Collateral Damage ― “対テロ戦争 War on Terror”の非人間性

延近 充

(1) イスラエル軍によるガザ地区攻撃:“対テロ戦争”

2008年12月18日,エジプトの仲介によって08年6月発効したハマスとイスラエルとの停戦が終了して10日足らずの12月27日,ハマスのイスラエルに対するロケット弾攻撃に対する自衛のためとの名目で,イスラエル軍がガザ地区に対して大規模な空爆を開始し,09年1月3日には地上軍がガザ地区に侵入して攻撃を開始した。
ハマス*は06年1月のパレスチナ評議会選挙において勝利したことにもとづいてパレスチナ自治政府を樹立し,ガザ地区を統治している政治組織であるが,イスラエルが1948年の建国後,たびたびの軍事行動によってパレスチナにおける支配地域を拡大してきた**ことに反発して,イスラエルの存在を否定する態度をとっている。その軍事部門はこれまでたびたびイスラエルへ向けてロケット弾・迫撃砲攻撃を繰り返してきた。

ブッシュ前アメリカ大統領は「中東の民主化」を外交・軍事戦略の目的としてたびたび強調してきたが,イスラエルおよびイスラエルを支援するアメリカは,「民主化」のもっとも基本的な要素であるはずの公正な選挙によって実現されたハマスによるガザ地区支配の正統性を認めず,テロリスト集団とする規定を維持してきた。さらに,ハマスがパレスチナ解放機構(PLO)主流派のファタハと対立しガザ地区を単独統治して以降,イスラエルはガザ地区を封鎖し,欧米諸国もパレスチナへの援助を停止したのである。
今回の攻撃はイスラエルにとっての“対テロ戦争”ということになるだろう。
* ハマスについては,「イラク戦争を考える」の【用語集】も参照していただきたい。
** イスラエル建国とその占領地域拡大の変遷については,「イラク戦争前史 ― パレスチナ問題」を参照していただきたい。
この攻撃によって,女性・子供を含む多数のパレスチナ民間人が死傷し,国連運営学校や国連難民救済機関の施設も攻撃対象とされた。国際的な非難が高まるなか,1月8日に国連安保理に提出されたガザ地区の即時停戦を求める決議案に対して,イスラエルの最大の支援国アメリカも拒否権を使えず棄権したことから,決議案はアメリカ以外の全理事国の賛成により採択された。
1月16日,ライス国務長官とリブニ・イスラエル外相がガザ地区への武器密輸阻止のための協定に署名,1月18日に,オルメルト・イスラエル暫定首相が,ハマスの統治力や軍事力に大きな打撃を与えたとし,「我々は目標を達成した」と成果を強調して,ガザ地区での軍事作戦の一方的停止を宣言した。ハマスはイスラエル軍の撤退のための猶予期間として1週間の停戦を発表し即時実行した。
21日には,オバマ米大統領の就任に合わせるかのように,イスラエル軍がガザ地区からの撤退完了を発表した。依然として境界付近にはイスラエル地上軍が集結し続けているものの,ハマス側も甚大な損害を被ってイスラエルへの攻撃を控えている。
22日間にわたるイスラエルの攻撃によって,パレスチナ側が被った損害はどのようなものだったのか。
死傷者について,
ガザ地区の保健省の集計では,死者1324人(うち子供410人,女性約100人),負傷者5400人(うち子供1855人,女性795人)と発表されている。
現地医療関係者が22日に発表したパレスチナ側の死者は1330人で,内訳は16歳以下の子供437人,女性110人,高齢男性123人,医療関係者14人,ジャーナリスト4人。負傷者は5450人で,このうち子供が1890人(うち200人が重体)としている。
ガザ地区のNGOのパレスチナ人権センター(Palestinian Centre for Human Rights)が21日に発表した集計では,死者1284人,負傷者4336人に上っている。
死者の内訳は,民間人894人(うち17歳以下の子供280人,女性111人),ハマス・メンバー390人(うち警官167人,戦闘員223人)。
なお,ハマス,イスラム聖戦などの反イスラエル勢力が発表している戦士の死者は158人である。
物的な損害では,パレスチナ自治政府中央統計局発表で,家屋4100棟が全壊し1万7000棟が損壊,建物やインフラの破壊による損害額は19億ドルに達するという*。
*以上の事実関係については,AP,ロイター,AFP,朝日新聞による。イスラエルによるガザ地区攻撃の経過については,「年表 終わらないイラク戦争」を参照していただきたい。

