◆ 2022年度 三田祭論文要旨

「戦争と経済発展 ~戦争が世界経済に与える影響の計量分析~」

第26・27期生

はじめに

 現在、ロシアのウクライナ侵攻は、世界において大きな問題となっています。戦場において多くの犠牲者を生み出しているだけでなく、世界的に軍事的緊張を高め、食料や資源価格の高騰による物価上昇などの影響も世界的な規模で広がっています。発展途上国から先進国まで、あらゆる発展段階の国々が影響を受けており、それらの影響への対応にあたって、各国は困難に直面しています。そこで本論文では、戦争という行為が経済に及ぼす影響のメカニズムについて、軍事費の拡大・食料供給の制約・資源供給の制約・貿易活動の制約・投資活動の制約の5つの切り口から分析を行いました。またこれらの分析をもとにウクライナ侵攻が世界経済にもたらす影響を定量的に予測し、それに対する経済政策の効果を検討しています。

第1章 戦争と経済発展に関する観察

 本章では初めに、今回の論文で扱うテーマを検討するために、世界や日本国内において、今日の人々の関心を集めるニューストピックをグーグルトレンドなどにより調べました。調査により、ウクライナに関する記事と検索が増加していることや、多くの日本企業が影響を受けていることが明らかになったため、今回の論文では「戦争」について扱うことにしました。また、過去の戦争は軍事費の増加により所得の増加を妨げたり、貿易を通じたグローバル化を阻害したり、経済に負の影響を与えました。そのため今回のウクライナ侵攻も世界経済に広く影響を与えることが想定されます。戦争が経済活動に与える影響を分析するにあたり、日本経済新聞の記事数を根拠に、食料、資源、貿易、投資、軍事支出の5項目に分けることにしました。過去の観察から、過去の戦争の発生は、食料価格や資源価格の高騰、貿易量の減少、投資の減少、軍事費の増加を引き起こしていることが確認されました。

第2章 軍事費が経済発展に与える影響

 本章では軍事費の増減が消費活動・生産活動・それ以外の活動の3つの経路を経て各国の経済発展に与える影響について分析を行いました。初めに、戦争の参戦国及び参戦国の周辺国における軍事費の増加の様子を観察しました。分析の結果、軍事費は1度増加すると減少しにくく、周辺国でも同じ傾向があることが明らかになりました。経済発展に与える影響としてまず、軍事費の増減が消費活動に与える影響を量と質の2つの面から分析しました。分析の結果、量の面については軍事費が増加すると最終消費支出が減少することが、質の面については輸入品率の減少がするために消費選択の幅が狭小化することが示されました。次に、軍事費の増加が技術水準、資本ストック、生産人口、人的資本という各生産要素に与える影響を分析しました。分析の結果、軍事費が増加することで各生産要素が減少し、GDPを減少させることが示されました。最後に、軍事費の増加が生産・消費以外に与える影響を社会保証、環境、健康に関する指標を使って分析しました。分析の結果、軍事費が増加することで社会保障の減少、環境の悪化、健康状態の悪化につながることが示されました。以上のように、一度増加すると減少しにくい軍事費が増加することは様々な側面で負の影響を及ぼすことが明らかになりました。

第3章 戦争が食料需給に与える影響

 まず、分析の対象とする食料を検討するため、カロリー供給の現状を概観しました。食料の中では穀物がカロリー供給においては重要であり、その中でも小麦の価格変化が大きいことから、小麦を分析対象としました。また、穀物需要量の決定メカニズムとして、需要量は世界全体の市場価格から、その市場価格は各国の供給量から決まる構造を想定しました。 次に、低所得国と中・高所得国に分けて、戦争ダミーを加えた小麦の供給曲線を推定しました。その結果、戦争ダミーの係数は負になり、戦争の発生は各国の小麦の供給量を減少させることが明らかとなりました。続いて、小麦の市場価格の決定式を推定しました。その結果、小麦の供給量と小麦の市場価格には負の関係があることが明らかとなりました。最後に、小麦の需要曲線を推定しました。その結果、小麦の市場価格と需要量の間には負の関係があること、市場価格の上昇による影響を受けて減少する需要量は、中・高所得国に比べ低所得国の方が大きいことから、栄養不足人口や飢餓人口が低所得国でより発生しやすいことが明らかとなりました。以上のことから、戦争が起きると低所得国の方が中・高所得国よりも小麦の需要量の減少割合が大きく、戦争による負の影響を顕著に受けていることが明らかとなりました。

