Aさんは6歳。脳性まひのために重度の四肢麻痺と言語障害,また知的な発達の遅れもあり,発達年齢は6ヶ月未満だった。反応も乏しく,時々,腕を意味も無く動かす程度だった。そこで,彼の腕の動きをスイッチで取り出し,おもちゃを動かすようにしてみた。すると,腕を動かしながらおもちゃの動きを不思議そうにみるAさんが観察された。スイッチをつなぐと明らかに腕を動かす回数が増えてきており,因果関係に気づいたのではないかと思われる。
対象は重度の知的障害を伴った脳性まひの男性,26才のBさんである。運動障害は重く,日常生活は全介助である。知的障害も重く,言葉の理解はない。現在,重症心身障害者のデイサービスに通っている。
デイサービスの中で困っていることとして,食事の介助があった。食事中,急にBさんがバタバタと動き出したり,不快そうな声をあげたりする。そのため,食事を中断してしまうか,不快なまま終了してしまうというのだ。
後日Bさんの食事場面を見せてもらった。介助者は言葉がけや見せることで,次に口に入れる食べ物を示している。しかし,Bさんがその方法で食べ物を判断することは難しいようだった。Bさんは食べ物が口に入ってから,味わい,それがおいしいかどうか判断しているようだ。
また,介助者はBさんには好き嫌いがないと思っていた。食べ物を口に入れる順番や回数については特に気を使っておらず,「私たちが食べるような順番(=主食とおかずを交互に食べ,間に汁物やお茶)」と同様にしていた。
Bさんがバタバタしたり,不快な表情をしたりするのは嫌いな食べ物が口に入るからではないか?Bさんの様子をよく確認すれば,Bさんが食べたいような方法で介助が可能ではないか?と考え,Bさんの食事を介助する時の方法を以下のように決め,試してみることにした。
(1) 次々に食べ物を変えない。(2) むせる,口が動かなくなる,バタバタする,不快な表情をする場合は,その食べ物が嫌いだと判断し,食べ物を変える。(3) よいペースで食べ続けるものは好きな食べ物と判断し,続けて食べるようにする。(4) Bさんの食べ物の好みを明確にする。それをスタッフ間で共有する。(5) Bさんが好きだと予想できるものから食べる。嫌いと分かっていても1度はチャレンジするが,不快と思われるサインが出たら止める。
その方法と分かりやすい食べ物の呈示の中で「受容」と「拒否」のサインを読み取り適切に対応するうち,Bさんの食べ物の好みがはっきりし,食事場面での不快な様子は随分と減った。このことはスタッフ間での共通事項となり,現在もこの方法で介助を継続している。
対象は重度の知的障害を持つCくん,6歳の男の子である。日常生活動作はほぼ全介助。食事も自分で食べることができず,フォークやスプーンで食べ物をすくうことを手伝う必要がある。Cくんは自分から行動することが少なく,いつも手を引かれていて,それに抵抗することもなかった。そのため,周りの人はCくんが何をしたいのかよく分からなかったし,そもそもしたいことがあるのかどうかさえ明らかでなかった。
ある時担当の保育士は,Cくんが食後に園庭側の扉の近くに立ってウロウロしている事が多いことに気づいた。「外で遊びたいのね?」扉を開け,手を引き,靴を履かせ,一緒に園庭に出ることを何度か繰り返した。
「でも,本当に外に出たかったのか?」と疑問に思った保育士は,Cくんが扉の近くでウロウロしている時にすぐに園庭に連れて行くのではなく,扉を少し開けて様子を見た。上手に手を使えないCくんだが,扉の隙間に体を入れてなんとか外へ出ようと頑張った。「やはり外に出たかったのか」Cくんの具体的な行動によって,彼の意図はより明確に分かった。
また,園庭でも手を繋いで遊具に連れていくのではなく,Cくんに動いてもらうと,ブランコの近くをウロウロすることが多いと分かった。
対象は,ウエルドニッヒ・ホフマン病のWさんである。Wさんは,病院の院内学級で学んでいる。1歳くらいで発病しているために,音声によるコミュニケーションをした経験はない。
担任の先生は,とても熱心な先生であり,Wさんの顔を見ながらいろいろ声かけをしたり,目の前に具体物を見せたりして授業が行われていた。先生の声かけがWさんの意図を汲み取っているような問いかけでやりとりがスムーズに行われているようであったので,どこでそれを判断しているのかを尋ねたところ,まばたきでということであった。
観察していると,そのように見えないこともなかったが,不規則にまばたきしていることもあるように思われ,それは確実に,Wさんの意思を反映しているものとは思われなかった。むしろ,手の指の動きなどの方が意図的に動かすことができ,そちらを意思の表出に使った方がいいのではないかと思われた。
顔が,意思を表すのに適しているという思い込みがあると,受信する大人が勝手に不規則に動いているかもしれないまばたきに,意味付けをしてしまうことがある。そのような場合には,発信者側の意思と受信者側の理解にギャップが生じることがある。大切なことは勝手に意味付けをするのではなく,意図的に動かすことのできる部位を見つけ,その部位を使って発信する練習ができるようにしていくことである。
対象は小学部に在籍する知的障害と自閉症を併せもっているT男である。コミュニケーションするときには,手を取って引っ張っていくなど直接行動とクレーンが多かった。授業中,本児が後の扉から出て行こうとするので,教師は,朝行った大好きなトランポリンを思い出して,教室から出て行こうとしているのだと思い,「トランポリンは後で」と伝え,席に戻していた。これらのことを数回繰り返した後,T男はその場で失尿してしまった。
