◆ 1999年度 三田祭論文要旨
「域内貿易と経済発展
―アジア自由貿易圏の可能性―」
論文を作成するにあたって
現代の世界は輸送技術の発達が進み、世界中どこでも人や物の移動が容易になってきている。また、情報化の進展によって、遠く離れた地域の情報も一瞬にして私達は得ることができるようになった。このような国際化の影響を受けて、世界経済は貿易自由化という方向に向かいつつ、経済がよりグローバルな広がりを見せているように思われる。しかし一方で、1999年1月のEU(European Union)の発足に見られるように、ある国にとって関係が緊密である特定の国・地域というものは確かに存在していると言えるだろう。 こうした状況をふまえ、私達は貿易自由化の一方で拡大しつつある地域統合について研究することにした。世界が自由化の方向に向かっている中でなぜ地域統合を行うのか。地域統合が経済発展にとっていかなる意味を持つのかという視点からこのテーマを考えていこうと思う。
第1章 貿易と経済発展
この章の目的は、貿易の活性化が経済発展につながっていることを実証することである。そのためにまず貿易がなぜ行なわれるのか、そしてどのような状況において貿易が発生するインセンティブが生じるのかということについて考察する。そして、輸出が国民所得勘定においてどのような位置を占めているのか、輸出・輸入が経済の供給サイドにどのような影響を与えるのか、輸入によって国民の消費構造がどのように変化するのかなど、様々な側面から貿易と経済発展について考察を行う。これらの考察から、一般的に輸出や輸入が活発になると経済成長を促し、経済成長によって輸出や輸入がさらに活発化するという望ましいサイクルが存在しているということが実証された。
第2章 域内貿易と経済発展
この章の目的は、域外貿易に比べて域内貿易のほうが活発に行われており、域内貿易が活発になると経済発展が促進されていることを実証することである。そのためにこの章では域内と域外の2種類の貿易について考察した。域内貿易とは(1)距離が近い国同士の貿易、(2)文化が似ている国同士の貿易、のことであると定義した。地域別にみると、ヨーロッパやアメリカ諸国に比べて、アジア地域は域内という傾向がより強く現れていた。結論として、世界各地、とりわけアジアの経済発展を考える場合、貿易のなかでも域内貿易は重要であるということが示された。
第3章 域内貿易の経済発展への寄与
この章の目的は、域内貿易が自国経済のGDP成長にどれだけ寄与しているのかを測定することである。そのために、GDPを「支出」面からみた式を変形することによって域内貿易が経済成長にどれだけ貢献したかを調べる。 NAFTAは結成前後を比べると、結成後においてカナダ、メキシコ両国とも域内貿易は経済成長に大きく寄与しているのがわかる。域内貿易により経済成長を促進していると言える。アメリカは、経済発展に域内貿易はそれ程大きく貢献していない。なぜならば、アメリカの貿易量そのものが膨大な量であるため、域内貿易量の変化は微小な変化でしかなかったからだと思われる。EUは国によって域内貿易の経済成長への貢献度はばらつきがあった。しかし、NAFTA同様に域内貿易が経済成長を牽引している要因と言える。域内貿易は、域外貿易に較べ大きく経済成長に寄与しているということが示された。
第4章 規模の経済性に関する分析
この章の目的は、経済的に統合された地域経済圏のメリットの1つと考えられる、「規模の経済性」の効果のもたらす影響を示すことである。結果は、景況にも左右されるが、「規模の経済性」は輸出に好影響をもたらし、その程度はNAFTAに比べEUの方が強いというものだった。これは、市場規模の拡大の程度と域内貿易の活発さの違いによるものと考えられる。そこで次に、域内取引シェアが「規模の経済性」効果にどのような影響を与えるのかを産業別に計量的に分析した結果、実際に好影響を与えていることが示された。
第5章 比較優位と貿易
この章の目的は、経済統合のもう1つのメリットと考えられる「比較優位」の影響を示すことである。この章で行なった分析は、要素賦存に関する分析である。その国に賦存する資源の割合を測ることにより、その国が相対的にどの要素を多く持ち、どの産業に対して比較優位あるかをEU、NAFTA2つの域内貿易圏について測定した。貿易理論では、域内貿易においては、域内諸国が異なった要素賦存であるならば、比較優位に基づいた貿易構造であり、同じような要素賦存であるならば、比較優位に基づいた貿易構造ではなく規模の経済性に基づいた構造であると考えられる。分析の結果、NAFTAは比較優位に基づいた貿易構造であるが、EUは比較優位に基づいた貿易構造ではないことが確認できた。