第4章 資源市場に対する戦争の影響

 本章では、戦争による資源の価格変動のメカニズムを、需要曲線と供給曲線のシフトから分析しました。まず、需要曲線のシフトに関する分析では、需要曲線を産油国と非産油国に分類して推定することによって、資源の消費に対する戦争の影響を分析しました。分析の結果、戦争の発生は産油国の資源需要の価格弾力性を増加させる一方、非産油国の資源需要の価格弾力性を低下させることが明らかになりました。次に、供給曲線のシフトに関する分析では、産油国の供給曲線を推定することによって、資源の生産に対する戦争の影響を分析しました。分析の結果、戦争の発生は資源供給量を減少させることが明らかになりました。最後に、これらの分析を利用し、戦争が発生することで資源市場の均衡がどのように変化するかについて分析しました。分析の結果、これまでの戦争については、その発生は原油価格を1バレル当たり約0.6ドル上昇させ、各国の経済発展に対して悪影響を与えることが明らかになりました。

第5章 戦争が貿易に与える影響

 貿易と経済発展には密接な関係があり、貿易障壁が低くなることで貿易が活発になります。そして、戦争のような世界的に緊張が高まる出来事が起こると、各国は関税率を上げることによって貿易が阻害される傾向があることを明らかにしました。また、貿易の規模を表す指標である輸出入の対GDP比率は、生産要素の賦存比率によって説明され、貿易障壁として平均関税率と貿易拠点のインフラの質が関係していることも示しました。貿易障壁が高いほど貿易は滞り、経済発展も阻害されるため、貿易拠点などのインフラストラクチュアの質を上げることで貿易を促進するだけでなく、関税を低く維持することも各国には必要であると考えられます。そして戦争によって、輸出と輸入が減少することを明らかにしました。当事国では自国の貿易に必要な生産設備などが被害を受けるため貿易が阻害され、輸出が減少することになります。周辺国では、経済制裁やブロック経済が構築される過程において平均関税率の増加が見込まれるため、それが輸入を減少させることになります。また、貿易の増加は経済発展を促進させることから、戦争による貿易の減少は経済発展を阻害することがわかりました。したがって、以上のことから、各国が戦争を回避し、貿易の規模を拡大させていくことが経済発展にとって重要であると考えられます。

第6章 戦争が投資に与える影響

 まず、国内投資への戦争の影響を分析するために国内投資の決定要因を検討しました。アメリカにおける国内投資の分析を通じて、実質金利と景気の見通しが国内投資を説明させる重要な要因であることが明らかとなりました。次に、検討した決定要因と戦争ダミーを用いて、世界各国の国内投資への戦争の影響を分析しました。その結果、世界各国の国内投資に対して、金利の変動は負の影響、景気の見通しの変動は正の影響を及ぼすことが確認でき、戦争が起きることで国内投資は減少することが明らかとなりました。続いて、国際間投資への戦争の影響を明らかにするため、対内直接投資と対外直接投資のそれぞれについて、その規模や推移、投資目的の違いから、先進国と発展途上国の発展段階別に決定要因を検討した上で、分析を行いました。先進国の対内直接投資の決定要因としては、GDP成長率と貿易収支を検討し、分析の結果から、対内直接投資はこの2つの決定要因によって正の影響を受けており、戦争によって減少することが明らかとなりました。そして、発展途上国の対内直接投資の決定要因として、賃金、GDP成長率、貿易収支、貿易開放度、金融市場発展度を検討し、分析の結果から、発展途上国の対内直接投資は、GDP成長率と貿易開放度、金融市場発展度によって正の影響、賃金と貿易収支によって負の影響を受けており、戦争によって減少することが明らかとなりました。一方、先進国の対外直接投資の決定要因としては、最終消費支出、賃金と貿易収支を検討し、分析の結果から、先進国の対外直接投資は、最終消費支出によって負の影響、賃金と貿易収支によって正の影響を受けており、戦争によって減少することが明らかとなりました。最後に、発展途上国の対外直接投資の決定要因として、最終消費支出、賃金、貿易収支に加えて金融市場発展度を検討し、分析の結果から、先進国の対外直接投資は、最終消費支出によって負の影響、賃金と貿易収支、金融市場発展度によって正の影響を受けており、戦争によって減少することが明らかとなりました。

