■ 2010年度 三田祭論文要旨

「デフレと経済発展  ―デフレの発生メカニズムとデフレ脱却への政策―」

第14・15期生

序章 本論文の意義と目的

 デフレとはモノの値段が持続的に下がっていくことであり、社会に様々な悪影響を与え、不況や低成長を引き起こす傾向がある。そして十数年間もの間、デフレに慢性的に陥っていた先進国は日本だけである。これまでも様々な対策が講じられてきたが、デフレ脱却の糸口は一向に見えてこず、もはやデフレは日本特有のものになってしまった。近年は米国など他の先進国も日本型デフレに陥ることを懸念しており、非常に重大な問題となってきている。
 そこで、本論文では初めにデフレが経済発展に与える影響を明らかにする。次に日本でのデフレの原因を解明し、それぞれが要因としてどれほど寄与しているのかを明らかにする。最後に、デフレは解消可能なのか、解決するにはどのような方法があるのかを検討する。

第1章 深刻化するデフレ

 第1章では、経済発展とデフレの関係を考察し、日本の経済発展の現状を示した後、物価と景気との関係と物価の指標・定義について考察する。さらにデフレが日本経済に与えている悪影響について、企業・家計・政府の面から分析を行う。  日本では1990年代半ば以降、物価上昇が継続的にマイナスとなる「デフレ」状態が続いている。日本のデフレに対する懸念は国際的にも継続的に示されている。経済発展と物価との関連について分析すると、経済発展が進むにつれて1人当たりGDP成長率と物価上昇率が低下する傾向が観察されるが、日本のGDP成長率と物価上昇率が共に先進国の中で著しく低いところに位置することから、日本の経済発展の停滞とデフレは密接に関係していると考えられる。
 「デフレ」とは国際的には少なくとも2年以上物価が下落した場合を指す言葉である。この定義はデフレ期と非デフレ期での生産の差が最も大きく出る年数に基づいており、戦前の物価変動が大きかった時期のデータを用いて定められている。そこで、現代のデータを用いて物価と生産の関係を検証すると、生産の大きさの違いが顕著に表れるのは「CPI(総合)の前年同月比が1.5%以下の月が少なくとも4か月以上続くとき」であるとわかった。このことから、物価上昇率の低下が生産に負の影響を与えるということ、現代においては物価上昇率1.5%以下のプラスであっても、なおかつ継続期間が2年以内の短期であっても負の影響を与えるということがわかった。この定義を新たに「デフレ」として考えるならば、日本経済は一時期を除いて1992年末頃より一貫して「デフレ状態」にあることから、政府と日銀の対応には問題があったと考えられる。
 次に、デフレが経済に与える悪影響について分析を行った。企業部門では、フローの面でデフレによる利潤の減少、ストックの面でデフレによる中小企業の資金繰りの悪化や実質債務負担の増加があげられる。家計部門では、フローの面で企業の労働需要低下による家計収入の減少、ストックの面での資産所得の低下による消費の減少や、実質債務負担の増加があげられる。政府部門では、フローの面で企業業績悪化による税収の減少と歳出の増加、ストックの面で政府債務の実質負担の増大があげられる。このようにデフレは各主体に対して負の影響を及ぼしている。

