私達の研究グループでは、長年、視覚障害者の安全・安心についての研究・活動を実施してきた。2011年度は、交通エコロジー・モビリティ財団の助成を受け、「東日本大震災後の節電が視覚障害のある人への影響についての調査」を実施し、視覚障害者の窮状を国土交通省等に提言した。特に、2011年夏の節電終了後も困っている視覚障害者が多いことを重視し、マスコミ等にも訴えを続けてきた。2011年の夏以降、節電は緩和されてきたように思われているが、照明が暗いままになっている場所は少なくない。加えて、原子力発電所の安全性確保の問題は、全国的で中長期の国家的課題となり、2012年も全国規模で節電要請が出されている。そこで、我々は、2012年の調査を発展させ(緊急時や帰宅困難時の対策を含む)、全国規模で問題点を把握し、引き続き、国土交通省等の関係団体に提言するために本調査を計画・実施した。
2011年3月11日の東日本大震災を契機とした東京電力福島第一原子力発電所における事故後に実施された節電は、視覚障害者の移動の安全・安心に大きな影響を及ぼしている(日本盲人福祉委員会,2012a b;山田,2012)。特に、直後から続いた停電・節電により、駅のホーム、改札、通路等の照明が暗くなっていて、怖い思いや事故を経験したという報告やエスカレータ、エレベータ、自動ドア、改札等が停止した結果、ホーム等での人の流れ方が変化したことで戸惑ったり、事故にあったりしたという報告が寄せられた。中野ら(2012)、永井ら(2012)は、停電・節電が視覚障害者の生活や活動に及ぼした影響を東日本在住の522人の視覚障害者に対して調査した。その結果、東日本では「生活や活動等に影響が出るくらい非常に困った」ケースが30.1%(157人)、「生活や活動等にはほとんど影響しなかったが不便だった」が54.6%(285人)であることを報告している。その後、国土交通省により節電時の安全対策に関する通知が出されたこともあり、視覚障害者から困っているという声は減少したと考えられていた。しかし、全国の原子力発電所稼働停止により、節電問題は、全国に波及することになった。そこで、本研究では、節電によって視覚障害者がどのような困難に遭遇しているか、また、地域や電力管内による違いがあるのかを明らかにするために、郵送方式のアンケート調査を実施した。
調査は、全国に支部を有する視覚障害当事者団体である日本盲人会連合(世界盲人連合に加盟し、日本全国に61の支部、約50,000人の会員を有する視覚障害当事者団体)と日本網膜色素変性症協会(国際網膜協会に所属し、約40カ国の網膜色素変性症協会と共に活動している網膜色素変性症患者の当事者団体)の協力を得て実施した。日本盲人会連合に対する調査では全国61支部に対して15人ずつをサンプリングした915人、日本網膜色素変性症協会に対する調査では当事者会員3,792人に対して調査票(テキスト、pdf)を送付した。主な調査項目は、a)視覚障害の状況、b)在住地域での節電の実施状況や困難度等であった(調査期間は2012年8月から9月)。なお、本研究の倫理的配慮については「慶應義塾研究倫理委員会」で事前に承認を受け、インフォームドコンセントを得て実施した。
47都道府県すべてから合計1,252人の有効回答が得られた。以下、各設問に対する回答を示した。
お住まいや活動されている地域の節電が原因でこれまでと環境が変化し、困ったり、危険を感じたりしたことについて教えてください。
東日本大震災(2011年3月11日)の当日や緊急時の対応等について教えてください。
47都道府県すべてから合計1,252人の有効回答が得られた。男女比はほぼ同数で、年齢分布は60代(36.3%)が最も多く、50代(21.5%)、70代(18.1%)の順であった。眼疾患は、網膜色素変性症が73.2%と最も多く、次いで白内障が19.6%、緑内障が9.0%で、90.7%が身体障害者手帳(1級39.3%、2級45.7%)を有していた。視力は、0.1〜0.5未満が17.7%(222人)と最も多く、次いで0.01〜0.03未満が15.0%(188人)であった。視野障害に関しては、「視野が狭い」が62.8%(786人)と最も多く、次いで「視野の一部に見えにくい部分がある」が21.7%(272人)で、「視野に障害はない」人は7.0%(88人)と少なかった。視力・視野以外の見えにくさとしては、「薄暗くなると途端に見えにくくなる」が62.1%(778人)と最も多く、次いで「屋外等の明るいところでは、まぶしくて見えにくい」が59.3%(743人)、「色の区別が難しい」が40.4%(506人)であった。視覚障害になって日常生活が困難になった年齢は、10歳未満が21.1%(264人)と最も多く、次いで50〜60歳未満が18.0%(225人)、40〜50歳未満が16.2%(203人)であった。
