■ 2008年度 三田祭論文要旨

「食糧問題と経済発展  ―迫る世界的危機への対応―」

第12・13期生

第1章 食糧価格高騰の原因・影響と解決策

 過去40年間における世界の飢餓人口削減の大半は、「緑の革命」の中心となった東アジア・太平洋地域で達成され、南アジアやサハラ以南アフリカでは飢餓人口はむしろ増加してきた。そうした中、1972年以来の記録的な食糧不足を反映し、食糧の国際価格は2002年から2008年10月にかけて小麦2.4倍、トウモロコシ2.2倍、コメ2.7倍と、穀物をはじめとして軒並み上昇してきた。
 輸出価格の高騰で恩恵を受ける穀物輸出国も一部あるものの、所得の多くを食費に回さざるを得ない貧困国の家計は深刻な打撃を受けている。1997年以降増加に転じた世界の飢餓人口は2007年に8.5億人、2008年に9.8億人となり、2015年には12.0億人に達すると予測されている。「人口増加は農業生産技術の向上よりも急速であるため、食糧供給能力を超えた人口は疫病・戦争・飢餓等で調節されざるを得ない」という経済学者であるマルサス(1766-1834)の予想が現実味を帯びてきたようでもある。
 対策として、これまで国際的に議論、実施されてきたものだけでは不十分である。なぜならば、食糧価格の長期的な上昇につながる構造的要因として、需要面では途上国の所得水準の増加に伴なう食肉需要の増大、人口の増加、バイオ燃料用穀物需要の増加などがあり、供給面では地球温暖化による乾燥化、原油価格の高騰に伴う化学肥料や農業機械のコストの増加、農地面積の拡大の頭打ちなど、食糧供給の制約要因があるためである。
 そこで本論文では、世界の食糧不足の解消、飢餓人口の削減につながる方策を見直すべく、統計データを用いて、世界全体で食糧の需要関数と供給関数を推定した上で、(1)世界の食糧市場の不均衡を解消する、(2)世界の食糧供給を増やす、という2つの面でから対策とその妥当性を検証した。

第2章 需要曲線の推定とその考察

 食糧問題を考える上では需要と供給の双方からの接近が重要であるが、本章では需要側の分析として、重回帰分析を用いて、世界の穀物の需要関数を推定した。
 まず、穀物市場における市場メカニズムについて述べ、穀物価格、穀物取引量の決定の仕組みについて、例も交えて説明した。穀物需要に影響を与える要因としては人口、穀物価格、所得水準、文化など様々なものが考えられ、分析対象とする食糧も多岐にわたるが、本論文ではコメ、小麦、コーンの3穀物、低所得国、中所得国、高所得国の3グループについて、計3×3=9本の需要曲線を推定することにした。次に各穀物の需要を説明すると考えられる変数を、それぞれ消費量を増やす変数、減らす変数、場合によって異なる変数の3つに分類し、それぞれの変数が及ぼす影響について一つ一つ分析を行った。分析により変数の妥当性を確認したのち、重回帰分析を行い、9本の需要曲線を推定した。穀物別・所得水準別に需要の価格弾力性を比較したところ、中・低所得国においては、全体的に高所得国よりも穀物の需要の価格弾力性が高く、穀物を必需品とし、穀物への依存度が高い状況であることがわかった。需要面から分析した結果、食糧価格の高騰は所得水準が低い国により大きな打撃を与え、今後さらに深刻な事態になると考えられる。