第6章 NAFTA、EUにおける貿易創出効果と転換効果
この章の目的は、自由貿易圏の域内諸国間での関税の引き下げが、実体経済にどのような影響を及ぼすのかを示すことである。正の効果である貿易創出効果と負の効果である貿易転換効果の計測、関税率の変化による輸入額への影響としての関税引き下げ効果の計測、関税率以外の他の条件は一定として関税率を変更したときの、総供給曲線、総需要曲線のシフトと価格の変動から、関税同盟の純粋な効果を算出する、といった静学的分析の他、関税同盟による貿易創出効果が資本財と中間財輸入を増加させ、長期的には技術進歩を促進させる動学的効果を、全要素生産性の推計を用いて計測した。動学的な分析では技術進歩率の上昇がGDPの成長をもたらすという動学的な効果が示せた。これは静学的な余剰分析では示すことができない効果である。関税同盟によって域内貿易量が増加することだけでなく、その域内貿易は資本財や中間財の取引の増加を伴うためにGDPの増加にもつながるということが示された。
第7章 アジア経済統合の現状
APEC
APECは「開かれた地域主義」を体現した世界規模での貿易自由化を達成して、EUの内向き思考を矯正し、開かれた世界経済の中心になることを目標としている。ボゴール宣言(先進国は2010年、途上国は2020年までに全ての分野の関税率を5%以下にするというもの)の実現等に取り組んでいる。
AFTA
AFTA(ASEAN自由貿易圏)構想とは、1992年に決定された「2008年までにASEAN諸国内で自由貿易圏を創設する」というものである。期限は現在、2003年までに早められている。AFTA構想の中核をなしているのが、CEPT計画(品目により違いがあるが、少なくとも2008年までに域内関税を0~5%に引き下げるという主旨)である。
ASEM
ASEMの成立は、1996年の第1回アジア欧州会合の開催が始まりである。特に貿易と投資の円滑化が重要なテーマとなっている。
アジアの発展途上国は、米国、日本との関係が緊密であったが、EUとの経済関係を緊密化していくことはアジア経済のバランスのとれた発展のうえで重要である。
第8章 アジアにおける規模の経済性と比較優位
この章の目的は、今までEU・NAFTAで行った規模の経済性、比較優位の分析方法を、アジアで自由貿易 圏を創出したことを想定して適用させ、その効果を示すことである。このシミュレーションではアジアで自由貿易が行われた場合には、域内シェアが多いことから、規模の経済性による輸出量は約0.5%増加すると計測され、NAFTAよりは多く、EUよりは小さい効果が起こるものと推定された。比較優位について検討してみると、アジアでは各国ともに比較優位に基づいた輸出をしているため、自由貿易をした場合、各国が自国の比較優位がはたらく産業に特化して輸出量を伸ばすと計測された。この両者の分析より、自由貿易を行う事によって輸出量は伸びると考えられる。
第9章 アジアにおける貿易創出効果と転換効果
この章では、第6章において、EU、NAFTAについて域内貿易圏の経済効果を実証した方法をアジアで自由貿易圏を創出したことを想定して適用させ、どれほどの経済効果が見込めるのかについて示すことである。 その結果は、1. 短期的には、関税同盟による関税率の低下による効果(アジア4カ国において実証)はあるものの限定的である。2. 長期的に関税率低下による輸入量の増加が、技術進歩を促進(年率2%前後)させEU、NAFTAを超える経済成長を達成させる、というものとなった。アジアにおける自由貿易圏創出は(長期的に)大きな経済効果が見込めることが示された。
第10章 結論
この論文全体では、はじめに貿易の中でも特に地理的にも文化的にも近い国同士での域内貿易が経済発展に大きな影響を与えていることを示した。貿易は規模の経済性により発生するものと比較優位により発生するものがあるとし、現在域内貿易が活発なEUとNAFTAについて発生要因の分析を行った。その結果、EUは規模の経済に基づいて貿易を行い、NAFTAは比較優位に基づいて貿易を行っていることが分かった。この分析をアジアについて行うと、アジアではその規模の経済性を活かしつつ比較優位に基づいて貿易を行えるという結果になった。また、その時の経済発展に与える効果は3つの地域の中で最も高く、関税引き下げによる貿易の増加で経済発展を遂げることができるといえる。