外出は「ほとんど毎日」が50.1%、「週に2〜3回」が30.2%で、移動手段は白杖が34.6%、ガイドヘルパーが28.7%、白杖や人的支援を利用しない人が25.6%であった。厚生労働省の障害統計と比較すると、比較的若くて、単独歩行が可能な人の割合が高かった。
2011年度に節電が実施されたと回答した人は48.7%(610人)であったのに対して、2012年度は、38.7%(484人)で、日本全体としては減少していることがわかった。電力会社の管轄区域別に見ると、2011年度に節電の実施率が高かった地域は、東北電力(55.0%)、東京電力(75.1%)、中部電力(45.8%)、関西電力(36.2%)であるのに対して、2012年度は、北海道電力(51.4%)、東北電力(38.9%)、東京電力(36.2%)、北陸電力(44.0%)、関西電力(56.8%)、九州電力(42.6%)であった。
2011年度と比較すると、2012年度に入ってからは、節電で困っているというマスコミ報道等も減少した。本調査においても、日本全体で見ると、節電の実施状況(48.7%→38.7%)も節電による生活等への影響(困っている・不便の割合:47.0%→37.5%)も減少していることがわかった。しかし、電力管轄ごとに比較すると、北海道電力(27.0%→48.6%)、関西電力(39.5%→45.9%)、中国電力(16.2%→17.6%)、四国電力(9.7%→11.3%)、九州電力(14.8%→23.0%)では、昨年度と比較して節電が増えており、困難度も北海道電力、関西電力、中国電力、四国電力、九州電力で増加している。また、東北電力や東京電力では昨年度よりも減少したものの未だ4割程度の視覚障害者が困難を感じていることがわかった。したがって、節電の影響は、未だ大きいと考える必要がある。
節電の際に困った施設は、「鉄道駅(列車内を含む)」が52.8%(279人)と最も多く、次いで「スーパー・ショッピングモール等の商業施設」が51.7%(273人)、「役所等の公共施設」が44.5%(235人)、「病院」が26.9%(142人)、「飲食店」が25.9%(137人)、「道路等の屋外」が22.5%(119人)であった。節電の際に困った施設等の場所や設備は、「通路(地下道を含む)」が63.3%(334人)と最も多く、次いで「階段」が60.6%(320人)、「トイレ」が41.3%(218人)、「エスカレータ」が27.7%(146人)、「電車、バス等の車内」が26.5%(140人)、「エレベータ」が21.6%(114人)、「プラットフォーム」が21.6%(114人)であった。
節電の際に移動に関して困ったことの原因は、「階段の端がわからない」が54.2%(286人)と最も多く、次いで「照明の間引きや消灯により天井灯等に沿って歩くことが出来なくなった」が37.1%(196人)、「柱がわからずぶつかった」が35.8%(189人)、「普段と人の動きが変わり、人やものにぶつかることがあった」が34.7%(183人)、「進入禁止の柵、テープ、カラーコーンに気付かずぶつかった」が31.1%(164人)、「手すりが見えにくくなった」が22.0%(116人)、「駅の出入り口がわからず困った」が19.9%(105人)、「看板や自動販売機等のランドマークが利用出来なくなった」が19.7%(104人)であった。、国土交通省から注意喚起があったにもかかわらず、「鉄道駅」が多く、「通路」、「階段」の照明が暗くて困っているケースが多かった。照明については、JIS Z9110に定められているが、今後、この基準が満たされているかどうか、また、この基準そのものに問題がないのかどうかを検討していく必要性があると考えられる。
