無知は免罪符とならない ― 映画『リダクテッド―真実の価値』を見て

延近 充
2001年の9.11「同時多発テロ」― 米軍主導の多国籍軍によるアフガニスタン攻撃から7年,2003年の米英軍のイラク攻撃開始から5年半,ブッシュ政権の当初の目論見を超えてアフガニスタン戦争とイラク戦争は長期化・泥沼化しつつある。イラクで何が起こっているのか,また,2003年5月のブッシュ大統領による「大規模戦闘終結」宣言後も,イラクに16万人もの兵士を派兵し続けているアメリカ社会で何が起こっているのか。
こうした問いかけを考えるための材料を与えてくれる映画が,今年7月に公開されたドキュメンタリー『アメリカばんざい― crazy as usual』に続いて,10月25日から公開される『リダクテッド―真実の価値』である。この映画の公開前に本編DVDを見る機会が得られたので,感想を記しておこう(『アメリカばんざい』も試写会で見たが,その感想は別に記しておいた)。
『リダクテッド―真実の価値』は,『アンタッチャブル』,『ミッション・インポッシブル』や『ミッション・トゥ・マーズ』などの映画で有名なブライアン・デ・パルマ監督作品で,イラク攻撃を強行したブッシュ政権を告発するために,フィクションと多様なメディアで発信された実際の映像を組み合わせて制作されたという。
見終わって痛感したのは,映像の持つ圧倒的な説得力と同時に,映像には現れない真実を見極めるために想像力がいかに必要であり大切であるか,であった。
映画では,説明的な映像やセリフ,字幕等は最小限しか提供されていない。それらでさえ,事前に「リダクト」されたものだという。それでも,イラクで何が起こっているのか,サダム・フセイン政権を倒して解放軍として民衆から歓迎される期待が裏切られた米軍がイラクで何をしているのか,を想像させるシーンがいくつも出てくる。
例えば,サーマッラの米軍検問所を警備する若い米兵たちがこの映画の主人公たちといえるのだが,彼らは,妊婦を乗せて病院へ急ぐ乗用車が停止命令に従わずに停止線を越えたために,あらかじめ指示された軍の命令どおりに米軍戦車から機銃掃射し,結果的に妊婦を殺害するシーン*がある。
このシーンの前後では,アラビア語で書かれた停止指示の標識や米兵が手を挙げて停止を指示する映像と同時に,イラク人の識字率が50%以下であることや米兵の身振り手振りをイラク人は理解していないこと,この2年間で検問所で射殺された約2000人のうち「敵」と思われる者がわずか60人程度であり,「敵」以外の民間人を殺害したことで訴追された米兵が1人もいないことが説明される。
*このシーンは2006年5月30日にサーマッラで起きた実際の事件を描いていると思われる。以下,実際に起きた事件については,私が作成している「イラク戦争関連年表」を参照されたい。
また,彼らが夜間に民家を強制捜索しアラビア語で書かれた書類を米兵が押収するシーンがある。同行取材の報道記者の「それは何ですか」という質問に,「イラク語で書かれた書類だ」と答え,記者が「アラビア語ですね。アラビア語で書かれた書類が読めるんですか?」と問うと,「読めないが,読める者が部隊にいる。これは戦争に役立つ証拠だ」と答えるのである。
もちろん,この映画にはイラク戦争のごく断片しか現れていないのも事実である。
例えば,主人公たちの直属の上官である曹長が広場脇に放置された古いソファのそばに仕掛けられたIED*によって爆死し,直後に,部下たちが驚きあわてながらも小銃を構えて周囲を警戒するするシーン**がある。彼らはイラクに派遣されてまだ日の浅いらしいが,直属の上官がすぐそばで爆死したにしては冷静である。
*IED:Improvised Explosive Device この事例の場合は手製仕掛け爆弾と訳すのが適当であろう。IEDについて詳しくは「イラク戦争関連用語集(兵器編)」を参照されたい。
**このシーンの後には,アラビア語のウェブサイトにアップされている,おそらく爆破実行者が撮影したと思われる実際の映像が挿入されている。
現実には,武装勢力が外国占領軍にIED攻撃を仕掛けた直後に混乱状態となった兵士たちにRPG*や小火器で攻撃する場合も多く,IED攻撃を受けた兵士がパニック状態に陥って周囲に無差別に発砲し,武装勢力とは無関係の市民が多数死傷する事件**が多発しているのである。
*RPG:Rocket Propelled Grenade携行型ロケット推進式榴弾。戦車や軍事ヘリコプター攻撃に使用される場合が多い。RPGについて詳しくは「イラク戦争関連用語集(兵器編)」を参照されたい。

