共同研究 「イラク戦争を考える」: Thinking About The Iraqi War

慶應義塾大学 経済学部 延近 充 編著 (2004年9月25日公開)

アフガニスタン戦争,イラク戦争を含む「対テロ戦争」がなぜ「終わらない」性格をもつのか,またアメリカのブッシュ政権が国際社会の反対の中でなぜイラク攻撃を強行したのかについてのわたしの見解は,

『対テロ戦争の政治経済学― 終わらない戦争は何をもたらしたのか』(明石書店,2018年3月)をお読みください。

本書の理論的基礎およびより詳しい現状分析について,下記の2冊が参考となります。

2008年秋以降の世界的金融・経済危機の構造を国際政治や軍事面を含めて論じた『薄氷の帝国 アメリカ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』(御茶の水書房,2012年2月,本書の構成と序論),

現在の世界経済の危機的状況と90年代以降の日本経済の構造変化を基礎理論から現状分析まで展開し,平易に説明した『21世紀のマルクス経済学』(慶應義塾大学出版会,2015年7月,本書の目次)
<資料> 終わらない「対テロ戦争」−年表 2003年2月〜 (2026.4.19, 更新)

【第2期トランプ政権の政策関連年表リスト】 

【分析】 トランプ2.0の政策の本質とは?(2025.7.1)
第2期トランプ政権の政策は国際社会に混乱をもたらしている。
トランプ大統領はアメリカ・ファーストの政策と主張しているが,その本質は自分の権力維持のためのトランプ・ファーストの政策である。
彼の関税政策と親イスラエル政策についての分析をまとめました。

【欧米でのIS関係のテロ】(2015年〜)

【トランプ政権の政策関連年表2017〜2021年】(2020大統領選挙,バイデン政権によるトランプ政権の政策変更を含む)

[イラク情勢]
【イラク戦争における犠牲者数】
「暴力事件」などによるイラク人の2026年4月の死者10人(18日まで)。
シーア派民兵部隊(PMF)が2月28日から4月8日までの米軍とイスラエル軍の空爆は145回,死者は79人,負傷者は269人と発表(4/10)。

 [イラン情勢]についてはこちらをご覧ください(4月19日更新)
2026年
・米国務省が米国民に対して,理由の如何を問わずイランへの渡航の中止,イラン国内にいる米国民に対して直ちに退去するよう勧告(2月27日)。
トランプ大統領がイランの指導部やミサイル基地などを主な標的とした攻撃作戦「猛烈な怒り作戦(OPERATION EPIC FURY)」を開始したと発表,イラン国民に対して「体制転換」を呼びかけ,イスラエルのカッツ国防相が米軍との協力下でイランの軍事施設などへの攻撃を開始したと発表,イスラエル高官がイランの最高指導者ハメネイ師と革命防衛隊指揮官が死亡したと発表,イランのアラグチ外相は米国との核開発についての交渉中の攻撃は「完全に一方的,違法,非合法」だと非難し,湾岸諸国の外相との電話会談で領土保全のために「正当な自衛権に基づくあらゆる防衛・軍事能力」を行使すると言明,イラン軍がクウェート,カタール,UAE,サウジアラビア,ヨルダンなどの湾岸諸国の米軍基地標的にミサイルなどで報復攻撃,イラン革命防衛隊がホルムズ海峡を完全に封鎖したと発表(2月28日)。

[パレスチナ情勢]
パレスチナ問題の経緯については『対テロ戦争の政治経済学』第6章をお読みください。

パレスチナ情勢年表一覧

【イスラエル・パレスチナ紛争における犠牲者数】(4月18日まで)

イスラエルの攻撃による2026年4月のパレスチナ人の死者 87人
 うちガザ地区での死者
 瓦礫の下などから発見された死者
81人
4人
 ヨルダン川西岸地区での死者 2人
 2023年10月7日のハマスのイスラエルへの攻撃以降のガザ地区とヨルダン川西岸地区への
イスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者総数(飢餓と栄養失調による死者を含む)
 瓦礫の下に埋まるなどによる行方不明者(少なくとも)
 瓦礫の下などから発見された死者(2025年1月11日以降)
 同上(1月19日の停戦合意発効以降)
 行方不明者を死亡と判断 
 イスラエルのガザ地区への人道支援物資搬入制限による飢餓と栄養失調による死者
  (うち子どもの死者)