第3章 供給曲線の推定とその考察

 世界の食糧市場を需要側から分析した第2章に続き、本章では供給面からの分析として、世界の食糧の供給関数を推定した。
 まず、一般的な供給曲線の特徴についてまとめた後、(1)作付面積、(2)無機質肥料使用量、(3)トラクター使用台数、(4)農業労働者、(5)気温、(6)原油価格、(7)ダミー変数(低所得国か否か、肥料使用量が多いか否か)などの要因について国別データを集め、世界の食糧の供給関数の推定を行うこととした。世界の食糧の生産関数を推定した後、食糧価格のデータを用いて、利潤最大化の下で、コメ・小麦・コーンからなる穀物全体の供給関数を導出した。そして、総作付面積に占める割合と価格との関係に基づいて、供給量合計に占めるそれぞれの穀物の割合を算出し、この割合を用いて、穀物それぞれの供給関数を求めた。さらに、技術進歩を考慮して推定に改良を加えた。
 推定された生産関数、供給関数には表れない国ごとの食糧の生産形態の違いを分析するため、数値データから客観的な類似度を算出して各国をグループ分けするクラスター分析を行った。クラスター分析の結果、世界の国々の食糧生産の形態を、土地・肥料・労働・トラクター・技術進歩の増産への貢献度の大小によって大きく4つのグループに分類できるものの、過去20年間の世界の食糧生産の増加には、概して肥料とトラクターが特に重要な役割を果たしてきたことがわかった。

第4章 食糧市場の現状と将来予測

 本章では、第2、3章で推定・導出された各穀物の需要関数・供給関数に基づき、全世界の食糧需給の現状を分析し、食糧需給の将来予測を行った。  2008年秋にかけての世界全体での食糧価格の高騰に際して、世界各地で穀物価格高騰に対する暴動や騒乱が発生したり、私たちの身近でも、穀物を使用している食料品の値上げが実施されたりしている。第2、3章で推定した需要関数・供給関数を曲グラフに描き、現在(2008年11月)の穀物価格をその上に示すと、需要曲線と供給曲線との交点として理論的に求まる均衡価格よりも、現在の穀物価格は高い水準にあることがわかった。乖離の原因として、穀物メジャーによる穀物貿易の寡占や、短期的に価格を引き上げる投機マネー、さらに政府による農業保護政策などが挙げられることを、データを用いて示した。
 続いて、第2、3章で推定した需要、供給曲線を用いて、2030年における需給の将来予測を行い、食糧の国際価格も予測した。その結果、2008年11月から2030年にかけて世界の穀物価格は、コーンについてはほぼ変わらないものの、コメは約1.75倍、小麦は約1.2倍に上昇することが分かった。

第5章 食糧不足解消のための政策提言

 以上の分析を踏まえ、本章では今後さらに深刻化していくと予測される世界の食糧問題に対してとるべき政策を分析した。
 ODA(政府開発援助)は先進国による自発的援助であるため、経済情勢が厳しくなる今後は、それに頼り続けていくことは難しく、ODAに代わる新たな政策を考える必要がある。人間が最低限の生活水準を維持するために必要な平均的なカロリー摂取量は1人1日あたり2130kcalである。この値を基に、世界人口がピークを迎えると予測されている2030年時点での世界全体の穀物の必要量を算出したところ、約22億トンと求まり、2005年から5億トン増えることがわかった。食糧問題解決のためには、この5億トンを解決できる政策が必要となる。
 解決策として、まず、(1)「他国からの援助なしに自国の資金によって輸入する」、すなわち自国による食糧問題の解決の可能性を分析したが、算出された費用は莫大で、非現実的な策であることがわかった。そこで新たな政策として、市場システムを利用しない政策と、利用する政策との2通りを分析した。前者の政策として、(2)「生産要素である土地・トラクター・肥料を政府主導で増加させる政策」を分析したところ、費用面では実現可能との結果が得られた。しかし、トラクターや原材料などは土地に対して投入できる量が限られいることを考慮すると、この政策の実現可能性は低いと考えられた。後者の政策として、(3)「価格を意図的に吊り上げることで供給量を増加させる政策」を分析した。ここでは、価格高騰による食糧問題の悪化を防ぐため、政府が価格上昇分の費用を負担することを仮定した。この政策によりかかる費用を算出したところ、世界全体で協力し、費用を負担すれば実現可能であると考えられる水準となった。しかし、供給量を増やすだけでは抜本的な食糧問題の解決には繋がらず、輸入に依存する国々への分配も考慮しなければならないことも忘れてはならない。
 したがって、将来、深刻化が予測される世界全体の食糧不足に対する対策としては、各国が国際的に協力し合あう食糧価格を引き上げる策により供給量増加を増加させるとともに、増産された穀物が輸入資金の乏しい国々にも分配されるよう、国際機関に預けた上で各国にに適切に分配することが望ましい、という結論に至った。