(2) イスラエルの“対テロ戦争”によるCollateral Damage

イスラエルは国連運営学校への攻撃について,「イスラエル軍を狙った迫撃砲が同校から発射されたことに対する反撃だった」との声明を発表し,攻撃の正当性を主張した。攻撃にともなう民間人の死傷者発生についても,イスラエル政府は攻撃開始当初から「テロリストと民間人は区別している」と強調していた。
しかし,たとえイスラエル軍がハマスの軍事関連施設だけを標的としていたとしても,情報にはもともと不正確さが必然的に付随するものである。イスラエル軍がハマスの軍事施設と判断して攻撃した施設がハマスの軍事部門とは無関係であったことは充分ありうる。情報が正確だったとしても,戦時においては,攻撃を実行する兵士は自分が攻撃を受ける危険性を感じながら瞬時に攻撃対象を判断しなければならないため,標的を見誤る可能性が高まる。
また,情報が正確で,その標的を正しく狙って攻撃したとしても,そもそも兵器の命中精度は100発のうち50発が目標からどれぐらいの範囲に着弾するかで評価されるのである(半数必中界 CEP: Circular Error Probability)。たとえば,攻撃手段が最新鋭の精密誘導ミサイルで命中精度が誤差10m以内だったとしても,これは発射したミサイルの半分は10m以上外れることを意味する。
軍が作戦計画を立てる際にはこれらの「誤爆」を計算に入れているはずなのである。
さらに,ガザ地区の面積は約360km2 (東京23区の約半分)で,ここに150万人以上の人々が生活しているのである。この地域の人口密集地を陸海空から攻撃すれば,イスラエル政府が主張するように,たとえ「テロリストと民間人は区別している」としても,民間人や周辺施設が損害を受けるのは自明である。
このようなことをイスラエル政府や軍関係者が知らないはずはない。多数のパレスチナ民間人が犠牲になること,Collateral Damage(軍事力行使にともなう付随的損害)が発生すること,すなわち目的達成のためには民間人にも「やむをえない犠牲」が出ることを事前に想定した上での攻撃であったとしか考えられないのである*。
まさに,軍事行動の非人間性の典型である。
*あるいは,ガザ地区攻撃による民間人の犠牲は「やむをえない犠牲」ではなく,イスラエルが意図したものだったとも考えられる。06年1月のパレスチナ評議会選挙において,イスラエル国家の存在を否定するハマスを圧勝させた民間人にも多数の犠牲者が発生させることにより,07年6月以降ガザ地区を統治するハマスに対する住民の反感を助長し,イスラエルとの共存を肯定するファタハへの支持を高めようとしたのかもしれない。
また,ハマスはエジプトのムスリム同胞団の流れを汲んだ組織であり,武装闘争だけでなく,低所得層に焦点を当てた社会福祉・教育文化活動で住民の支持を広げてきた。逆に,メンバーは反イスラエル武装闘争においても,必要に応じて彼らを支持する膨大な住民の海の中に隠れるなど,住民の支援を利用してきたともいえる。
