■ 2002年度 三田祭論文要旨

「少子高齢化社会における経済発展  ―生活水準維持のための生産能力の向上を目指して-」

第6・7期生

序章 本論文の意義と目的

 国立社会保障・人口問題研究所が2002年に発表した「将来推計人口」の最新推計によれば、日本における少子高齢化が従来の予測より、一層速いスピードで進行するという。このことは、日本の少子高齢化がいよいよ深刻であることを強く感じさせた。しかし、多くの人々が少子高齢化の進行による弊害として思い描いているのは、年金制度など、少子高齢化によって生じる問題点のごく限られた一面だけである。そこで我々は、長期的な視点から少子高齢化が日本経済に与える影響を検討し、その影響から生じる問題を解決するための方策を、さまざまな角度から提案することにした。

第1章 少子高齢化と生活水準の低下

 まず第1章において、少子高齢化の現状と今後の動向及び少子高齢化が日本経済に与える影響について分析した。将来の少子高齢化社会においては、全人口に占める高齢者の割合が増加し、その高齢者を扶養する労働人口が減少することが、今回、独自に行った人口推計の結果から分かった。人口構造の急激な変化により、現在と同じ生活水準を維持するために必要とされる1人当たりの需要量の増加が予測される一方、労働人口の減少によって生産能力が低下し、供給力が減少してしまうことが確認された。このことをさらに深く分析を行った結果、少子高齢化による急激な政府支出の増加が国内需要を増加させるが、労働力の減少によって国内供給の増加速度を鈍化させることがわかった。また、将来推計では、現在の生活水準を維持するために必要な1人当たりGDPは、2050年には17万5510円となることがわかり、大きな供給力不足に陥ることが確認された。

第2章 生活水準維持のための政策

 第1章で確認された少子高齢化がもたらす供給力不足について、その解決策として幾つかの政策を検討した。出生率の上昇させる政策、輸入により国内需要をまかなう政策など様々な政策を検討したものの、多くは困難で不適であるとの見方をせざるを得なかった。
 しかしながら、労働力の増加および技術水準の上昇については生産力を向上させる政策として効果が見込めるものであると考えられた。そこで我々は、現在の日本の労働力状態及び技術水準に目を向け、失業者・女性・高齢者・外国人労働者の活用を労働力人口の増加要因として、教育水準の上昇と情報化を労働力の質向上および技術水準の上昇要因として検討することにした。

第3章 産業別・職業別労働需給調整の可能性

 第3章では、現在の生活水準を維持するために必要となる労働需要と、産業・職種別労働供給との間の労働需給ギャップを算出した。労働者の熟練度にも注目し、熟練労働者と非熟練労働者に分類し推計を行った結果、2050年には第1次から第3次までの産業においてそれぞれ熟練労働者・非熟練労働者がどの程度不足するのかを求めることができた。ここで求めた労働不足量を補うために、第4章から第9章において現実的に妥当性のある政策を検討するのであるが、各章でその政策によって新たに供給することのできる労働力1人当たりGDPについて、労働力人口増加による税収の増加のメリット、および政策による費用によるデメリットのそれぞれを算出することによって、各政策を比較することを可能にした。

第4章 失業者による労働力不足の補完

 失業には、構造的失業、摩擦的失業、そして需要不足失業の3種類がある。この中で構造的失業と摩擦的失業が将来の労働力不足の中では大きなウェイトを占めることが考えられるため、第4章では失業の中でも主に構造的・摩擦的失業の解消による労働力人口の増加を検討した。その結果、職業訓練給付制度などの効果的な活用によって労働者数を増加させ、さらに1人当たりGDPを増加させることが可能であることが確認された。

第5章 女性による労働力不足の補完

 第5章では、M字型カーブとして知られている女性の労働力状態に注目し、女性労働者の活用による労働力不足の補完を検討した。現在の女性の離職の原因として挙げられることの多い育児をサポートすることによって、女性の就業を支援することが可能であると考え、保育所の拡充を政策として挙げた。政策の効果として、女性労働者を増加させることができ、1人当たりGDPも増加させることが可能であることがわかったが、その反面、親が働くことによって子どもの教育にかけられる時間も減少してしまうことによる子どもの学力低下がデメリットとして挙げられた。

