共同研究 「イラク戦争を考える」: Thinking About The Iraqi War

慶應義塾大学 経済学部 延近 充 編著 (2004年9月25日公開)

アフガニスタン・イラク戦争を含む「対テロ戦争」がなぜ「終わらない」性格をもつのか,またブッシュ政権が国際社会の反対の中でなぜイラク攻撃を強行したのかについてのわたしの見解は,

2008年秋以降の世界的金融・経済危機の構造を国際政治や軍事面を含めて論じた『薄氷の帝国 アメリカ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』(御茶の水書房,2012年2月,本書の構成と序論),

現在の世界経済の危機的状況と90年代以降の日本経済の構造変化を基礎理論から現状分析まで展開し,平易に説明した『21世紀のマルクス経済学』(慶應義塾大学出版会,2015年7月,本書の目次)

「対テロ戦争」は何をもたらしたのか(2017/3/25)

でお読みいただけます。2014年以降のIslamic State in Iraq and Levant(またはIslamic State,イスラム国)の台頭の問題,トランプ政権の対テロ政策は何をもたらすのかを考える材料にもなると思います。
What's New
<資料> 終わらない「対テロ戦争」−年表 2003年2月〜 (2018.2.19 更新)

アフガニスタン・イラク戦争を含む「対テロ戦争」と「新帝国主義」戦略についてのわたしの見解は,2008年秋以降の世界的金融・経済危機の構造を論じた著書『薄氷の帝国 アメリカ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』(御茶の水書房,2012年2月)で,お読みいただけます。本書の構成と序論はこちらでご覧ください。また本書の誤植・訂正についてはこちらをご覧ください。

最近の「対テロ戦争」の情勢(より詳しくは「イラク戦争(対テロ戦争)」関連年表をご覧ください)

【トランプ政権の政策関連年表】 2017年  2018年

イラクおよび周辺国情勢   [イラク情勢]【イラク戦争における犠牲者数】
「暴力事件」による2月のイラク人の死者77人(18日まで)

2016年10月16日のモスルのIS支配地域奪還作戦開始以来の有志連合国軍とイラク軍の空爆による民間人死者数は3,078人(8/18まで)。「対テロ戦争」における民間人誤射・誤爆・過剰防衛事件(2017年)

2013年4月下旬以降,シーア派政権とスンニ派との宗派間対立の激化により内戦再発の危機的状況。同年12月30日にラマディで対政府抗議行動を継続していたスンニ派の拠点を治安部隊が強制排除して以降,アンバル州東部でアルカイダ系武装組織由来の「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」や住民と治安部隊との戦闘や緊張状態が激化,両者と民間人に多数の死傷者。
・ISILがイラク北部地域とアンバル州西部シリア国境地域を制圧しシリアとの国境が事実上消滅,シリア北東部からイラク北西部地域を支配下におき,バグダディ最高指導者をカリフ(預言者ムハンマドの後継者)とする「イスラム国(IS)」樹立を宣言(2014/6/29)。ISに対する米軍の空爆開始(2014/8/8)。
政府軍がモスルのIS支配地域の奪還作戦を開始(2016/10/16)。
・政府がモスルでのIS支配地域奪還作戦の勝利を宣言,アバディ首相がモスルで勝利と政府軍を称賛する声明を発表(2017/7/9)。

