共同研究 「イラク戦争を考える」: Thinking About The Iraqi War

慶應義塾大学 経済学部 延近 充 編著 (2004年9月25日公開)

アフガニスタン戦争,イラク戦争を含む「対テロ戦争」がなぜ「終わらない」性格をもつのか,またアメリカのブッシュ政権が国際社会の反対の中でなぜイラク攻撃を強行したのかについてのわたしの見解は,

『対テロ戦争の政治経済学― 終わらない戦争は何をもたらしたのか』(明石書店,2018年3月)をお読みください。

本書の理論的基礎およびより詳しい現状分析について,下記の2冊が参考となります。

2008年秋以降の世界的金融・経済危機の構造を国際政治や軍事面を含めて論じた『薄氷の帝国 アメリカ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』(御茶の水書房,2012年2月,本書の構成と序論),

現在の世界経済の危機的状況と90年代以降の日本経済の構造変化を基礎理論から現状分析まで展開し,平易に説明した『21世紀のマルクス経済学』(慶應義塾大学出版会,2015年7月,本書の目次)
What's New
<資料> 終わらない「対テロ戦争」−年表 2003年2月〜 (2025.7.10, 更新)

【第2期トランプ政権の政策関連年表2025年】 

【分析】 トランプ2.0の政策の本質とは?(2025.7.1)
第2期トランプ政権の政策は国際社会に混乱をもたらしている。
トランプ大統領はアメリカ・ファーストの政策と主張しているが,その本質は自分の権力維持のためのトランプ・ファーストの政策である。
彼の関税政策と親イスラエル政策についての分析をまとめました。

【欧米でのIS関係のテロ】(2015年〜)

【トランプ政権の政策関連年表2017〜2021年】(2020大統領選挙,バイデン政権によるトランプ政権の政策変更を含む)

[イラク情勢] 【イラク戦争における犠牲者数】
「暴力事件」などによるイラク人の2025年7月の死者2人(9日まで)。
クルド労働者党(PKK)が党大会を開催し「解散と武装闘争の終結を決定した」との声明を発表(5.12)。
・ウォルツ米大統領補佐官(国家安全保障担当)がテレビのインタビューでISIS,アルカイダ,アル・シャバブが米国への攻撃を計画していると警告(4.23)。
[パレスチナ情勢] パレスチナ問題の経緯については『対テロ戦争の政治経済学』第6章をお読みください。

2025年のパレスチナ情勢年表

過去のパレスチナ情勢年表一覧はこちら

[イラン・イスラエル情勢]2025年

【イスラエル・パレスチナ紛争における犠牲者数】*(7月9日まで)
イスラエル軍のガザ地区とヨルダン川西岸地区への攻撃による
2025年7月のパレスチナ人の死者

926人
 うちガザ地区での死者
 瓦礫の下などから発見された死者
919人
7人
 ヨルダン川西岸地区での死者 0人
 2023年10月7日のハマスのイスラエルへの攻撃以降の
ガザ地区とヨルダン川西岸地区へのイスラエル軍の攻撃による
パレスチナ人の死者総数
 
瓦礫の下に埋まるなどによる行方不明者(少なくとも)
 瓦礫の下などから発見された死者(2025年1月11日以降)
 同上(1月19日の停戦合意発効以降)
 行方不明者を死亡と判断


 59,705人
10,000人
2,102人
1,603人
1,021人
 うちガザ地区での死者(多数の女性と子どもを含む) 58,273人
 ヨルダン川西岸地区での死者 738人
パレスチナ人の負傷者数 137,409人
10月7日のハマスのイスラエル南部攻撃によるイスラエル人の死者
10月20日のイスラエル軍のガザ地区での最初の地上作戦実施以降の
パレスチナ武装勢力(レバノンのヒズボラ含む)との戦闘によるイスラエル兵の死者
1,200人