**例えば,2005年11月19日にアンバル州北部ハディサで起きた米海兵隊員による民間人24人を殺害した事件。米軍は当初,IED攻撃により海兵隊員1人が死亡し,直後に武装勢力からの銃撃を受けたため海兵隊員が応戦し,武装勢力8人と巻き添えで民間人15人が死亡したと発表していた。
しかし,06年5月17日に,ジョン・マーサ民主党議員が軍関係者から得た情報として,IED爆発後に銃撃戦はなく,爆発直後に海兵隊員が付近にいたタクシーに発砲,さらに現場近くの民家に突入して「冷血にも」複数の無実の女性と子供も殺害し,民間人の死者は当初発表の約2倍であることを記者会見で発表した。
また,主人公の若い兵士のうちの2人が曹長の爆死後に,この映画の中心的な題材である14歳のイラク人少女レイプ殺害事件*を起こすのであるが,彼らのアメリカ社会における階層や境遇は,ごく断片的にしか説明されていない。
* 2006年3月12日にバビル州マフムディヤで発生した事件。以前から検問所を通る少女に目をつけていた米陸軍第101空挺師団第502歩兵連隊所属の兵士5人が共謀して夜間に少女の家に押し入り,少女を集団でレイプし,少女と妹,両親の計4人を射殺し,証拠隠滅のために放火して逃亡した。6月23日に事件が発覚,米メディアで連日のように報道された。7月10日にイラク駐留米軍当局が容疑者の米兵5人について軍法会議のための予審手続き開始を発表。主犯格のスティーブン・グリーン被告は事件発覚前に「人格障害」を理由に除隊となったため、通常の司法手続きで強姦殺人容疑で起訴された。
2009年5月7日にケンタッキー州パデューカの連邦地裁の陪審が有罪の評決を下したが,検察の死刑求刑に対し,5月22日の量刑評決では死刑評決に必要な全員一致には至らず,仮釈放なしの終身刑となった。他の兵士4人は軍法会議で禁固2年3カ月から110年の刑を言い渡され受刑中。(2009年5月23日 追記)
映画に描かれた部分だけを見れば,戦場でフラストレーションの溜まった不良兵士が事件を起こし,軍が隠蔽するために情報を「リダクト」しようとしたことを告発する映画としか受け取らないかもしれない。
だが,この映画で描かれているいくつかのエピソードの背景には,イラク戦争,ひいては「対テロ戦争」の本質,そしてアメリカ社会の「病理」があることに想像力を働かせる必要があるのである。
そもそも,米・英軍という最新技術の兵器を装備し質・量ともに圧倒的な軍事力に対して,抵抗する側がとりうる戦略と戦術は,民衆の中に身を隠しながらあらゆる手段を駆使してゲリラ戦を行なうことである。ゲリラ戦を中心とするレジスタンスが多数の民衆の支援と協力を得ながら実行された場合,もともと正規軍同士の戦闘を想定して編成されている軍事力によって「勝つ」ことは不可能である。
ジョン・マーサ米下院議員は05年11月のハディサにおける海兵隊員の民間人殺害事件に関するインタビューで,「この戦争は軍事的に勝利することはできない」と語ったと報道されている。彼が元海兵隊員でベトナム戦争*従軍経験を持つことを考えると,この言葉の意味するところは重い。
*ベトナム戦争において,圧倒的な軍事力を誇る米軍が54万人(ピーク時)の兵力と核兵器を除くあらゆる近代兵器・化学兵器を投入しながら,ジャングルと民衆の支援を利用してゲリラ戦を中心に攻撃を展開する北ベトナム軍・南ベトナム解放民族戦線を打ち破ることができず,双方に多数の死傷者を出しながら戦争は長期化・泥沼化した。さらにアメリカ国内外の反戦運動の高まりとドル危機など経済的諸困難も加わって,敗北・完全撤退を余儀なくされた。
イラク攻撃開始前にブッシュ政権によって掲げられた大義がことごとく崩れ去っただけでなく,「勝利することができない戦争」・「終わらない戦争」*に従軍させられ,「テロ」を恐れて心理的に追い詰められる米兵たち。彼らは見えない敵に殺される恐怖と戦いながら,それでも戦う意味を模索し,自らの行動を,そして犯罪さえも正当化しようとするのである。そして,米軍や米国の報道機関は戦争遂行のために,兵士たちのそうした言動を「リダクト」によって,あるいは「でっち上げ」**によって正当化しようとしてきたのである。
*イラク戦争に象徴される「対テロ戦争」が「終わらない戦争」という意味を持つことについては,延近 充編著「イラク戦争を考える」所収の「[イラク情勢Memo]:改善の兆しを見せないイラクの治安状況をどう見るか?」を参照されたい。