第6章 高齢者による労働力不足の補完

 第6章では、今後の高年齢者の増加に注目し、高年齢の労働力の活用による労働力不足の補完を検討した。将来、高年齢者の割合が増えていくにも関わらず、日本の高年齢者の労働力率は非常に低くなっている。この原因を健康要因・定年退職制度・年金制度の3つから検討し、その中でも特に高年齢労働者の労働力率と関係が深いと考えられる年金制度の変更による高年齢層の労働力人口の増加を検討した。その結果、年金制度の変更によって高年齢労働者の増加が1人当たりGDPも増加させることがわかったが、その反面、高年齢者の余暇の減少による健康状態の悪化がデメリットとして挙げられた。

第7章 外国人労働者による労働力不足の補完

 第7章では、グローバリゼーションが進む中、労働力の国際移動に着目し、外国人労働者の活用による労働力不足の補完を検討した。外国人労働者を熟練労働者と非熟練労働者に分類し、それぞれの労働移動の要因を検討した。その結果、熟練労働者の移動要因には賃金・語学力なども含めた就労環境が大きく影響しており、活用に向けての政策として雇用給付金と研究開発費の増額を取り上げた。また、非熟練労働者に関しては現在受け入れを制限しているため、この制限を取り除いた場合どの程度の活用が見こめるかを検討した。これらの政策による外国人労働者の増加により1人当たりGDPも増加することがわかったが、その反面、財政赤字が大きくなり、外国人犯罪などに対する周辺住民の不安が増大することが考えられた。

第8章 教育の拡充による労働力の質の向上

 第8章では、たとえ労働力が不足したとしても、労働者1人当たりの生産性を向上させることができれば、結果として労働力を向上できるとして、教育を充実させることによる効果を検討した。日本では、産業構造の高度化によってサービス業のシェアが拡大しているが、サービス業の生産性がアメリカと比べて低い。また、このサービス業の生産性は教育水準と正の相関があることがわかった。本論文では、中等教育と高等教育の教員1人当たり学生数を少なくすることによる効果を測定したところ、同水準の労働力でGDPを増加させる効果があることがわかった。その反面、少人数教育によって多様な学生による意見交換の場が少なくなり、多様な価値観に触れる機会が減少してしまう弊害もあることがデメリットとしてあげられた。

第9章 IT化による労働生産性の向上

 第9章では、情報化政策により労働者1人当たりの労働生産性を向上させることによる労働力不足の補完を検討した。世界各国の経済発展水準と1000人あたりコンピュータ台数を比べると、日本は経済発展段階の割にはIT化が進んでいないことが確認できた。そこで、まず、経済発展段階に相応しいIT化を目指すため、情報化の要因について分析し、その中でも影響の大きい要因を世界最高水準まで引き上げたときの効果を試算した。その結果、同水準の労働力でも1人当たりGDPを増加させる効果があることがわかったが、その反面、政策費用による財政赤字が拡大し、さらに所得格差が拡大するデメリットが挙げられた。

第10章 まとめと提言

 第4章から第9章までで検討した政策を仮に6つ全て行うとすると、2050年においては1人当たりGDPを71万円追加供給することができる。これは現在の生活水準を維持するために2050年に必要とされる1人当たりGDP不足分17万5510円を補って余りあるものであり、年率0.6%のGDP成長を可能にする。しかしながら、これらの政策には様々な影響があり、個人が政策の影響をどのように感じるかが重要である。実際に政策を行う際にはGDPという側面だけでなくその他への影響も考慮して行うべきである。
 少子高齢化社会の到来は日本経済に様々な影響を及ぼす。そのような中、本論文では社会構造の変化に柔軟に対応した生産構造を確立することが重要であると考え、そのための政策を検討してきた。これらの政策が何かの参考になれば幸いである。