イスラエルは,ブッシュ前大統領が2001年の‘9.11同時多発テロ’直後に「テロリストと彼らをかくまう者たちを我々は区別しない」と語り,その後,アフガニスタン攻撃によってタリバン政権を崩壊させたのと同様の理由づけによって,ハマスのメンバーをかくまう住民も攻撃対象としたのかもしれない
イスラエルの意図はわからないが,いずれにしても,多数の民間人の無差別的殺害はジェノサイドという語を想起させる。
ユダヤ人はナチス・ドイツによるジェノサイドの悲劇を経験したが,今回のガザ地区攻撃による多数の民間人死傷者がCollateral Damageであっても,ジェノサイドに類似する大量虐殺との誹りを免れないであろう。
さらに,1月4日にガザ市ゼイトゥン地区でイスラエル軍が多数の子どもを含むパレスチナ人110人を1軒の家に監禁し,翌日にこの家を砲撃し30人を死亡させ多数に負傷を負わせた例のように,もし意図的なものであったとすれば,そして白リン砲弾の人口密集地での使用によって死亡または負傷した犠牲者の苦痛を想起すれば,正当な理由なく苦痛と恐怖の中で命を奪われるという,ユダヤ人が経験したジェノサイドとの違いはどこにあるというのだろうか?
なお,白リン砲弾は2004年11月のアメリカ軍によるイラク・ファルージャ攻撃の際にも使用された。アメリカおよびイスラエルの白リン兵器の使用は,特定通常兵器使用禁止制限条約が定める非人道的兵器の使用禁止規定に違反する可能性がきわめて強い。この点,「年表 終わらないイラク戦争」【注釈2005年】[11-3]および【注釈2009年】[1-1]も参照していただきたい。
2009年7月2日に,アムネスティ・インターナショナルが,イスラエルによるガザ地区攻撃に関する報告書を公表した。
この報告書では,軍事専門家を含む調査団の現地調査をもとに,
(a) 子供約300人と数百人の非武装の民間人を含む約1400人が殺害されたこと
(b) ガザ地区の広大な地域を瓦礫とし数千人のホームレスを生み出して,ガザ地区の経済を崩壊させたこと
を指摘し,これらの大規模な破壊行為が
(c) イスラエル軍の軍事目標と民間人およびその財産とを区別しない無差別攻撃によってもたらされた
(d) イスラエル軍の主張する「軍事的必要性」や軍事行動にともなう「付随的被害(Collateral Damage)」として正当化できないものである
と断定して,
民間人と民間人の財産への直接攻撃の禁止,無差別あるいは非対称攻撃の禁止,集団的処罰を禁じた国際人道法の諸規定に違反すると非難している。
また,
(e) イスラエル軍のハマスが民間人を「人間の盾」として利用したとの主張について,「その証拠は見つからなかった」と否定し
逆に,
(f) イスラエル軍が子どもを含む民間人を「人間の盾」として使用したと指摘
(g) イスラエル軍が住宅地で白リン弾を大量に使用したと認定している。
ハマスに対しては,イスラエルの民間人居住地域に向けての違法なロケット弾攻撃の方針を放棄し,他の武装グループにもそのような攻撃を行なわせないよう求めている。
報告書原文:http://www.amnesty.org/en/library/info/MDE15/015/2009/en
(2009年7月31日追記)

