■ 2009年度 三田祭論文要旨

「医療問題と経済発展  ―医療の需給バランスを考える―」

第13・14期生

序章 本論文の意義と目的

 日本の医療制度は深刻な問題に直面しており、患者受け入れ拒否、医師の過労死、赤字病院の閉鎖など「医療崩壊」を象徴する衝撃的なニュースもたびたび報道されている。
 現行の医療制度に対しての人々の危機感が高まる中、本論文では「日本の医療問題の本質がどこにあり、どうすれば解決できるのか」という議論を経済学の見地から考察し 、実際のデータに基づいて分析し、政策提言を行った。

第1章 深刻化する医療問題

 医療と経済発展は密接な関係にある。経済発展が進んだ国では物質的な充実に加えて健康も重要視されており、医療も豊かさの構成要素として不可欠なものとなっている。日本でも経済発展が医療の向上をもたらし、医療の向上が労働力の質を高めてさらなる経済発展を実現させた。しかしこの好循環は医療費の増加と医療提供体制の崩壊により持続困難な状況に直面している。日本経済の発展を考える上でも医療問題の解決が重要になってくるのである。
 医療問題は多岐にわたり、一度に全ての問題を論じることはできない。そこで、本論文では医療問題を「総量・地域・科目別」の3つの視点から検討していく。

第2章 医療における総供給の現状

 伝統的な経済学の見地から医療問題をとらえると、医療問題は「医療需要と医療供給の不均衡」がもたらしたものと考えられる。そこで、医療サービスの供給関数と需要関数を推定し需給不均衡の分析を行っている。
 まず、医療サービスの供給関数について考える。医師が過剰労働することで供給不足を解消しているのが現状であるため、医師が無理せず診察したとする時の供給量を考える必要がある。本論文では供給関数を医療サービスの生産関数から導出している。生産関数の生産要素は労働力(医師、看護師、薬剤師)と資本設備(病床数、MRIの台数)からなるが、医師数は政策で決まるため価格に反応しない生産要素である。また、資本設備も短期では所与であるため短期の供給関数と長期の供給関数では数量と価格の関係が異なることになる。

第3章 医療における需要の現状

 日本の医療需要の特徴として受診回数の多さが挙げられ、受診回数は平均寿命の長さに一定の貢献をしている。しかし誰もが同じ回数受診しているわけではなく、保険料滞納などを理由とした受診抑制が近年増加している。このため、医療需要を考える際は実際に医療サービスを受けた「実際の医療需要」に加えて、受診抑制など医療サービスを受けたい人全てを含めた「潜在的医療需要」も同時に考えていく必要がある。

第4章 総量の現状分析と政策提言

 推定した供給関数・需要関数をもとに医療の需給分析を行うと2005年の需要量は医師が無理なく診察できる供給量を約2000万人の患者数分上回っていることがわかった。この超過需要分を埋めるために医師は超過勤務を強いられているのである。
 需要の将来予測を行うと、需要は2030年にピークを迎える。しかし2030年にはベッド数などの減少により供給は2005年より減少してしまう。このため、需給ギャップは2005年の2000万人から3億4000万人に増大すると予測される。この超過需要分は医師の超過勤務では解決できないため、供給を増やさない限り、受診制限が起こることになる。この受診制限は平均寿命を低下させる可能性が強い。
 2030年に需給を一致させるには医療費を2030年までに5.3兆円増やさなければならない。この5.3兆円の負担を社会保険料で賄うとすると、保険料は現行の2倍近くに跳ね上がる。一方、消費税増税で賄うとすると現在の5%から6.8%への引き上げが求められる。
 また、コストはかかるものの、がん検診の普及と喫煙率の低下によりがん死亡率を低下させ医療需要を減らすことも有効な政策であると考えられる。

第5章 地域別の医療

 医療の供給・需要は、ともに地域偏在が起きており、この地域差の発生構造をみるためにクラスター分析を用いて地域区分を行い、地域別の供給関数・需要関数を推定した。供給関数は地方型・都市近郊型・都市型に、需要関数は地方型・地方都市混合型・都市型にグループ化できた、2005年の需給ギャップの都道府県間の差は大きく、供給側のグループと需要側のグループを合わせて将来の需給予測を行うと2030年はさらに格差が広がる可能性があることが分かった。
 単に医師総数を増やしただけでは供給の地域偏在が解消されないため、需要量以上の供給可能量を持つ地域から供給不足地域に生産要素、たとえば医師、看護師、薬剤師、病院、医療設備などを移動させる政策が有効であると考えられる。供給が足りている地域の診療報酬を引き下げ、供給不足地域の診療報酬を引き上げることで生産要素の移動を促し、各都道府県での需給均衡の実現が求められる。

第6章 科目別の分析

医療問題が特に深刻な産婦人科・小児科・救急医療について分析を行った。
 産婦人科の問題として医師数・施設数の不足と訴訟リスクが挙げられる。人口減少以上のペースで産婦人科医が減少するため、医師一人当たりの負担が増加すると予想される。給与引き上げと訴訟リスクを抑制し、産婦人科医を減らさないことが重要となってくる。
 小児科も産婦人科同様に供給量が減少しているが、小児科の利用が増加傾向となっており、医師一人当たりの負担は大きくなっている。小児科は女性医師が多い特徴があり、女性医師の離職をいかに防ぐかが供給不足を解消する鍵になってくる。
 救急医療は勤務環境の悪さが供給減を、高齢化や核家族化が需要増をもたらしており、需給不均衡は拡大しつつある。不均衡の解消には、救急医療施設の機能の集約化や機能の分担、診療報酬の改定、トリアージの導入による緊急性の高い患者の優先的な搬送などが求められる。

 日本の医療問題を解決していくためには、総量・地域・科目別のすべての面で以上のような諸々の対策を講じていく必要がある。