教師は,T男の行動を,朝行ったトランポリンであると思い込んでいたために,T男が伝えたかった「トイレ」というメッセージを理解することが出来なかった例である。支援する側の思い込みが強すぎる場合,間違った意図を読み取ってしまい,本来の意図が支援者にうまく伝わらないことがあるのである。
対象は重度の知的障害を伴う脳性麻痺の女性21歳のUさん。Uさんは,座位は保持できているが,移動手段を持たない。言葉の理解は困難で,具体的な表出手段を持たない方である。重症心身障害者のデイサービスに日中通っている。
デイサービスでは定期的に温水プールを利用している。また温水プールが嫌いな人のために,他の活動も用意されていた。言葉でのコミュニケーションが難しいUさん達には,水着を見せる,着替えをする,プールサイドまで行くなど,何段階かで利用者の方に活動を予告し,「拒否」のサインがでるようであれば,別の活動に参加してもらうようにしていた。
Uさんは,どの段階でも「拒否」は出ない。しかし,毎回プールに入って10分もしないうちに,大声で泣き叫び出してしまうのだ。デイサービスの職員は,「Uさんは温水プールが嫌いだが,事前の予告の意味が分からずに「拒否」することが出来ないのだ」と考えていた。また,毎回泣き叫んでしまうので,このまま温水プールの活動を続けるかどうか悩んでいた。
ある日温水プールに入った時のこと,たまたま居合わせた理学療法士がUさんにライフジャケットの着用を勧めた。もっと安定して水の中での活動が楽しめるだろうという配慮からである。その日Uさんは,泣き叫ぶことなど全くなくとても楽しそうだった。
Uさんはプールの活動が嫌いなのではなく,不安定な姿勢にされる状態が嫌だったのだ。それ以来Uさんは毎回ライフジャケットを着用し,温水プールの活動に参加している。
対象は聴覚障害を伴う自閉症の女の子,5歳のZちゃん。地元の幼稚園に通いながら,幾つかの相談機関に通っている。補聴はされていて,声に振り返ることは出来るが,話し言葉の理解は難しい。理解と表出の代替手段として,身振りと写真・シンボルを用いていた。
使用して1年,それらの手段は次の活動の予告として有効になっていた。しかし,表現手段はクレーンと物を渡しての要求であり,身振りは絵カードを見ると自発的に出来る50個を超えていたにも関わらず,コミュニケーション手段としては使えていなかった。
ある日,いつもの様にお気に入りの「ガイコツ」の玩具を持って,ZちゃんはSTの所に訓練に来た。STは試しに,その「ガイコツ」を取り上げてみた。始めのうちは力ずくで取り返そうとしていたが,STはなかなか返してくれそうにないのでZちゃんは泣きそうになった。STのことをよく見ていたので,「ガイコツ(両手の人指し指と中指を合わせて肋骨の形を表す)・ちょうだい」の身振りを促してみると,Zちゃんは模倣した。そこで,玩具をZちゃんに返した。しばらくして,また「玩具を取り上げる」→「身振りを模倣させる」→「返す」を何度か繰り返した。始めは嫌がっていたZちゃんも,やり取りそのものが楽しくなり,身振りの意味も理解出来たようだった。
「ガイコツ」のやりとりはお母さんとの遊びにもなり,「ちょうだい」はおやつの場面などで使えるようになった。現在は他の身振りも機能的に使える生活場面を考えているところである。
対象はaくん。6歳,自閉症の男児。知的障害のある子どもの通園施設に通っている。知的な障害を伴うが,比較的理解もよく,ひらがな,カタカナ,一部の漢字を読むことが出来た。攻略本を読みながら,テレビゲームをするなど周りを驚かせるような力をもっていた。3語文以上の話し言葉があったが,自分から話しかけることはなく,会話は成立しにくかった。
aくんは,自発的に考えて動くことが得意でなく,日常いつもやっている行動でさえ指示がなければ動けないことが多かった。また,自分が思っていることを言葉で表現することもとても苦手だった。
普段は大人しいaくんであったが,時々パニックのように大泣きすることがあった。多くは,自分の思いが上手く伝わらなかった時だと,後から分かった。食事場面もそのようなパニックが起こりやすい場面だった。あまり好きではない食べ物を保育士から勧められ,上手く断れなかった時などによく起きていた。文字が読めるaくんに図A-2-aのようなコミュニケーションシートを作成し,食事中に使うと便利な言葉を示した。導入当初は,戸惑いもあり何度か場面毎に使用方法を教える必要があったが,現在では的確に使用出来るようになり,食事場面は自律的で楽しいものになった。
文字の読めるaくんには、給食で必要なことばを文字で書かれたコミュニケーションシートとして用意した。上手くことばが使えない時は、保育士が本児の気持ちを察しながら、ことばを促した。
対象はbくん。知的障害を伴う自閉症,4歳の男児である。地域の保育所に通いながら,言語訓練を受けている。理解面は単語レベルで,簡単な指示に従うことが出来た。発語もいくつか確認されていたが,ほとんどがエコラリア(反響言語)でコミュニケーション上に使用出来ているものはなかった。言語訓練の場面では,bくんの理解面の向上に加えて,他者に発信する楽しさを経験してもらおうと「命令遊び」をしていた。