 893人
2025年
7月
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の侵攻の結果としてのパレスチナ人の死者は105人,負傷者は530人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は57,680人,負傷者は137,409人と発表(9日)。
・ガザ地区南部ハンユニスの避難テントへのイスラエル軍の空爆により女性17人と子ども19人含むパレスチナ人少なくとも40人死亡,ナセル病院と民間防衛隊発表(9日)。
・ヨルダン川西岸地区南西部ヘブロン南方ドゥラ地域をイスラエル軍が襲撃し多数の青年を逮捕,ヘブロン北方地域でユダヤ人入植者の発砲によりパレスチナ人1人負傷,ヨルダン川西岸地区西部ラマラ西方の街をイスラエル軍が襲撃し複数の民家を破壊(9日)。
イスラエルのベングヴィル国家保安相がカタール・ドーハでのガザ地区の停戦交渉について,ネタニヤフ首相に対して,「ドーハで殺人犯ハマスと交渉している代表団を直ちに呼び戻すよう求める」とSNSに投稿,ガザ地区については「完全封鎖,軍事力による蹂躙,(パレスチナ人の域外への)移住促進,そして(イスラエル人の)入植」を要求(9日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の侵攻の結果としてのパレスチナ人の死者は52人(うち3人は瓦礫の下などから発見),負傷者は262人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は57,575人,負傷者は136,879人と発表(8日)。
・イスラエル軍がガザ地区北部ベイト・ハヌーンで道路脇に仕掛けられたIED攻撃により兵士5人死亡,14人負傷と発表(8日)。
・イスラエル軍がレバノン北部トリポリ近郊でハマスの「重要人物」を攻撃したと発表,レバノン保健省は攻撃により3人死亡,13人負傷と発表(8日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の侵攻の結果としてのパレスチナ人の死者は105人(うち1人は瓦礫の下などから発見),負傷者は356人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は57,523人,負傷者は136,617人と発表(7日)。
イスラエルのカッツ国防相がガザ地区南部ラファの廃墟に「人道地帯」を建設し住民約60万人を移住させる計画を発表し軍に建設の準備を指示(7日)。
・イスラエルのネタニヤフ首相がホワイトハウスでのトランプ大統領との夕食会でトランプ氏をノーベル平和賞に推薦したと推薦状を手渡しし,「彼は今まさに,さまざまな国や地域で次々と平和を築いている」と賞賛(7日)。

