意思能力の不十分な障害者の人権擁護に関する整備が推進されているが、本人の意思を代弁する後見人はどのようにして本人とコミュニケーションをとればよいのであろうか?
障害のある人の権利擁護の基礎は,自己決定・自己管理のためのコミュニケーションの能力を育み,それぞれに応じた環境を整備し,コミュニケーションの機会を広げていくことにあると言っても過言ではない。また,家族や介護関係者にとっても意思の引き出しは介護サービスの質を向上させる上で重要な課題である。しかし,多くの人々は,言語的コミュニケーションが困難な人,特に重度知的障害や重複障害を持つ人とどのようにコミュニケーションとればいいのか糸口がつかめないままである。
欧米では1980年代からAAC(拡大代替コミュニケーション)というコミュニケーション技法に関する学際的研究領域において,重度障害を持つ人とのコミュニケーション技法が研究されている。特に,情報技術の進展とともに,ハイテク機器を用いたコミュニケーションが脚光をあびている。
残念ながら,わが国では,障害を持つ人を出来ない人であり,保護すべき対象としてとらえる傾向が強く,コミュニケーションニーズも欧米ほど高くないため,AAC技法は浸透しているとは言いがたい。また,重度知的障害や自閉症を持つ人たちは,彼らが自己管理できないという周囲の思い込みの結果,行動を著しく制限されたり,監視されたりすることが少なくない。しかし,障害を持つ人が自己管理できる環境が整備され,その活用方法を学ぶための教育プログラムが提供されれば,彼らは他人から監視される必要はなくなり,その人権が保障される。
本研究では、自己決定・自己管理を可能にするための技法や実践例をまとめ,重度知的障害や自閉症,また,重複障害のある人の家族や介護等に携わる人向けのマニュアルにまとめることを主たる目的とした。このマニュアルにより,障害当事者の自己決定や自己管理が引き出せれば,彼らの生活の質の向上に大きく貢献できると考えた。また,自己決定や自己管理の機会の提供により,重度障害のある人のパニック・自傷など問題行動が減少すると考えられ,施設職員や家族の負担低減にも結びつくであろう。
第1部では,「障害のある人の自己決定・自己管理を引き出すためのマニュアル」を作成した。これは,施設職員や家族が障害のある人が障害のある人の自己決定・自己管理を引き出す上で困った場合にどのような技法や事例が存在するかを示すものである。障害別の技法を整理したものではない。
第2部では,感覚障害を併せもつ人の自己決定・自己管理を引き出すためのマニュアルを作成した。盲ろうなど感覚障害を併せ持つ人の場合,特別に配慮すべき点があるため,別個にマニュアルを作成した。