・国民所得勘定
一国経済の生産や所得についてフロー(一定期間内)の集計量を中心として捉える勘定。一国経済の規模を把握し,その規模が決定する仕組みを解明するための基本となる。
・域内貿易
EUやNAFTAなど、地域貿易協定に基づく協同貿易地域内での貿易交流をいう。地域貿易に対しては共通の定率関税を設けることにより域内の交易量拡大と国際分業を進めて、域内諸国の経済成長と緊密化を図ることが目的とされている。
・NAFTA
North American Free Trade Agreement 北米自由貿易協定(アメリカ、カナダ、メキシコ)。1994年発行。EUに匹敵する世界最大の経済圏。関税を15年以内に撤廃するほか、サービス、投資、金融市場の自由化、知的財産保護、環境保護、労働者の権利に関する規定も含まれている。
・規模の経済性
生産規模を拡大したとき、産出量が規模の拡大以上に増大すること。生産の規模を示すスケール・パラメーターをλとし、産出量をYとすれば、生産の規模弾力性(投入要素の投入が1%増大したとき、生産が何%増大するかを示す指標)は、(dY/dλ)/(Y/λ)で示される。この値が1より大ならば規模の経済が存在し、逆に1より小ならば規模の不経済が存在するという。例えば、資本と労働によって生産を行っているとき、資本と労働の投入をλ倍したときに生産がλ倍以上に増大すれば規模の経済性があるといえる。
・比較優位
もしある国がその他の国と同様に2財(例えば、衣服と機械)を生産しているとする。 そこで、ある国の1つの財(衣服)の生産の(機械に対する)相対的な効率性が他国のそれよりも高いならば、その国は(他の財である機械の場合とは逆に)その財(衣服)の生産に関して他国よりも比較優位をもつということになり、その財(衣服)を輸出し、他の財(機械)を輸入することになるという理論である。
・要素賦存理論
その国は相対的にどんな要素(財)が豊富に存在するのかによって貿易パターンが決定するという理論。2財(例えば、衣服と機械)の生産に2種類の生産要素(例えば資本と労働)が用いられるとする。そして2つの生産要素の投入割合に違いがある(衣服の生産には機械の生産に比べて相対的に資本よりも労働を多く使用する)と想定すると、その国に相対的に豊富に存在する生産要素をより多く使用する財を輸出し、もう一方の財を輸入するというもの。資本が相対的に多く存在する国は、資本を相対的により多く使用する機械を輸出し、衣服を輸入することになる。
・貿易創出効果
関税同盟の形成によって関税の引き下げ・撤廃が行われると同盟国のうち非効率な財の生産を行っていた国はその財の生産を止めより効率的な生産を行っている国から安価な財を輸入するようになり新たな貿易が創り出される。結果として同盟国の経済厚生は高まると考えられる。これをヴァイナーは貿易創出効果と呼んだ。
・貿易転換効果
A、B、Cの3ヶ国を想定する。A国とB国の2国が関税同盟を形成した結果、同盟前A国がC国から輸入している商品が域外共通関税のためB国からの輸入品より高くなったとすると、A国は輸入をC国からB国に転換するであろう。結果として、B国の経済厚生は高まるがA国の経済厚生は高まるとはいえず、低下する場合も生じるであろう。この様な場合を貿易転換効果が生じたという。
・静学的
経済諸量が時間の要素を含まない時、それは静学的であるという。つまり、変数の日付が本質的な役割を果たさず、無時間的な相互作用にある。例えば、生産における労働の増加は当期の生産に寄与し、将来の生産の大小には影響を与えない。
・動学的
ヒックスによれば、動学モデルとは変数の時間・日付を問題にしなければならないものであり、ハロッドによれば、連続的変化を分析するものであると定義されている。例えば、投資の増大は,資本ストックの拡大となるため将来の生産活動の拡大に寄与する。
・技術進歩率
技術進歩を技術的水準向上に伴う生産関数のシフトと定義するとき、技術進歩の貢献部分が産出量に占める割合を技術進歩率と呼ぶ。産出量(Y)、資本(K)、労働(L)、技術進歩(T)を含む生産関数をY=F(K,L,T)とするとき、(1/Y)・(αF/αT)で示される。現実には、技術水準を計測することは困難であるため、生産の増加率から資本の貢献分と労働の貢献分を差し引いた残り(残差)として推計する。これをソローの残差法と呼ぶ。