・イエメンのフーシ派が6日に紅海でギリシャの海運企業が運航するリベリア船籍の貨物船「マジック・シーズ」号を攻撃し沈没させたと発表(7日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の侵攻の結果としてのパレスチナ人の死者は80人,負傷者は304人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は57,418人,負傷者は136,261人と発表(6日)。
・ガザ地区中部ネツァリム回廊の「ガザ人道財団(GHF)」の食糧配給所付近でイスラエル軍の発砲によりパレスチナ人10人死亡,アルアクサ病院とアルアウダ病院発表(6日)。
・ハマス軍事部門のアルカッサム旅団がガザ地区南部ハンユニスのイスラエル軍部隊を迫撃砲とロケット弾で攻撃したと発表(6日)。
・イスラエルのネタニヤフ首相がハマスとの停戦交渉について,ハマス側が要求しているイスラエル軍のガザ地区からの撤退や交渉中の戦闘再開を防ぐ保証などの修正内容は「イスラエルとしては受け入れられない」と拒否(6日)。
カタール・ドーハでのイスラエルとハマスの代表団のガザ地区の停戦の間接交渉が結論の出ないまま終了(6日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の侵攻の結果としてのパレスチナ人の死者は70人,負傷者は332人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は57,338人,負傷者は135,957人と発表(5日)。
・ガザ地区南部ハンユニス西部マワシ地域の避難テントへのイスラエル軍の砲撃によりパレスチナ人6人死亡,10人以上負傷(5日)。
・イスラエル軍がガザ地区北部ベイト・ハヌーンで非戦闘行為により作戦行動中の兵士2人死亡と発表(5日)。
・ヨルダン川西岸地区西部ラマラ北郊シンジル村で入植者の集団がイスラエル軍の支援と承認を得て,民間人の土地を組織的に攻撃している」として,パレスチナ住民たちが開始した抗議行動をユダヤ人入植者が襲撃し,両者が投石や放火で衝突,イスラエル軍が到着し威嚇射撃,パレスチナ人たちが村へ撤退(5日)。
・レバノン南部でイスラエル軍の無人機攻撃により1人死亡,4人負傷,レバノン保健省発表(5日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の侵攻の結果としてのパレスチナ人の死者は138人,負傷者は452人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は57,268人,負傷者は135,625人と発表(4日)。
・ガザ地区南部ハンユニスの「ガザ人道財団(GHF)」の物資配給所付近でイスラエル軍の発砲により食料を受け取りに来た住民3人死亡,同市東部の国連の支援物資を積んだトラックを待つ群衆へのイスラエル兵の発砲により17人死亡,ナセル病院発表(4日)。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が過去1カ月にガザ地区のGHFの物資配給所付近や国連などの人道支援物資配給拠点で食料を受け取りに来たパレスチナ人613人が殺害されたと発表,うち509人はGHDの配給所付近(4日)。
・ハマスがガザ地区の停戦案に対する回答を仲介国のエジプトとカタールに提出したと発表,「前向きの回答」で「直ちに交渉に入る用意がある」としたうえで,ガザへの物資搬入や恒久停戦,イスラエル軍のガザ撤収に関して条件を付けたと説明(4日)。
・イスラエル軍がガザ地区北部と南部での戦闘により兵士2人死亡と発表(4日)。
・ヨルダン川西岸地区ヨルダン渓谷地域からパレスチナ人の30家族がユダヤ人入植者の暴力を避けるために自宅を放置して退避,退避したベドウィン族の家族のメンバーが証言(4日)。
国連のアルバネーゼ特別報告者(パレスチナ自治区の人権担当)が「パレスチナ人を追放してユダヤ人に置き換えるというイスラエルの入植・植民地主義プロジェクトを支える企業機構」を調査した報告書「占領経済からジェノサイド経済へ」を国連人権理事会に提出,スイス・ジュネーブのイスラエル政府代表部は「イスラエル国家の正当性を失わせようとする執拗かつ憎悪に満ちた計画」に動機づけられたものだと非難(4日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の侵攻の結果としてのパレスチナ人の死者は118人,負傷者は581人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は57,130人,負傷者は135,173人と発表(3日)。
・ガザ地区各地へのイスラエル軍の攻撃によりパレスチナ人少なくとも118人死亡,北部ガザ市の避難所の学校などへの空爆により計27人死亡,25人負傷,中部ネツァリム回廊付近で25人死亡,南部ハンユニスの「ガザ人道財団(GHF)」の物資配給所付近でイスラエル軍の発砲により15人死亡,同市の避難民テントで子ども6人含む20人死亡,国連の支援物資搬入トラックを待つ住民へのイスラエル軍の攻撃により40人死亡(3日)。
アムネスティ・インターナショナルがイスラエルはガザ地区で「現在進行中の大量虐殺の一環として,民間人の飢餓を戦争の武器として利用している」との報告書を公表,イスラエル外務省はアムネスティは「ハマスの暴力に参加しハマスのプロパガンダのウソを採用している」と非難(3日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の侵攻の結果としてのパレスチナ人の死者は142人(うち3人は瓦礫の下などから発見),負傷者は487人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は57,012人(うち226人は行方不明者を死亡と認定),負傷者は134,592人と発表(2日)。
・ガザ地区各地へのイスラエル軍の攻撃によりパレスチナ人少なくとも139人死亡,保健省発表,北部で空爆によりインドネシア病院長と妻子計7人死亡,医療従事者発表(2日)。
・ハマスがカタールとエジプトが仲介するトランプ大統領のガザ地区での60日間の停戦実現に向けた提案を検討しているが,恒久的停戦とガザ地区からのイスラエル軍の撤退をめざすと発表(2日)。
・イスラエル・メディアがトランプ大統領提案のガザ地区の停戦案についてネタニヤフ首相とカッツ国防相は支持しているが,スモトリッチ財務相とベングヴィル国家保安相は停戦合意の阻止を目指していると報道(2日)。
ネタニヤフ政権の与党のリクード党の閣僚15人とオハナ国会議長が今月末までにヨルダン川西岸地区を併合するよう政府に要望する書簡を送付(2日)。
・ガザ保健省(GMH)が過去24時間のガザ地区へのイスラエル軍の侵攻の結果としてのパレスチナ人の死者は116人,負傷者は463人,2023年10月7日以降のイスラエル軍の攻撃によるガザ地区のパレスチナ人の累計死者数は56,647人,負傷者は134,134人と発表(1日)。
・ガザ地区各地へのイスラエル軍の攻撃によりパレスチナ人少なくとも116人死亡,南部ハンユニスで空爆により少なくとも37人死亡,ナセル病院発表,「ガザ人道財団(GHF)」の物資配給所付近でイスラエル兵の発砲により少なくとも10人死亡(1日)。
・イスラエル軍がイエメンのフーシ派がエルサレム,ベングリオン空港,ヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植地などを標的に発射したミサイルを迎撃したと発表(1日)。
・トランプ大統領がガザ地区での停戦交渉について,「イスラエルは60日間の停戦合意に必要な条件に同意した。中東の利益のために、ハマスがこの合意を受け入れることを願っている」とSNSに投稿(1日)。