(3) アフガニスタン,イラクにおける“対テロ戦争”によるCollateral Damage

非人間的な Collateral Damage は,今回のイスラエルによるガザ地区攻撃に限られるのではない。
アメリカが“対テロ戦争”の主戦場と位置づけているイラクやアフガニスタンにおいて,武装勢力が駐留軍や現地軍に対してIED*攻撃や自爆攻撃をして民間人にも犠牲者が出た場合,駐留米軍の司令官や報道官は「この事件は,罪もない民間人を無差別に殺害するという武装勢力の卑劣な(cowardly)本質を証明している」といった表現で非難声明を発表する。
しかし,私は「年表 終わらないイラク戦争」作成のために毎日ウェブ上の国内外のメディアの報道をチェックしているが,報道された「暴力」事件の中で,「標的不明」のものはあっても,「罪もない民間人を無差別に殺害」する(08年6月8日の秋葉原通り魔事件のように‘誰でもいいから殺す’)ことを目的としたと断定できる事例はない**。
*  IED: Improvised Explosive Device については,「イラク戦争を考える」の【用語集(兵器編)】も参照していただきたい。
** ただし,日本の大手新聞社や通信社配信のニュースでは,米軍の発表を鵜呑みにして報道する例が多く,「無差別テロ」と表現している事例が多い。メディアの報道の仕方を含めて,“対テロ戦争”の最前線であるイラクやアフガニスタンでの「暴力」事件の見方については,「イラク情勢メモ:改善の兆しを見せないイラクの治安状況をどう見るか?」を参照していただきたい。
一方,米軍の武装勢力掃討作戦によって民間人に死傷者が出た場合には,軍報道官は「このような不慮の事故が発生したことは遺憾であり遺族に対して深い哀悼の意を表する」というようにaccidentallyという表現を使って謝罪声明を発表する。
あるいは,「武装勢力は民間人の犠牲者を発生させる目的で民家(または住宅街)に身を隠すという戦術を採っている」として,外国軍の攻撃によって民間人死者が発生したのは武装勢力の戦術に原因があるとする非難声明を出すこともある。
米軍部隊が武装勢力から攻撃を受け,部隊が戦闘機等の空からの支援を要請する。戦闘機のパイロットは現地に到着し,武装勢力と思われる集団や武装勢力が潜伏すると思われる建物を空爆する。その後,現地を調査した結果,武装勢力とともに周辺にいた多数の民間人も死亡した例が少なくない。
Collateral Damageである。地上部隊からの連絡のあった建物とは別の建物を爆撃したり,ミサイルが標的を外れて別の建物を破壊したりした例も少なくない。「誤爆」である。あるいは,結婚式で祝砲として銃が発砲されたため,多数の参列者を武装集団と誤認して攻撃した例は枚挙にいとまがない。これも「誤爆」として片づけられる*。
*具体的事例は,「イラク戦争関連年表」に収録した事項から,外国軍の行動による誤射・誤爆・過剰防衛によると見られる民間人死傷者発生事件をピック・アップした集計表を参照していただきたい。
「対テロ戦争」は,主権国家の正規軍とアルカイダ系武装組織やタリバンのような非国家勢力とが戦う「非対称戦争」である。米軍が主導する多国籍軍という最新技術の兵器を装備し質・量ともに圧倒的な軍事力に対して,非国家勢力側が採りうる戦略と戦術は,自然や都市といった地理的条件を最大限に利用し,あるいは民衆の中に身を隠しながらあらゆる手段を駆使してゲリラ戦を行なうことである。
この戦術を「卑劣」と非難するのは「正規軍の論理」にすぎない。また,もし武装勢力が民衆の意思に反して意図的に民衆を人質にとって「人間の盾」として利用していたとしても,そのことによって民間人の殺害が正当化できるわけではない。
(例えば,アメリカ国内で,武器を持った犯人が人質をとって家屋に立てこもる事件が起こった場合を想起せよ。警察が人質解放の努力もせずに軍の力を借りて空爆によって家屋を破壊し犯人と人質を死亡させたとしたら,警察や軍だけでなく政府自体が猛烈な非難を受けるだろう。)
そもそも,ゲリラ戦を中心とするレジスタンスが多数の民衆の支援と協力を得ながら実行された場合,もともと正規軍同士の戦闘を想定して編成されている軍事力によって「勝つ」ことは不可能である。1960年代のアメリカのベトナム戦争や1980年代のソ連のアフガニスタン侵攻がその典型である。いずれも超大国の軍隊をもってしても勝利できず,戦争が長期化・泥沼化することによって,全面撤退を余儀なくされた。
たとえ,ある地域をごく短期間に限って「制圧」できたとしても,レジスタンスとその意思,レジスタンスに協力する多くの民衆という構図を完全に破壊できなければ,「戦争は終わらない」からである。むしろ,「制圧」のための軍事行動にともなうCollateral Damage「誤爆」は,外国軍に対する民衆の憎しみと「聖戦」意識を強化し,レジスタンス側の兵力の強化につながる可能性の方が高いであろう。