 75,199人
9,000人
3,035人
2,536人
7,449人
463人
(157人)
 うちガザ地区での死者(多数の女性と子どもを含む) 73,581人
 ヨルダン川西岸地区での死者 796人
パレスチナ人の負傷者数 172,242人
10月7日のハマスのイスラエル南部攻撃によるイスラエル人の死者
10月20日のイスラエル軍のガザ地区での最初の地上作戦実施以降の
パレスチナ武装勢力(レバノンのヒズボラ含む)との戦闘によるイスラエル兵の死者
1,200人

 921人

*予測数=1日平均の死者数×30日
*瓦礫の下などから発見された死者,飢餓と栄養失調による死者,ガザ保健省が死者と認定した行方不明者を含む。
25年1月,2月,10月はガザ地区の停戦の発効により,瓦礫の下などに埋まった死者の捜索が可能になったため,多数の遺体が発見されたと思われる。
2026年
4月
・ガザ保健省(GMH)による過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死傷者数の発表なし(17日)。
・ガザ地区北部マンスーラ取水所でイスラエル兵の発砲によりガザ市に飲料水を運搬するトラック運転手2人死亡,国連国際児童緊急基金(UNICEF)発表(17日)。
国連女性機関が「ガザ戦争」における女性の犠牲者についての調査報告書を公表,2023年10月から2025年12月までの女性の死者は3万8000人以上,2025年10月の停戦発効以降,1日平均47人以上の女性と少女が死亡,ユニセフは同期間に子ども少なくとも214人が死亡と発表(17日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は8人,負傷者は29人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,344人,負傷者は172,2242人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は765人と発表(15日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は3人,負傷者は11人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,336人,負傷者は172,213人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は757人と発表(14日)。
・ガザ地区各地でイスラエル軍の攻撃により子ども2人含むパレスチナ人少なくとも11人死亡,北部ガザ市で警察車両への空爆により3歳の幼児2人と警官1人含む4人死亡,9人負傷,内務省発表,同市西部の海岸沿いのカフェ近くで空爆により少なくとも5人死亡,数人負傷,保健当局発表,北部ジャバリア難民キャンプ近くでイスラエル人の発砲により少年1人死亡,家族の証言,北部地域でイスラエル兵の発砲により1人死亡,イスラエル軍はハマス戦闘員と主張(14日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は4人,負傷者は10人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,333人,負傷者は172,202人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は754人と発表(13日)。
・ガザ地区でイスラエル軍の空爆によりパレスチナ人少なくとも4人死亡,中部ディル・アルバラハの学校外で3人死亡,北部ガザ市のカフェで1人死亡,1人負傷,医療当局発表(13日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は2人(うち1人は瓦礫の下などから発見),負傷者は8人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,329人,負傷者は172,192人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は750人と発表(12日)。
・イスラエルのベングヴィル国家保安相がユダヤ教,キリスト教,イスラム教の聖地があるエルサレム旧市街のアルアクサ・モスクを訪れて「私はこの場所の所有者のように感じている。より多くのユダヤ教徒が礼拝できるようネタニヤフ首相にもっと,もっとやれと圧力をかけ続ける」とコメント,この地域を管理するヨルダンの外相は現状の協定違反であり,受け入れがたい挑発と非難,パレスチナ自治政府のアッバス議長はこの地域をさらに不安定化させる行動と批判(12日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去48時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は11人,負傷者は26人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,349人,負傷者は172,184人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は749人と発表(11日)。
・ガザ地区北部ベイト・ラヒヤでイスラエル軍の空爆によりパレスチナ人少なくとも1人死亡,医療当局発表(11日)。
・ヨルダン川西岸地区西部ラマラ北東ディル・ジャリールでイスラエル軍の予備役兵士の発砲によりパレスチナ人1人死亡,パレスチナ保健省発表(11日)。
・EU外交部門が東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区でのユダヤ人入植地30カ所以上の建設をイスラエル政府が承認したことについて,国際法違反と非難(11日)。
・ガザ保健省(GMH)による過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死傷者数の発表なし(10日)。
・ガザ地区中部ブレイジ難民キャンプの警察検問所へのイスラエル軍の空爆により警官含む6人死亡,数人負傷,医療当局発表(10日)。