「命令遊び」とは,VOCAを用いて相手に命令し,その通りに大人が動くという活動である。音声を使う楽しさや便利さを経験してもらうことを目的に行われる。命令の内容や数はケースの好みや知的な能力によって決める。身体接触遊びの命令を好む子どももいれば,しゃぼん玉や歌など静かな活動が好きな子どももいる。bくんは、比較的活発な遊びが好きであったので,図A-3-aのような身体接触遊びを中心とした内容にした。
左から,「こちょこちょして」,「手遊びして」,「ぐるぐるして」,「ボールにのせて」,「おうまさんして」。シンボルはPCSを使用。それぞれのメッセージがVOCAに登録(デジタル録音)されている。
導入当初は,少しVOCAを押すことを促す必要があったが,すぐにその意味が分かり自分がして欲しい活動を選ぶようになり,「命令遊び」がとても気に入った様子だった。
「命令遊び」を開始し,約2カ月たった訓練場面のことである。いつものように「命令遊び」をしていた時だ。「ボールにのせて」が終わった後に,VOCAを押しに行かず,STの前ににこにこしながらやって来て「ココココ,チテ(こちょこちょして)」と言ったのだ。エコラリアはあったが,コミュニケーション上での話ことばの使用がなかったbくんにとって,実質的な初語となった。それから半年余り,STのみならず,家族や保育士に対しても「ココココ,チテ」を連発し,言葉の便利さ,楽しさを様々な人と共有した。また,少しずつではあるが,話し言葉のコミュニケーション上の使用が増え始めている。
対象は成人の脳性まひの女性cさん。毎日作業所に通っている。最近高齢の両親の元を離れ,独り暮らしの準備のため妹と2人で暮らし始めた。話し言葉はあるが非常に不明瞭で,かなり親しい人にしか伝わらないし,それでも何度も確認がいることから,cさんは「適当なところで諦める」ことにしていた。
cさんは今まで特に代替コミュニケーション手段を使ったことがなかったが,独り暮らしを始めるにあたって必要かも知れないと思い,指導員とSTの所に相談に来た。文字の理解も十分にあるため,まずトーキングエイドを貸し出して試してみることにした。
2週間程試してみて,cさんの感想は「時間がかかり過ぎる」だった。何か発言しようと思っても「一文字ずつ打っているうちに手遅れになってしまう」のだそうだ。結局は不明瞭な言葉で発言し,適当なところで諦めることが続いていたようだった。
そこで,トーキングエイドの様な文字盤方式ではなく,一定のボタンに言葉をデジタル録音で割り当てられるVOCAを試してみることにした。cさんの知的な能力や今後の発展性を考えて,タッチパネルのVOCA「ダイナモ」(図A-3-b)を使ってみることにした。
始めは作業所の会議などで使う言葉をcさんと指導員の方と相談しながら入れていった(「ちょっと待って」,「それでいいよ」,「私の意見も聞いて」等)。使用後のcさんの反応は上々で,現在他の場面でも使用しながら,購入を検討中である。
対象は重度の知的障害を伴う自閉症の男児,対象は重度の知的障害を伴う自閉症の男児,Iくん。保育園に通いながら言語療法を受けている。ことばの理解はあまりなく,状況に伴うものがいくつか確認できるのみ。コミュニケーション手段もクレーンと「物わたし」だけで,頻度も決して多くなかった。
本児への活動の予告として,写真が有効である場面が確認されていたので,発信手段としても「コミュニケーションカード」が使えないかと考えていた。導入として,モチベーションも高く,既にクレーンでの要求がある「おやつ(ポテトチップス)」場面を用いた(図A-4-a参照)。
本児にポテトチップスの袋を見せ,見ているところで開ける。本児が欲しがり袋から取ろうとするところで,介助を行い部屋のすみにある机に置いた「カード」を渡すとポテトチップスがもらえることを示した。全面的な介助から,机の方に体を向ける,指差しでカードを示すなど,徐々に介助を減らし,自力でカードでの要求ができるように誘導した。本人の要求も高く,STによく注目していたので,1度の訓練の中で「カード」での要求が可能になった。
また,カードでの要求は家庭でも取り入れられた。現在では,おやつとジュース,外出に関する要求がカードで可能である。
対象はeくん。知的障害を伴う自閉症の男児。知的障害の養護学校,小学部の4年生である。eくんは簡単な言葉の指示には従えるが,話し言葉はなく直接的な行動で意思を伝えることがほとんどだった。
担任の教師が困っていたことの1つは,授業中に急に思い立って教室の外に出てしまうことであった。行き先は決まっていて,校庭の隅のバスの駐車場であった。eくんはバスが大好きで,何台も並んでいるスクールバスを時々見に行きたくなるのだ。
そこで担任は,勝手にバスの所に行ってしまうのではなく,「バスを見に行きたい」ことを伝えるためのコミュニケーションカードを導入することにした。eくんの机の上にバスのシンボルカードを置き,eくんが離席し駐車場に走り出そうとする前に止めて,カードを手渡すことを毎回習慣づけた。カードを手渡しに来た場合は,基本的に駐車場に行ってもよいこととした。
導入してからすぐにeくんはカードを使って,「バスを見に行きたい」と伝えられるようになった。また現在では、eくんからの要求のあった後,eくん用のシンボルで作った日課の中に「ここなら行ってもいいよ」とシンボルカードを貼ると,その時間まで待つことが出来るようになっている。
対象はfくん。肢体不自由児の養護学校に通う中学部の1年生。脳性まひ(痙直型四肢まひ),高度難聴,知的障害とたくさんの障害を重複している。安定した座位保持装置に座れば,上肢を使用することが可能で,本をめくったり,複数のスイッチのついた玩具で遊んだりすることが出来る。