米軍や多国籍軍の検問所において兵士の発砲によって民間人に死者が出た場合も同様である。検問所には英語と現地語で,検問所である旨,自動車は一時停止し兵士の指示に従わなければならない旨が記された看板が立てられている。兵士も身振りや手振りで誘導し停車を指示する。
しかし,イラクにしてもアフガニスタンにしても一般住民の識字率は高くない(イラクでは50%以下という)。また兵士の身振り・手振りが文化の異なる国の住民に理解できるとは限らない。
指示に従わない者・車に対しては警告射撃を行ない,それでも従わない場合には自爆攻撃とみなして発砲するという手続きが定められているのであるが,常に自爆攻撃の脅威にさらされ生命の危険を感じている兵士が手続きどおりに行動するとは限らない
むしろ,身の危険を感じるほど接近してくる車に対しては,警告射撃よりも直接運転者や同乗者を標的に発砲し,停止させようとする可能性が高いであろう*。
* こうした兵士の行動は2008年10月に公開された映画「リダクテッド 真実の価値」で描かれている。この映画についての私のコメントはこちらを参照してください。
国連調査による2008年9月までのアフガニスタンにおける武装勢力および多国籍軍の攻撃による民間人死者数1,445人の内訳は以下のとおりである。
タリバンその他武装勢力の攻撃による死者:800人(全体の55%)
米軍・NATO軍・アフガン軍の攻撃による死者:577人(40%),うち空爆による死者は395人。
2007年1年間の外国軍・アフガン軍の軍事行動による民間人死者は477人であるから,08年9月時点ですでに100人上回っている(AP 2008/9/16)。
2009年2月17日に,国連アフガニスタン支援団(UNAMA)が2008年の「暴力」事件による民間人死者数の調査結果を発表した。発表によると,
民間人死者総数:2118人(07年の1523人より39.1%増)
[内訳]
武装勢力の攻撃に起因:1160人(死者総数の55%,07年は700人)
多国籍軍・アフガン軍の軍事行動に起因:828人(死者総数の39%,07年は629人)
このうち多国籍軍の空爆による死者が552人。(AP 2009/2/18,09年2月24日追記)
これだけの数の民間人死者を出す行為を accident という語で,あるいは Collateral Damage として済ませることができるのだろうか。もちろん,武装勢力・レジスタンスによる攻撃にも同様のことが言えるし,攻撃手段が技術的に劣っている分,Collateral Damageの発生の可能性はより高いであろう。
しかし,問題は量ではなく,アメリカやイスラエルの行動が,彼らが非難する「テロリスト」の行動とどこが違うのか,ということである。
彼らにすれば,Collateral Damageであろうが「誤爆」であろうが,要するに正当な理由なしに自分たちの住む地域に侵攻し多数の無辜の住民を殺害した「敵」に対するレジスタンス以外の何ものでもないであろう。
私は,オサマ・ビンラーデンおよびアルカイダ,イラクの諸武装勢力,ハマス,ヒズボラ,タリバンなど,一般に「イスラム原理主義」や「イスラム過激派」と称される諸組織の武装闘争を,決して肯定するものではない。
特に,彼ら(の一部)がイスラム教の教えを厳格に適用するとして,他の宗教を否定するあまり文化的遺跡を破壊(タリバンによるバーミヤンの仏教遺跡の破壊!)したり,女性への教育を否定して女学生や教育施設を攻撃したりしていることには嫌悪感さえ持っている。
同時に,ブッシュ政権以来のアメリカやイスラエルが標榜する“対テロ戦争”戦略にも,全面的に反対である。彼らの言う「テロリスト」が広範な民衆の支持を得ているかぎり,軍事力のみによって「テロ」に勝利することはできないと考えているからである。
無用な誤解を避けるために,念のため。
2009年1月22日,タリバン政治委員会がオバマ大統領のアフガニスタンへの米軍増派方針について,「火に油を注ぐに過ぎない」,「アメリカの新政権は,アメリカの名声に泥を塗りアメリカ国民に対する嫌悪と国際的な憎悪を引き起こしたブッシュ・プランと同じ轍を踏もうとしている」との声明をウェブ上に発表した。
オバマ新政権は国際協調主義を外交方針に掲げているが,“対テロ戦争”においてもブッシュ前政権が犯した誤りから学び,「同じ轍を踏む」のでなく,賢明な選択をされることを願う。
[追記]
2011年末に,イラクから米軍が全面撤退して以降,イラク国内の治安状況は徐々に悪化し,2013年に入るとアルカイダ系武装組織がその勢力を増大させ,治安部隊やシーア派住民に対するIED攻撃や自爆攻撃,銃撃事件が多発するようになり,死者も急増していった。
また,2013年4月の国民議会選挙はシーア派とスンニ派の宗派間対立をむしろ激化させ,2006年のような内戦再発の危機となった。選挙で勝利したシーア派主導のマリキ政権の諸政策に対するスンニ派の反発も強まり,スンニ派の支配的なアンバル州ラマディやファルージャでマリキ首相の辞任とスンニ派敵視政策の撤退を要求する持続的な反政府抗議行動がはじまった。

