第7章1.財政赤字の意味
追加情報

ここでは、内容に関連して、本書に付け加える情報をお伝えします。

財政赤字(政府債務)の持続可能性について

●どのような財政運営が破綻を招くのか(持続可能性条件について)

 財政(政府債務)が持続可能であるとは、経済学の定義では、政府保有財産の売却収入を用いず、租税を公債の利払い・償還財源として、今後も従来の財政運営のままで公債を発行し続けても、無限先の将来において公債(政府債務)残高が発散(無限に膨張)しないということです。公債残高が将来無限に膨張しないということは、将来的には財政が破綻しないことを意味します。逆に、公債残高が将来無限に膨張するということは、将来のいずれかの時点で財政が破綻してしまうことを意味します。

 そこで、Henning Bohn, "The behavior of U.S. public debt and deficits," Quarterly Journal of Economics 第113巻, 949-963頁, 1998年で提示された財政の持続可能性条件とは、前年度末公債残高対GDP比が上昇したときには、基礎的財政収支対GDP比を改善させる財政運営を行うことです。これが直観的に意味するところは、公債残高がそれほど多くないときに基礎的財政収支が赤字であったとしても、公債残高がある水準以上大きくなったときには、原則として基礎的財政収支を改善する(赤字を減らす、あるいは収支を黒字化する)ように財政運営し、かつその運営ルールから大きく逸脱しなければ、財政は持続可能である(財政は破綻しない)いうことです。これを図で解説したのが、図1です。

図1

政府債務の持続可能性の解説

出典:土居丈朗「地方債の持続可能性を探る〜自治体の公債管理政策を検討する」, 『地方財務』, 2000年11月号, 2-12頁, 2000年11月.
土居丈朗「裁量的財政政策の非効率性と財政赤字」, 貝塚啓明編『財政政策の効果と効率性』, 37-63頁, 東洋経済新報社, 2001年7月.

 ここで、基礎的財政収支について説明しましょう。基礎的財政収支(プライマリー・バランス)とは、税収マイナス公債費を除く歳出のことです。基礎的財政収支が黒字であれば、税収が公債費を除く歳出を上回っていて、上回っている税収の分を公債償還に充てて公債残高を減らす程度に余裕があることを意味します。基礎的財政収支が赤字であれば、税収が公債費を除く歳出を下回っており、その不足分を公債発行に頼らざるを得ないため、公債残高が増加することを意味します。

 さて、前述のボーン(Bohn)教授による財政の持続可能性条件について説明しましょう。もし前年度の財政運営で公債残高対GDP比が上昇するだけ公債残高が増加した場合、政府は今年度の財政運営(集約すれば基礎的財政収支の大きさ)をどうすればよいか、を考えましょう。前年度末公債残高対GDP比が大きくなったにもかかわらず、今年度の基礎的財政収支の赤字幅が拡大するような財政運営(図1の矢印@)をすれば、公債残高はさらに増加します。このような運営を続ければ、やがて公債残高が返済しきれないほどまで累増します。こうした財政運営を、横軸を公債残高対GDP比、縦軸を基礎的財政収支対GDP比として両者の関係をプロットすると、図1の上図のような関係として表されます。これは、前年度公債残高対GDP比が大きくなったときに、今年度の基礎的財政収支対GDP比を悪化させる財政運営で、こうした右下がりの関係が見出されれば、このままの財政運営を続ければ、将来のいずれかの時点で返済しきれないほどまで公債残高が累増して、財政は持続可能でない(財政は破綻する)ことになります。

 逆に、前年度末公債残高対GDP比が大きくなったにもかかわらず、今年度の基礎的財政収支の赤字幅を縮小するような財政運営(図1の矢印B)をすれば、公債発行の増加が抑制され、(基礎的財政収支が赤字である以上、公債残高の増加は避けられませんが)公債残高の増え方が小さくなります。これを継続する財政運営(図1の矢印C)をとれば、基礎的財政収支は改善して、やがて黒字になり、公債残高はこれ以上増加しなくなります。ただし、1年度だけ図1の矢印Bのような財政運営をして、次年度から基礎的財政収支を悪化させる財政運営(図1の矢印A)をとれば、前述の財政破綻を招く財政運営に戻ってしまいます。したがって、公債残高対GDP比が大きくなったときに、基礎的財政収支を改善する財政運営を続ければ、償還しきれないほどまでは公債残高が累増しなくなるため、財政は持続可能である(財政は破綻しない)、といえます。これを図示すれば、図1の下図のような右上がりの関係になります。

 ちなみに、従来、財政の持続可能性条件は、公債増加率や利子率が経済成長率よりも低くなるというドーマーの条件が知られていますが、ボーンの条件はドーマーの条件が成り立たない経済状態でも財政は破綻しない条件を示しています。


