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本研究課題の後継課題「社会ゲームの理論と実験:自発的規律付けと多様な戦略の併存の含意と国際比較」(研究代表者:グレーヴァ香子、研究期間:2017~2020年度)が科研費基盤研究Bに採択されました

「社会ゲームの理論と実験:自発的規律付けと多様な戦略の併存の含意と国際比較」

社会ゲームの理論と実験とは

社会ゲームの理論と実験とは

研究の目的

研究の目的

グローバル化・IT化によって、社会の流動性や匿名性が高まった現在、既存の経済学が前提としてきた固定的関係や市場による規律付け・行動の調整(コーディネーション)の有効性が低下してきた。しかし、Okuno-Postlewaite(GEB, 1995)らを端緒とした「社会ゲーム」(social games)の理論に従えば、経済関係の自発的な構築・継続・解消などにより、規律・調整を行うことが可能である。本研究ではこの社会ゲーム理論をさらに発展させ、現代社会における自発的な取引関係の形成・解消、分権的に行われる相手探し、異なる行動様式の共存などが、信頼の構築や望ましい資源配分の実現に果たす役割を、理論・実験の両面から多角的に分析・検証する。

研究の学術的背景

研究の学術的背景

経済取引を始めとする様々な社会関係に必要不可欠な規律付けや行動調整は、顔の見える場合には固定的な長期関係、顔の見えないスポット的な場合は市場を通じて行われるとして、前者は(繰り返し)ゲーム理論、後者は市場理論によって分析が進められてきた。しかし、グローバル化・IT化によって、流動性や匿名性が増大した現代社会では、こうしたメカニズムの有効性は必ずしも明確ではない。この問題に対処しようとして創案されたのが、大きな社会でプレイヤーたちが自発的、戦略的に相手を選び、行動するという社会ゲーム(social games)の理論である。しかし、社会ゲームの分析はまだ端緒についたに過ぎない。(協力ゲーム理論には提携形成の理論があるが、提携内や提携を超えた戦略的行動は分析されていない。)松井の『慣習と規範の経済学』(2002)は、社会における慣習や規範の果たす役割を、人々がランダムに出会う社会における安定的な戦略分布を通じて分析した。本研究ではこの考え方をさらに発展させ、社会ゲームを、「大きな社会における新たな出会いとネットワークの形成、そこでの戦略的駆け引き、その結果を受けたネットワーク参加の自発的継続と駆け引きの継続、あるいは自発的退出と次なる出会い」を含めたダイナミックなゲームと捉え、そこでの安定的な戦略(行動様式)やその社会的構造を分析する研究枠組みの総称とする。

非協力ゲーム理論では、当事者による戦略的関係の自発的構築と解消という問題は十分に分析されてこなかった。近年になって、奥野(藤原)-Postlewaite (GEB, 1995)などのランダムに出会う社会、Bala-Goyal(Econometrica, 2000)、Jackson-Watts (GEB, 2002)などの自発的ネットワークの形成、Ghosh-Ray (RES, 1996), McAdams (AEJ Micro, 2011)などの自発的に解消可能な繰り返しゲームの研究が始まった。日本でも、松井・奥野(藤原)(JER, 2002)による二つの社会が交流するときの慣習の変化、グレーヴァ・奥野(藤原)(RES, 2009)、グレーヴァ・奥野(藤原)・鈴木(GEB, 2012)による自発的に解消可能な繰り返し囚人のジレンマを行う社会における安定的行動様式の研究が進んできた。また趙・松井(EGA, 2011)は、大きな社会でランダムに様々な相手と出会いつつ、望ましいパートナーの基準を学習していくプレイヤーたちの長期的関係の分析を行っている。本プロジェクトではこれらの研究の流れを結集し、それがもたらす相乗効果によって総合的な社会ゲーム理論を作ることを目的とする。他方、被験者にゲーム継続・解消のオプションがある場合の実験研究は稀であり、上記の社会ゲームの視点からの実験は、実験経済学にも新たな貢献ができる。日本においては、いまだ理論の専門家と実験の専門家との共同研究が十分でなく、本研究で両者が緊密に協力することも特筆に価する。西村はゲームの実験(たとえばChew-西村(JEBO, 2003)、西村他(Games, 2011)の入札の実験)に実績があり、ゲーム理論にも詳しい。中泉はインセンティヴやネット社会における心理的行動についての実験を行っている(中泉・渡辺(AEA meeting報告論文, 2010))。

研究期間内に何をどこまで
明らかにしようとするのか

研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか

本研究は4年計画で、社会ゲームの基本理論を構築し、いくつかの具体的な社会ゲームを明示的に分析する。また社会ゲームの実験によって、実験経済学に二重の貢献を行う。一つは、「社会ゲームの実験」を行うことによってその理論予測を検証することであり、もう一つは「実験を現実の社会ゲームの一環として体験している被験者行動」を分析することである。