補聴器はつけているが,話ことばの理解は全くない。しかし状況の理解はよく,小学部3年の時から次の活動の見通しをつけてもらうための「写真」を理解の補助手段として使用し始めた。
fくんからの意図的なコミュニケーションは,予告の「写真」を見せると首を振って「拒否」するような場面から現れた。そのうち好きなビデオをかけてもらうために母親にさし出すエピソードや,大好きな新幹線を見に行きたいために,新幹線が書いてある絵本を父親にさし出すような場面が6年生頃から確認された。
もう少し詳細にfくんに伝え,彼からの自発的なコミュニケーションを補償するために中学部の1年になってから積極的にシンボル(PCS:Picture Communication Symbol)を導入するようになった。まず理解面の補助手段として家庭での日課を伝えるために使われた。またより細かな内容を伝えるため,理解補助用にシンボルシートを作成した。シンボルの理解も進んでいるので,fくんが発信するためのシンボルシートを続いて作成した(図A-4-b参照)。
ボードメーカー(Mayer-Johnson Co.)によって作成されたシンボルシート。最もよく使うのは,いろいろな店のロゴがある表紙。
最近では,退屈な休みの日にシンボルシートの「○○百貨店」のロゴを示して「行きたい」と要求するようになった。彼の目的は買い物ではなく,百貨店の下にあるバスターミナルである。乗り物が大好きなfくんは,バスターミナルもとても好きな場所だ。「○○百貨店」の1階は大きなバスターミナルであることをよく知っているのだ。
少しずつではあるが,fくんにとってシンボルシートは,理解と発信において重要なものになりつつある。
対象は,光しかわからないと言われていたhさん。hさんは,視覚障害と知的障害があり,眼科では光覚と診断されていた。光覚と診断されているが,周囲の行動観察では時々もっと視覚を活用しているような様子が見られるとのことであった。そこで,視環境を変化させながら,どの程度視覚活用が可能かを評価することにした。しかし,hさんは,通常の視機能検査の課題には興味を示さなかったため,系統的な行動観察から視機能を評価した。
評価方法として,紙屑をゴミ箱に捨てることが可能であったことに着目し,紙屑を拾い上げる行動から視力を評価した。おやつ(チョコレート)を一つ食べ終ったら,紙屑を片付けることにし,紙屑の大きさを変化させ,どれだけ小さな紙屑まで眼で確認できるか(そのときの視距離も同時に測定)を調べた。角膜に白斑があることから,白黒反転効果が予想されたため,黒いテーブルクロスに白い紙屑の条件と白いテーブルクロスに黒い紙屑の条件の2条件を設定した。なお,手探りで紙屑を発見したときには,分析から除外した。
紙屑拾い課題はすぐに理解してくれた。その結果,黒いテーブルクロスに白い紙屑の条件では,0.5cmの紙屑を15cmの距離から視認可能であった。これは,視力に換算すると,0.009に相当する。また,白いテーブルクロスに黒い紙屑の条件では,テーブルクロスに眼を近づけるのを嫌がった(まぶしいことが予想される)。視認できた最小の紙屑は2cmで,そのときの視距離は20〜25cmであった。これは視力に換算すると,0.003〜0.004に相当する。この視力は通常のランドルト環を用いた視力とは意味が異なるが,hさんにとってどの程度の大きさの物が情報となり得るかを予測することが出来た。また,白黒反転条件で視力評価を行った結果,hさんの場合,黒い背景に白い物を提示した方がよく見える(白い背景に黒い物を提示するときの半分以下の大きさで視認可能)ことが分かった。これらの結果から,10cm程度まで近づけば,条件が悪く(背景が明るい条件)ても1cm程度の大きさの物は発見できることが予測出来た。また,作業をする際には,黒いテーブルクロスに白っぽい物を提示すれば効果的であることが分かった。例えば,食器を白やクリーム色にし,黒や濃いブルーのテーブルクロスの上におけば,視認しやすいことが予想出来た。
以上のことから環境整備への応用を考える。視機能評価の結果,光覚という診断を聞いて私達がイメージするよりももっと高い視覚活用能力が,彼女にはあることが分かった。これは,視覚を活用したかかわりを自信を持って展開してもよいことを示唆してくれた。また,10cm離れていて1cm程度のものが発見できるというように,彼女がどれだけ見えるかを具体的に把握することが出来た。この結果は,hさんにより適した教材を作ったり,提示したりする際の具体的な目安となり,hさんも日常生活で視覚を活用するようになった。さらに,黒い背景に白いものを提示(白黒反転)した方が見やすいことから,屋外などの明るい場所ではまぶしくて見えにくいはずであることがわかり,サングラスを紹介したところ,屋外で単独で行動することが出来るようになり活動が広がった。このように,視機能評価に基づいて視環境を整備すると,行動の意味(なぜ見ようとしなかったのか等)が分かったり,活動が広がったりすることがある。(図E-1-g)
どれだけ小さな紙くずをどのくらいの距離で拾い上げることが可能かを調べ、その結果から視力を算出する、このように子供が得意な行動を通して視力を評価することも可能。