**例えば,バグダッド西方ハマンディヤで2006年4月26日に起きた米海兵隊員による民間人射殺事件。米軍は当初,IED設置中の武装勢力を発見して殺害したと発表していたが,6月になって国防総省高官が以下のような事実を明らかにした。‘海兵隊員が武装勢力捜索のため民家に突入したが発見できず,家屋内にいた非武装の民間人を外に連れ出して射殺した。別の場所で押収したAK-47小銃とシャベルを死体のそばに置いた。これは,IED設置中の武装勢力を海兵隊員が発見し,銃撃戦の上で殺害したと偽装しようとしたものと考えられる。’
この事件について,6月5日付のワシントン・ポスト紙は被害者の家族の証言として,被害者は52歳の身体障害者で顔面に4発の銃弾を受けて死亡した,先週になって海兵隊員が家族のもとを訪れて,事件について金銭と引き換えに海兵隊の説明を認めるよう提案した,と報道している。
また,国連安保理決議にもとづく外国軍のイラク駐留は今年末で期限切れとなるが,来年以降の米軍のイラク駐留継続の法的根拠となる安全保障協定を締結するためのイラク政府とアメリカ政府との交渉が難航している。駐留軍兵士の行動や犯罪についての捜査権や裁判権を定める地位協定において,イラク政府は米兵の治外法権を認めたくないのに対して,アメリカ政府は米軍の軍事行動のためにはどうしても米兵の治外法権を確保したいからである*。アメリカ政府および軍が治外法権にこだわる理由は上記のことから明らかであろう。
*なお,安全保障協定締結の難航の理由には,米軍の撤退期限と具体的な撤退スケジュールを盛り込むか否かという対立点もある。
さらに,イラクに送られる兵士の多くは,米軍のリクルーターが「軍に入れば大学にも行ける,この境遇から抜け出して未来が開ける」と言葉巧みに勧誘した貧困層とマイノリティーと言われている。名目は「志願」であっても,その実態は格差社会がもたらす「貧困徴兵制」によって集められ,短期間の訓練によって兵士に仕立て上げられた若者なのである。
そうした若者がイラク開戦以来,2008年10月初めまでに4,182人が死亡し,重傷者は13,000人を超えている。そして,無事に帰国できても,入隊前の勧誘の言葉通りに大学に進み,望みどおりの高収入を得られる若者はごく例外的だという*。
こうした「志願」兵の状況はドキュメンタリー映画『アメリカばんざい』で描かれている。また,堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書)は,アメリカの格差社会とそれを利用した米軍のリクルートの状況,軍隊を除隊した若者たちの境遇について,より詳しく描いている。
現在,テレビや活字メディアから得られる情報の他に,(アメリカの軍事技術に起源を持つ)インターネット上には,公式・非公式を問わず,またその真偽を問わず,膨大な情報があふれている。一つ一つは,いかに限定的で「リダクト」された情報であっても,重要なのはそこから現実に何が起きているのか,何が起ころうとしているのかを想像する能力である。
豊かな想像力とそれを補うある程度の知識や情報を収集する意欲があれば,このような映画をきっかけとして,イラクで何が起こっているのか,アメリカ社会では何が起こっているのかを推測し,真実に接近することは可能なのである。
とはいえ,イラクもアメリカも日本から遠く離れた国である。こうした問題に関心を持っている人を除けば,イラクで何が起こっているか,アメリカ社会がどのようになっているか知らないし,自分たち日本人には無関係のことと考えている人も多いかもしれない。
2001年の9.11事件以降,ブッシュ政権は「対テロ戦争」のスローガンによって,国際法上認められていない予防先制攻撃を辞さない軍事戦略を採用し,世界各国に対してアメリカ側につくのか,「敵」側につくのかと二者択一を迫った。そして,アルカイダを擁護・支援しているという理由からアフガニスタンを攻撃してタリバン政権を倒し,さらに2003年3月には大量破壊兵器の保有やアルカイダ等のテロ支援を口実として,イラクを攻撃してサダム・フセイン政権を崩壊させた。
しかし,イラクでは03年5月の「大規模戦闘終結」宣言以降も占領軍への武装勢力の攻撃が続き,宗派間や民族間の抗争の激化とあいまって06年秋にはアメリカ国内のメディアが「内戦状態」と表現するほど治安状況が悪化した。
07年2月以降,当時のイラク多国籍軍のペトレイアス司令官の提言にもとづいて米軍2万人規模が増派されたことによって,現在イラクの治安状況は急速に沈静化し安定化に向かっていると言われており,ブッシュ大統領も自らの米軍増派の決断とその成果を自画自賛している。
