すればより増加する。韓国への対外直接投資は、韓国がより開放すればより増加する。
 これらを利用し、直接投資の増加に伴う貿易効果について試算する。韓国の場合、投資の自由化は貿易に負の効果をもたらすことがいえ、それは工業国の韓国、農業国のタイのどちらの場合でも発生することがわかった。

第6章 EPA締結による人の移動自由化の効果

 第6章では、EPA締結に伴う人の移動の自由化が日本経済にどのような影響を及ぼすか分析する。
 まず、外国人受け入れを完全自由化した場合と外国人受け入れを部分自由化した場合の、外国人労働者数・日本の失業率・外国人犯罪検挙数の試算を行う。ここでの部分自由化とは、専門的な知識をもっている熟練労働者にたいする受け入れ規制を緩和するということを意味する。韓国と締結した場合もタイと締結した場合も、完全自由化のときより部分自由化のほうがそれぞれの数値が小さいことがわかった。
 部分化した場合、日本へ熟練労働者を出したときの相手国のGNPへの効果を試算すると、部分化では日本の失業率への影響も少なく、相手国のGNPも増加した。したがって部分的に緩和することは双方の国にとってメリットがあるといえた。

第7章 EPA締結によるGDPへの影響と望ましいEPAの提示

 第7章では、第4章~6章の試算結果を用い、韓国・タイとEPAを結んだ場合の日本と相手国のGDPへの影響を分析したい。
 日本の生産関数、タイ.韓国の生産関数を求め、資本ストック(K)の変化、貿易量変化からわかる全要素生産性(A)の変化、労働力(L)の変化を代入し、GDPの変化を推計する。 EPA締結の条件として、EPA締結により得られるGDP増加額が、FTA締結で得られるGDP増加額より大きくならなければならない、かつ日本のGDPが最大化されなければならない。
 韓国との場合は、「韓国が関税完全撤廃、日本が関税部分撤廃(一部農産物保護)、日本が熟練労働者の受け入れを緩和し、日本が94年のアメリカ程度に投資障壁を引き下げ、韓国がシンガポール程度投資障壁を引き下げる」場合であった。このとき日本のGDPは7兆1870億円(1.3%)増加する。
 一方タイとの場合は、「タイが関税完全撤廃、日本が関税部分撤廃(一部農産物保護)、日本が熟練労働者の受け入れを緩和し、タイがシンガポール程度投資障壁を引き下げた」場合に条件を満たせた。このとき日本のGDPは6兆2967兆円(1.2%)増加するといえた。

第8章 今後のEPAを考える

第8章では、今度日本がEPAを締結するにあたり、どのような特徴を持っている国と結ぶのが一番効果的かを模索する。
 まず日本への影響が大きい国として、関税率・市場規模・国産品供給能力・対外対内投資・輸入代替効果・逆輸入効果・人の受入数の各項目にわけて分析した。次に相手国への影響が大きい国として、農業の強さ・関税率・国内製造業供給能力・日本からの投資・人の送り出し数の項目にわけ、分析した。結果、日本にとってメリットが大きい国はアメリカ・中国、デメリットが大きい国はアメリカ・中国となった。相手国からの視点でみると、ASEANへのメリットがあるが、日本はASEANと締結することにメリットは少ない。
 このようにEPA締結による双方のメリット・デメリットを一致させることは難しい。しかし、前章までの韓国・タイとのEPAの試算により、貿易・投資・人の移動を調整することで互いに便益を受けるEPAを結ぶことが出来る。今後は、日本のメリットが大きいアメリカ・中国、そしてASEANと双方に便益を得られるようなEPAを検討していくべきだろう。

第9章 本論文のまとめ

 本論文ではFTAにかわる新たな対外政策としてEPAを提示し、韓国・タイと締結する場合のGDPへの影響を求め、FTAを締結した場合よりもGDPの増加をもたらすということを示した。
 EPA締結では、メリットだけではなくデメリットもある。それを最小限に抑えてメリットを最大にするようなEPAを締結することが必要だ。今後日本がEPA締結において必要とされることは、メリット・デメリットを踏まえ、双方に好ましいEPAを長期的な観点から検討していくことである。