■ 2006年度 三田祭論文要旨

「真の経済発展の探求  ―余暇も重視する経済の実現へ―」

第10・11期生

第1章 なぜ余暇に注目したのか

 日本の生活満足度は他の先進国と比べて低い水準にある。一般に所得が増加すると生活満足度も向上するが、今後の日本経済は低成長が予想される。そのため、日本は所得増加以外の要素で生活満足度を上げなければならない。ここで、日本人の価値観の変化を見てみると、所得増加に伴って、物の豊かさよりも、豊かさを求める人の割合が増加している。また、世界的に見ても賃金(時給に相当)がある一定値を超えると労働時間を減らして余暇時間を増やす傾向が顕著であり、日本はその時期に到達していることが分かる。しかし、日本の余暇は量の面から見ても質の面から見ても不十分であり、今後の日本人の生活満足度を高めるためには余暇に着目する必要がある。

第2章 効用の考え方に基づく日本の所得と余暇の配分の検討

 本章では、経済発展の水準を所得だけでなく、余暇も考慮した形で総合的に評価するために、効用の大きさの定量化を試みた。そこで用いた指標は、世界各国の賃金率と労働時間のデータである。これを用いて、日本は賃金率(発展水準)に見合った所得と余暇の配分を選択しているかどうかを検証するためにCES型の効用関数を推定し、効用の推計を行った。その結果、日本は最適な余暇時間よりも1ヵ月当たりで6時間働き過ぎであることがわかった。つまり、近年、日本の余暇時間は増加傾向にあるものの、未だに不十分な水準にあると言える。なぜこのような結果になったのかを検証したところ、それは他の世界と比べて相対的に高い日本の貯蓄率によるものではないかと結論付けた。

第3章 国際比較-世界各国のグループ分け-余暇時間の最適配分

 本章では、まず、余暇時間の配分をマスメディア、趣味、社交、スポーツ、休息に分類し、それぞれの決定要因について検証した。その結果、世界各国の余暇時間の配分は国民性以外にもその国のインフラ設備などの環境の影響を受けていることが分かった。次に、余暇時間の配分を用いて世界各国をグループ分けし、その中で日本の位置を見るために多変量解析(具体的には主成分分析)と、クラスター分析によるグループ分けを行った。その結果、世界中の国々は、大まかに分類してアジア型、アメリカ型、ヨーロッパ型に分けられ、日本はアジア型に属することが分かった。第2章の結果より、アメリカ型やヨーロッパ型に属する欧米諸国は日本よりも効用水準が高い。これらの国々の中から日本が今後目指すべき国を検討した結果、日本は余暇時間の使い方を見直せば、より効用水準の高いアメリカに近づける可能性がある。具体的には社交と趣味の時間を増やせば良いという結論を得ることができた。

第4章 余暇時間の生産性への影響、外部性について

 本章では、余暇時間の増加がマクロ経済に与える影響を需要と供給の2通りから検討した。まず、需要面については、GDPを構成する消費、投資、政府支出に及ぼす影響を分析した。その結果、余暇時間が増加することで消費の増加、娯楽産業への投資の増加等からGDPが増加することが分かった。次に、供給面については、労働時間の減少による生産への負の影響、そして余暇活動によるリフレッシュ効果からなる生産への正の影響をそれぞれ分析した。その結果、労働投入の減少という量的減少がリフレッシュ効果という質的増加を上回り、全体としては余暇時間の増加がGDPを減少させることが分かった。
 以上の結果から、余暇時間を1時間増やすことによって発生する需給ギャップは年間2544億1000万円に上ることが分かった。

第5章 余暇政策の歴史とその評価

 本章では、日本経済の動向に左右され続けた余暇政策の歴史を時間、空間(ハード)、質(ソフト)という3つの視点から分析、評価を行った。第一に、時間の面から見ると、日本では祝日が多い反面、有給休暇を取り残す傾向にあることが分かった。その原因は不況等の不測の事態に備えるからであり、祝日の過ごし方にもその考え方は影響を及ぼしていると考えられる。そのため、祝日をさらに増やしたり、有給休暇を取りやすい制度を作ったりすれば余暇時間は増加する可能性がある。第二に、空間(ハード)の面では1987年制定のリゾート法の経済効果を検証した。その結果、優遁税制から成る減税額を大きく上回る経済効果があがる政策であったことが分かった。しかし、リゾート法の計画が予定通りに全て実行されたわけではなかったことから実際の経済効果を不確実であるとする結論を得た。第三に、質(ソフト)の面では、生涯学習振興法、NPO法、ゆとり教育についての検証を行った。その結果、生涯学習関連費やNPO法人数の増加が個人のボランティアに費やす時間を増加させ、また、ゆとり教育は家計の教育消費支出を増やす一方で学力低下によって将来の経済発展を阻害することが分かった。

第6章 日本の余暇を拡允させる政策の検討

 本章では、量と質の両面から日本の余暇を拡允させる政策を検討した。まず量についてである。第2章より、日本の余暇時間は、世界の標準から見た最適余暇時間に1カ月当たり6時間足りない。そのため、余暇時間を6時間増やす施策を社会保障の拡充、および休日数の増加から検討した。その結果、余暇を増やすことによって発生する年間2544億5000万円の需給ギャップを国内の失業の減少のみで解消する場合、3.36%ポイントの減少が必要となり、現実的には不可能であることが分かった。また、輸入のみによって需給ギャップを埋めるとすると、日本のGDP成長率が3.36%ポイント減少することから非現実的である。ここで、需給ギャップを国内の失業の減少と輸入増加によって半分ずつまかなうとしても、GDP成長率を1.68%ポイントも減少することから、余暇時間を月6時間増やすことは経済成長の足かせとなり、非現実的であることが分かった。次に質についてである。第3章より、社交と趣味の時間を増やせば、効用水準の高いアメリカに近づくことができる。これを実現するための施策を検討した。その結果、社交については、社交の時間を増やすために、NPO法の改正によるNPO法人数の増加によってボランティア参加者数を増やすことを目指したが、効果が不確実であることが分かった。趣味については、趣味の時間に分類される観光に注目し、リゾート法によるさらなる減税を考えてみた。すると旅行業界全体の売り上げを3.5%増加させると、趣味の時間が1.22%増加することが分かった。しかし、第5章で言及したように、実際には整備されないリゾート施設を計算に入れるとこちらも効果は不確実である。
 以上、2つの結果から、日本人が余暇を有効に使うためには、政策以上に余暇消費に対する国民意識が高まることが重要ではないだろうかという結論を得た。