◆ 2013年度 三田祭論文要旨

「格差と経済発展 -効用関数を用いた格差と所得の関係の考察-」

第17・18期生

はじめに

過去から現在まで、社会には様々な格差が存在してきた。格差の是正は、人々の幸福感の増大につながるものであるが、国、地域、社会、時代によって、人々が適正であると感じる格差の水準は異なると考えられる。様々な格差が人々と社会に対して持つ影響を分析することが、より高い幸福感をもたらす社会の実現のために重要ではないか、という思いからこのテーマを選んだ。本論文は、格差の状態が人々の幸福感にどのような影響をもたらすかを分析し、社会における格差と所得の相互関係の分析をもとに、今後、人々の幸福感を高めるために、どのような政策によって格差の水準を変化させるべきか、経済発展の概念を踏まえて検討し、提言するものである。

第1章 格差の現状分析

本章では、幸福度を用いて、日本の経済発展の進展にあたって最も重要な要素が格差であることを明らかにしするとともに、アンケート調査に基づいて、格差同士がいかに関係し、社会に影響を与えているのかを検討した上で、格差と経済発展との関係を観察した。幸福度という視点から様々な経済問題を観察してみると、我々日本人の間で最も関心の高まっている問題は格差であることが明らかになった。また、相対的貧困率の国際比較によって、日本の格差は世界最低水準であり、それは現在も深刻化していることがわかった。 次にアンケート調査を行うことによって、日本における格差の特徴を検討した。その結果をふまえて先進諸国との比較を行ったところ、日本では、様々な格差同士の結びつきが強く、社会の特徴との関係性も強いことが判明した。最後に先進国における格差と経済発展の関係について分析を行った。所得水準が格差に与える影響と格差が経済成長に与える影響を表す2つのモデルを実証分析した結果、先進諸国は現在、所得格差拡大と経済成長率増加の循環構造にあると考えられることが明らかとなった。

第2章 日本人と先進諸外国の人々の効用決定メカニズム

本章は、先進諸国における格差是正の現状を明らかにした上で、日本と先進諸国における人々の所得と格差に関する効用関数を推定し、日本の格差の現状について効用最大化の観点から論ずるものである。第1節では、先進諸国の再分配政策によって、各国の政府の社会保障に対する姿勢を分類した。先進諸国では、税によるものと社会保障によるものの2段階の再分配政策が行われており、各国の所得と格差に関する価値観に基づいて、それらの再分配政策の割合や、社会保障のうち、どの分野を重視するかは異なっている。クラスター分析の結果、OECD諸国は5つのクラスターに分類することができ、日本は他のクラスターと異なる傾向の再分配政策を行っていることが明らかとなった。第2節では、社会保障への姿勢の違いは国民の幸福感の感じ方の違いから生じるものであると考え、日本と日本以外の先進諸国の人々が格差と所得の組み合わせからどのように効用を得ているかを分析した。効用関数をCES型に特定化し、日本と日本以外の先進諸国のそれぞれについて推定を行った。推定にあたっては、日本人学生と日本への留学生のそれぞれに対するアンケート調査を実施し、データを収集した。推定した代替弾力性などを比較した結果、他の先進諸国と比べて、日本人は平等度よりも所得をより重視していることが明らかとなった。第3節では、第2節で推定した効用関数を用いて現在の代替可能線の下で効用を最大化する理論値を算出し、現状と比較・検討した。その結果、日本と他の先進諸国の両方で、格差の現状の値と最適値との差よりも、所得の現状の値と最適値との差のほうが大きく、人々は、格差の是正よりも、所得の増加を望む傾向にあることが明らかとなった。

第3章 所得格差からみた格差の分析

本章では所得格差を生み出す要因ごとに所得格差が生じるメカニズムを分析した。全体の所得格差を構成する要因として、産業・地域・企業規模など労働者にとっての外部環境に左右される外部要因と、性別・学歴・雇用形態という労働者自身の能力・選択に左右される内部要因の計6つの視点で考えた。まず6つの要因の格差への寄与に関する要因分解分析を行った。その結果、全体の所得格差は上昇傾向にあり、格差要因によって寄与度が異なることが確認できた。さらに外部要因に関して所得格差を生み出すメカニズムを分析した結果、地域と産業要因では蓄積された資本量、企業規模に関しては全要素生産性によって格差が生じることが分かった。内部要因である性別に関しては学歴・雇用形態・勤続年数の3つ違いが所得格差を生んでいることがわかった。雇用形態に関しては、所得格差は非正規雇用の増加と正規社員との賃金の差異が主要因であることが分かった。さらに学歴に関しては大卒の賃金の変化が学歴による所得格差に大きく影響していることが明らかになった。