対象児は,知的障害をもつ自閉症児で小学校の特別支援学級に在籍する小学校3年生のI男である。コミュニケーションはダイナモとコミュニケーション用のカードを活用していた。家庭での個別学習では,課題を実施するときにも,落ち着きがなくうろうろすることが多かった。課題を無理やりさせようとすると,パニックになることがあった。課題を実行するだけの力はもっていると考えられることから,何を期待されているのかが分からないことが課題に集中出来ない原因であると考えられた。そこで,今からすべき課題を明確にするために,机を部屋の門に置くようにし,気が散るようなことがないように正面と右側を壁にし,左側に課題を置くための三段ボックスを置いた。また,左側には終わった後の課題を片付ける箱も用意した。
今からすべき課題は三段ボックスの中に上から順番に置いてあり,それらを順番にすることで課題がなくなっていくことが分かるようにした。また,課題も始まりと終わりが分かりやすいものにした。すべきことが分かり課題に集中出来るようになると,そのとき見られたパニックは見られなくなり,落ち着いて最後まで課題に取り組むことが出来るようになった。期待されていることが理解出来るように環境を整えることでうまくいった例である。
対象は知的障害を伴う盲の男児,4歳のDくん。週に3回母子で肢体不自由の通園施設に通っている。Dくんはまだ自力で歩くことが出来ず(手引き歩行は可),日常生活動作も全介助である。
Dくんは,保育に参加している時にぼーっとしていることが多く,午前中から寝入ってしまうことも少なくなかった。保育士がお母さんから生活の様子を聞いてみると,(1) 夜寝入るまでに時間がかかってしまいいつまでも起きている。(2) 通園に通わない日は,昼頃まで寝ている。という状況だった。
保育士はお母さんと相談し,以下の様に生活のリズムを整えることを提案した。(1) 通園に通う日もそうでない日も同じ時間に起こす。(2) 通園に通わない休みの午前中に近所の散歩や買い物などの活動を必ず入れる。(3) 夜寝るまでの時間に決まったパターン(ルーティン)を作り,寝る準備や予告をしていく(夕食→入浴→音楽を聞く→寝室に行く)。また園の担当医と相談し,夜寝る時に睡眠薬を服用することにした。
生活の中での活動の改善と投薬で,Dくんが通園時間中に寝てしまうことはほとんどなくなった。
対象は,5歳の知的障害をもっている男の子G男である。食事の後どこかへ行こうとしているG男を保育士が呼び止め,トイレに行くように伝えたが,トイレの前で寝転んで大きな声で泣きながら手足をばたばたさせている。保育士はトイレに行かないG男にいろいろ声かけをしているがいっこうにその様子は改善されない。このような状況は,本児が何かを訴えている様子であると考えられる。保育士は,教室からホワイトボードを持ってきた。そこには日頃から使っているシンボルなどが貼られている。G男はプレイルームの写真を手にとって,それを保育士に渡した。つまり,泣いていた原因は,プレイルームに行きたいということだったのである。保育士はそれを理解し,トイレのカードとプレイルームのカードをホワイトボードに貼り,トイレに行ってからプレイルームにと伝えたところ,G男はそれを理解して,トイレにさっと行き,その後プレイルームに向かって走っていった。
つまり,プレイルームに行きたいのにということをG男は伝えたかったのであるが,それを伝えるための手段を持っていないために,大きな声で泣いてしまっていたということである。音声で伝えることに困難をもっているG男のような子どもの場合,このようなことはいろいろな場面で起こっているものと考えられる。
重症心身障害児(者)通園事業Eでは,毎年3月に「家族を招待する企画」を計画する。その企画の中核になっているのが,利用者の方が調理し(シンプルテクノロジーを使用し参加),家族に昼食をもてなす「ビストロE」である。
この「ビストロE」で出すメニュー選びはとてもユニークで,1年がかりで,2段階に分けてその日に調理するメニューを決める。
Eでは,年間を通じて「調理(クッキング)」が活動のメニューの1つになっている。そのクッキングのうち好評だったメニューの上位3つを選ぶ(第1段階)。その3つのメニューを2月の活動の中で再び調理し,その上で家族をもてなすメニューを決める(第2段階)。
Eの利用者は重度な方が多く,言葉でのコミュニケーションはほとんどできない。それまでにも写真や絵カードを使ってきたが,一部の利用者を除いて選んでもらっているという実感が持ちにくかった。今のような方法に変えることによって,ことばや写真で選べる人はその方法で,難しい人はその時食べた様子を参考にメニューを決めることができるようになった。
また年間のクッキングの中では,新しいメニューを少しずつ組み入れ,選択の幅を増やしている。
本事例の対象は,知的障害養護学校中学部に在籍するR男である。写真やシンボルを使ったコミュニケーション用のボードを使った指導を行い,必要時にボードから要求などを表すシンボルカードを取って,母親や父親のところに見せにくるようになっていた。
ある日,R男が,S店(いつもよく行くお店)のカードを取ってきたので,母親が写真のお店に一緒に行った。しかし,駐車場で大きなパニックを起こしてしまった。その日は車からも降りず,パニックになったまま帰宅した。母親は,今までこのようなことはなかったのに,どうしてパニックを起こしてしまったのか分からなかった。
そこで,家から行くことが出来る他のS店の写真(デジタルカメラ)も用意することにした。その結果,自分が行きたいS店の写真を選択して母親のところにもってくるようになり,それまでのパニックがなくなった。つまり,S店といっても,R男には行きたいS店があったということであり,語彙が乏しかったために,行きたいお店を表現することが出来なかったのである。
