◆ 1996年度 三田祭論文要旨

「経済発展に関する計量分析 ―クロスセクションによる検証と予測―」

第1期生

はじめに

 本論文では、貿易、金融、産業、インフラストラクチュア、人口、教育などの視点から、経済発展とはどのような現象なのか、ということを念頭に置き、世界132カ国の入手可能なデータを加工しながら主軸となる構造方程式を各分野について構築した。そしてこの構造方程式がどのように利用できるのか、いくつかのトピックについて応用し、分析を試みた。これは、ある意味で学部学生としては余りに高度な研究を目指したものかもしれない。しかし、未熟な部分も多くあったとしても、同時に創造性を有したものであり、世界に一つしかない研究として誇りも感じている。

第一部 基本モデルの推定

序章 モデルの構築にあたって

 第一部は、各国の経済発展の要因を、我々が重要な項目であると考えたインフラ、金融、人的資本、貿易という4つの部門から理論的な枠組みを作り説明しようとするものである。分析はクロスセックションデータを用いて行っている。これは世界全体の長期的な経済発展に関する一般的傾向を知るには望ましいものであり、また将来予測を行う場合、時系列分析に基づくと外挿推計となるが、クロスセクション分析では、多くの場合内挿推計となり、長期の予測の精度としては優れていると考えられる。

第1章 インフラストラクチュア部門のモデルの構築

 インフラストラクチュアとは、水道や道路、電話、電気などといった公共の設備を表す基礎構造・経済基盤である。これらの指標は経済発展に対してどれだけの影響を与えているのだろうか。農業部門と工業部門のそれぞれに分けて構造方程式を用いることによって分析を試みている。
 推定した5本の構造方程式は、工業部門実質GDP、農業部門実質GDP、労働力人口、食料輸入額、農業部門労働人口比を内生変数とし、水・舗装道路・電力・通信のインフラ指標、資本ストック、肥料消費、農地面積などを外生変数とするものとなった。

第2章 金融部門のモデルの構築

 経済発展の主要な源泉の1つとして物的資本の蓄積があげられるが、国内の金融・資本市場がある程度発達し、金融当局の有効な政策運営の下で資金を容易に調達できる環境を整えることは、国内貯蓄が効率的に投資に向けられ、物的資本を蓄積するための必須条件であろう。
 推定した5本の構造方程式は、1人当たり実質GDP、1人当たり実質投資、年平均インフレ率、1人当たり実質投資、貯蓄率を内生変数とし、銀行の名目預金金利、名目貸出金利、貨幣残高の年平均名目成長率などを外生変数とするものとなった。

第3章 人的資本部門のモデルの構築

 本章では、人間は焦点を当てるが、ここでは人間は消費や貯蓄などの経済活動に携わっている家計としての主体ではなく、生産規模を左右する投入要素、すなわち生産要素として登場する。その生産要素の量や質に対して変化が生じれば、一国の生産規模が変化することになる。
 推定した6本の構造方程式は、GDP成長率、労働力増加率、1人当たり生産量、GDP、平均就学年数、労働者1人当たり消費を内生変数とし、過去のGDP、出生率、ジニ係数、教育支出、平均寿命、労働者に占める女性の割合などを外生変数とするものとなった。

第4章 貿易部門のモデルの構築

 経済発展の進展を左右するものとして、貿易の果たす割合は非常に大きい。本章では、貿易の経済発展に対する貢献について分析を行う。果たして輸出振興のほうが輸入代替よりも優れているのだろうか。また、貿易の他に、海外直接投資の受け入れにも注目する。海外直接投資の受け入れは国内企業への投資を駆逐することなく発展に貢献するのだろうか。
 推定した9本の構造方程式は、1人当たり実質GDP、1人当たり実質消費、1人当たり実質投資、1人当たり実質輸出、輸出数量増加率、輸出価格上昇率、1人当たり実質輸入、輸入数量上昇率、輸入価格上昇率、交易条件変化率を内生変数とし、1人当たり実質政府支出、実質貸出金利、直接投資受入額、直接投資増加率、マネーサプライ上昇率などを外生変数とするものとなった。

第二部 現実の経済問題への適用

序章 モデルを用いた予測にあたって

 第二部は、今、世界中で湧き起こっている様々な深刻な経済問題に目を向ける。現実の諸問題を取り上げ、将来どのようになるのか、どのような政策を実質れば解決が可能となるのか、第一部で我々が推定した経済モデルを応用ることによって、それらの課題の解決を考えるものである。

第1章 インフラ部門のモデルによる予測分析

 発展の度合いの違いによるインフラ指標の生産への感応度の違いを、係数ダミーを用いた回帰分析を活用することによって考察する。推定の結果、工業部門については、東アジアのような急速な発展を遂げつつある経済においては、インフラ整備の生産への感応度は他の地域よりも高く、アフリカ地域はそれらよりも低くなった。したがって、インフラ整備はある程度の1人当たりGDPの水準を達成した後、大きな効果を示すものであるといえよう。
 また、東アジア地域やアフリカ地域のインフラ水準を先進国並みに引き上げた時にもたらされる経済発展の水準についての考察を行った。インフラ整備により、ほとんどの国々において非農業部門のシェアが大幅に大きくなる。インフラ整備の効果は、農業部門よりも非農業部門に大きく表れ、社会生産基盤としての性格が強いことがわかる。