・モスル西部旧市街のヌーリモスク地域を政府軍が奪還したとイラク軍当局が発表,アバディ首相がISのカリフ国家という虚偽の国家は終焉したとの声明を発表(6/29)。
・政府がモスルでのIS支配地域奪還作戦の勝利を宣言,アバディ首相がモスルで勝利と政府軍を称賛する声明を発表(7/9)。
・タルアファル全域を政府軍・シーア派民兵部隊が制圧したと統合作戦本部が発表(8/27)。
アバディ首相がタルアファルのIS支配地域が完全に解放されたと発表(8/31)。
キルクーク西方ハウィジャのIS支配地域解放作戦が完了したと統合作戦司令部のヤララ最高司令官が発表,アバディ首相が訪問先のフランスで同様の発表,「この勝利はイラクの人々にとってだけでなく,世界全体にとっての勝利だ」と述べる(10/5)。
ソマリア・モガディシオ中心部ホダン地区の外務省近くのサファリホテル標的のトラック爆弾攻撃により358人死亡,228人負傷,56人行方不明,政府がアルシャバブの犯行と断定(10/14)。
アバディ首相がアンバル州西部カイムのIS支配地域を解放したと発表(11/3)。
アバディ首相がISとの戦いでの勝利を宣言する演説(12/9)。
・バグダッド中心部タヤラン広場で2人の自爆攻撃により38人死亡,100人以上負傷(2018/1/15)。
【欧米でのIS関係のテロ】
・フランス・パリ市内のコンサート会場やレストランでの銃撃と自爆攻撃,郊外のサッカー場での自爆攻撃により計128人死亡,300人以上負傷,ISが実行声明(2015/11/13)
・ベルギー・ブリュッセルの国際空港と地下鉄駅での連続自爆攻撃により34人死亡,約200人負傷,ISが実行声明(2016/3/22)。
・アメリカ南部フロリダ州中部オーランドの同性愛者向けナイトクラブ内で武装したアフガニスタン系米国人男性が突撃ライフルと拳銃を乱射し49人死亡,53人負傷,容疑者はISへの忠誠を誓っていたとの情報,ISが実行声明(2016/6/12)。
・イギリスのイラク攻撃開始時のプレスコット副首相が,イラクの政権打倒を目的とするイラク攻撃は国際法に違反しその後の破局的な結果をもたらしたとする見解を発表(2016/7/10)。
・フランス南部ニースで革命記念日の花火見物客にトラックが突っ込み84人死亡,100人以上負傷,警官の発砲により運転者1人死亡,ISが実行声明(2016/7/14)。
・イギリス中部マンチェスターの屋内競技場マンチェスター・アリーナでのコンサート終了直後にロビーでの自爆攻撃により22人死亡,59人負傷,ISが実行声明(2017/5/22)。
・イギリス・ロンドン中心部ロンドン橋で車が暴走し通行人をはねた後に下車した男たちが近くのバラ・マーケットの客をナイフで襲撃し7人死亡,48人負傷,容疑者3人は警官が射殺,ISが実行声明(2017/6/3)。
・イギリス・ロンドン北部のモスク近くでイスラム教徒の集団に自動車が突進し1人死亡,10人負傷,フランス・パリ中心部シャンゼリゼ通りでガスボンベを積んだ車が警察車両に突っ込み運転手1人死亡,警官らに死傷者なし(2017/6/19)。
・ベルギー・ブリュッセルの中央駅で自爆ベルトを身に着けた男性1人が「アラー・アクバル」と叫びながら爆弾を爆破,警備のベルギー軍兵士が男性を射殺,死傷者なし(2017/6/20)。
・スペイン東部カタルーニャ州バルセロナ中心街ランブラス通りの歩道をミニバンが暴走し観光客ら13人死亡,100人以上負傷,ISが「ISの兵士による攻撃」と実行声明(2017/8/17)。
・イギリス・ロンドンの地下鉄列車内でIED攻撃により乗客27人負傷,ISが実行声明(9/15)。
・フランス南部マルセイユの鉄道駅で30代の男性1人が「アラー・アクバル」と叫びながら刃物で女性2人を殺害,警備中の兵士により襲撃者射殺,ISが実行声明(10/1)。
・ニューヨーク・マンハッタン地区でピックアップ・トラックの暴走により通行人8人死亡,11人負傷,運転手は警官に逮捕される前に「アラー・アクバル」と叫ぶ(10/31)。
・ニューヨーク中心部タイムズ・スクエア近くの地下鉄駅構内でバングラデシュ移民の青年が手製爆弾を爆発させ青年含む4人負傷,ISに傾倒した犯行(12/11)。
 [パレスチナ情勢]
トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定すると宣言し,国務省にアメリカ米大使館をテルアビブからエルサレムに移転するよう指示(2017/12/6)。

2017年12月6日のトランプ大統領のエルサレムをイスラエルの首都と認定する宣言後のパレスチナ人の抗議行動に対するイスラエル軍の鎮圧行動によるパレスチナ人の死者数は24人,パレスチナ人の襲撃によるイスラエル人の死者数は1人(2018/2/17まで)。

