5章 拡大教科書等の作成支援に関する課題の整理と提言

中野 泰志・新井 哲也・大島 研介


5.1 調査研究のまとめ


 本研究では、拡大教科書の作成に関する現在の課題を整理した上で以下の調査を実施した。

(1)盲学校における選定・評価実態調査

 a) 調査対象:70校の盲学校教員1,848人

 b) 結果概要:

 拡大教科書等の選定・指導を行った経験のある教員は、盲学校教員の約半数(53%)であることがわかった。半数弱の盲学校教員が、拡大教科書等の選定・指導を行った経験がない理由としては、盲学校や弱視学級での指導経験が少ない教員が多い(約4割)こと、盲学校教員免許を有している教員が約4割程度と少ないこと、重複障害の児童生徒が多いため拡大教科書等を必要とする児童生徒を担当する機会が少ないことが考えられる。今後、拡大教科書がより適切に選択されるためには、弱視児童生徒の拡大教科書選定・評価の支援が可能な教員の割合を多くする必要性があることが示唆された。

 拡大教科書の選定・評価の内容として教員が重視しているのは、視力、視野、最大視認力、まぶしさ、読書効率評価、色覚検査、屈折検査という順であった。しかし、Leggeら(1989)、小田ら(1998)、歓喜ら(1989)等は、弱視者の読書に適した文字サイズを評価するためには、読書の効率を測定する必要があることを指摘している。読書効率を評価するための読書検査表には様々な種類があるが、世界的に最も普及し、妥当性・信頼性が高いと評価されているのは、ミネソタ大学で開発されたMNREADである。本調査の結果でもMNREADの日本版であるMNREAD-Jを利用している教員は316人で他の検査よりも多かった。しかし、この人数は選定・評価を実施している教員の3割程度に留まっていた。我々は、別の調査で、MNREAD-J等の読書効率に関する検査が十分に行われていない理由をヒアリングした。その結果、検査方法に習熟していなかったり、検査結果をどのように活用すればよいかわからなかったりというケースが少なくなかった。また、拡大教科書等の選定・評価においては、読書効率以外の要因として、発達段階、学年や年齢、他の障害、児童生徒の希望、進路等を考慮する必要があると考えられていることがわかった。

 これらを総合して考えると、読書効率の観点から拡大教科書等の選定・評価が出来る方法を確立し、視覚障害教育を担当する教員が実施できる研修体制を構築する必要性があることがわかる。また、読書効率以外の要因をどのように扱えばよいかの指針が必要なことが示唆された。

(2)拡大教科書選定支援キットの要件に関するヒアリング調査

 a) 調査対象:15校の盲学校教員50人

 b) 結果概要:視覚障害教育のセンターである盲学校の教員に対する半構造化面接の結果、以下の点が明らかになった。

 つまり、拡大教科書の選定・評価方法を確立し、判サイズや使い勝手がわかりやすい実物に近いサンプル教科書を作成する必要があることがわかった。

(3)読書効率評価方法に関する調査

 a) 調査対象:実験1は弱視生徒36名、実験2は晴眼大学生30名、実験3は晴眼大学生10名と弱視生徒28名、実験4は弱視生徒28名

 b) 結果概要:

 適切な拡大教科書を選定するためには、選定・評価方法が重要な役割を果たす。本研究では、4つの実験を実施して、どのような選定・評価方法が適切かを検討した。その結果、最大読書速度を予測する場合には、MNREAD-JもLVC最適文字サイズ検査も活用可能であることがわかった。ただし、LVC最適文字サイズ検査は、文章の難易度が不均一であり、しかも、一度の測定で読書速度が決まってしまうため、信頼性の観点で課題があることが示唆された。また、拡大教科書の文字サイズを選択する際、最大読書速度だけでなく、その最大読書速度が確保できる文字サイズ(臨界文字サイズ)やこれ以上小さい文字だと読めなくなってしまうギリギリの文字サイズ(読書視力)を評価することも重要である。拡大教科書は、すべての文字サイズを揃えることが原則であるが、メリハリをつけたり、ルビをつけたり、ページ番号を振ったり、図表で表したりするために、様々な文字サイズが用いられているのが現状である。このような情報を得るためには、LVC最適文字サイズ検査よりもMNREAD-Jの方が適していると考えられる。

