◆ 1997年度 三田祭論文要旨

「産業構造分析  ―需給均衡のシミュレーションと余剰の計測―」

第1・2期生

序章 本論文の意義と目的

 本論文は、「世界経済全体の産業構造変化」に焦点をあてたものである。これは、産業構造の変化が経済発展の源泉の1つであるが、人類が21世紀を生き抜くにあたって直面すると考えられる食糧問題、人口問題、環境問題といったものが世界経済の産業構造変化を大きく転換させると考えられるためである。

第1章 需要面から見た産業構造決定式の推定

 本章は、需要面から見た各産業の産業構造決定式を構築し、データを用いて推定する。 農業、鉱業、製造業(機械)、製造業(その他)、サービス業のそれぞれの1人当たり需要額を説明する式を推定した。農業は1人当たり消費、GDPに占める税の割合、市場開放度、鉱業は1人当たりGDP、原油ダミー、都市人口比率、製造業(機械)は、1人当たりGDP、平均消費性向、製造業(その他)は可処分所得、平均消費性向、都市人口比率、サービス業は可処分所得、平均消費性向、市場開放度によって説明される式となった。実績値と理論値の誤差率を見ると、製造業(機械)、製造業(その他)、サービス業は非常に小さくなったが、農業、鉱業はやや大きいものとなった。

第2章 供給面から見た産業構造決定式の推定

 本章は、供給面から見た各産業の産業構造決定式を構築し、データを用いて推定する。 農業、鉱業、製造業(機械)、製造業(その他)、サービス業のそれぞれの1人当たり供給額を説明する式を推定した。農業は1人当たりエネルギー消費、1人当たり耕地面積、労働生産性、1人当たり肥料使用量、鉱業は1人当たりエネルギー消費、労働生産性、天然ガス埋蔵量、原油埋蔵量、石炭埋蔵量、製造業(機械)は、労働生産性、1人当たり道路舗装面積、都市人口比率、1人当たり自動車使用台数、製造業(その他)は労働生産性、1人当たり電話回線数、1人当たり自動車使用台数、サービス業は1人当たりエネルギー消費、労働生産性、1人当たり電話回線数、1人当たり自動車使用台数によって説明される式となった。実績値と理論値の誤差率を見ると、すべての産業で非常に小さくなった。

第3章 2020年の産業構造 -このまま突き進んでも生きていけるのか?-

 シミュレーション分析を通じて、現状のまま経済が歩んで2020年に達した場合の需要・供給の産業構造の観察を行う。それによって、現在、経済問題として扱われている「食糧問題」、「環境問題」が有している「歪み」が、数量として明確にすることができ、その問題に対する政策を検討することが可能となる。  125カ国についてシミュレーション分析を行った結果、世界全体では、農業と鉱業では超過需要となり、製造業(機械)、製造業(その他)、サービス業では超過供給となることがわかった。国別にみると、中国、インドネシアの超過需要が大きくなっている。

第4章 厚生経済学における余剰分析

 本章では、ある国において政府が介入したときの総余剰を、農業、鉱業、製造業(機械)、製造業(その他)、サービス業のそれぞれについて、生産者余剰のプラス、消費者余剰のプラス、政府の介入のマイナスの合計として求める。
 現状の生産者余剰と消費者余剰の大きさを比較すると、農業では、全体的に生産者余剰のほうが消費者余剰よりも大きい。鉱業では、生産者余剰が消費者余剰よりかなり大きい。製造業(機械)では、消費者余剰のほうが生産者余剰よりもかなり大きい。製造業(その他)では、生産者余剰がかなり大きい。サービス業は明確な特徴は見られない。
 各産業の総余剰増加率と1人当たり消費増加率の関係を見ると、農業と製造業(その他)については有意な正の関係がみられ、生活水準へ結びつくことがわかったが、それ以外の産業では明確な関係は見られなかった。
 各産業の生産者余剰の増分と生産量増加率の関係を見ると、製造業(機械)については有意な正の関係がみられ、余剰の存在が生産増の誘因となっていることがわかったが、それ以外の産業では明確な関係は見られなかった。

第5章 世界の食糧に関するシミュレーション分析

 第3章のシミュレーション分析により、2020年において農産物の供給が2.3兆ドルであるのに対して、農産物の需要が5.6兆ドルになることが明らかとなった。  耕地面積が減少しなかった場合についてシミュレーション分析を行うと、農産物の供給は5.2兆ドルになるが、それでも需要を満たすことはできない。途上国の生産性が先進国並みになった場合についてシミュレーション分析を行うと、農産物の供給は4.1兆ドルになるが、それでも需要を満たすことはできない。したがって、将来の食糧危機を避けるためには、耕地面積の減少を抑えるのと同時に、農業の労働生産性を向上させることが必要であることがわかった。

第6章 輸出産業振興政策に関するシミュレーション分析

 2020年まで輸出産業育成政策を採用した場合のシミュレーション分析を行い、その結果を観察し、この政策が経済発展を可能にし、国の富を増加させるという意味において有効なものであるかを考察する。
 輸出産業があまり育成されてない国々に先進国から直接投資が行われた場合の変化を観察する。その結果、製造業における労働生産性が大幅に増加し、それによる所得の増加が需要額を増加させることがわかる。ただし、その一方、先進国経済では生産の減少が所得の低下を通じて需要の低下を引き起こす危険性がある。

