2021年度大学入学共通テストの検討(日本史B・世界史B)
―思考力・判断力を評価することに成功しているか?

延近 充
2021年4月21日公表
5月15日(パレスチナ人民の「ナクバ」の日,沖縄の日本復帰の日)
世界史Bの検討結果の追加および既公表部分の一部修正
はじめに
本稿では,拙著『入試問題の作り方― 思考力・判断力・表現力を評価するために』(幻冬舎,2020年12月)の第1部の入試問題作成マニュアルに基づいて,2021年1月16日に実施された大学入学共通テスト(以下,共通テスト) の世界史Bと日本史Bについて,思考力や判断力を評価する問題として妥当かどうかという視点から検討する。その理由は以下のとおりである。
周知のように,共通テストは文部科学省(以下,文科省)の高大接続改革において重要な位置づけを与えられている。
高大接続改革の理念は,大学入試センター試験(以下,センター試験)を「学力の3要素」(1.知識・技能,2.思考力・判断力・表現力,3.主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度)を重視する共通テストに改革し,各大学独自の入試も同様の方向に改革させることによって,高校教育を「学力の3要素」を育てる方向に誘導し,さらに大学教育も同方向に改革させようとするものである。
こうした改革が必要とされるのは,センター試験や従来の大学入試問題が「知識偏重」となっているという認識,特に歴史科目については,高校生に「重箱の隅を楊枝でつつく」ような,細かい歴史的事実(以下,史実)の暗記を強いるものになっているという認識があるからであろう。
すべての大学の歴史科目の入試問題が,「細かい史実の暗記」のみを強いるものであるとは言えないが,そうした傾向がみられることは否定できない。共通テストを含めて大学の入試問題が「学力の3要素」を重視するものに改革されれば,高校教育もそのような方向に誘導されるだろうという考え方には一理ある。
問題はこの改革の理念を入試問題としてどのように具体化するかである。
慶應義塾大学経済学部(以下,経済学部)は,1990年代初め,経済学部は高大接続改革と同様の理念を掲げた入試改革を開始した。
私は経済学部に在職中,一般入試の歴史科目(世界史と日本史)の出題を長年にわたって担当し,この改革の理念を具体化するために,史実の暗記力ではなく,歴史についての理解力・思考力・分析力・判断力・表現力等を必要とする入試問題を作成する努力をしてきた。
その結果,経済学部の歴史科目の入試問題は,大手予備校から「入試問題のあるべき形の具体的な姿をみせてくれる珠玉の問題」と高い評価を受けるようになった。
共通テストが高大接続改革の理念を実現する手段として位置づけられ,各大学独自の入試も同様の方向への改革が求められているのだから,各大学の入試問題作成者も対応が必要となるし,受験生や高校教育もそうした入試改革に対応することが必要となる。
私の出題経験をマニュアル化し,そうした対応の一助してもらおうと思ったのが拙著執筆の動機である。
つまり,拙著第1部の入試問題作成マニュアルとは,高大接続改革と同様の理念を入試問題として具体化するためのノウハウの集大成なのである*
*高大接続改革の理念,経済学部の入試改革など,拙著執筆の動機や内容の特徴について,より詳しくは拙著の「はじめに」を参照していただきたい。
拙著の第2部では,2017年と2018年に実施された共通テストのための「試行調査」(プレテスト)での世界史Bと日本史Bの問題を,第1部の入試問題作成マニュアルに基づいて検討した。
なぜなら,各大学の入試担当者や受験生・高校教師が高大接続改革に対応しようとすれば,従来の入試問題のような暗記力ではなく,思考力等を問う入試問題とはどのような問題なのかを考える必要がある。その際にはプレテストをもっとも重要な参考資料とするだろう。
プレテストが思考力等を問うために適切な問題であれば,各大学の入試問題や受験生の学習,高校教育は,共通テスト実施前に高大接続改革の理念に沿う方向に変化することになる。しかし,プレテストの問題がそのようなものでなかった場合,高大接続改革が大学入試や高校教育に混乱をもたらすことが危惧される。
私がプレテストの問題を詳細に検討した結果,残念ながら,この危惧が現実化する可能性が高いと判断した。大学入試や高校教育の混乱を避けるためには,プレテストの検討結果を公表し,大学受験関係者の参考にしてもらいたいと考えたのが,拙著第2部でプレテストを取り上げた理由である。
上述のような理由で拙著を刊行した以上,2021年1月に実施された共通テストが思考力等を問うことに成功しているかを検討し,その結果を公表するのは私の義務ともいえるだろう。
以下,その検討結果を述べていくが,方法としては,2回のプレテストの問題点が共通テストでは解消され,思考力等を問う問題として適切なのかどうか,両者を比較する。必要に応じて,センター試験との比較についても言及する。
U.共通テストとプレテストの問題の比較(日本史B・世界史B)
拙著でプレテストの問題点として挙げたのは, (1) 問題の分量,(2) 問題構成,(3) アクティブ・ラーニング(AL)の設定,(4) 入試問題としての妥当性,(5) 歴史における思考力・判断力とは?,(6) 入試問題のあるべき姿を具体化するために,である。以下,これらの問題点別に共通テストの問題を検討していく。検討結果は下のPDFファイルをご覧ください。
2021年度大学入学共通テスト(日本史B・世界史B)の検討結果(2021.5.15)
4月21日公表のファイルに,世界史Bの検討結果と全体のまとめ部分を追加し,既公表の問題構成や日本史Bの検討結果についても一部修正しました。
日本史Bの検討結果の一部に誤りがありましたので,修正したファイルをアップしました。
13ページの9行目「正解はXとaの組合せとされている」→「正解はYとbの組合せとされている」です。(20238.30)

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