・ガザ地区の再建などを担当する「平和評議会」に対して各国が表明した拠出金170億ドルのうち,拠出済みの金額が10億ドルに満たず,再建計画に遅れが生じていると関係者がロイターの取材に回答,拠出を表明した10カ国のうち,実際に拠出したのはUAE,モロッコ,米国の3カ国,米軍・イスラエル軍のイラン攻撃が資金難を悪化させたと証言(10日)。
イスラエルのネタニヤフ首相が裁判所に対して,現在進行中の安全保障の状況を考慮して,来週に予定された自身の犯罪の裁判での証言を延期するよう要請,代理人弁護士発表(10日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は2人,負傷者は21人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,318人,負傷者は172,158人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は738人と発表(9日)。
・ガザ地区各地でイスラエル軍の空爆と銃撃によりパレスチナ人少なくとも4人死亡,北部ベイト・ラヒヤのテントで授業を受けていた女児1人が発砲により死亡,北部ジャバリア難民キャンプで空爆により2人死亡,南部ハンユニスで空爆により1人死亡(9日)。
イスラエルの裁判所が2月末の対イラン攻撃にともなって発令されていた非常事態宣言が8日に解除されたことを受けて,ネタニヤフ首相の汚職容疑の裁判が再開されると発表,ネタニヤフ首相は2019年に収賄,詐欺,背任の罪で起訴(9日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は3人,負傷者は3人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,315人,負傷者は172,137人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は736人と発表(8日)。
・ガザ市西部の海岸沿いの道路で走行中の車へのイスラエル軍の空爆によりアルジャジーラのジャーナリストと運転手のパレスチナ人計2人死亡,同地区中部で空爆によりパレスチナ人2人死亡,医療当局発表(8日)。
・ヨルダン川西岸地区北部トゥバス近郊タヤシールでユダヤ人入植者の発砲によりパレスチナ人1人死亡(8日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は10人,負傷者は44人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,312人,負傷者は172,134人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は733人と発表(7日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は7人,負傷者は17人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,302人,負傷者は172,090人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は723人と発表(6日)。
・ガザ地区中部マガジ難民キャンプの学校近くでイスラエル軍の無人機の空爆により子ども含むパレスチナ人少なくとも10人死亡,数人負傷,保健当局発表,空爆の前に同キャンプでイスラエル支援の民兵組織が学校から数人を拉致し救出しようとしたパレスチナ人と民兵組織が交戦,北部ガザ市中心部でイスラエル兵の発砲によりパレスチナ人2人死亡,医療関係者発表(6日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は4人(うち3人は瓦礫の下などから発見),負傷者は5人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,292人,負傷者は172,073人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は716人と発表(5日)。
ガザ地区北部ガザ市ジャッファ地域でイスラエル軍の空爆によりパレスチナ人4人死亡,数人負傷,医療当局発表,イスラエル軍はパレスチナ武装組織戦闘員が部隊に脅威を与えたための自衛措置と主張(5日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は2人,負傷者は25人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,291人,負傷者は172,068人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は715人と発表(4日)。
・イスラエルが1967年の第3次中東戦争でシリアから奪って占領中のゴラン高原近くのシリア南部クネイトラ州でイスラエル軍戦車の砲撃によりシリア民間人1人死亡,シリア国営メディア報道,シリア外務省は「明らかな国際人道法違反だ」と非難し,国際社会に対し「こうした度重なる違反行為を阻止する」のを支援するよう呼びかけ(4日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の攻撃によるパレスチナ人の死者は0人,負傷者は3人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は72,289人,負傷者は172,043人,2025年10月11日の停戦発効以降のパレスチナ人の死者は713人と発表(2日)。
・ハマスがガザの暫定統治機関「平和評議会」が提示した武装解除案について,エジプト・カイロでカタールやトルコの代表団と協議し,ガザ地区からイスラエル軍が完全撤収するといいう保証がなければ話し合いに応じないと仲介国に回答したと発表(2日)。

[論文・分析]

「対テロ戦争」は何をもたらしたのか(2017/3/25)
『薄氷の帝国 アメリカ ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』 ( 出版案内と序論 12/1/25公開)
イラク戦争前史 ― パレスチナ問題(09/1/31掲載)
「イラク情勢メモ」:イラク情勢の「改善」をどう見るか?(09/1/25掲載)
Collateral Damage ― “対テロ戦争 War on Terror”の非人間性(2009/1/20掲載)

