■ 2005年度 三田祭論文要旨

「全要素生産性と経済発展  ―先進国としての日本の長期経済発展政策の検討―」

第9・10期生

第1章 経済成長と全要素生産性

 日本経済は1990年代以降、2%以下の低成長が続いている。少子高齢化と産業の空洞化という課題を考慮した上で日本の経済成長を将来推計すると、今後も低成長の傾向が続くという結果が得られた。この結果を踏まえて今後日本経済が取るべき指針を見直すために、新古典派成長理論による検討と経済成長の要因分解分析を行った結果、日本が今後経済成長を続けていくためには全要素生産性の向上に力を入れることが不可欠であることがわかった。

第2章 全要素生産性の構成要素

 本章では、技術水準を表す全要素生産性に着目し、日本の経済発展について考える。具体的には、全要素生産性を構成している要素として研究開発、対内直接投資、産業構造の変化、教育、ITの5つの要素を取り上げ、それぞれについて全要素生産性を上昇させるための政策を検討する。

第3章 研究開発と全要素生産性

 本章では、前章をうけて研究開発と全要素生産性の関連を分析する。まず日本の現状として、G7諸国と比べると研究開発費が最も多い国であるにも関わらず、それが技術進歩に結びついていないことが挙げられる。その要因を探ると、研究開発に携わる人材が今後減少していくこととG7諸国と比べて政府の研究開発投資が少ないことが、研究開発の効果に影響を与えていると考えられた。そこで、その2つの要因にかかわる政府の政策の効果について試算したところ、全要素生産性の向上に貢献することが判明した。

第4章 対内直接投資と全要素生産性

 本章では、全要素生産性を向上させる要因の1つとして、対内直接投資の増加が全要素生産性に及ぼす影響の分析を行い、そのために取るべき政策の検討と効果の推計を行った。分析の結果、対内直接投資が流入することは競争圧力効果、スピルオーバー効果を発生させるため、全要素生産性を上昇させる効果があることがわかった。しかし、日本の対内直接投資はOECD諸国平均と比べると少ないため、日本の全要素生産性上昇に対して対内直接投資を増加させる政策として法人税率の引き下げと市場の規制緩和に注目した。

第5章 産業構造の変化と全要素生産性の変化

 本章では、産業構造と全要素生産性の関係を分析した。初めに、ヘクシャー・オリーン型の産業構造決定式を用いた分析を行い、日本は経済の発展水準に見合った産業構造に至っていることが確認された。次に、上記の決定式によって導出される標準的産業構造と現在の産業構造の乖離が少ないほど、全要素生産性が上昇するということを示した。さらに、現在の日本では、規制緩和政策により規制指数を低下させることで乖離が0に近づくことを示した。また、規制緩和に伴って長期失業が低下し、それに伴って全要素生産性の上昇の効果が得られることも確認された。

第6章 高等教育と全要素生産性

 本章では、高等教育がどのように全要素生産性に関係しているのか、それを家庭・社会環境、子供の能力、教育の質の3点からそれぞれ分析した。家庭・社会環境としては大学進学進学率を挙げ、大学進学率を高めることで全要素生産性が上昇することが実証された。子供の能力として高等教育以前の学力を挙げ、その結果、中等教育と高等教育の両方の質を上げることが重要であることがわかった。教育の質について、さらに学校規模、教員の質、学校教育費の3点について分析し、それぞれを改善することで全要素生産性が上昇することが示された。

第7章 IT化と全要素生産性の変化

 本章では、IT化という事象を「IT投資が全投資に占める比率の向上」及び「IT関連労働者が全労働者に占める比率の向上」という2つの観点から捉え、IT化がTFPに与える影響についての実証分析を行った。その結果、2つの比率が上昇することによりTFPが向上することが示された。IT投資比率を向上させる政策として、政府が現在実施しているIT投資優遇税制について取り上げ、IT労働者比率を向上させる政策としては情報処理振興対策費を取り上げ、その効果を推定した。いずれの場合もこれらの政策がそれぞれの比率を向上させ、TFPの向上に貢献することが示された。

第8章 政策の効果

 本章では、第3章から第7章までの分析を基に、現在日本で検討されている政策と本論文で提言する政策が総体的にどの程度のTFP上昇効果をもたらし、それによってGDPおよび財政収支にどのような影響があるかをそれぞれ推計した。
 まず、第3章から第7章では研究開発、対内直接投資、産業構造、教育、ITのそれぞれの重要指標を説明変数として回帰分析を行うことによってTFPの上昇に影響する指標であることを示したが、それによって求めた各指標のインパクトを示す係数を、各推定式の説明力を考慮して合成することにより、上記の全ての説明変数を含んだTFP決定式を作成した。
 次に、その決定式を用いて、まず現在日本で検討されている政策を行った場合に生じる各説明変数の変化分を決定式に代入してTFPの上昇分を求め、その結果GDPと財政がどのように変化するかを推計した。その後、各説明変数に関して「OECD平均以上のものについてはOECDの最高水準まで引き上げ、OECD平均以下のものはOECD平均の水準まで引き上げる」という基準によって政府が目指すべき政策を設定し、その場合についても同様にTFPの上昇及びGDPと財政の変化について推計を行った。
 その結果、いずれの場合にもGDPは上昇し、財政収支も黒字となるものの、後者の政策の方がより大きな成長及び黒字を達成できることが示された。ただしTFPについては、2004年のアメリカを100とした時に、後者の政策を行った場合では、2015年に88.24にしか達しない。日本のTFPをアメリカと同水準にまで引き上げるためには、更なる対策が必要であるという結果となった。