◆ 2000年度 三田祭論文要旨

「IT革命と経済発展」

第4・5期生

序章

「経済が成長するにつれて、しだいにその増加率は鈍化していく。特に経済の成熟した先進国ではその傾向が強い。」ITは、この通説を覆そうとしている。経済を生産面から捉えると、生産量は資本、労働、技術水準に依存する。これまでの経済発展は、主に資本を蓄積することに重点が置かれてきたが、先進国経済においては、限界が見え始めている。そこで注目されているのが、 IT(情報技術)である。ITの促進は、資本蓄積としてのみならず、技術水準を向上させるため、より大きな経済成長につながる。以下の章では、ITが経済に与える影響を様々な角度から実証・考察する。

本論文では、IT先進国のアメリカと、今後ますますIT分野を強化する必要のある日本を分析対象に取り上げる。

第1章 経済成長の要因の1つとしての情報関連資本ストック

 IT化が経済成長に与える影響を明らかにするため、資本ストックをパソコンやインターネットなどの通信機器等を含む情報関連資本ストック(KIT)と、それ以外の資本ストックとに分類する。その上でKITに注目し、成長の要因分解分析を行った。分析の結果、情報化の進展が著しいアメリカの方が、日本よりも経済成長に対する情報関連資本ストックの成長が大きく、また、E0年代においては、経済成長に対する技術進歩の寄与率が大きくなっていることもわかった。

第2章 情報関連資本ストックの説明要因

 第一章で示された情報関連資本ストックを、増加させる要因について、本章では、情報インフラストラクチャーと競争市場の整備の二つに注目した。まず、通信インフラストラクチャーの整備は、IT機器や設備等の投資を増加させるため、直接的にKITを増加させることがわかった。また、競争市場の整備が市場参加者を多くするために、競争は促進させ、コストが削減されるので、間接的に情報関連資本ストックを増加させることがわかった。

第3章 情報機会と全要素生産性

 日本とアメリカにおける情報関連資本ストックの増加は、コンピューターとインターネットを普及させた。これにより、より多くの人に対して情報機会を与えられることになった。特にインターネットの普及は、従来の単体でのパソコンによる経済効果に加え、ネットワークの経済外部性を発揮するために、単にコンピューターが普及した時に比べ、経済により強いインパクトを与えることになった。
 また、国際的な情報機会の格差にも注目した。情報機会を増加させる要因として、情報インフラストラクチャー、競争市場の整備、教育があり、これらの格差を埋めることは、情報機会の平準化を実現すると思われる。

第4章 情報関連資本が産業構造に与える影響

 情報関連投資が各産業に与える影響を明らかにした。第1節では、技術変化が各産業の生産シェアに与える影響の大きさを明らかにした。技術変化が、景気変動に次いで大きい影響を与えていた。第2節では、各産業の生産物の価格変化を要因分解して、サービス業と製造業で技術変化が起こり、生産性が向上していることを明らかにした。第3節で、第1節・2節で導出した技術変化が情報関連投資の増加によるものであることを実証した。情報関連投資の増加は産業構造と各産業の生産性に影響を与えていることが示された。

第5章 日本の労働市場の変化と流動性

 IT革命と日本の労働市場の流動性に関係について考察した。情報化が進展し始めた90年から95年にかけて、就業構造が変化し、雇用のミスマッチが拡大してきた。この雇用のミスマッチは、各産業における技術変化、特に情報技術の革新によってもたらされたものである。
 また、近年IT化が進むOECD諸国では、雇用の流動化が労働生産性の大きさに影響を与えていることがわかった。そして世界と日本の労働市場における流動性の比較よって、日本の労働市場の流動性が低いことが確認できた。このことから、日本が労働生産性を向上させるためには、柔軟な労働市場が不可欠であると考えられる。

第6章 政策の影響分析

 第一章から第五章までの分析を踏まえて、日本の情報化政策とその経済効果について、費用及びその効果について、推定期間を5年としてシミュレーション分析を行った。シミュレーションは3通り行った。1. 日本が情報化政策を現状のまま行わない場合、 2. 政府が情報化政策を行う場合、3. 一人あたりのGDP成長率がアメリカ水準に追いつくためのキャッチアップ政策を行った場合である。このシミュレーションの結果をアメリカの現状予測と比較した。その結果、どの政策を取った場合でも、アメリカほどの雇用誘発及び税収の増加の効果は見込めないことがわかった。

第7章 結論

 これまでの考察と、第6章におけるシミュレーションによって、不況を克服するために、情報化政策を行ったとしたとしても、GDP成長において、アメリカにキャッチアップするのは容易ではないことがわかった。しかし、財政支出や雇用において痛みを伴うとしても、IT導入に関して、政策を何も行わない場合、アメリカをはじめとする先進国に取り残される危険がある。社会的にはITはコストを要するが、経済成長を長期的に維持するために、重要となるだろう。