●わが国財政は破綻しないのか

 では、わが国の財政運営はボーンが提示した財政の持続可能性条件を満たしているでしょうか。条件を満たすか否かは、計量経済学の手法を用いて分析できます。わが国の実証分析として、

土居丈朗「我が国における国債の持続可能性と財政運営」, 井堀利宏・加藤竜太・中野英夫・中里透・土居丈朗・佐藤正一「財政赤字の経済分析:中長期的視点からの考察」, 『経済分析 政策研究の視点シリーズ』, 16号, 9-35頁, 2000年8月.<全文(PDFファイル)がダウンロード可能>

では、わが国の一般会計が条件を満たすような財政運営を行っていたか否かを、1956〜1998年度(当時利用可能な年度)のデータを基に計量経済学的に検証しています。その結果、前年度末公債残高対GDP比の上昇に伴い、基礎的財政収支対GDP比が改善する事実は、統計的に有意には認められませんでした。すなわち、わが国財政が破綻しない(国債は持続可能でない)ことを否定できない、ということです。

 この状況を、最近のデータまで更新して直感的に示したのが、図2です(図中の数字は、西暦年の下2桁を表します)。

図2

国債の持続可能性の検証

出典:土居丈朗「我が国における国債の持続可能性と財政運営」, 井堀利宏・加藤竜太・中野英夫・中里透・土居丈朗・佐藤正一「財政赤字の経済分析:中長期的視点からの考察」, 『経済分析 政策研究の視点シリーズ』, 16号, 9-35頁.を基に、直近までデータを更新

 わが国の一般会計で前年度末国債残高対GDP比と基礎的財政収支対GDP比の関係を見てみると、財政再建の時期にはグラフで右上がりの正の相関関係を示しています。ところが1990年代は、両者は負の相関関係を示しています。この右下がりの相関関係は、図1からも示唆されるように、もし従来の財政運営を今後も継続したならば、対GDP比でみて、基礎的財政収支の赤字が拡大する中で公債残高が累増して、財政破綻に陥ることを意味します。ただし、最近の2年間は、この右下がりの相関関係から脱して少しずつですが基礎的財政収支の赤字を改善する財政運営を行っているようです。
 この関係は、国(一般会計と交付税及び譲与税配付金特別会計)と地方(純計普通会計)を統合した会計(重複を除く純計)でも、1956〜1998年度(当時利用可能な年度)において同様であることが

土居丈朗『地方財政の政治経済学』, 東洋経済新報社, 2000年6月, 第2章.

で計量分析によって確認されました。すなわち、国から地方への補助金の分配などを考慮して、国と地方双方が採ってきた従来の財政運営では、国債だけでなく地方自治体の借金(地方債)も含めた政府債務が累増して、将来のいずれかの時点で、国に助けを求める地方自治体が国もろとも破綻する恐れのある状態であるといえます。

 この状況を、国民経済計算体系(SNA)に基づき、中央政府と地方政府を含んだ一般政府ベースで直感的に示したのが、図3です。

図3
基礎的財政収支と政府債務残高(一般政府)

一般政府債務の持続可能性

資料:OECD Economic Outlook (ただし、財政収支の特殊要因は除去している)

 以上より、わが国は財政の持続可能性が懸念される状況に目下直面しているといえます。特に、1990年代の財政運営がその懸念を助長していることが、図2、3からは確認できます。国と地方を連結した場合、国の一般会計で見られたような最近の基礎的財政収支の改善は認められません。今後は、財政健全化(財政赤字削減)などを行うことによって、この状況を打開することが求められているといえます。しかも、単なる財政赤字削減ではなく、財政破綻を回避するべく、前年度末公債残高対GDP比が上昇した際には、基礎的財政収支対GDP比を改善させるだけの財政赤字削減を行う財政運営が、目下求められています。

 わが国の財政赤字に関するより平易な解説は、

井堀利宏・土居丈朗著『財政読本(第6版)』東洋経済新報社刊).
土居丈朗著『入門公共経済学』日本評論社刊).
土居丈朗「政府債務の持続可能性の考え方」, 財務省財務総合政策研究所 PRI Discussion Paper Series No.04A-02.

を参照して下さい。



 岩田規久男・飯田泰之著『ゼミナール経済政策入門』日本経済新聞社刊の344ページの図(財政の持続可能性についてのボーンの条件を解説した図)が、上記図1と酷似しており、前掲原論文の拙稿にある著作権を侵害しました。
 当該著作物の著者及び出版社は、前掲文献の図を出典を明記せずに当該著作物で用い、著作権を侵害したことを認め、謝罪しました。
 著作権侵害(盗作)は、学界のみならず、断じて許されるものではないことは言うまでもありません。
 ここにその事実を告知させて頂きます。

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