第7章 輸入規制政策に関するシミュレーション分析

 貿易赤字が継続すると、資金が国外に流出していることを意味するため、政府はそれを減らすために輸入する製品の価格や数量を関税などによって制限する場合がある。そこで、今後、製造業の純輸出国である先進国が純輸入国に転じると考えられる国々が輸入規制政策を実施した場合についてシミュレーション分析を行う。
 先進国が輸入規制によって総供給に対する純輸出の割合を高く設定する場合について分析を行った。その結果、当該国には利益をもたらすが、他国の輸出を減少させることとなり、特に発展途上国への影響を考えると実施すべき政策ではないと考えられる。

第8章 CO2問題に関するシミュレーション分析

 本章では、経済発展に伴う地球環境の悪化が認識される中、経済発展と地球環境の保護というトレードオフの関係の下で、いかに持続的な発展を達成することができるかについて考える。
 現在議論されている1990年排出レベルに対する0、5、15%の削減を実現した場合の経済への影響について分析を行うが、そのCO2排出量については、将来について推計される生産量に、生産1単位当たりのCO2排出量を乗じることによって求める。
 現在から将来にかけて各国が何も政策も政策を実施しなかった場合は、2020年には1990年排出レベルの2.2倍となる。先進国のみが15%の削減を実現した場合でも1.2倍となるため、CO2排出を削減するためには発展途上国もある程度の削減を行わなければならないことがわかった。それには先進国から途上国への環境技術の移転が有効であり、電力。運輸部門のみならず、経済の各部門での削減が必要であると考えられる。

付録 重要事項の解説

・産業構造と経済発展
 産業構造は、経済発展とともに変化するものである。例えば、農業から工業へのシフトは国内需要の変化、技術水準の変化、比較優位に関わる国際的な経済環境の変化によって進んでいくものである。

・産業構造の見方
 産業構造は、一国経済を構成する産業の組合せ、構成、連関構造の3つの側面から見ることができる。「組合せ」は、どのような産業から成り立っているか、「構成」は産業がどのような割合で存在しているか、「連関構造」は産業間の中間財の取引を通じた結びつきの強さを見るものである。

・産業構造の変化
 経済が発展していくにしたがって農林水産業と鉱業のシェアは低下していく一方、製造業とサービス業のシェアは増加していくことになる。

・産業構造変化の促進要因
 産業構造の変化には、各産業間の労働移動を促すような労働市場の整備、資金を効率的に循環させるような資産市場の整備、生産技術の専門家を促進するような技術革新、それらを効率的に進めるための政府の適切な政策が必要である。

・連関効果と工業化
 産業の連関効果には、後方連関効果と前方連関効果がある。後方連関効果は、ある産業の登場・発達により、その産業へ原材料や部品を供給する産業が登場・発達する効果である。前方連関効果は、ある産業の登場・発達により、その産業の生産物を原材料や部品として需要する産業が登場・発達する効果である。

・余剰分析
 社会的余剰とは、市場取引によって消費者が得る利益である消費者余剰と、生産者が得る生産者余剰を合計したものであり、政府の役割は各財の市場において、これらの余剰を最大にすることである。

・消費者余剰
 市場機構により、取引量と取引価格が決定されるが、その取引価格は、最後の消費者が購入してもよいと考える価格であるから、それ以外の消費者はそれよりも高い価格でも購入する意思がある。すなわち、購入してもよいと考える価格と実際の取引価格の差が、市場機構によって生み出された消費者余剰となる。

・消費者余剰
 市場機構により、取引量と取引価格が決定されるが、その取引価格は、最後の生産者が生産・出荷してもよいと考える価格であるから、それ以外の生産者はそれよりも低い価格でも生産・出荷する意思がある。すなわち、生産・出荷してもよいと考える価格と実際の取引価格の差が、市場機構によって生み出された生産者余剰となる。

・輸入代替政策
 一次産品の輸出に依存してきた途上国が工業製品の輸入を抑え、それを国内生産に置き換えることで工業国への脱皮を図ろうとする一連の政策を指すものである。

・輸出指向型政策
 一次産品の輸出に依存してきた途上国が、一次産品の加工品や工業製品の輸出の促進によって工業国への脱皮を図ろうとする一連の政策を指すものである。

・技術革新と政府の介入
 工業製品の輸出の促進には、技術水準の向上が必要であり、輸出補助金や輸出産業への低利融資によって技術革新へのインセンティブを与え、教育や訓練、国内の研究開発活動への優遇措置によって技術革新の能力を向上させる。

・適切な技術
 その国にある資源をうまく利用し、その国の発展水準に適した生産物をつくる技術である。これを踏まえると、発展途上国に必要となる技術は、労働集約的で、技術が集約的でなく、規模が小さく、自国の資源を利用し、単純で付加価値が比較的低い生産物を生産する技術ということになる。

・経済発展の進展と技術進歩
 労働力が過剰である発展途上国は、労働集約的な技術が重要であるが、経済が輸入代替型から輸出促進型へと替わる局面に突入したときには、労働集約的な技術の向上とともに、より広範囲の国内資本の拡大が必要となる。

・技術移転
 近年経済発展に成功した国々には、外国から積極的に技術を取り入れ、輸入された技術を改良し、生産性を上げるために国内で純粋に研究開発を行うのではなく国際的な生産機能国へと移行した国が多い。

・工業化と農業の発展
 工業化により、農業部門から工業部門へ非熟練労働者が移動することから、都市部へ安定した食用供給を継続できることが経済発展の進展に不可欠となる。

・農業の問題点
 発展途上国の農業には、異常な人口爆発、食物生産技術革新の遅れ、技術伝播の不足、地方へのインフラ投資の不足、農地改革の未徹底などの多くの問題がある。