はじめに

〔共同研究開始の経緯〕

2003年2月,アメリカによる対イラク攻撃が迫っている危機的状況のなか,社会科学研究者の有志36人が呼びかけ人となって,新聞に「意見広告 社会科学研究者は訴える」を掲載する運動をはじめました。
国際法や国際世論を無視した先制攻撃と日本の加担への反対を世論に訴えることが目的でした。その運動の一環としてウェブ・サイトを開設することになり,呼びかけ人の依頼により,わたしがサイトの作成・管理にあたることになりました。
そこで2月中旬に「研究者は訴える」と題したウェブ・サイトを開設し,賛同者名簿の作成,運動の進展・拡大にともなう更新,読者から送られてくるメールへの対応などを担当しました。
さらに3月17日,ブッシュ大統領の最後通告演説をうけて,呼びかけ人による「軍事行動即時停止要求の声明」をウェブ・サイト上で発表し,「声明」への賛同者のメールによる受付をはじめました。
しかし3月20日,世界的な反戦運動の盛り上がりをあざ笑うかのように米英軍のイラク攻撃が強行されました。
(この意見広告や声明,運動の経緯については「研究者は訴える」ウェブ・サイトをご覧ください。また,最後通告演説直後にウェブ上に公開した私見はこちらをご覧ください。)
わたしはこの「イラク戦争」の経過の記録をはじめるとともに,わたしの研究会(ゼミナール)の学生(新4年生)に,この戦争の記録と背景や実態の分析を2003年度の共同研究のテーマとしてはどうかともちかけてみました。わたしのゼミの専攻分野が政治経済学・現代資本主義論であり,第2次大戦後の資本主義を世界史的視野から理論的・実証的に分析することが基本テーマであったからです。彼らも現在進行中の深刻な問題をリアルタイムで取り扱うことに非常に興味を持ってくれ,4月から参加した新3年生の同意も得て,「イラク戦争を考える」共同研究が出発しました。