第4章 格差の経済成長への影響

本章では格差を産業間格差、地域間格差・企業規模間格差・男女格差・雇用形態別格差・教育格差の6種類に分け、第1節から順に、産業間格差、地域間格差、企業規模別格差、男女格差、雇用形態別格差、教育格差をそれぞれ取り上げ、経済発展に影響を与えるメカニズムを分析し、最後に結論を述べた。第1節では、経済波及効果の大きい先進産業の成長が産業間賃金格差の拡大を促すと一国全体の経済成長につながり、逆に経済波及効果の小さい産業の成長は経済成長の減速要因であることを示した。第2節では、国の発展水準により人口の集中度が、第3節では国の発展水準により企業規模別賃金格差が与える影響は異なることを示した。途上国では格差の拡大が経済成長を促し、ある程度発展した先進国では格差の縮小が経済成長を促すことがわかった。第4節では、男女格差は各国の取り組みや社会状況に応じて大きく異なることを説明した。そして男女格差を小さくするような取り組みをしている国ほど経済成長している傾向にあることを示した。第5節では、非正規雇用者の増加が、企業の生産性を低下させ、また個人の将来への不安を増加させるため消費に影響を与えている可能性があることを示し、非正規雇用者の拡大は経済成長の減速要因であり雇用形態別格差の縮小が経済成長を促すことがわかった。第6節では、年代によって教育年数のばらつきが経済成長に与える影響が異なり、昔は不均衡成長理論に基づき格差の拡大が経済成長を促し、最近では均衡成長理論に基づき格差の縮小とともに経済が成長することを示した。また日本の現実と理論上標準的な学歴構成には差があることがわかった。

第5章 雇用形態による格差が経済成長に与える影響

本章では、所得格差を構成する要因である6つの格差それぞれに関わる日本と海外の政策とその効果を検討した。日本における格差の外部要因である産業・地域・企業規模間格差の変遷をたどってみると、産業間格差が一貫して拡大傾向であるのに対し、地域・企業規模間格差は政策の方針が変化したことによって、格差が縮小傾向に転じたことが明らかになった。また、内部要因である性別・雇用形態・教育格差に対する日本の政策を同様にして分析してみると、教育格差においては近年明確な政策の効果が見られなかったが、男女格差は様々な政策により格差は一貫して縮小傾向にあり、また雇用形態格差は非正規雇用者の保護を目的とする法改正により、格差の是正効果があることがわかった。一方海外における政策を観察した結果、外部要因の産業間格差に関する政策は、研究開発費などの使用用途に関する分析によって、産業間の格差を拡大させる政策が主にとられることがわかった。地域間格差に関しては格差拡大を抑える政策が日本を含め先進国で採用されていた。企業規模の賃金格差に関しては賃金体系の違いが関係しており、年功序列を基本とした職能給を採用する日本は、主に職務給を採用する欧米に比べて賃金格差が大きいことが判明した。続いて内部要因の男女格差に関する政策は、日本に比べて欧米諸国は男女平等に対する法律上の取り組みが早く、その分男女の賃金格差も小さい傾向があることがわかった。雇用形態格差に関しては、政府が介入しないために格差が大きいアメリカ型と雇用規制の厳しい欧州に大きく分けられ、日本はその間に位置することがわかった。教育格差に関しては多くの先進国で学歴による賃金格差を是正するような政策がとられていることが明らかになった。

第6章 日本の将来の所得・格差・幸福度の推計

本章では、第2章の所得・格差水準に基づく効用水準の分析、第3章の格差の決定要因の分析、第4章の格差の経済発展への影響の分析を踏まえ、将来の所得・格差・効用水準の推計を行った。最初に、政策の影響を考慮せず推計を行ったところ、2030年には所得は現在の約1.5倍へと増加する一方、格差も1.02倍へと増加してしまうことから、効用水準は現在の約1.08倍までしか増加せず、より効率的に効用水準の引き上げを行うには、有効な格差是正政策を打ち出すことが必要であるとわかった。次に、アベノミクスやTPP参加など現在行われている政策の影響を考慮に入れ推計を行ったところ、やはり格差縮小には有効でなく、これに変わる格差是正政策が必要であるとわかった。最後に、第5章で行った過去の格差是正政策の分析を参考に格差是正に有効な政策を厳選し、これを考慮に入れ推計を行った。すると、所得の増分は現在の約1.5倍を維持させると同時に格差を現在の0.7倍にまで縮小することができ、効用水準も1.23倍にまで引き上げることが可能であることがわかった。