第7章 経済構造と政策効果分析

 まず、第2章から第5章で行われた分析やその際に使用された指標の整理を行ないました。それを踏まえ、発展途上国、まず、各国の品目別物価変動のパターンの違いに注目し、CPI(消費者物価指数)を用いたクラスター分析を行いました。その結果、80ヵ国を4つのグループに分けることができました。その中で日本は、物価高騰によるダメージが比較的小さいグループに属することがわかりました。次に、IS-LMモデルとAD-ASモデルを用いて、日本、イギリス、アメリカを対象として分析を行いました。IS-LMモデル分析により、日本、イギリスでは金融政策より財政政策が、アメリカでは財政政策より金融政策が、効果の大きい政策であることが明らかになりました。AD-ASモデル分析により、日本において政策の物価への効果は小さく、イギリスとアメリカにおいて政策の物価への効果が大きく現れることがわかりました。最後に、日本における、物価高騰に対する有効な政策について検討しました。その結果、日本にとって、金融政策より財政政策が望ましく、財政支出の増大が最も実質所得を増加させる政策であることが明らかになりました。しかし、長期的な経済発展には、生産性の向上は欠かせないため、金融政策も重要な政策であると考えられます。

第8章 ウクライナ侵攻が経済発展に及ぼす影響

 まず、本稿の第2章から第6章で行われた分析やその際に使用された指標の整理を行いました。それを踏まえて、今回のウクライナ侵攻の影響について推定を行いました。はじめに、ウクライナ侵攻による軍事費の増大が直接的に与える影響について、ロシア、ウクライナ、世界全体を対象として分析を行いました。また、ウクライナ侵攻の影響を測定するために、ウクライナ侵攻が起きた場合と起きなかった場合に分けて分析しました。まず、ウクライナ侵攻が発生したことによって、軍事費がどれだけ増加したかを推計し、この軍事費の増加が生産活動、消費活動、その他の活動に与える影響について分析しました。分析の結果、軍事費の増大によってウクライナにおいて各生産要素が減少し、GDP変化率が非常に小さくなる一方で、ロシアのGDP変化率への影響は小さく、ウクライナ侵攻が長期化することが予測できました。また、消費・社会保障・環境・健康についても軍事費の増加による負の影響が推計出来ました。次に、第1節で分析した経済循環を用いて、ウクライナ侵攻の間接的な影響として、増加した軍事費が食料、資源、貿易、投資に与える影響を分析しました。分析の結果、食料価格の上昇による低所得国の栄養不足人口割合の増加、資源供給料の減少による資源価格の上昇、世界全体の貿易量(輸入量)の減少、世界全体の国内投資の減少、途上国の体内直接投資、対外直接投資の減少といったことが発生することが明らかになりました。最後に、第1章に基づき、幸福度と所得の関係から、経済発展に対するウクライナ侵攻の影響について分析を行いました。ウクライナ侵攻の影響を受けた軍事費、貿易、投資の変化から推計した1人当たりGNIの変化を用いて、侵攻による幸福度への影響を観察しました。その結果、侵攻による幸福度への負の影響は交戦国のみならず世界全体に及ぶため、長期的な侵攻の継続は世界経済の発展を妨げると考えられます。