〔分析視角〕

共同研究を始めるためには分析視角を共有することがまず大切です。
わたしたちは,「イラク戦争」を単に時論的にではなく,
1. 多面的・歴史的視点から考察すること,
2. 自分たち自身の問題として考えるため,また戦後日本経済をゼミのテーマの1つとしていることから,国際社会と日本との関係・日本の「戦争」への対応を考察の柱の1つとすること,
3. 安易に独りよがりの結論を下すのではなく,考えるための材料を可能な限り集めて取捨選択して提示すること,
を基本方針としました。
(1) より具体的には,この「戦争」を9.11同時多発テロに起因する問題としてではなく,あるいは少しさかのぼって1991年の湾岸戦争前後に根源がある問題としてでもなく,第2次大戦後の国際関係や中東地域の複雑な政治・軍事関係を考慮しなければ本質が理解できない問題として分析するということです。
もちろん,中東問題の焦点であるパレスチナ問題の起源は紀元前にあります。そこまでさかのぼらなくとも,現代につながるパレスチナ問題の複雑化*の出発点は,第1次大戦中,イギリスがパレスチナの地にアラブ人とユダヤ人双方に独立国家建設を認める矛盾した政策(フサイン・マクマホン協定とバルフォア宣言)をとったこと,いわゆるイギリスの「二枚舌外交」にあります。
*現代のパレスチナ問題の起源と経過については,「イラク戦争前史―パレスチナ問題」をご覧ください。
(2) ただ,イスラエルとアラブ諸国との対立にしてもイスラム圏諸国間関係にしても,今回の「イラク戦争」につながるような問題の複雑化を規定する要因の大部分は,第2次大戦後の特殊な国際関係にあるとわたしたちは考えました。
第2次大戦後の特殊な国際関係においてもっとも重視すべき要素は,戦後まもなくはじまった米ソ冷戦です。アメリカを中心とする西側資本主義陣営とソ連を中心とする東側社会主義陣営との対立はグローバルな広がりを持ち,政治・軍事・経済・社会などさまざまな分野で戦後世界を規定する重要な要因となりました。
40年以上続いた冷戦期間中,米ソがそれぞれ自陣営の支配圏の維持・拡大と強化のために,世界各国の政権や諸勢力に政治・軍事・経済的に影響力を行使しました。
国際的な紛争を平和的に解決する目的で設立された国際連合も,米ソ間の利害の対立する問題については機能不全に陥りました。
日本は敗戦から6年以上もアメリカ主導の占領下に置かれ,諸制度の急激な改革が行なわれました。日本の独立と同時に結ばれた日米安保条約(日米軍事同盟),その後も続く政治的な対米依存(従属),日本経済の復興や急激な経済成長も,冷戦体制のもとでのアメリカとの関係によって根本的に規定されています(これはわたしのゼミで扱う基本テーマの1つです)。
中東地域も米ソ対立・覇権争いの変遷に翻弄された地域です。
(3) 冷戦は,時に朝鮮戦争やベトナム戦争のような地域的な(代理)戦争として,熱い戦争として現実化しましたが,米ソが直接戦うことはありませんでした。しかし,米ソの熾烈な軍拡競争とそれぞれの支配圏の維持・拡大のための軍事的・経済的な介入は,両国にとって実際の戦争を戦うのと同様の重い負担となりました
象徴的なのがアメリカのベトナム戦争への介入とソ連のアフガニスタン侵攻です。
アメリカは1965年からベトナム戦争に本格的に介入をはじめました。介入当初の予想に反して,南ベトナム解放民族戦線と北ベトナムの抵抗によって戦闘は長期化・泥沼化していきます。アメリカは,ピーク時で年間288億ドル(総額1,067億ドル)の巨額の直接戦費と54万人の兵力を投じ,核兵器以外のあらゆる近代兵器を使用しました。死者だけでも,アメリカ兵約4万6000人,南ベトナム軍や韓国軍などの援助軍約19万人,北ベトナム・解放戦線軍92万人,民間人120万人といわれています。負傷者や後遺症に苦しむ人はさらに膨大でしょう。
これだけの犠牲を払いながら勝利できず,アメリカ国内や世界的な反戦運動の高まり,後述の経済的負担の重さなどから,1973年のパリ協定でアメリカ軍の完全撤退となりました。
アメリカは軍事的に敗北しただけでなく,経済的にも深刻な影響を受けました。ベトナム戦争はアメリカの財政赤字を膨大なものとし,インフレーションに拍車をかけ,産業の国際競争力を低下させ,国際収支の赤字を悪化させました。その結果,基軸通貨であるドルに対する信認が低下してドル危機が深刻化し,アメリカは1971年に金とドルの交換を停止せざるを得なくなります。国際経済は混乱し,固定相場制が維持できなくなって変動相場制に移行します。第2次大戦後の資本主義諸国の経済復興と成長の枠組みであったIMF体制が崩壊し,世界経済は1970年代の長期停滞に入っていきました。
ソ連は1979年末にアフガニスタンの内戦に軍事介入しました。反政府派はパキスタンの支援をえながらゲリラ活動で対抗し,アメリカも武器の供与など反政府派を援助して,戦闘は長期化・泥沼化していきました*。ソ連は10万を超える兵力を投入しながら勝利できず,多数の人的損害(15,000人の戦死者・37,000人の負傷者といわれる)をこうむり,経済的にも大きな負担となったため,1989年2月,ゴルバチョフ政権のもとで撤兵が行なわれました。
*サウジアラビアの富裕な家に生まれたオサマ・ビン・ラーデンがソ連と戦うためにアフガニスタンに入り,アラブ義勇兵の募集や訓練に資金提供などで重要な役割を果たしました。そのために作られた基金がアル・カーイダ(al Qaida)です。
この時期にはオサマは親米でしたが,ソ連のアフガニスタンからの撤退後の90年代に反米に転じて,アル・カーイダは反米武装組織に変わっていきます。