第2章 デフレの原因

 第2章では、なぜデフレが起き、なぜデフレが続いているのか、それらの原因についての考察を行う。まず原因についてのヒントを得るため主成分分析により物価変動を解析した。その結果、デフレの要因には長期的なものと中期的なものがあることが明らかとなり、長期的な原因としてグローバル化、少子高齢化、賃金下落を、中期的な要因としてデフレ期待と資産デフレに注目した。
 グローバル化が日本の物価に与えている影響については、産業連関表を用いて産業間の中間財取引からなる連関構造を考慮して分析した。グローバル化の進展により、輸入浸透度の上昇、輸入品価格の下落がおこり、これによって、日本国内において中間財と最終財の物価が下落する。そして、安価になった中間財が、生産活動に投入されることで、企業は今までよりも低いコストで製品を製造することができるようになり、価格低下の余地がうまれる。また、輸入品との価格競争により、国産品の価格を下げざるを得なくなり、国内物価の下落につながる。産業連関分析を行った結果、グローバル化の進展に伴なう輸入浸透度の上昇によって、関連産業以外の輸入品物価の下落がさまざまな産業に波及し物価を引き下げるデフレ要因となっていることがわかった。また国別ではインドネシアや中国、フィリピン、韓国などのアジアの新興国が大きく影響していることがわかった。自由貿易の拡大により、今後もこの傾向が続き、国内物価へのデフレ圧力が一層強まっていくであろう。しかし、グローバル化がデフレの要因であるからといって、これらの国々からの輸入を制限するといった政策をとることは現実的ではない。したがって、グローバル化は今後、デフレ政策を考える上での、制約条件・所与の条件とするべき重要な要因であると考えられる。
 少子高齢化とは子供が減る「少子化」と、高齢者が増える「高齢化」が同時進行する現象である。少子高齢化が継続的に進むと、生産年齢人口は減少し、それが足を引っ張る形で総人口も減少している。マクロでみた消費とは、1人当たりの消費と総人口を掛け合わせたものである。つまり、人口が減少すると(1人当たり消費が増加しなければ)総消費も減少する。消費が減るということは、消費者の需要が減るということであるため、すなわち物価下落に繋がると思われる。したがって、少子高齢化はデフレの要因になると考えられるのである。国全体の消費支出の減少を人口構成の変化と消費支出の変化で要因分析したところ、人口構成の変化は消費支出を押し下げていることがわかった。
 賃金の下落は家計の手取り収入の減少を意味する。そのため賃金の下落は需要を減退させ物価下落の要因となると考えられる。分析から名目賃金あるいは就業者が減少することで、消費支出が減少することが確認できた。次に労働需給のメカニズムに基づき実際の日本の労働需要関数と労働供給関数の推計を行うことによって、賃金の下落の原因を探った。その結果、労働需要の減少が労働供給の増加と比べて遥かに大きな影響力を与えていることがわかった。
 デフレ期待は、経済発展を阻害している。デフレを、経済主体である企業・消費者が予想・予測しているということである。デフレとは物価が継続的に下がることであり、そのデフレ状況下で消費者は商品やサービスを安価で手に入れることが出来る。また、企業は安価で材料購入、設備投資が出来る。しかし、価格が下がるということは、収入も下がるということである。このように、デフレがデフレ期待を形成し、そのデフレ期待が更なるデフレの悪化を招いていると考えられる。分析の結果、消費者と企業は現在と過去の経済状況から期待物価上昇率を形成し、それを自らの消費活動、企業活動に反映していることがわかった。つまり、デフレ期待が需要減少を通じてデフレの要因の1つとなると言える。
 資産デフレとは、保有する資産の価格の下落により企業会計にキャピタルロスが発生することで企業の投資意欲や家計消費が抑制されることから起こる現象である。バブル崩壊に伴った資産デフレは資産効果やバランスシートの悪化要因となり、家計消費、設備投資の減少の原因となった。
 それぞれが有意にデフレの原因となっていることを実証した後、AD-AS分析を用いて原因と考えられる要因それぞれのインパクトを測定した。結果、デフレの大きな原因は高齢化や現金給与額の減少、自己資本比率の悪化、地価の下落、企業のインフレ期待、そして輸入浸透度の増加であることがわかった。

第3章 政策

 一般に、デフレから脱却するために行われる政策として経済政策が挙げられる。長期間、デフレに陥った日本ではデフレを解消すべく様々な経済政策が行われてきた。第3章では、デフレ解消のための政策として、まずこれまで実施された金融・財政政策の物価への影響、さらにはこれまでの政策方針の物価への影響を分析し、提言すべき政策を模索する。
 金融政策は物価を操作する主たる手段であり、物価の安定は中央銀行の使命である。日本銀行はデフレの発生以来、ゼロ金利政策や量的緩和政策といった金融緩和政策を世界に先駆けて行ってきた。しかしながら、資金需要の弱さによって金融緩和策が結果的に貨幣乗数の逓減に相殺されており、これがマネタリーベースを大幅に増加させても、マネーストックの増加には結びつかなかった要因と考えられる。
 一方、デフレ期の景気停滞に伴って政府は大規模な財政出動も行ってきた。そこで、財政政策の物価への影響について、規模と効果の両面から検証を行った。規模に関しては、物価下落圧力であるGDPギャップのマイナスが政府支出・減税の変動と連動していることから、政府がGDPギャップを埋めるように十分な規模の財政出動を行ってきたことがわかった。そこでその効果につていて、政府支出乗数・減税乗数の推計を行ったところデフレ期では乗数が1を上回ることはなく、民間部門の消費に結びつかず、その効果が限定的であったと考えられる。
 また、経済政策のみならず、デフレが顕在化し始めたバブル崩壊後に政府がとった政策方針も、規制緩和を中心とした供給サイドに偏ったものであった。したがって、デフレ脱却のためには経済政策による下支えを継続しながら、根本的に日本経済の需要を喚起していく政策が必要である。これは、第2章で詳らかにしたデフレの原因が需要の弱さに関して多岐にわたっていたことからも明らかであろう。
 そこで、需要の総合的な創出によるデフレ脱却を目標として掲げる政府の2010年の新成長戦略の効果について、物価への影響を焦点に評価を行った。政府が掲げる各政策についてを実施したときの需要創出効果を算出し、物価変動の説明式とGDPギャップによって説明される物価変動の説明式の2つの式によって物価の将来予測を行った。しかし、政策が限りなく100%実行されたと仮定した場合であっても1.5%以上の物価上昇は難しく、さらに実現可能性を加味すると今後の継続的な物価上昇を望むことは難しいと結論付けられる。これらの分析結果から、今後の日本の経済発展を考える上では、前提として物価の上昇を前提としないような効率的な経済システムの構築が必要であると言えるだろう。