[論文・分析]

「対テロ戦争」は何をもたらしたのか(2017/3/25)
『薄氷の帝国 アメリカ ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』 ( 出版案内と序論 12/1/25公開)
イラク戦争前史 ― パレスチナ問題(09/1/31掲載)
「イラク情勢メモ」:イラク情勢の「改善」をどう見るか?(09/1/25掲載)
Collateral Damage ― “対テロ戦争 War on Terror”の非人間性(2009/1/20掲載)

はじめに

〔共同研究開始の経緯〕

2003年2月,アメリカによる対イラク攻撃が迫っている危機的状況のなか,社会科学研究者の有志36人が呼びかけ人となって,新聞に「意見広告 社会科学研究者は訴える」を掲載する運動をはじめました。
国際法や国際世論を無視した先制攻撃と日本の加担への反対を世論に訴えることが目的でした。その運動の一環としてウェブ・サイトを開設することになり,呼びかけ人の依頼により,わたしがサイトの作成・管理にあたることになりました。
そこで2月中旬に「研究者は訴える」と題したウェブ・サイトを開設し,賛同者名簿の作成,運動の進展・拡大にともなう更新,読者から送られてくるメールへの対応などを担当しました。
さらに3月17日,ブッシュ大統領の最後通告演説をうけて,呼びかけ人による「軍事行動即時停止要求の声明」をウェブ・サイト上で発表し,「声明」への賛同者のメールによる受付をはじめました。
しかし3月20日,世界的な反戦運動の盛り上がりをあざ笑うかのように米英軍のイラク攻撃が強行されました。
(この意見広告や声明,運動の経緯については「研究者は訴える」ウェブ・サイトをご覧ください。また,最後通告演説直後にウェブ上に公開した私見はこちらをご覧ください。)
わたしはこの「イラク戦争」の経過の記録をはじめるとともに,わたしの研究会(ゼミナール)の学生(新4年生)に,この戦争の記録と背景や実態の分析を2003年度の共同研究のテーマとしてはどうかともちかけてみました。わたしのゼミの専攻分野が政治経済学・現代資本主義論であり,第2次大戦後の資本主義を世界史的視野から理論的・実証的に分析することが基本テーマであったからです。彼らも現在進行中の深刻な問題をリアルタイムで取り扱うことに非常に興味を持ってくれ,4月から参加した新3年生の同意も得て,「イラク戦争を考える」共同研究が出発しました。