(4) 米ソ両国とも冷戦とそれに付随する地域戦争の負担に耐えられず,1989年のマルタ会談によってようやく冷戦の終了が公式に宣言されたのです。アメリカはレーガン軍拡の影響も加わって80年代後半に純債務国となったことに象徴されるように経済的に衰退し,ソ連は経済的困難ばかりか政治的混乱も極限に達し,国自体が消滅してしまいました。
第2次大戦後の戦争(冷戦・熱戦)は,戦場となった国・地域を荒廃させたのはもちろん,正義のない戦争を強行した米ソ両国をも多様な意味で荒廃させてしまったのです
*。
*戦後資本主義体制において冷戦のもつ意味については,わたしの「冷戦とアメリカ経済」『薄氷の帝国 アメリカ ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』をお読みください。
さらに,冷戦中に米ソが影響下に置いた各国や地域・諸勢力に対して行なった政策は,それら国民や民族の自立・民主化のためにではなく,自陣営の安全保障と支配圏の維持・拡大と強化を第1の目的としていました。両国とも民主的国家や勢力だけでなく,独裁政権や軍事政権であっても自国にとって有用であれば軍事・経済援助やその他の支援を行ない,支配下に置いたのはその現われです。
冷戦終結後はアメリカもソ連(ロシア)もその影響下に置いていた国や地域の多くに対して,そうした支援と支配を続ける必要もその余裕もなくなりました。いわば,冷戦体制の維持というタガが外れたのです。
冷戦中に米ソ両国の援助と支援を受けた体制の下で抑圧され続けてきた人々や民族は,その体制に対する強い抵抗意識だけでなく,強い反米意識・反ソ(反ロ)意識を持ったのは当然でしょう。米ソの影響力が低下し,既存の支配体制が弱体化すれば,そうした意識を行動として現実化させようとする動きが出てくることも当然でしょう。
1990年代以降,世界の各地で民族紛争や地域紛争がいっきに噴出しはじめたこと,アメリカやロシアなどに対するテロ(実行者にとっては抵抗運動)が頻発するようになったことは,こうした背景のためだと考えられます。
(5) 他方,冷戦終結は国際紛争の調停機関としての国連の存在意義と機能を高めるはずです。アメリカもロシアも一国だけで国際紛争を封じ込める能力も必要性もなくなったからです。また,国連のシステムにはさまざまな弱点があるとしても,現実的に国際紛争を調停し解決する多国間の協議・協力機関は国連しかないからです。
(6) 以上のような認識にたって,わたしたちは「イラク戦争」を分析していこうと考えました。
そこで,以下のような論点と課題を設定しました。
1. 冷戦中および冷戦後のアメリカの中東政策
2. アメリカの政策の中東地域への影響
3. アメリカのイラク攻撃の経緯:単独行動主義への傾斜
4. 冷戦中および冷戦後の国連の役割
5. 冷戦中および冷戦後の日米関係
6. イラク戦争の原因についての諸説の検討
さらに,
7. イラク戦争の推移を記録し,分析視角(4)の認識からこの戦争が容易には「終わらない」性格を持っていることを明らかにすること
8. アメリカにとってのベトナム戦争,ソ連にとってのアフガニスタン侵攻のように,イラク戦争は現代世界にどのような影響を与え,世界史の中でどのような意味を持つことになるのかを考察していこうと考えました。
2003年度は,これらの一部(1〜6)について延近が論文構成を提案し適宜コメントしながら,延近研究会12期・13期の学生が論文にまとめ,三田祭と延近研究会OB/OG会でとして発表しました。しかし,問題の難しさと幅の広さから論文としてはかなり未消化なものでした。
2004年度は,13期と14期の学生がそれらの改良と7,8の作業を行ない,延近提案の論文構成とコメントにより「イラク戦争のアメリカ政治・経済への影響」を中心として論文にまとめ,三田祭と延近研究会OB/OG会で発表しました。
当初は論文本体と要約をこのウェブサイト上に公開する予定でしたが,インターネット利用者の著作権軽視の状況*にかんがみ,公開の形式等を検討中です。
*このウェブサイト上に公開しているわたしの著作が他大学の学生によってコピーされてレポートとして提出されているばかりか,某大学の教員(非常勤)が,出典を明示せずに無断で教材として配布していたとの情報を当該大学の学生から連絡を受けたことがあります。
「イラク戦争を考える」を読みたいという希望も多く,公開を検討してきましたが,公開するためには論文としての完成度を上げ,現時点までのイラク情勢や「対テロ戦争」の推移についても盛り込んだものを公開したいと考えています。現在,一般公開に向けて私が全面的に改訂作業中です。その一部は論文ドラフトとして順次掲載していく予定です。(2009年1月31日記)
「イラク戦争を考える 第1部」については,2003年度の論文作成時点の原稿の修正は最低限にとどめたものをPDFファイルで公開しました。ファイルのダウンロードおよび印刷はできますが,著作権保護のために,文章や図表などのコピーはできないようなセキュリティ設定としてあります。また背景にわたしのニックネームが透かしとして入っています。
イラク戦争を含む「対テロ戦争」と「新帝国主義」戦略についてのわたしの見解は,別に「薄氷の帝国 アメリカ」と題する論文として公開しています(2009年12月30日記)。
「薄氷の帝国 アメリカ」は,大幅に加筆修正して,2008年秋以降の世界的金融・経済危機の構造を論じた著書『薄氷の帝国 アメリカ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』として,御茶の水書房から2012年2月に出版いたします。本書の構成と序論はこちらでご覧ください(2012年1月25日追記)。
「イラク戦争を考える 第1部」(pdf. 3.6MB)
「薄氷の帝国 アメリカ」