・パレスチナ自治区各地と東エルサレムでトランプ大統領の「宣言」に対する抗議行動とイスラエル治安部隊との衝突が発生,ガザ地区でイスラエル兵の発砲によりパレスチナ人2人死亡,ヨルダン川西岸地区でパレスチナ人65人負傷,ガザ地区からイスラエルへのロケット弾発射に対するイスラエル軍の報復空爆により子ども6人含む25人負傷(2018/12/8)。
・ガザ地区からイスラエルへの1発のロケット弾攻撃へのイスラエル軍の報復の空爆によりハマス・メンバー2人死亡,パレスチナ自治区各地でのパレスチナ人とイスラエル軍との衝突による負傷者は9日までに1,000人以上とパレスチナ赤新月社が発表(12/9)。
・国連安保理の緊急会合でトランプ大統領のエルサレムの首都宣言に対してアメリカを除く14理事国が批判(12/9)。
・パレスチナ自治区各地でトランプ大統領のエルサレム首都宣言に対する数万人規模の抗議行動とイスラエル治安部隊が衝突しパレスチナ人4人死亡,160人負傷(12/15)。
・国連安保理がトランプ大統領のエルサレムをイスラエルの首都と認定する決定を無効とする決議案を採決,アメリカを除く14理事国が賛成,アメリカの拒否権行使により同決議案は廃案(12/18)。
・国連総会でアメリカ政府のエルサレムをイスラエルの首都と認定した決定を無効とする決議案が賛成128,反対9,棄権35で採択(12/21)。
・ガザ地区とイスラエルの境界地域でパレスチナ人の抗議行動に対するイスラエル軍の鎮圧行動によりパレスチナ人2人死亡,10人負傷(12/22)。
・ガザ地区でイスラエルへの抗議行動中の住民約2,000人へのイスラエル軍の発砲によりパレスチナ人1人死亡(12/30)。
・ヨルダン川西岸地区ラマラ近郊でパレスチナ人の抗議行動に対するイスラエル軍の発砲によりパレスチナ人少年1人死亡(2018/1/3)。
・ガザ地区とヨルダン川西岸地区ナブルス近郊でパレスチナ人の抗議行動に対するイスラエル軍の発砲によりパレスチナ人計2人死亡(1/11)。
・ヨルダン川西岸地区カルキリヤでイスラエル軍の発砲によりパレスチナ人1人死亡(1/15)。
・ヨルダン川西岸地区ジェニンでイスラエル軍特殊部隊がパレスチナ人宅を襲撃し入植者襲撃準備容疑でパレスチナ人1人を射殺,1人を逮捕(1/18)。
・ヨルダン川西岸地区でイスラエル軍の発砲により投石で攻撃していたパレスチナ人青年1人死亡(1/30)。
・ヨルダン川西岸地区北部ジェニンでイスラエル兵の発砲により投石による抗議行動中のパレスチナ人青年1人死亡(2/3)。
・ヨルダン川西岸地区のユダヤ人入植地アリエル近くのバス停でパレスチナ人がイスラエル人1人を刺殺,ヨルダン川西岸地区ナブルスでイスラエル人を刺殺した犯人の捜索中のイスラエル軍とパレスチナ人の衝突によりパレスチナ人2人死亡,10人以上負傷。(2/5)。
・ヨルダン川西岸地区北部でイスラエル治安部隊がイスラエル人殺害容疑でパレスチナ人容疑者1人を射殺(2/6)。
・ヨルダン川西岸地区南西部ヘブロンでパレスチナ人のナイフによる襲撃で警備員1人負傷,他の警備員の発砲により襲撃者1人死亡(2/7)。
・イスラエル南西部ガザ地区の境界壁付近でIED攻撃によりイスラエル兵4人負傷,イスラエル軍がガザ地区のハマス訓練キャンプなど18カ所を空爆や戦車の砲撃で報復攻撃,パレスチナ人青年2人死亡(2/17)。
 [シリア情勢]