デジタルカメラの活用は,この場合乏しい語彙を補足するために活用出来るということである。
対象は養護学校の小学部2年生の自閉症をもつXさんである。Xさんは,音声で伝えられたことを理解して行動することは出来なかった。例えば,選択をする際に音声で「牛乳にする。お茶にする」というと「お茶にする」と答え,「お茶にする。牛乳にする」と問うと「牛乳にする」と答えるのである。つまり,後のほうのことばを反響言語で応えるのである。
最初は,音声で理解することが出来ていると思っていた担任の先生は,音声で選択する機会をもつようにしていたのであるが,上記のように反響言語であることに気がつき,選択の方法を変えた。ホワイトボードにラミネートされた磁石をつけたシンボルを貼り,それを使って選択することが出来るようにしたのである。2種類からはじめ,現在では10種類くらいある中から自分がしたいことを選んで持ってくることが出来るようになっている。選択肢を提示する際に,その人に理解することが出来るような形で提示する必要があるという例である。
対象は知的障害を伴う脳性まひ(アテトーゼタイプ)の女の子,5歳のFちゃんである。運動障害は重く自分で座ることは出来ないが,寝返りで段差のない場所なら自由に移動が出来る。話し言葉は全くないが,簡単な言葉の理解は可能である(日常事物の描かれた絵カードを視線で選ぶことが出来る)。
Fちゃんはまだ,Yes/Noで答えることが難しい。幾つか簡単なジェスチャーが可能だったので,「はいの時は手を挙げて!いいえの時は腕をくんで!」と練習していたが,いつも最後に言ったジェスチャーをしてしまって,Yes/Noで答えることにはならなかった。
次に遊ぶものや食べたいお菓子を選ぶ時も同じ傾向があった。幾つかの選択肢を順番に提示していくと,決まって最後に出した物を選んでしまう。選んでいるというより,最後に出したものに反応してしまうといった感じである。
そこでFちゃんに選んでもらう時は,選択肢を一度に見せるようにした。ただし,選択肢は1度に目に入るように3つ以内の実物か絵カードにした。こうすることで,Fちゃんの好みにそった選択が可能になった。
対象は,自閉症と知的障害をもつ5歳の男の子J児である。プレイルームで遊んでいたが,ホットケーキを作る活動をすることになっていた。支援者は,片付けて準備をするように促すが,遊び道具を片付けることが出来ない。それは,指示を理解しているが片付けないというのではなく,指示されたことが理解出来ないために片付けられないようであった。このようなときに,音声だけで伝えていても理解出来ない場合が多い。そこで,片づけを示す写真と,次の活動を示すホットケーキの写真を用意し,ホワイトボードをJ児の前にもってきて,「片付けるよ」と言って写真を貼り,「片付けたら,次はホットケーキだよ」と言ってその写真の下にホットケーキの写真を貼った。すると,今からすべきことと次の活動を理解することが出来たJ児は,うなづいて今遊んでいた電車のおもちゃを片付けることが出来た。
対象は知的障害と自閉性障害をもつKさんである。Kさんは,作業場に入っても,下駄箱のところから動くことが出来ず,そこに立ったままじっとしていることが多かった。支援者が,一緒に席につくように促しても,動かないことがあった。
このような場合,考えられるのは,何を期待されているのかがうまく伝わっていないということである。Kさんは,作業場で作業をすることが期待されているのであるが,それが理解出来ていないのである。
このような場合,まず,その場所から作業の場所へ移動してもらうことから考えなくてはならない。音声でうまく伝えることが出来ないのであれば,(1) 作業の内容を見せて移動を促す。(2) 作業内容を持ってもらって移動を促す。(3) 作業内容の一部を持ってもらって移動を促すなどの方法が考えられる。Kさんの場合,型をあわせるという作業であったので,一方の型をKさんに持ってもらい,合わせるべきもう一方の型を作業する場所に置いておくことで,何を期待されているのかを理解することが出来,作業すべき自分の場所に移動することが出来た。
音声以外の別の手段で指示する方法を使ってみることで,うまく伝えることが出来た例である。
対象は,知的障害をもつVさんである。職場実習での出来事である。事業所の玄関前の掃除を指導していたとき,職業指導を担当している支援者が,Vさんに「そこの盆栽をのけて下さい」と指示した。支援者は,盆栽を横にずらして植木鉢の下を掃除することを指導したかったわけであるが,Vさんは,その指示を聞いて盆栽を根から抜いてしまった。
「のけて」ということばを取り違えてしまったのである。支援者が,理解することが出来るような方法でVさんに指示を出すことが出来たら,このような問題は起こらなかったものと考えられる。例えば「植木鉢を持ち上げて下さい」などの指示をすればよかったのかもしれない。理解する側の言語能力が何らかの形で制限されている場合,支援する側が分かるように指示するための工夫が必要であるという例である。