(延近 充)

各年度の論文構成は次のページをご覧ください。
「イラク戦争を考える」第1部(2003年度)
「イラク戦争を考える」第2部(2004年度)
7.のための資料として作成中の年表は次のページをご覧ください。
イラク戦争(対テロ戦争)関連年表 2003年2月〜
原則として複数のソースで確認できた事実のみを分類・収集して作成。
日付は時系列参照の便宜のため日本時間で表示し,必要に応じて現地時間を併記した。
現在,ほぼ毎日更新中です。
8.の考察のために作成している,イラク情勢の現状に関する私のメモはこちらのページをご覧ください
イラク戦争における
犠牲者
アフガニスタン戦争
における犠牲者
原油価格の推移
2003年〜
日米株価の推移
2008年9月〜
延近研究会 共同研究メンバー
第12期 植村昌史,大倉由貴子,乙武郁子,菊地雅子,岸田昌子,高石裕介,田川亮輔,永田大介,
村上創太,山口顕
第13期 安部雅隆,石井宏太郎,和泉ちひろ,小島健一郎,杉井良子,関谷直人,関屋文彦,
長江崇将,福市年成,堀田佳秀,山口功,山本真澄,吉田一陽
第14期 井上允之,内川浩樹,内田健介,栢島由佳里,今野聡,田中広美,中尾俊明,西山浩平,
福原早苗,松崎禎夫,望月さやか,山崎理絵,渡辺陽介
Iraq Body Count(民間人死亡者)

【関連情報・リンク】

対イラク戦争と日本の加担に対する研究者有志の反対声明(2003.3.20)
Column アメリカの対イラク最後通告と日本の対応について(2003.3.18)
研究者有志による意見広告「アメリカの対イラク先制攻撃と日本の加担に反対します」(2003.2.27)
ドキュメンタリー映画「アメリカばんざい - crazy as usual -」
イラクで死んだ兵士の家族,イラク派遣を拒否した兵士,ベトナム・アフガニスタン・イラクからの帰還兵,現役海兵隊員へのインタビューや海兵隊員養成のブート・キャンプの取材などで構成されたドキュメンタリー映画。2008年7月26日から公開。私も協賛しています。
「リダクテッド 真実の価値」
2006年にイラク・サーマッラで起きた米兵によるイラク人少女レイプ殺人事件を題材としたブライアン・デ・パルマ監督の作品。フィクションとインターネット上で公開されている実際の映像をミックスして,Redacted−情報の事前削除・編集:アメリカの情報操作・報道規制や偏向報道を描いている。10月25日から公開。この映画のサイトではイラク研究者の酒井啓子氏を講師とするシンポジウムなどの情報あり。
解放軍として歓迎される期待が裏切られ,泥沼化するイラク戦争下,「テロ」を恐れて心理的に追い詰められる米兵たち。イラクで何が起こっているのか,イラクに派兵したアメリカ社会では何が起こっているのかを考えさせる映画。
イラクと同様に泥沼化するアフガニスタンへ日米同盟のために自衛隊派遣を模索し続ける日本政府。
これは「ひとごと」の話ではない。無知は免罪符とはならないのである。

「対テロ戦争」の最前線の実態を知るための手がかりとなるこの2つの映画についての私のコメントをアップしてあります。

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