・南部ダマスカス近郊東グータの反体制派支配地域をロシア軍が空爆し民間人18人死亡,同地域へのシリア政府軍の砲撃により民間人5人死亡(1/4)。
・南部ダマスカス近郊東グータの反体制派支配地域へのロシア軍とシリア政府軍の空爆により民間人17人死亡,35人負傷(1/6)。
・北西部イドリブ州イドリブで自動車爆弾攻撃により少なくとも23人死亡(1/7)。
・南部ダマスカス近郊東グータの反体制派支配地域へのロシア軍とシリア政府軍の空爆により子ども10人含む民間人24人死亡(1/9)。
北西部イドリブ州のアルヌスラ戦線支配地域上空ででロシア空軍機が撃墜されパラシュートで降下した操縦士が交戦により死亡(2/3)。
・南部ダマスカス近郊東グータで政府軍の空爆により民間人31人死亡(2/5)。
・南部ダマスカス近郊東グータの反体制派支配地域への政府軍の空爆により子ども18人含む民間人70人死亡,100人以上負傷(2/6)。
・南部ダマスカス近郊での政府軍とロシア軍の空爆により子ども12人含む民間人34人死亡,東部デリゾールのシリア民主軍SDFの司令部をシリア政権側が攻撃,米軍の応戦空爆により政権側兵士100人以上死亡(2/7)。
・南部ダマスカス近郊東グータの反体制派支配地域への政府軍の空爆により子ども含む民間人75人死亡(2/8)。
アフガニスタン情勢 [アフガニスタン情勢]【アフガニスタン戦争における犠牲者数】)。
・カブール東部地域で自爆攻撃により警官20人死亡,27人負傷,ISが実行声明(1/4)。
・カブールのインターコンチネンタル・ホテルを武装集団が襲撃し外国人14人含む22人死亡,10人負傷,襲撃者5人全員死亡,タリバンが実行声明(1/20)。
・カブール中心部の内務省施設前で大量の爆発物を積んだ救急車の自爆攻撃により103人死亡,235人負傷,タリバンが実行声明(1/27)。
・カブールのアフガン軍訓練施設へのISの攻撃により兵士11人死亡,16人負傷(1/29)。
・タリバンがトランプ大統領がタリバンとの和平交渉の意思はないと表明したことに対して,アフガニスタンの主権はカブール政府ではなくタリバンであるとした上で,アメリカがタリバンとの和平交渉を拒否すれば戦争が続くだけであると発表(1/30)。
全国土のうちカブール政府が統制している地区は30%,タリバンの活動が活発な地域は70%,うち4%はタリバンの完全支配下にあるとBBCが調査結果を発表(1/31)。
・南部ヘルマンド州ゲレシュク地区の親政府派民兵の検問所へのタリバンの攻撃により民兵16人死亡(2/11)。
・タリバンが「アメリカ国民と独立NGO,平和愛好派の議員」に宛てた約3000語の手紙を公開,政府にアフガニスタンからの撤退とタリバンとの直接和平交渉へ向けた圧力をかけるよう促す内容(2/14)。
・NATOのストルテンバーグ事務総長がアフガニスタンにNATO軍3000人規模を増派し駐留NATO軍を16,000人規模に拡大する方針を発表(2/14)。
・UNAMAが2017年の暴力事件による民間人死傷者数を発表,死者数は3,438人,負傷者数は7,015人,うち反政府武装勢力の行動による死者は2,303人,アフガン治安部隊や外国軍の行動による死者は745人(2/15)。
[パキスタン情勢]
・北西部スワート渓谷地域で自爆攻撃によりパキスタン軍兵士11人死亡,13人負傷(2/3)。