〔分析視角〕

共同研究を始めるためには分析視角を共有することがまず大切です。
わたしたちは,「イラク戦争」を単に時論的にではなく,
1. 多面的・歴史的視点から考察すること,
2. 自分たち自身の問題として考えるため,また戦後日本経済をゼミのテーマの1つとしていることから,国際社会と日本との関係・日本の「戦争」への対応を考察の柱の1つとすること,
3. 安易に独りよがりの結論を下すのではなく,考えるための材料を可能な限り集めて取捨選択して提示すること,
を基本方針としました。
(1) より具体的には,この「戦争」を9.11同時多発テロに起因する問題としてではなく,あるいは少しさかのぼって1991年の湾岸戦争前後に根源がある問題としてでもなく,第2次大戦後の国際関係や中東地域の複雑な政治・軍事関係を考慮しなければ本質が理解できない問題として分析するということです。
もちろん,中東問題の焦点であるパレスチナ問題の起源は紀元前にあります。そこまでさかのぼらなくとも,現代につながるパレスチナ問題の複雑化*の出発点は,第1次大戦中,イギリスがパレスチナの地にアラブ人とユダヤ人双方に独立国家建設を認める矛盾した政策(フサイン・マクマホン協定とバルフォア宣言)をとったこと,いわゆるイギリスの「二枚舌外交」にあります。
*現代のパレスチナ問題の起源と経過については,「イラク戦争前史―パレスチナ問題」をご覧ください。
(2) ただ,イスラエルとアラブ諸国との対立にしてもイスラム圏諸国間関係にしても,今回の「イラク戦争」につながるような問題の複雑化を規定する要因の大部分は,第2次大戦後の特殊な国際関係にあるとわたしたちは考えました。
第2次大戦後の特殊な国際関係においてもっとも重視すべき要素は,戦後まもなくはじまった米ソ冷戦です。アメリカを中心とする西側資本主義陣営とソ連を中心とする東側社会主義陣営との対立はグローバルな広がりを持ち,政治・軍事・経済・社会などさまざまな分野で戦後世界を規定する重要な要因となりました。
40年以上続いた冷戦期間中,米ソがそれぞれ自陣営の支配圏の維持・拡大と強化のために,世界各国の政権や諸勢力に政治・軍事・経済的に影響力を行使しました。
国際的な紛争を平和的に解決する目的で設立された国際連合も,米ソ間の利害の対立する問題については機能不全に陥りました。
日本は敗戦から6年以上もアメリカ主導の占領下に置かれ,諸制度の急激な改革が行なわれました。日本の独立と同時に結ばれた日米安保条約(日米軍事同盟),その後も続く政治的な対米依存(従属),日本経済の復興や急激な経済成長も,冷戦体制のもとでのアメリカとの関係によって根本的に規定されています(これはわたしのゼミで扱う基本テーマの1つです)。
中東地域も米ソ対立・覇権争いの変遷に翻弄された地域です。
(3) 冷戦は,時に朝鮮戦争やベトナム戦争のような地域的な(代理)戦争として,熱い戦争として現実化しましたが,米ソが直接戦うことはありませんでした。しかし,米ソの熾烈な軍拡競争とそれぞれの支配圏の維持・拡大のための軍事的・経済的な介入は,両国にとって実際の戦争を戦うのと同様の重い負担となりました
象徴的なのがアメリカのベトナム戦争への介入とソ連のアフガニスタン侵攻です。
アメリカは1965年からベトナム戦争に本格的に介入をはじめました。介入当初の予想に反して,南ベトナム解放民族戦線と北ベトナムの抵抗によって戦闘は長期化・泥沼化していきます。アメリカは,ピーク時で年間288億ドル(総額1,067億ドル)の巨額の直接戦費と54万人の兵力を投じ,核兵器以外のあらゆる近代兵器を使用しました。死者だけでも,アメリカ兵約4万6000人,南ベトナム軍や韓国軍などの援助軍約19万人,北ベトナム・解放戦線軍92万人,民間人120万人といわれています。負傷者や後遺症に苦しむ人はさらに膨大でしょう。
これだけの犠牲を払いながら勝利できず,アメリカ国内や世界的な反戦運動の高まり,後述の経済的負担の重さなどから,1973年のパリ協定でアメリカ軍の完全撤退となりました。
アメリカは軍事的に敗北しただけでなく,経済的にも深刻な影響を受けました。ベトナム戦争はアメリカの財政赤字を膨大なものとし,インフレーションに拍車をかけ,産業の国際競争力を低下させ,国際収支の赤字を悪化させました。その結果,基軸通貨であるドルに対する信認が低下してドル危機が深刻化し,アメリカは1971年に金とドルの交換を停止せざるを得なくなります。国際経済は混乱し,固定相場制が維持できなくなって変動相場制に移行します。第2次大戦後の資本主義諸国の経済復興と成長の枠組みであったIMF体制が崩壊し,世界経済は1970年代の長期停滞に入っていきました。
ソ連は1979年末にアフガニスタンの内戦に軍事介入しました。反政府派はパキスタンの支援をえながらゲリラ活動で対抗し,アメリカも武器の供与など反政府派を援助して,戦闘は長期化・泥沼化していきました*。ソ連は10万を超える兵力を投入しながら勝利できず,多数の人的損害(15,000人の戦死者・37,000人の負傷者といわれる)をこうむり,経済的にも大きな負担となったため,1989年2月,ゴルバチョフ政権のもとで撤兵が行なわれました。
*サウジアラビアの富裕な家に生まれたオサマ・ビン・ラーデンがソ連と戦うためにアフガニスタンに入り,アラブ義勇兵の募集や訓練に資金提供などで重要な役割を果たしました。そのために作られた基金がアル・カーイダ(al Qaida)です。
この時期にはオサマは親米でしたが,ソ連のアフガニスタンからの撤退後の90年代に反米に転じて,アル・カーイダは反米武装組織に変わっていきます。