対象は広汎性発達障害をもつ小学校2年生のN男である。N男と買い物に行ったときのことである。N男は本棚のところで,地図を見つけそこに座り込んでしまった。買い物の最中に座り込んでしまったので,支援者は困ってしまった。次にすべきことをカードで示したり,声かけをしたりするのであるが,N男はいっこうに動こうとはしない。地図を手からとって本棚に返そうとしたら,大きな声を出して嫌がり,また最初のページから読み始めてしまう。何かに一生懸命になっているときには,なかなか指示は通らないものである。つまり,支援者があの手この手で見せているカードも,見なければ通じないのである。このようなときに考えなくてはならないのは,指示を出すタイミングである。本事例でうまくいったのは,最後のページまで地図をめくり終わったときにカードを見せるという方法であった。指示が通らないときには,繰り返し何度も指示を出し続けるのではなく,時間をあけてみたり,タイミングをはかったりすることが大切なのである。
指示に従うことが出来ないのは,指示を理解することが出来ない場合のみではない。指示を理解することが出来たとしても,従いたくないというときもあるのである。
この事例の対象児は小学校3年生の知的障害をもっているO男である。公園に遊びに行ったときには,支援者が「時間だから帰ろう」と声をかけても帰ることが出来ない。本人は遊びをやめることが出来ないのである。どうしても帰らなくてはならないときには,手を引っ張って半ば強引につれて帰らなくてはならないため,O男は大きな声を出して「いやだいやだ」と言いながら泣いてしまう。
ときには支援者の手を引っかいたりすることもあり,支援者としてはなんとか帰ることを理解してもらうために,「もう遅いから」と声をかけながら,車のカードを見せたり,お母さんのカードを見せたりして本人を動かそうとするが,なかなかうまくいかない。O男は,写真カードやシンボルの理解はできているので,帰るために声をかけられていることは分かっているが,その指示には従いたくないのである。このようなときには,タイムエイドやキッチンタイマーなどが役に立つ。「じゃあ後これだけ」と言ってタイマーをセットして,それだけは遊んでいいことを伝えればいいのである。O男はタイムエイドを見ながら減っていく時間に見通しをもって遊ぶことが出来るようになり,タイムエイドがなったときには支援者といっしょに公園を後にすることが出来た。
指示が理解出来ていても従いたくないと思うときがある。そんなときには,タイムエイドなどでそれをしてもよい時間だけセットして,伝えることが有効な場合がある。
「Hさんに写真で作ったスケジュール表を使っているのだが,役に立っていないようなので見て欲しい。」作業所の指導員が言語聴覚士(ST)に相談をした。
Hさんは知的障害のある28歳の男性。非常に明るい感じの方で,初対面のSTにも愛想よく話しかけた。しかし,発音がとても不明瞭で何を喋っているのかはほとんど分からない。Yes−Noでは,ある程度コミュニケーションはできるのだが…。
STはシンボルなどの代用手段も考えてみようかと思い,Hさんの作業場面を見せてもらった後,細かい能力の把握をするために言語検査をかけてみることにした。
ST:「洗う。下さい。」
Hさん:手を洗うジェスチャーをしながら「食べる」カードを取る。
ST:????「食べる」カードをHさんに見せる。
Hさん:「あべうや(食べるや)」。カードを目の前10センチぐらいに近づけている。
こんなやり取りを何度か繰り返した。
STは,「Hさん目が悪いと思うんだけど?動作のような細かい絵はほとんど見えてないし…。それでスケジュールも見落としているのではないかな??」と指導員に伝えた。指導員からも思い当たるエピソードが幾つか出た。とにかく眼科を受診することになった。
円錐角膜(えんすいかくまく)で視力は0.01ぐらいだろうとのことだった。現在,視力矯正のため通院中である。
養護学校の高等部に在籍する自閉症をもつY君は,教室移動が自分で出来ないために,移動の際や,次の活動に移る場合には,必ず誰かの指示が必要であった。その指示の出し方が,教師によってまちまちな場合,どの指示に従ってよいのか分からなくなり,混乱してしまい,その結果パニックを起こすこともしばしばあった。また,教師の指示は次にする活動を示すものであり,今日午前中に何があるのか,午後からはどのようになっているのかというようなことは理解出来る内容ではなく,本児の実態からも,伝えられたことからそれらを理解することは困難であった。
そこで,写真とシンボルでその日のスケジュールを表す工夫をしてみることにした。学校生活に見通しをもつことが出来れば,落ち着いて活動することが出来るようになるのではないかと考えたからである。上から下にその日の活動を並べ,終わった活動からその写真やシンボルを裏返していくという方法で行った。
その結果,自分でスケジュールを確認し,落ち着いて活動に取り組むことが出来るようになり,今まで活動のたびに出されていた指示はなくなり,混乱してパニックになることもなくなった。情報を分かりやすく伝えることで,見通しをもつことが出来るようになることが大切である。
対象は知的障害を伴う自閉症の6歳の女の子Lちゃん。話し言葉は全くないが,3語文程度の言葉が分かり,ひらがな,カタカナの理解がある。日常のコミュニケーション手段はクレーン,「もの渡し」と簡単なジェスチャー(バイバイ,いただきます)だけだ。話し言葉だけで伝えると勘違いすることが多いので,週に一度の言語療法でのその日のスケジュールは書いて伝えるようにしている。
Lちゃんは理解出来ていることのわりには「遊び」といえるものが少ない。好きな絵やビデオを見る程度だ。言語療法ではコミュニケーションに関する内容に加えて,STが彼女の楽しめるものをお母さんと一緒に考えるようにしている。図C-5-aは彼女とコンピュータの操作の練習をしているところだ。