[論文・分析]

「対テロ戦争」は何をもたらしたのか(2017/3/25)
『薄氷の帝国 アメリカ ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』 ( 出版案内と序論 12/1/25公開)
イラク戦争前史 ― パレスチナ問題(09/1/31掲載)
「イラク情勢メモ」:イラク情勢の「改善」をどう見るか?(09/1/25掲載)
Collateral Damage ― “対テロ戦争 War on Terror”の非人間性(2009/1/20掲載)

はじめに

〔共同研究開始の経緯〕

2003年2月,アメリカによる対イラク攻撃が迫っている危機的状況のなか,社会科学研究者の有志36人が呼びかけ人となって,新聞に「意見広告 社会科学研究者は訴える」を掲載する運動をはじめました。
国際法や国際世論を無視した先制攻撃と日本の加担への反対を世論に訴えることが目的でした。その運動の一環としてウェブ・サイトを開設することになり,呼びかけ人の依頼により,わたしがサイトの作成・管理にあたることになりました。
そこで2月中旬に「研究者は訴える」と題したウェブ・サイトを開設し,賛同者名簿の作成,運動の進展・拡大にともなう更新,読者から送られてくるメールへの対応などを担当しました。
さらに3月17日,ブッシュ大統領の最後通告演説をうけて,呼びかけ人による「軍事行動即時停止要求の声明」をウェブ・サイト上で発表し,「声明」への賛同者のメールによる受付をはじめました。
しかし3月20日,世界的な反戦運動の盛り上がりをあざ笑うかのように米英軍のイラク攻撃が強行されました。
(この意見広告や声明,運動の経緯については「研究者は訴える」ウェブ・サイトをご覧ください。また,最後通告演説直後にウェブ上に公開した私見はこちらをご覧ください。)
わたしはこの「イラク戦争」の経過の記録をはじめるとともに,わたしの研究会(ゼミナール)の学生(新4年生)に,この戦争の記録と背景や実態の分析を2003年度の共同研究のテーマとしてはどうかともちかけてみました。わたしのゼミの専攻分野が政治経済学・現代資本主義論であり,第2次大戦後の資本主義を世界史的視野から理論的・実証的に分析することが基本テーマであったからです。彼らも現在進行中の深刻な問題をリアルタイムで取り扱うことに非常に興味を持ってくれ,4月から参加した新3年生の同意も得て,「イラク戦争を考える」共同研究が出発しました。