たしかに,米兵の死傷者もイラク民間人の死者も2007年9月頃から顕著に減少しており,各種メディアでイラク情勢が報じられることも少なくなった。しかし,この治安状況の「改善」がそのままイラク国内の安定化につながるとは即断できない。それは,治安状況の悪化をもたらしてきた諸原因が根本から解決されたとはとうてい言えないからである*。
*この点については,延近 充編著「イラク戦争を考える」所収の「[イラク情勢Memo]:イラク情勢の「改善」をどう見るか?」を参照されたい。
また,アフガニスタンでは2002年6月にカルザイ大統領が就任し,国際的な復興支援体制も整えられた。しかし,2005年以降,タリバンをはじめとする武装勢力による多国籍軍への攻撃が急激に増加し,特に南部諸州ではタリバンがその勢力を回復し,一部地域では事実上支配するようになっているという。
タリバン等の武装勢力掃討のための米軍を中心とする多国籍軍の軍事行動は,カルザイ大統領のたびたびの警告にもかかわらず,「誤射・誤爆」によって多数の民間人の犠牲者を出している。このことは,イラクにおけるのと同様に,タリバンをはじめとする反政府・反外国軍勢力に対する民衆の共感と支援を強めることになるであろう。
10月(2008年)になって,アフガニスタン駐留英軍の司令官や国連アフガニスタン特使が,タリバンとの戦いにおいて軍事的に勝利するのは不可能であるとの趣旨の発言をしているが,アフガニスタン情勢はそれぐらい深刻化していると受け止めなければならないのである。
アフガニスタンもイラクも,「対テロ戦争」の最前線はこのような状況なのである。そうした最前線に対して,日本はどのように関わってきたのか,そして今後もどのように関わろうとしているのか。
アフガニスタン戦争に関しては,日米同盟を最重要視する小泉首相が2001年10月にテロ対策特別措置法を成立させて,インド洋に海上自衛隊の補給艦等を派遣して「対テロ戦争」に従事する国の軍艦に燃料などを無償提供している。イラク戦争に関しては,米英軍のイラク攻撃開始からわずか2時間足らずのちに,小泉首相が攻撃支持を表明,03年12月に航空自衛隊の輸送機を米軍支援のためにクウェートに派遣し,04年1月には陸上自衛隊をイラク・サマワに派遣した*。
*イラクに派遣されていた陸上自衛隊は06年9月に撤退が完了し,その後もイラクに残って米軍の軍需物資や兵員輸送任務についていたとみられる航空自衛隊も,外国軍のイラク駐留の法的根拠となっていた国連安保理決議の期限切れにともない,08年中には撤収する方針となっている。
イラクからの自衛隊の撤収の一方で,日本政府はアフガニスタンへの自衛隊派遣を模索している。08年6月に外務・防衛両省がアフガニスタンに調査団を派遣し,ISAF(International Security Assistance Force 国際治安支援部隊)の活動状況や航空自衛隊の輸送機や陸上自衛隊のヘリによる多国籍軍の空輸支援の可能性を調査した。
アフガニスタンの治安状況の急速な悪化などから自衛隊の派遣は当面見送られたが,民主党の小沢代表も国連決議を前提としながらもアフガニスタンのISAFのような活動への自衛隊派遣方針を明言(07年8月)しており,与野党ともに「対テロ戦争」への自衛隊派遣の道を探り続けているといえよう。
「対テロ戦争」への日本の関わりは,自衛隊派遣という直接的な関わりだけではない。
日本には,日米安保条約を根拠として米軍基地が置かれ*,約5万1千人の米軍が駐留している(陸軍1,800人規模,海軍18,000人規模,空軍13,000人規模,海兵隊18,000人規模)。アジア・太平洋地域に展開する米軍約10万人のほぼ半数が日本に駐留しているのである。
*青森県三沢,東京都横田,神奈川県座間・厚木・横須賀,山口県岩国,長崎県佐世保,沖縄県嘉手納・普天間など,その他の米軍施設は全国に点在。
これらの米軍は,純粋に「日本の防衛」のために駐留しているわけではなく,アメリカのアジア戦略さらにはグローバルな軍事戦略の中に位置づけられている。「対テロ戦争」との関係について言えば,横須賀基地を母港とする空母キティホークや三沢基地の空軍F-16戦闘機部隊は,03年3月のイラク攻撃開始時にイラク周辺に派遣されて攻撃に参加しているし,沖縄駐留の海兵隊員は恒常的にイラクやアフガニスタンに派兵されている。