第2章 金融部門のモデルによる予測

 累積債務は経済発展によって大きな負担となる。累積債務を抱える国々において共通してみられる現象の1つとして急激なインフレがあげられるが、そのインフレは経済発展にどのような影響を及ぼすのであろうか。インフレが激しいラテンアメリカ諸国とインフレが比較的適度な状態である東アジア諸国の比較から考察する。貸出金利や名目貨幣残高を変化させたときのシミュレーションの結果から、最適インフレ率なるものが存在するとしても、その国の経済発展の水準と経済の現状によって異なると考えられることと、東アジアの経済発展は微妙な経済のバランスの上に成り立っていたことが明らかとなった。
 また、高い貯蓄率は経済発展における資金需要を十分に満たし、それは成長の主要な源泉となる投資の基礎的な条件である。東アジア諸国の高いパフォーマンスも貯蓄率の高さにあると指摘されている。そこで、貯蓄率に関する各国の特色を、貯蓄率の実績値と我々が推定した構造方程式で計算される貯蓄率の理論値の差から考察する。その結果、東アジア諸国は理論値よりも高い貯蓄率を誇っていることがわかり、貯蓄率の向上を目指した政策を施行したことが多大に関与していると考えられる。
 次に、銀行制度の充実は経済発展に大きな影響を与えるものかどうかについての分析を行う。第一部で推定したモデルに、商業銀行の信頼度を示す法定準備金と金融深化の程度を示すマネーサプライのGDPに対する割合を組み入れ、それらを先進国並みに引き上げるシミュレーション分析を行った。その結果、バングラディシュやマレーシアにおいては、銀行制度の改良によって経済発展について将来的にある程度の効果が見込まれるが、韓国については逆効果になることがわかった。したがって、銀行制度については、国ごとの特徴を踏まえて構築する必要があるといえる。

第3章 人的資本部門のモデルによる予測

 今日、東アジアでは経済発展を支える技術者の不足が言われている。日本でも理工系離れが問題になっているように先進国においても今後、技術者が不足すると考えられている。そのような技術者不足が経済発展にどのような影響を及ぼすのかについて分析を行う。
 そこで、第一部で推定したモデルに高等教育普及率を追加し、初等・中等教育が整備されている先進国・東アジア諸国とそれ以外の国々を比較するためにダミー変数を導入して分析を行った。その結果、労働生産性の水準を説明するものとして、高等教育普及率が重要であり、先進国・東アジア諸国以外の国々では、高等教育よりも初等・中等教育のほうが経済発展に重要であることが明らかとなった。

第4章 食糧問題に関する予測

 世界各国は工業化、都市化を推し進め、その結果として農業が経済・社会における重要度が相対的に小さくなっていうように思われるが、近い将来における地球規模の食糧問題が懸念されるようになってきている。本章では、将来の人口と食糧を予測することにより、政界の食糧事情について考察する。
 第一部の人的資本部門のモデルとインフラ部門のモデルを加工・統合することによって、各国の人口と食糧を予測する。その結果、人口は順調に増加していくが、食糧生産はそれに見合うほどの増加は達成できないことがわかった。したがって、各国の農業技術の進歩、世界全体での分配政策が極めて重要となると考えられる。

第5章 貿易部門のモデルによる予測

 第一部で推定した貿易部門のモデルを用いて将来予測を行い、直接投資の変化が経済発展にどのような影響を及ぼすかを検討する。
 直接投資受入額を増加させると、日本においては、国内投資はほとんど減少せず、GDPの増加につながるが、フィリピンにおいては国内投資の減少が大きく、GDPの増加につながらないことがわかった。したがって、その国の経済発展段階に応じた直接投資受入政策が重要であるといえるであろう。

第6章 総合的なモデルによる予測

 経済発展のための政策として、各国に共通しているのは、「基礎的条件整備に関する」政策である。ここでは、安定したマクロ運営が経済発展にプラスに作用するのかについて分析を行った。
 最初に、為替レート、および物価の安定が経済にプラスに働くかどうかについて検討した。そこで第一部で推定したモデルに為替レートの変動係数を組み入れた。その結果、為替レートの変動は直接投資受入の大きさにマイナスに影響することがわかった。また、物価の変動については、国内投資にマイナスの影響を及ぼすことがわかった。
 次に、為替レートの変動が影響を及ぼす直接投資の受け入れの大きさが経済発展に及ぼす影響について検討を行った。その結果、直接投資は教育やインフラの整備など、経済基盤・社会基盤に決定的ではないものの何らかの影響を及ぼすことがわかった。ただし、その影響の大きさは、国や地域によって異なるため、それぞれの国や地域の状況や特徴に応じた政策が必要となるといえるだろう。

おわりに

 本論文はすべて、当研究会の純粋な研究による報告である。第1期生16名が全員で取り組んだものである。まだまだ完成度は高いものではないが、今後の研究会活動に生かしていきたい。