〔分析視角〕

共同研究を始めるためには分析視角を共有することがまず大切です。
わたしたちは,「イラク戦争」を単に時論的にではなく,
1. 多面的・歴史的視点から考察すること,
2. 自分たち自身の問題として考えるため,また戦後日本経済をゼミのテーマの1つとしていることから,国際社会と日本との関係・日本の「戦争」への対応を考察の柱の1つとすること,
3. 安易に独りよがりの結論を下すのではなく,考えるための材料を可能な限り集めて取捨選択して提示すること,
を基本方針としました。
(1) より具体的には,この「戦争」を9.11同時多発テロに起因する問題としてではなく,あるいは少しさかのぼって1991年の湾岸戦争前後に根源がある問題としてでもなく,第2次大戦後の国際関係や中東地域の複雑な政治・軍事関係を考慮しなければ本質が理解できない問題として分析するということです。
もちろん,中東問題の焦点であるパレスチナ問題の起源は紀元前にあります。そこまでさかのぼらなくとも,現代につながるパレスチナ問題の複雑化*の出発点は,第1次大戦中,イギリスがパレスチナの地にアラブ人とユダヤ人双方に独立国家建設を認める矛盾した政策(フサイン・マクマホン協定とバルフォア宣言)をとったこと,いわゆるイギリスの「二枚舌外交」にあります。
*現代のパレスチナ問題の起源と経過については,「イラク戦争前史―パレスチナ問題」をご覧ください。
(2) ただ,イスラエルとアラブ諸国との対立にしてもイスラム圏諸国間関係にしても,今回の「イラク戦争」につながるような問題の複雑化を規定する要因の大部分は,第2次大戦後の特殊な国際関係にあるとわたしたちは考えました。
第2次大戦後の特殊な国際関係においてもっとも重視すべき要素は,戦後まもなくはじまった米ソ冷戦です。アメリカを中心とする西側資本主義陣営とソ連を中心とする東側社会主義陣営との対立はグローバルな広がりを持ち,政治・軍事・経済・社会などさまざまな分野で戦後世界を規定する重要な要因となりました。
40年以上続いた冷戦期間中,米ソがそれぞれ自陣営の支配圏の維持・拡大と強化のために,世界各国の政権や諸勢力に政治・軍事・経済的に影響力を行使しました。
国際的な紛争を平和的に解決する目的で設立された国際連合も,米ソ間の利害の対立する問題については機能不全に陥りました。
日本は敗戦から6年以上もアメリカ主導の占領下に置かれ,諸制度の急激な改革が行なわれました。日本の独立と同時に結ばれた日米安保条約(日米軍事同盟),その後も続く政治的な対米依存(従属),日本経済の復興や急激な経済成長も,冷戦体制のもとでのアメリカとの関係によって根本的に規定されています(これはわたしのゼミで扱う基本テーマの1つです)。
中東地域も米ソ対立・覇権争いの変遷に翻弄された地域です。
(3) 冷戦は,時に朝鮮戦争やベトナム戦争のような地域的な(代理)戦争として,熱い戦争として現実化しましたが,米ソが直接戦うことはありませんでした。しかし,米ソの熾烈な軍拡競争とそれぞれの支配圏の維持・拡大のための軍事的・経済的な介入は,両国にとって実際の戦争を戦うのと同様の重い負担となりました
象徴的なのがアメリカのベトナム戦争への介入とソ連のアフガニスタン侵攻です。
アメリカは1965年からベトナム戦争に本格的に介入をはじめました。介入当初の予想に反して,南ベトナム解放民族戦線と北ベトナムの抵抗によって戦闘は長期化・泥沼化していきます。アメリカは,ピーク時で年間288億ドル(総額1,067億ドル)の巨額の直接戦費と54万人の兵力を投じ,核兵器以外のあらゆる近代兵器を使用しました。死者だけでも,アメリカ兵約4万6000人,南ベトナム軍や韓国軍などの援助軍約19万人,北ベトナム・解放戦線軍92万人,民間人120万人といわれています。負傷者や後遺症に苦しむ人はさらに膨大でしょう。
これだけの犠牲を払いながら勝利できず,アメリカ国内や世界的な反戦運動の高まり,後述の経済的負担の重さなどから,1973年のパリ協定でアメリカ軍の完全撤退となりました。
アメリカは軍事的に敗北しただけでなく,経済的にも深刻な影響を受けました。ベトナム戦争はアメリカの財政赤字を膨大なものとし,インフレーションに拍車をかけ,産業の国際競争力を低下させ,国際収支の赤字を悪化させました。その結果,基軸通貨であるドルに対する信認が低下してドル危機が深刻化し,アメリカは1971年に金とドルの交換を停止せざるを得なくなります。国際経済は混乱し,固定相場制が維持できなくなって変動相場制に移行します。第2次大戦後の資本主義諸国の経済復興と成長の枠組みであったIMF体制が崩壊し,世界経済は1970年代の長期停滞に入っていきました。
ソ連は1979年末にアフガニスタンの内戦に軍事介入しました。反政府派はパキスタンの支援をえながらゲリラ活動で対抗し,アメリカも武器の供与など反政府派を援助して,戦闘は長期化・泥沼化していきました*。ソ連は10万を超える兵力を投入しながら勝利できず,多数の人的損害(15,000人の戦死者・37,000人の負傷者といわれる)をこうむり,経済的にも大きな負担となったため,1989年2月,ゴルバチョフ政権のもとで撤兵が行なわれました。
*サウジアラビアの富裕な家に生まれたオサマ・ビン・ラーデンがソ連と戦うためにアフガニスタンに入り,アラブ義勇兵の募集や訓練に資金提供などで重要な役割を果たしました。そのために作られた基金がアル・カーイダ(al Qaida)です。
この時期にはオサマは親米でしたが,ソ連のアフガニスタンからの撤退後の90年代に反米に転じて,アル・カーイダは反米武装組織に変わっていきます。