マウスと画面の関係はなんとなく分かってそうなのだが,マウスを持たせても全く動かそうとしない。手を沿えて動かすと,画面は見るけれど自分で手に力を入れない。しかし興味がないわけでもなさそうだ。彼女ならマウスが使えそうなので,何回か手を沿えながら練習を続けてみた。
ある日,いつものように「こうやって!」と彼女にマウス操作のジェスチャーをしてみせた。「こう??」と彼女もSTがしたように手を動かす(マウスを持たない手を)。「何かしろ!」と言われていることは分かっている。そしてそれに応えたいとも思っている。しかし上手く伝わらない。
しばらく考えて,もう1つ「コンピュータにつながっていないマウス」を取り出した。そして,「こうしてみて!」とマウスを動かし,具体的な見本を示した。すると彼女もマウスの方を動かしたのだ。
まだ,思うようにマウスの操作ができるわけではないが,少しずつLちゃんは操作を覚えている。
作業時の例である。対象は高等部に在籍する自閉症をもつMさんである。Mさんは,農耕の作業班で作業をしていた。見通しをもつことが出来れば,作業に集中することが出来る。すなわち,後どれだけの量をすれば終わるかということが分かれば取り組みやすいのである。しかし,農耕のような作業の場合には,作業量を示すことは困難である。その結果,時間を使って見通しがもてるように指導することになる。Mさんの場合は,幸い時計を見ることが出来るようになっていたため,時間によって作業に見通しをもつことが出来た。
ある日の作業時のこと,Mさんは,時計を片手に持って作業をしていた。時間に見通しをもって作業をしていたからである。しかし,指導に当たっていた教員は,片手に時計を持っていた状態では作業がうまく出来ないということで,時計をポケットに入れるように指導した。しかし,Mさんがこれを聞き入れなかったために,しつこく指導するようになってしまい,Mさんはパニックを起こしてしまった。その後は作業にならなかった。
Mさんは時間に見通しをもって作業をしたかったために時計を片手に思っていたのであり,作業をしたくないために時計を持っていたのではない。しかし,Mさんはどのように持つことが一番よいのかが分からなかったのではないかと考えられる。このような場合,時計も見ながら作業をすることが出来るように,見えるところに時計を置くように指導するとか,腕にはめて作業できるようにするなどの指示が適当であったと思われる。何も,時計をポケットに入れて作業しなければならないという決まりはない。
方略を変えることで,スムースに行く場合がある。利用者や子どもの立場に立って,こちらの思い込みではなく方略を考えて支援していく必要がある。
対象生徒は,自閉症と診断されている知的障害養護学校の高等部に在籍しているP男である(指導実施時)。パン粉を作る工場で実習をすることになったP男であるが,実習が始まってまもなく実習中に頻繁に休憩室を見に行くようになった。職場の人や実習担当者に繰り返し何度も注意されてもその行動はおさまらず,毎日の実習の反省の中でも,この行動をどのようにすれば改善することが出来るのかということが話題になった。実習時の記録からは,給食弁当が配達され,トレイが机の上に置かれたことを確認すると,今まで以上のスピードで仕事をするということが分かってきた。弁当が配達されたことを確認することで,午前中の作業がもうすぐ終わるということを理解していたのである。P男は時計の数字を読むことは出来るが,そこから時間を量として読み取ることが出来ない。その結果,午前中の仕事がどのくらいあるのかが理解出来ないために,弁当の配達を目安にして,作業をしていたということである。
そこで,タイムエイドを使って,時間を構造化し,いつまで仕事をするのかを知らせていく取り組みを実施することにした。P男は,デジタル時計の数字は読めるが時間としての理解は出来ないことや,アナログの時計を使っても,残りの時間を理解することが出来ないという実態から,QHWというタイムエイドを活用することにした。残り時間が少なくなっていくというのが目で見て分かりやすいので,P男に時間を量として分かりやすく伝えられると考えたからである。ウエストポーチの中にQHWを入れ,昼食のシンボルをQHWのチップに貼り付け,それを確認しながら作業をするように指導した。その結果,必要に応じてQHWで●を確認し,落ち着いて作業出来るようになり,仕事中に休憩室まで弁当の確認に行くことはなくなった。
対象は小学校1年生の知的障害をもつQ君である。学校から帰ってくるとビデオばかり見て遊んでいるQ君に母親は,それ以外の遊びもしてもらいたいと考えていた。いろいろ母親が話題を切り出すが,その話題には乗ってこず,自分の好きな子ども番組のビデオを見ているのである。
母親は,連絡帳を見ながら学校での出来事も話すのであるが,その話にも乗ってこなかった。学校の話題は共通の話題であるかもしれないが,連絡帳からの一方的な文字情報を音声で伝えても理解することが出来ないことが,会話にならない原因の一つであると考えられたので,学校での様子や,その他休日での出来事などをデジタルカメラで記録しておき,それを見ながら話をするようにした。その結果,Q君は今では,ビデオを見る時間が少なくなり,その写真を話題にして,写真を時間経過に沿って並べながら日記を書くことも出来るようになっている。
母親も,共通の話題をもち,話が出来ることを喜んでいる。