(4) 米ソ両国とも冷戦とそれに付随する地域戦争の負担に耐えられず,1989年のマルタ会談によってようやく冷戦の終了が公式に宣言されたのです。アメリカはレーガン軍拡の影響も加わって80年代後半に純債務国となったことに象徴されるように経済的に衰退し,ソ連は経済的困難ばかりか政治的混乱も極限に達し,国自体が消滅してしまいました。
第2次大戦後の戦争(冷戦・熱戦)は,戦場となった国・地域を荒廃させたのはもちろん,正義のない戦争を強行した米ソ両国をも多様な意味で荒廃させてしまったのです
*。
*戦後資本主義体制において冷戦のもつ意味については,わたしの「冷戦とアメリカ経済」『薄氷の帝国 アメリカ ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』をお読みください。
さらに,冷戦中に米ソが影響下に置いた各国や地域・諸勢力に対して行なった政策は,それら国民や民族の自立・民主化のためにではなく,自陣営の安全保障と支配圏の維持・拡大と強化を第1の目的としていました。両国とも民主的国家や勢力だけでなく,独裁政権や軍事政権であっても自国にとって有用であれば軍事・経済援助やその他の支援を行ない,支配下に置いたのはその現われです。
冷戦終結後はアメリカもソ連(ロシア)もその影響下に置いていた国や地域の多くに対して,そうした支援と支配を続ける必要もその余裕もなくなりました。いわば,冷戦体制の維持というタガが外れたのです。
冷戦中に米ソ両国の援助と支援を受けた体制の下で抑圧され続けてきた人々や民族は,その体制に対する強い抵抗意識だけでなく,強い反米意識・反ソ(反ロ)意識を持ったのは当然でしょう。米ソの影響力が低下し,既存の支配体制が弱体化すれば,そうした意識を行動として現実化させようとする動きが出てくることも当然でしょう。
1990年代以降,世界の各地で民族紛争や地域紛争がいっきに噴出しはじめたこと,アメリカやロシアなどに対するテロ(実行者にとっては抵抗運動)が頻発するようになったことは,こうした背景のためだと考えられます。
(5) 他方,冷戦終結は国際紛争の調停機関としての国連の存在意義と機能を高めるはずです。アメリカもロシアも一国だけで国際紛争を封じ込める能力も必要性もなくなったからです。また,国連のシステムにはさまざまな弱点があるとしても,現実的に国際紛争を調停し解決する多国間の協議・協力機関は国連しかないからです。
(6) 以上のような認識にたって,わたしたちは「イラク戦争」を分析していこうと考えました。
そこで,以下のような論点と課題を設定しました。
1. 冷戦中および冷戦後のアメリカの中東政策
2. アメリカの政策の中東地域への影響
3. アメリカのイラク攻撃の経緯:単独行動主義への傾斜
4. 冷戦中および冷戦後の国連の役割
5. 冷戦中および冷戦後の日米関係
6. イラク戦争の原因についての諸説の検討
さらに,
7. イラク戦争の推移を記録し,分析視角(4)の認識からこの戦争が容易には「終わらない」性格を持っていることを明らかにすること
8. アメリカにとってのベトナム戦争,ソ連にとってのアフガニスタン侵攻のように,イラク戦争は現代世界にどのような影響を与え,世界史の中でどのような意味を持つことになるのかを考察していこうと考えました。
2003年度は,これらの一部(1〜6)について延近が論文構成を提案し適宜コメントしながら,延近研究会12期・13期の学生が論文にまとめ,三田祭と延近研究会OB/OG会でとして発表しました。しかし,問題の難しさと幅の広さから論文としてはかなり未消化なものでした。
2004年度は,13期と14期の学生がそれらの改良と7,8の作業を行ない,延近提案の論文構成とコメントにより「イラク戦争のアメリカ政治・経済への影響」を中心として論文にまとめ,三田祭と延近研究会OB/OG会で発表しました。
当初は論文本体と要約をこのウェブサイト上に公開する予定でしたが,インターネット利用者の著作権軽視の状況*にかんがみ,公開の形式等を検討中です。
*このウェブサイト上に公開しているわたしの著作が他大学の学生によってコピーされてレポートとして提出されているばかりか,某大学の教員(非常勤)が,出典を明示せずに無断で教材として配布していたとの情報を当該大学の学生から連絡を受けたことがあります。
「イラク戦争を考える」を読みたいという希望も多く,公開を検討してきましたが,公開するためには論文としての完成度を上げ,現時点までのイラク情勢や「対テロ戦争」の推移についても盛り込んだものを公開したいと考えています。現在,一般公開に向けて私が全面的に改訂作業中です。その一部は論文ドラフトとして順次掲載していく予定です。(2009年1月31日記)
「イラク戦争を考える 第1部」については,2003年度の論文作成時点の原稿の修正は最低限にとどめたものをPDFファイルで公開しました。ファイルのダウンロードおよび印刷はできますが,著作権保護のために,文章や図表などのコピーはできないようなセキュリティ設定としてあります。また背景にわたしのニックネームが透かしとして入っています。
イラク戦争を含む「対テロ戦争」と「新帝国主義」戦略についてのわたしの見解は,別に「薄氷の帝国 アメリカ」と題する論文として公開しています(2009年12月30日記)。
「薄氷の帝国 アメリカ」は,大幅に加筆修正して,2008年秋以降の世界的金融・経済危機の構造を論じた著書『薄氷の帝国 アメリカ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』として,御茶の水書房から2012年2月に出版いたします。本書の構成と序論はこちらでご覧ください(2012年1月25日追記)。
「イラク戦争を考える 第1部」(pdf. 3.6MB)
「薄氷の帝国 アメリカ」