(4) 米ソ両国とも冷戦とそれに付随する地域戦争の負担に耐えられず,1989年のマルタ会談によってようやく冷戦の終了が公式に宣言されたのです。アメリカはレーガン軍拡の影響も加わって80年代後半に純債務国となったことに象徴されるように経済的に衰退し,ソ連は経済的困難ばかりか政治的混乱も極限に達し,国自体が消滅してしまいました。
第2次大戦後の戦争(冷戦・熱戦)は,戦場となった国・地域を荒廃させたのはもちろん,正義のない戦争を強行した米ソ両国をも多様な意味で荒廃させてしまったのです
*。
*戦後資本主義体制において冷戦のもつ意味については,わたしの「冷戦とアメリカ経済」『薄氷の帝国 アメリカ ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』をお読みください。
さらに,冷戦中に米ソが影響下に置いた各国や地域・諸勢力に対して行なった政策は,それら国民や民族の自立・民主化のためにではなく,自陣営の安全保障と支配圏の維持・拡大と強化を第1の目的としていました。両国とも民主的国家や勢力だけでなく,独裁政権や軍事政権であっても自国にとって有用であれば軍事・経済援助やその他の支援を行ない,支配下に置いたのはその現われです。
冷戦終結後はアメリカもソ連(ロシア)もその影響下に置いていた国や地域の多くに対して,そうした支援と支配を続ける必要もその余裕もなくなりました。いわば,冷戦体制の維持というタガが外れたのです。
冷戦中に米ソ両国の援助と支援を受けた体制の下で抑圧され続けてきた人々や民族は,その体制に対する強い抵抗意識だけでなく,強い反米意識・反ソ(反ロ)意識を持ったのは当然でしょう。米ソの影響力が低下し,既存の支配体制が弱体化すれば,そうした意識を行動として現実化させようとする動きが出てくることも当然でしょう。
1990年代以降,世界の各地で民族紛争や地域紛争がいっきに噴出しはじめたこと,アメリカやロシアなどに対するテロ(実行者にとっては抵抗運動)が頻発するようになったことは,こうした背景のためだと考えられます。
(5) 他方,冷戦終結は国際紛争の調停機関としての国連の存在意義と機能を高めるはずです。アメリカもロシアも一国だけで国際紛争を封じ込める能力も必要性もなくなったからです。また,国連のシステムにはさまざまな弱点があるとしても,現実的に国際紛争を調停し解決する多国間の協議・協力機関は国連しかないからです。
(6) 以上のような認識にたって,わたしたちは「イラク戦争」を分析していこうと考えました。
そこで,以下のような論点と課題を設定しました。
1. 冷戦中および冷戦後のアメリカの中東政策
2. アメリカの政策の中東地域への影響
3. アメリカのイラク攻撃の経緯:単独行動主義への傾斜
4. 冷戦中および冷戦後の国連の役割
5. 冷戦中および冷戦後の日米関係
6. イラク戦争の原因についての諸説の検討
さらに,
7. イラク戦争の推移を記録し,分析視角(4)の認識からこの戦争が容易には「終わらない」性格を持っていることを明らかにすること
8. アメリカにとってのベトナム戦争,ソ連にとってのアフガニスタン侵攻のように,イラク戦争は現代世界にどのような影響を与え,世界史の中でどのような意味を持つことになるのかを考察していこうと考えました。
2003年度は,これらの一部(1〜6)について延近が論文構成を提案し適宜コメントしながら,延近研究会12期・13期の学生が論文にまとめ,三田祭と延近研究会OB/OG会でとして発表しました。しかし,問題の難しさと幅の広さから論文としてはかなり未消化なものでした。
2004年度は,13期と14期の学生がそれらの改良と7,8の作業を行ない,延近提案の論文構成とコメントにより「イラク戦争のアメリカ政治・経済への影響」を中心として論文にまとめ,三田祭と延近研究会OB/OG会で発表しました。
当初は論文本体と要約をこのウェブサイト上に公開する予定でしたが,インターネット利用者の著作権軽視の状況*にかんがみ,公開の形式等を検討中です。
*このウェブサイト上に公開しているわたしの著作が他大学の学生によってコピーされてレポートとして提出されているばかりか,某大学の教員(非常勤)が,出典を明示せずに無断で教材として配布していたとの情報を当該大学の学生から連絡を受けたことがあります。
「イラク戦争を考える」を読みたいという希望も多く,公開を検討してきましたが,公開するためには論文としての完成度を上げ,現時点までのイラク情勢や「対テロ戦争」の推移についても盛り込んだものを公開したいと考えています。現在,一般公開に向けて私が全面的に改訂作業中です。その一部は論文ドラフトとして順次掲載していく予定です。(2009年1月31日記)
「イラク戦争を考える 第1部」については,2003年度の論文作成時点の原稿の修正は最低限にとどめたものをPDFファイルで公開しました。ファイルのダウンロードおよび印刷はできますが,著作権保護のために,文章や図表などのコピーはできないようなセキュリティ設定としてあります。また背景にわたしのニックネームが透かしとして入っています。
イラク戦争を含む「対テロ戦争」と「新帝国主義」戦略についてのわたしの見解は,別に「薄氷の帝国 アメリカ」と題する論文として公開しています(2009年12月30日記)。
「薄氷の帝国 アメリカ」は,大幅に加筆修正して,2008年秋以降の世界的金融・経済危機の構造を論じた著書『薄氷の帝国 アメリカ― 戦後資本主義世界体制とその危機の構造』として,御茶の水書房から2012年2月に出版いたします。本書の構成と序論はこちらでご覧ください(2012年1月25日追記)。
「イラク戦争を考える 第1部」(pdf. 3.6MB)
「薄氷の帝国 アメリカ」

