目的
我々の研究グループでは、1988年から弱視幼児児童生徒の視機能や発達段階等に応じた拡大写本(拡大教材)の作成に関する研究・実践を実施してきた。当時、拡大写本の多くは、ボランティアが製作していたが、ボランティアグループが存在しない地域があったり、拡大写本の重要性が十分に知られていなかったりしたため、我々は、ボランティア団体の養成に取り組んできた。また、全国の特別支援学校(視覚障害)(以下、盲学校)、弱視特別支援学級(以下、弱視学級)等に対して研修会等を実施し、拡大写本の普及・啓発活動を行ってきた。
2008年に「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」(教科書バリアフリー法)が施行された後は、高等学校の教科用拡大図書(以下、拡大教科書)の標準規格を策定するための調査(2010〜2011年度に全国の盲学校に調査を実施し、高等学校の拡大教科書の標準規格を策定する際の基礎データを収集した)、拡大教科書の利用実態に関する全国調査(2011〜2013年度に全国の小中学校と盲学校に調査を実施し、どのような教科書が利用されているのか、また、拡大教科書の課題は何かを明らかにした)、サンプル版拡大教科書の製作(教科書発行者が発行しているすべての標準規格拡大教科書やボランティアが作成している個別対応拡大教科書のサンプル全13巻を製作した)と配布(都道府県教育委員会、教科書センター、盲学校、ロービジョンクリニックのある眼科医等へ配布した)、適切な拡大教科書を選定できるようにするための選定支援キットの製作・配布(都道府県教育委員会、視覚特別支援学校等へ配布した)等を実施し、拡大教科書の在り方に関する提言や普及・啓発活動を展開してきた。また、全国盲学校長会、教科書協会・拡大教科書専門委員会、全国拡大教材製作協議会(拡大写本ボランティアの全国組織)等と連携し、より使いやすい拡大教科書の製作方法に関する調査・検討を行ってきた。しかし、我々が2012年に実施した1,263人の弱視児童生徒が利用している拡大教科書8,837冊に対するニーズ調査の結果、拡大教科書には、可搬性(重かったり、厚かったり、分冊があったりするために持ち運びが不便である)、操作性(指定されたページを開くことが難しく時間がかかる等)、デザイン性(通常の教科書とデザインが異なるため人前で使う際に心理的抵抗感がある)に問題があることがわかった。
次に、我々は、紙の拡大教科書の課題である可搬性・操作性・デザイン性を充足させ、なおかつ、高等学校の拡大教科書の発行数を増やすための方法を検討した。2013〜2015年度まで文部科学省教科書課委託研究「特別支援学校(視覚障害等)高等部における教科書デジタルデータ活用に関する調査研究」を受託し、教科書発行者やデータ管理機関等とも連携して、タブレット型情報端末にインストールした教科書デジタルデータ(アクセシブルなPDFデータ)が拡大教科書と同等に利用できるかどうかに関する実証研究を展開した。その結果、教科書デジタルデータは、データ製作方法や閲覧アプリ等を適切に選択・整備すれば、拡大教科書と概ね同等に使用できることが明らかになった。しかし、教科書デジタルデータをセキュリティを確保しつつ、効率的に配布する方法については課題があることがわかった。
そこで、2016年度の文部科学省教科書課委託研究「特別支援学校(視覚障害等)高等部における教科書デジタルデータ活用に関する調査研究」を受託し、教科書デジタルデータを効果的に配布する方法として公衆配信の可能性について、法律・制度面、倫理面、セキュリティ面、技術面等から多角的に調査した。その結果、公衆配信は効果的な配布方法であることが確認できたが、公衆配信が許される条件があることや学校の通信環境等を考慮したセキュリティのかけ方を検討する必要性のあることがわかった。また、多様な配布方法やセキュリティ管理方法に対応するアプリの要件を明らかにする必要性のあることがわかった。
上述した通り、我々は、教科書デジタルデータが拡大教科書と同等に使用できることを実証するための一連の研究を実施してきた。また、教科書デジタルデータを公衆配信する際の諸課題について、法律・制度面、倫理面、セキュリティ面、技術面等から多角的な調査を実施してきた。これらの研究成果を踏まえた上で、本事業では、公衆配信を含めた提供可能なシステムの在り方、教科書デジタルデータに関するセキュリティを確保する方法、著作権の問題等法律・制度面・倫理面での諸課題を調査・検証することを目的とする。