12月23日,マリキ首相は,アンバル州でのスンニ派の抗議行動が「テロリスト」に主導され,その勢力拡大に利用されているとして,大規模な「テロリスト」掃討作戦の開始を発表した。これに対して,シーア派の著名な聖職者サドル師はマリキ首相にアンバル州の平和的抗議運動との対話を求める声明を発表したが,マリキ政権は28日にアンバル州の抗議行動拠点にイラク軍部隊を戦車約30台をともなって展開させ,治安部隊がスンニ派の著名政治家を「テロ支援」容疑で逮捕する。
30日には,警察の実力行使によって抗議行動の拠点のテントを撤去し参加者を排除,参加者との衝突により40人以上が死傷した。こうしたマリキ政権の強硬姿勢に対して,スンニ派国会議員44人が抗議のための辞意を表明する事態となった。

2014年に入って,アンバル州での「テロリスト」掃討作戦は,治安部隊(軍・警察)に親政府派の部族民兵が加わった,イラク政府の「対テロ戦争」となっており,北部サラハディン州,東部ディヤラ州,中南部バビル州でもアルカイダ系を含む武装勢力と治安部隊との大規模な交戦が行なわれている。
この戦争でも民間人に Collateral Damageが発生しているのは当然であるが,とくにラマディやファルージャでは深刻な状態となっている。
両市の市街地は武装勢力が実質的に支配下に置いており,治安部隊は郊外を包囲して,人や物資の出入りを厳しくチェックしているため,市民は食料や医療サービスの不足に困窮するようになっている。
さらに,イラク軍は両市に対して戦車や迫撃砲による砲撃,攻撃ヘリからの空爆を住宅地へも「無差別」に実行しており,多数の民間人死者が発生しているのである。その状況についてはイラク軍の無差別砲撃・爆撃による民間人犠牲者発生事件(2014年)をご覧ください。
この「対テロ戦争」は3月中旬現在でも進行中で,今後の進展は簡単には予想できないが,隣国のシリアの内戦とも関係しあって長期化するのは確実と思われる。ただ,もし政府の「テロリスト」掃討が成功としても,このコラムで述べてきたように, Collateral Damageは宗派間の対立をより強めて,イラクの国内政治状況は混迷を深めることになりそうである。(2014年3月13日)

2009年1月20日,ブッシュ前大統領退任,オバマ大統領就任の日に記す。
2009年1月22日,一部修正・追記,4月13日「誤射・誤爆」事件集計へのリンクを追加。
2009年7月31日,アムネスティ・インターナショナルのイスラエルによるガザ地区攻撃に関する報告書に関する記述を追加。
2014年3月13日,イラク政府の「対テロ戦争」についての記述を追加。

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