(延近 充)

各年度の論文構成は次のページをご覧ください。
「イラク戦争を考える」第1部(2003年度)
「イラク戦争を考える」第2部(2004年度)
7.のための資料として作成中の年表は次のページをご覧ください。
イラク戦争(対テロ戦争)関連年表 2003年2月〜
原則として複数のソースで確認できた事実のみを分類・収集して作成。
日付は時系列参照の便宜のため日本時間で表示し,必要に応じて現地時間を併記した。
現在,ほぼ毎日更新中です。
8.の考察のために作成している,イラク情勢の現状に関する私のメモはこちらのページをご覧ください
イラク戦争における
犠牲者
アフガニスタン戦争
における犠牲者
原油価格の推移
2003年〜
日米株価の推移
2008年9月〜

[更新履歴]

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延近研究会 共同研究メンバー
第12期 植村昌史,大倉由貴子,乙武郁子,菊地雅子,岸田昌子,高石裕介,田川亮輔,永田大介,
村上創太,山口顕
第13期 安部雅隆,石井宏太郎,和泉ちひろ,小島健一郎,杉井良子,関谷直人,関屋文彦,
長江崇将,福市年成,堀田佳秀,山口功,山本真澄,吉田一陽
第14期 井上允之,内川浩樹,内田健介,栢島由佳里,今野聡,田中広美,中尾俊明,西山浩平,
福原早苗,松崎禎夫,望月さやか,山崎理絵,渡辺陽介
Iraq Body Count(民間人死亡者)

【関連情報・リンク】

対イラク戦争と日本の加担に対する研究者有志の反対声明(2003.3.20)
Column アメリカの対イラク最後通告と日本の対応について(2003.3.18)
研究者有志による意見広告「アメリカの対イラク先制攻撃と日本の加担に反対します」(2003.2.27)
ドキュメンタリー映画「アメリカばんざい - crazy as usual -」
イラクで死んだ兵士の家族,イラク派遣を拒否した兵士,ベトナム・アフガニスタン・イラクからの帰還兵,現役海兵隊員へのインタビューや海兵隊員養成のブート・キャンプの取材などで構成されたドキュメンタリー映画。2008年7月26日から公開。私も協賛しています。
「リダクテッド 真実の価値」
2006年にイラク・サーマッラで起きた米兵によるイラク人少女レイプ殺人事件を題材としたブライアン・デ・パルマ監督の作品。フィクションとインターネット上で公開されている実際の映像をミックスして,Redacted−情報の事前削除・編集:アメリカの情報操作・報道規制や偏向報道を描いている。10月25日から公開。この映画のサイトではイラク研究者の酒井啓子氏を講師とするシンポジウムなどの情報あり。
解放軍として歓迎される期待が裏切られ,泥沼化するイラク戦争下,「テロ」を恐れて心理的に追い詰められる米兵たち。イラクで何が起こっているのか,イラクに派兵したアメリカ社会では何が起こっているのかを考えさせる映画。
イラクと同様に泥沼化するアフガニスタンへ日米同盟のために自衛隊派遣を模索し続ける日本政府。
これは「ひとごと」の話ではない。無知は免罪符とはならないのである。

「対テロ戦争」の最前線の実態を知るための手がかりとなるこの2つの映画についての私のコメントをアップしてあります。

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