サイン・情報入手に関して困ったことの原因は、「陳列されている品物や値段が見えにくくなった」が42.2%と最も多く(223人)、次いで「座席や商品等の物の位置や人の存在を確認できない」が42.0%(222人)、「トイレの位置・男性用/女性用が確認できない」が39.4%(208人)、「誘導・案内サイン等が見えにくくなった」が35.2%(186人)、「トイレの操作盤が見えにくくなった」が32.6%(172人)、「看板や品物等の色が判断できず困った」が24.6%(130人)、「運賃表が見えにくくなった」が23.3%(123人)であった。
節電時、困ったときにどのように対応を取ったかについては、「人に聞いた」が43.8%(231人)と最も多く、次いで「外出を控えた」が28.6%(151人)、「懐中電灯等を使って明るさを確保した」が27.3%(144人)、「サングラス等のまぶしさを防ぐ補助具を使った」が25.2%(133人)、「何もしなかった」が19.7%(104人)であった。
節電の時期に良い対応をしていた事例としては、駅員等による声かけ、誘導等の人的支援に関する記述が多かった。施設・設備面のグッドプラクティスとしては、「申し出に応じて照明を明るくしてくれた」、「照明が感知式に変わった」という意見があったが、ごく少数であった。今後、節電時の人的支援の在り方に関する議論が必要になってくると考えられる。
東日本大震災の際、家に居た人は51.0%と多かったが、職場等に居た人が30.9%、移動中だった人が6.3%であり、居住地域以外で活動している際の避難対策を考える必要のあることがわかった。帰宅困難になった人は、全体の11%(146人)で、東京電力管轄(24.2%)の方が東北電力管轄(19.8%)よりも多かった。この結果から、日中の活動場所が居住地域が異なる場合の対策を考える必要性のあることがわかった。帰宅困難になった際に、「徒歩で帰った」が22.6%(33人)と最も多く、次いで「電車・バスが動くのを駅等で待った」と「会社・学校等の活動場所で宿泊した」が18.5%(27人)であり、障害のない人達と同じような行動を取っていることがわかった。帰宅困難になった際に支援をしてくれた人は、「友人・知人、同僚」が45.2%(66人)と最も多く、次いで「家族、親類」が32.2%(47人)、「支援は得なかった」が16.4%(24人)であった。
東日本大震災後、緊急時への対策として実施した備えは、「懐中電灯等の明りを確保する手段を用意した」が49.0%(614人)と最も多く、次いで「ラジオ等情報入手の手段を用意した」が47.1%(590人)、「家族・知人などと緊急時の集合場所・対応について話し合った」が39.1%(489人)、「食糧・水・医薬品等入手できない場合を想定して用意した」が36.7%(460人)で、「要援護者登録をした」人は15.0%(188人)と少なかった。したがって、現行の要援護者登録制度のみに頼った対策だけでは、不十分であることがわかる。
歩道の整備不良や落下物・障害物、避難所までの正確な避難経路の把握、避難時に介助・補助を受けられるのかどうか等、様々な点に不安を感じていることが明らかとなった。緊急時の人的支援としては、避難時の誘導支援に関する記述が最も多く見られた。障害の度合いによって、必要となる支援に違いはあるものの、多くの回答者が周囲の状況を把握することが様々な理由で困難である場合が多く、緊急時に避難所までの正確な情報の伝達と、移動支援を望んでいることが分かった。支援者としては、家族が最も選ばれており、民生委員等の回答者が持つ障害に関する知識を有する人からの支援も多くの回答者が望んでいることが明らかとなった。また、緊急時の支援を求めるためにも、近隣との交流を積極的に行うべきだという意見も多く見られた。さらに、公的機関による要援護者の所在把握を徹底し、有事の際の支援体制・マニュアルを作成した上で、必要に応じて自衛隊や公務員による、的確な介助・支援を望む意見も多く見られた。他にも、夜間に発生する災害への不安も多く、夜間に発生する災害の場合は諦めるなどの悲観的・絶望的意見も多く見られた。また、要援護者登録に関する、疑問点や不安をあげる意見も見られた。
本研究を実施するにあたって、ご協力いただいた社会福祉法人「日本盲人会連合」及び「日本網膜色素変性症協会」に謝意を表す。なお、本研究は、平成24年度慶應義塾大学学事振興資金「モビリティと情報のインクルーシブデザイン--東日本大震災を踏まえた提言--」(研究代表者:中野 泰志[経済学部]、研究分担者:西村 秀和[システムデザインマネジメント研究科]、前野 隆司[システムデザインマネジメント研究科])より研究費の補助を受けて実施した。