アベノミクスは日本経済を救えるか?

慶應義塾大学経済学部  
延近  充
目次
はじめに
(1) アベノミクスのシナリオ
(2) アベノミクスの理論的支柱― リフレ派の主張
(3) リフレ派の主張の検討
(4) リフレ派に対する批判T― 「生産年齢人口減少説」
(5) リフレ派に対する批判U― 「成熟社会化=貨幣選好強化説」
(6) リフレ派に対する批判V― 「複合要因説」
(7) 日本の90年代以降の経済停滞の基本的性格― 延近の考え
はじめに
日本の年平均実質GDP成長率は,1980年代が4.4%(前半3.7%,後半5.2%),ピークは88年の7.1%,90年代は1.5%(前半2.2%,後半0.8%),2000年代は0.6%(前半1.4%,後半▲0.3%)は,2010〜12年は1.9%である。消費者物価指数(CPI)上昇率は,80年代が年平均2.5%(前半3.9%,後半1.1%),90年代は1.2%(前半2.0%,後半0.4%),2000年代は▲0.3%(前半▲0.5%,06〜12年▲0.1%)となっている。経済成長率・CPI上昇率ともに90年代以降,急速に低下し,完全失業率も80年代の年平均2.5%に対して,90年代3.1%,2000〜12年4.7%と急上昇した。日本経済は90年代以降,現在に至るまで長期停滞傾向と物価の持続的低下傾向および高い失業率が並存する状況が続いている(第0-1,2図)。
 第0-1図 実質GDPとCPI上昇率 第0-2図 完全失業率の推移 
   
 [資料出所] 第0-1図は内閣府『国民経済計算確報』総務省統計局『消費者物価指数』,第0-2図は総務省統計局『労働力調査』。
以下,図表はすべて延近作成。
このような状況に対して,2012年12月16日の衆議院総選挙で「日本を取り戻す」のスローガンのもとに勝利して成立した安倍自民党政権は,「危機的状況に陥ったわが国の経済を立て直す」として,アベノミクスと称される経済政策を打ち出した。総選挙前から上昇傾向だった日経平均株価は,安倍政権発足以降上昇速度を高めて,13年3月8日にはリーマン・ショック前の水準の1万2000円台を回復し(第0-3図),外国為替相場は政権移行前の1ドル80円前後から下落し1ドル100円前後の円安に動いた(第0-4図)ことから,輸出関連産業を中心に大企業の業績・利益率が上昇し,高所得者層や資産家層の個人消費も回復傾向を示した。
これらを背景として,実質GDP成長率は13年第2四半期に1.2%(前年同期比),第3四半期には2.4%(同)に上昇し,CPI上昇率も12年6月から13年5月間での1年間の下落から一転して,13年後半には1%台の上昇となった。しかし,民間設備投資は12年末以降,かえって前年同期比マイナスが続いているし,完全失業率は13年11月時点で4.0%と12年末から0.3ポイント程度の低下にとどまり,就業者数も増加傾向を示しつつもリーマン・ショック前を回復していない。
第0-3図 日経平均株価
 
 [資料出所] 延近「イラク戦争を考える」
 
第0-4図 円の対ドル為替レート
 
[資料出所] OECD Stat Extract
本稿では,「アベノミクスは日本経済を救えるのか?」をテーマとして,まず,アベノミクスのシナリオを整理し,その理論的支柱であるリフレ派の主張を検討する。次にリフレ派への批判として,90年代以降の経済停滞とデフレーション(持続的な物価低下傾向:以下デフレ)の原因を,生産年齢人口の減少に求める藻谷浩介氏や河野龍太郎氏,日本の成熟社会化=貨幣選好強化に求める小野善康氏,1つの要因ではなく複合的な要因によるとする吉川洋氏の見解を批判的に検討し,最後に私の見解を紹介する。
2014年2月1日公開
本稿は大幅に書き換えたうえで,延近 充著『21世紀のマルクス経済学』(慶應義塾大学出版会,2015年4月)の第11章としました。本書は,「現代の経済危機をマルクス経済学はどう見るか」をテーマとして,マルクス経済学の基礎理論を解説し,その理論を分析ツールとして,膨大な資本のグローバルな運動によって規定される資本主義世界体制の危機の構造と,1990年代以降の日本経済の構造的変化を明らかにするものです。本書の構成や特徴についてはこちらをご覧ください
本書の第11章の一部を紹介すると,リフレ派の主張,つまりはアベノミクスの主柱である金融緩和政策=「異次元の金融緩和」がデフレを解消するとする主張は,貨幣数量説に基づくものであるが,貨幣数量説は貨幣の機能が流通手段としての機能しかないこと,言い換えれば,貨幣は商品を買うためにだけ存在することを前提とした理論である。貨幣が貯蓄や投機,海外投資などにも使用される現実の経済では,貨幣数量説は成立しない。
また,リフレ派の主張は,例えば下の第11-2図によって統計的事実によっても否定されることは明らかである。アベノミクスの実行以来,日銀の貨幣供給(マネタリー・ベース,MB)の増加率は2014年12月には55.7%に達したが,実際に流通している貨幣量(マネー・ストック,MS)の増加率は3.5%でしかなく,MB の1%の増加はMS の0.09%の増加しかもたらしていないのである。
CPI上昇率は2013年からプラスとなり14年には3%台となったが,これは金融緩和政策の効果というよりは,は東日本大震災と安倍政権成立以降の円安傾向による輸入エネルギーの価格高騰,および消費税率引き上げが原因である。
 第11-2図 通貨量の増減(対前年比)
 
[資料出所] 日本銀行主要時系列データ表より作成。
2015年3月28日追記

この「アベノミクスは日本経済を救えるか?」の著作権は慶應義塾大学 経済学部 延近 充が所有します。
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