◆ 2014年度 三田祭論文要旨

「経済発展と政府の役割 ~国民の幸福度を高める最適なインフラ水準に関する計量分析~」

第18・19期生

はじめに

近年、日本政府の累積債務は「まったなし」の深刻な状況であり、それに対処するため、消費税増税など国民負担率は上昇傾向にある。しかし、高齢化に伴う「社会保障」支出の拡大や老朽化するインフラストラクチュア(以下インフラ)の更新など、政府の財政運営をとりまく環境はますます厳しくなっている。そこで、私たちは、国民負担率と政府支出のバランスを検討しつつ、幸福度を維持・向上させる最適な政府の役割について考えることの重要性を感じ、このテーマを選んだ。本論文において、インフラが経済活動にもたらす影響に注目し、経済発展のために必要となるインフラを国際比較の視点を重視しながら分析し、企業活動における生産性の向上、および家計の暮らしの満足度の改善のためのインフラ水準を検討した。そして、持続可能な財政運営を念頭におきながら、日本国民の幸福度を高めるための政策提言を行った。

第1章 政府の役割の現状分析

本章ではまず、発展の潜在力を示す人間開発指数(HDI)の各項目を観察し、より良い暮らし指標(BLI)の値を下げる内容を含む新聞記事件数の増加率を調べた。それによって、日本の経済発展の停滞の原因に政府が大きく関わっているということが明らかになった。続いてアンケート調査を通じて、幸福度を構成する各項目の充実度と政府の責任の大きさに対する人々の考え方を観察した。その結果、人々は充実度が低い項目ほど政府の責任が大きいと考えていることが示された。また、クラスター分析や相関分析を通じて、幸福度の各項目やインフラの部門ごとの観察を行った。それによって、幸福度の大きさを検討するためには、幸福度を形成する各項目と政府が提供する各種インフラを詳細に観察する必要があることを指摘した。続いて、家計の行動と企業の活動と政府の役割の関係を分析した。そこから、政府の役割は、国民の受益と負担のバランスを保ちながら、人々の豊かさとそれを支える生産活動に貢献することであることを示した。

第2章 企業の生産活動に最適なインフラの水準の推計

本章では最初に、政府によって供給される生産基盤型インフラに注目し、日本の既存インフラの現状に関する観察を行った。それを通じて、インフラは企業の生産活動の活発化に深く関わっており、その効果の分析にあたっては種類別、また産業別に観察する必要があることが明らかになった。それを踏まえ、インフラの特徴とデータの制約を考慮した上で、産業ごとに生産関数を推定することによって、インフラが生産に与える影響をとらえた。この推定結果から、各種インフラがそれぞれの産業の生産活動にもたらす効果を明らかにすることができた。続いて上記で推定した生産関数をもとに推計した、インフラのOECD諸国標準値を推計し、日本のインフラ量の実績値と比較した。結果、全てのインフラで不足が見られ、特に日本の生産活動において重要な陸運インフラの不足が深刻であることが示された。加えて、本研究会で実施したアンケート調査の結果をもとに、日本のインフラ水準に関する人々の評価とそのばらつきについて分析も行った。その結果、各種インフラ水準の評価が低いほど解決の難度が高いと評価される傾向にあるが、それに関する見解はインフラによって様々であることが分かった。

第3章 家計の暮らしと政府の役割

本章では最初に、幸福度の構成要因である「所得」と「暮らしの満足度」の現状の観察を行い、それぞれの要素に対して政府の活動がどのように関係しているのかを明らかにした。そこから、日本において人々の幸福度は伸び悩んでいることから、政府は国民の負担と受益のバランスを改善し、人々の生活の豊かさに貢献する必要があることが明らかとなった。続いて、人々の幸福度が所得と暮らしの満足度からどのように形成されているのかを知るために、CES型効用関数の推定が必要であることを示した。そして、アンケート調査の結果をもとに、可処分所得と暮らしの満足度からなるCES型効用関数を推定した。その結果、人々は所得と暮らしの満足度を同程度に重視していることが分かった。さらに、アンケート調査の結果から暮らしの満足度を細分化した効用関数も推定し、人々は暮らしの満足度の各指標の重要度やお金との替えやすさについて多様な価値観を持っていることを明らかにした。例えば、重要度については「W_4 教育の質」や「W_2 雇用」が極めて高く、「W_4 教育の質」は重要度についての価値観も多様であった。また、「W_5 環境」はお金に替えることが特に困難であった。さらに、「W_8 生活満足度」は可処分所得との代替性に関して多様な価値観が存在するが、「W_1 居住環境」は特に価値観が似ていることが示された。人々の指標に対する重要度や可処分所得との代替性に関する価値観については、特に「W_4 教育の質」が多様であり、「W_1 居住環境」は似ているという結果となった。続いて、細分化した暮らしの満足度の各指標それぞれについて説明する式を推定し、各指標と政府支出の関係を探った。政府は政府支出を通じて家計の幸福度を構成する暮らしの満足度の各要素を充実させることに貢献できることが分かった。

第4章 インフラの整備にあたっての問題

本章では最初に日本の財政状況について観察し、政府債務の水準は、これがもし他国であれば破綻している水準に達していることを確認した。政府債務の膨張は国内の民間銀行が日本国債を大量に買い入れていたため可能であったもので、それを反映して日本国債は海外保有比率が低く現時点では破綻のリスクは比較的低いものの、国債の国内消化能力をふまえるとこれまでにない工夫が今後必要となることが分かった。続いて、諸外国の財政状況を観察し、海外の財政改善政策は日本よりも相当の効果を持つことを示した。また、各国の財政改善政策の内容を調べた結果、諸外国は独自の取り組みにより財政健全化を果たしており、それらの政策を取り入れることにより、日本の財政を健全化できる可能性があることを明らかにした。それに加えて、日本におけるインフラ老朽化の観察を行い、老朽度が他の先進国に比べ高まっており、その進行速度も速いことを示した。また、インフラ老朽化がもたらすと考えられる、安全性・生産性・コストのそれぞれに対する悪影響のいずれもが現在の日本において現れていることが分かった。更に、都市と地方では人々のインフラに対する評価が異なり、地域間格差が問題となるインフラがあることにも着目した。また、インフラの地域間格差の原因として、人口の増減によって生じる人口数の多寡が影響していることが明らかとなった。そして今後の人口動態によって、インフラ格差はより拡大する可能性があることも分かった。

第5章 将来の日本のインフラ水準と幸福度の展望

 本章では、将来の日本ではインフラ水準・経済発展水準・国民の幸福度はどのように推移するのかに関する予測を行い、それに基づいて、より経済発展水準・国民の幸福度を向上できるような適切なインフラ関連支出についての政策提言を行った。最初に、現在行われている政策を今後も続けた場合のシミュレーション分析を行い、運搬インフラ(陸)・運搬インフラ(海)などの幾つかのインフラが現在の水準を維持できないことがわかった。その結果、経済成長は鈍化し幸福度もあまり向上できないことが予測できた。さらに少子高齢化を考慮した場合、「環境」、「健康」、「政治参加」など高齢者が重要と考える、暮らしの満足度の各指標の重要度が増加することがわかった。続いて、第4章の財政政策に関する分析を踏まえ、財政規模を変更した場合のシミュレーション分析を行った。さらに財政の規模に加え、生産関連インフラと生活関連インフラへの政府支出の割合に着目したシミュレーション分析も行った。そして、その分析を通じて、インフラ水準・経済発展水準・国民の幸福度はどのように推移するのかに関する将来予測を行い、国民の幸福度が向上するような最適なインフラ関連政府支出額およびその割合を推計し、政策提言を行った。