在日米軍基地からイラクの自由作戦(Operation Iraq Freedom, OIF」とアフガニスタン関連の「不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom, OEF)」のために派遣された兵士は,04年から07年の間に毎月1,500人〜4,500人規模にもなるという (しんぶん赤旗調べ)。
このように,日本は「対テロ戦争」の最前線であるアフガニスタン戦争やイラク戦争と決して無関係ではないし,在日米軍兵士の日本国内での犯罪(レイプ・殺人・強盗など)が後を絶たないことを考えれば,アメリカ社会や「貧困徴兵制」とも決して無関係ではないといえるだろう。
さらに,このように「対テロ戦争」に対してアメリカ側に立って日本が関わっているということは,「テロ」実行者側(彼らの立場からは「ジハード(聖戦)の戦士:ムジャヒディン*」)にとってみれば,日本は国際法を無視して攻撃してきた「敵」側に立っていると受け取られることになる。
*イスラム教におけるジハードとは必ずしも異教徒に対する武力による戦いのみを意味するものではない。個人の内面の悪や不正義と戦って正義を実現することもジハードと呼ばれるし,イスラム共同体への異教徒の侵略に対する防衛のためのジハードにおいても,実際に戦士として戦うだけでなく,戦士を社会的・経済的に支援することもムスリムの義務であり,ジハードに含まれるという。
実際,「9.11同時多発テロ」の首謀者とされるオサマ・ビンラーデン氏が03年10月に日本など6カ国に対して,米国への協力を続ければ攻撃の標的になり得ると警告した。この警告との関係は不明だが,攻撃が現実に実行された例として,04年3月にスペイン・マドリードで起きた列車同時爆破事件(約200人死亡)や05年7月にイギリス・ロンドンで起きた地下鉄とバスの同時爆破事件(50人以上死亡)がある。いずれもアルカイダ系のグループが実行声明を発表している。イギリスとスペインは,アメリカとともにもっともイラク先制攻撃に積極的だった国である。
幸いにも,日本ではこのような事件は起こっていないし,自衛隊のイラク派兵期間中,自衛隊員にもイラク国民にも死傷者を出さずにすんだ。しかし,「対テロ戦争」においてアメリカを支援し続け今後も自衛隊を海外派遣し続けるとすれば,やがては自衛隊の軍事行動によって相手国民の命を奪うケースや自衛隊員に死者が出ることもありうる。また,イギリスやスペインで発生したような事件が日本国内でも発生する危険性も高まるだろう。
また,現行の日本国憲法下で文字通りの徴兵制が敷かれる可能性は低いが,不況がさらに深刻化し格差社会化がいっそう進めば,アメリカ社会のように「貧困徴兵制」が日本でも現実のものとなり,日本の若者が「対テロ戦争」に駆り出される可能性を否定することもできないだろう。
自分が当事者となるかもしれないにもかかわらず,この国の主権者である国民は,今後も日米同盟の重要性という理由だけで,いわば思考停止状態で,そうした事態を引き起こす可能性のある行動を日本政府がとり続けることを容認するのだろうか。
杞憂かもしれない。しかし,杞憂が現実になったその時になって,知らなかったでは済まされない。無知は免罪符とはならないのである。

(2008年10月12日 記)

2010年9月14日,民主党の代表選出選挙が行なわれる。2009年8月30日の衆議院総選挙で民主党が308議席をとって圧勝し,9月16日に鳩山由紀夫代表が首相に指名されてから約1年,2010年6月2日に鳩山氏が小沢一郎幹事長とともに代表を辞任し4日に菅直人氏が代表に就任・首相に指名されてからわずか3カ月である。菅首相とともに代表に立候補したのが小沢氏である。小沢氏は以前からの持論どおりに,アフガニスタンへの多国籍軍派遣を容認する国連決議があるということを理由に,アフガニスタンに自衛隊を派遣することは憲法に反しないと主張している
マス・メディアが作り上げた小沢氏の「剛腕」というイメージや,昨年の衆議院選挙での民主党のマニフェスト(バラマキ政策満載)の実行という主張,具体案も示さずに沖縄・普天間基地移転についてアメリカも沖縄も納得する解決策をめざすという発言などから,世論調査では菅氏の支持率が約2/3と圧倒的で小沢氏は20%前後と低率であるにもかかわらず,国会議員の支持率では両者は拮抗しているようである。小沢氏が代表となり首相となれば「杞憂が現実になる」可能性が高まることは疑いないであろう。

(2010年9月11日 9.11同時多発テロから9年の日に追記)

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