(延近 充)

各年度の論文構成は次のページをご覧ください。
「イラク戦争を考える」第1部(2003年度)
「イラク戦争を考える」第2部(2004年度)
7.のための資料として作成中の年表は次のページをご覧ください。
イラク戦争(対テロ戦争)関連年表 2003年2月〜
原則として複数のソースで確認できた事実のみを分類・収集して作成。
日付は時系列参照の便宜のため日本時間で表示し,必要に応じて現地時間を併記した。
現在,ほぼ毎日更新中です。
8.の考察のために作成している,イラク情勢の現状に関する私のメモはこちらのページをご覧ください
イラク戦争における
犠牲者
アフガニスタン戦争
における犠牲者
原油価格の推移
2003年〜
日米株価の推移
2008年9月〜
延近研究会 共同研究メンバー
第12期 植村昌史,大倉由貴子,乙武郁子,菊地雅子,岸田昌子,高石裕介,田川亮輔,永田大介,
村上創太,山口顕
第13期 安部雅隆,石井宏太郎,和泉ちひろ,小島健一郎,杉井良子,関谷直人,関屋文彦,
長江崇将,福市年成,堀田佳秀,山口功,山本真澄,吉田一陽
第14期 井上允之,内川浩樹,内田健介,栢島由佳里,今野聡,田中広美,中尾俊明,西山浩平,
福原早苗,松崎禎夫,望月さやか,山崎理絵,渡辺陽介
Iraq Body Count(民間人死亡者)

【関連情報・リンク】

対イラク戦争と日本の加担に対する研究者有志の反対声明(2003.3.20)
Column アメリカの対イラク最後通告と日本の対応について(2003.3.18)
研究者有志による意見広告「アメリカの対イラク先制攻撃と日本の加担に反対します」(2003.2.27)
ドキュメンタリー映画「アメリカばんざい - crazy as usual -」
イラクで死んだ兵士の家族,イラク派遣を拒否した兵士,ベトナム・アフガニスタン・イラクからの帰還兵,現役海兵隊員へのインタビューや海兵隊員養成のブート・キャンプの取材などで構成されたドキュメンタリー映画。2008年7月26日から公開。私も協賛しています。
「リダクテッド 真実の価値」
2006年にイラク・サーマッラで起きた米兵によるイラク人少女レイプ殺人事件を題材としたブライアン・デ・パルマ監督の作品。フィクションとインターネット上で公開されている実際の映像をミックスして,Redacted−情報の事前削除・編集:アメリカの情報操作・報道規制や偏向報道を描いている。10月25日から公開。この映画のサイトではイラク研究者の酒井啓子氏を講師とするシンポジウムなどの情報あり。
解放軍として歓迎される期待が裏切られ,泥沼化するイラク戦争下,「テロ」を恐れて心理的に追い詰められる米兵たち。イラクで何が起こっているのか,イラクに派兵したアメリカ社会では何が起こっているのかを考えさせる映画。
イラクと同様に泥沼化するアフガニスタンへ日米同盟のために自衛隊派遣を模索し続ける日本政府。
これは「ひとごと」の話ではない。無知は免罪符とはならないのである。

「対テロ戦争」の最前線の実態を知るための手がかりとなるこの2つの映画についての私のコメントをアップしてあります。

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