まず、藤原、松井、グレーヴァ、鈴木のこれまでの理論研究を踏まえ、藤原らの構築した「自発的継続ゲーム」と松井らの構築した「相手探しゲーム」の枠組みを統合して、社会ゲームの基本理論を構築する。社会ゲームでは、社会という大きなゲームと、その部分集合のプレイヤーたちがプレイする個別ゲームとが、入れ子構造になっている。個別ゲームでの各プレイヤーの選択(特に、個別ゲームへの参加を継続するかそれから退出するかの選択)は、そのゲームを退出した場合に新たに参加する次の個別ゲームの結果をどう予想するかに依存する。従って、各個別ゲームでの均衡はお互いに依存しあっており、その依存関係全体が、社会全体のゲームの均衡のあり方を規定する。例えば自発的継続囚人のジレンマでは、既存の「閉じた」ゲームの場合と異なり、社会全体では、長期的な協力を求める行動様式と、それをカモにしようと裏切ってすぐに逃げ出す行動様式が共存することが、社会の安定性をもたらすことがわかっている。理論分析では、このような社会的多元性(pluralism)がどの程度普遍的に存在するのかを明らかにすると共に、個別ゲームの利得と出会い・別れの構造によって、具体的にどんな戦略分布やパートナーの組み合わせ分布が安定なのかを調べる。

また理論分析と並行して、それを検証するための実験を設計し、実際に実験を行う。これまでのゲーム理論の実験は、「閉じた」ゲームという前提で仮説検証を行ってきた。この前提には、ゲームの相手は予め決まっている、各人はそのゲーム内で完結した意思決定を行うといった暗黙の仮定が含まれる。また,実験室内で観察される被験者の行動が、彼らの生きてきた実験室の外の社会における経験からの影響を免れない点は、実験研究の根本的問題として当初から認識されてきたが、これに直接せまる研究は未だなかった。従って、同じ相手との継続プレイを選べるかどうかで、行動の様式や誘因が異なる可能性は十分にある。このことから、既存の実験結果の再解釈も含めて、どのような実験方法が良いかを理論的に検討する。その上で、自発的参加・退出を踏まえた社会ゲームの実験を設計・実施し、既存の研究の結果と比較する。具体的には、被験者の社会経験や行動様式についての情報収集をどう行うか、既存実験で行われたゲームに新たに自発的参加・退出のオプションをつけるだけで良いか、被験者に何を知らせ、何を知らせないのか、などの細かい実験設計が重要になる。

当該分野における本研究の学術的な特色
独創的な点及び予想される結果と意義

当該分野における本研究の学術的な特色独創的な点及び予想される結果と意義

社会ゲーム理論という枠組みを作ることは、現代社会の特徴である、流動的かつ匿名的な巨大社会における戦略的行動とその帰結を厳密に分析することである。これはゲーム理論とミクロ経済学をより現代に適合するよう、総合し拡張することに他ならない。また実験経済学の方法論から言えば、現実の被験者は社会的経験を背景にして実験内でも行動しているという新たな観点から、これまでの理論と実験の整合性を根本から検証し直すことである。他方、主に同時ゲームを個別ゲームとしてその安定性を探求してきた進化ゲームの観点からは、複雑な展開形ゲームを個別ゲームとした新たな均衡概念の開発を目指すことでもある。

社会ゲーム理論が経済政策に与える意義も大きい。グローバル化しITの役割が増大した現代社会の分析には、「閉じた」ゲームという前提ではなく、大きな社会での流動的、匿名的プレイヤーのゲームという枠組みが最も適している。自発的参加・退出まで考慮に入れると、これまでの経済政策の有効性を再検討することが必要な議論がいくつもある。ネット社会では、新しい経済関係が不断に誕生・消滅している。災害後の地域復興には、政策によって人口がどう変動するかを考慮に入れなければならない。外国人労働者や障害者など今後雇用が増加する労働者は、市場への参加・退出の仕方が独特である。さらに、一つの関係が解消されても新たな信頼関係構築は可能であるという、「やり直しのきく社会」を設計することは、新卒の長期雇用や企業間の長期関係に頼っている日本社会の再構築のために、必要不可欠である。

以上のように社会ゲーム理論の構築は、単に学術的に新たな分野を作るだけでなく、進化ゲーム理論における新たな均衡概念の提案、理論と実験との整合性の再検証、経済政策の再検討と経済制度の設計など、幅広い分野に大きな変化と貢献をもたらすものと期待される。