 しかし、MNREAD-Jを拡大教科書の選定・評価に用いる場合、注意しなければならない問題もある。最も大きな問題は、小学校の低学年を評価する適切なチャートがない(現状では、ひらがな文字を用いたMNREAD-Jkを利用するしかないが、ひらがなでは最大読書速度の推定が困難だと思われる)ことである。また、現状では、白黒反転版はあるが、字体変更版、横書き版等が用意されていないため、文字サイズ以外の要因を検討することが困難である。そして、盲学校教員へのヒアリングで指摘されたように、logMAR等の難解そうに思える概念を理解する必要があったり、「30cmでなければ評価できない」等の誤解があったりするため、わかりやすく理解できる研修会や手引書等の整備が求められている。そこで、本研究では、MNREAD-Jの課題を補い、さらに、妥当性を高めるための選定支援方法を検討した。

(4)拡大教科書選定支援キットの試作

 a) 結果概要:読書効率評価セット[小学生版、字体変更版、横書き版の3種類]とサンプル版拡大教科書セット[7冊]が試作できた。また、選定・評価用のマニュアルを作成した。

(5)拡大教科書選定支援キットの有効性に関する調査

 a) 調査対象:実地調査11機関、アンケート調査100機関

 b) 結果概要:

 実地調査とアンケート調査の結果、拡大教科書選定支援キットは、弱視児童生徒の拡大教科書選定を主観、客観の両面から支援できる有用なツールであることが確認できた。ただし、誤植の指摘、文字サイズ・フォント名の記載、マニュアルの改訂等の改善点の指摘もあった。今後、これらの点については、改良を加えていく必要があることが明らかになった。なお、適宜、改良が加えられるように、マニュアルは、印刷せずに、ホームページで利用できるようにした。

(6)拡大教科書の利用実態に関するヒアリング調査

 a) 調査対象:15校の盲学校教員50人と専門家14名

 b) 結果概要:

 本ヒアリング調査では、盲学校以外に在籍している弱視児童生徒に対するアンケートの調査項目を明らかにするために、盲学校の教員に対して拡大教科書の利用実態に関するヒアリングを実施した。また、通常学級や弱視特別支援学級の教員、教育委員会の指導主事経験者、弱視教育の専門家、拡大教科書作成者等へのグループディスカッションを実施し、調査項目の中で、重点化すべき項目の絞り込みを行った。その結果、アンケート調査の立案において以下の点に留意すべきことが明らかになった。

 次に、拡大教科書の作成実態を調査するための質問項目についてグループディスカッションを実施して検討した。その結果、アンケート調査の立案において以下の点に留意すべきことが明らかになった。

 これらのポイントを考慮して、それぞれの調査の項目を決定した。

(7)弱視児童生徒の拡大教科書利用実態に関するアンケート調査

 a) 調査対象:通常学級636人、弱視特別支援学級138人、弱視通級指導教室97人

 b) 結果概要:

 調査対象の弱視児童生徒の視力は0.3未満が通常学級で8割近くを、弱視特別支援学級で9割以上を占めることがわかった。視力以外の見えにくさでは、4割前後の児童生徒が視野の狭さ(視野狭窄)やまぶしさ(羞明)を感じていることがわかった。また、全体として数は少ないが、重複障害のある児童生徒が一定の割合でいることがわかった。

 ルーペや単眼鏡といった光学的拡大補助具を日常的に使用している児童生徒が多かったが、その割合は弱視特別支援学級の方が高かった。また、約半数の児童生徒が拡大教科書と補助具を併用していることが明らかになった。

 給与を受けた拡大教科書の文字サイズは、「22ポイント」が最も多く、次いで「26ポイント」で、「18ポイント」を利用しているケースは少なかった。一方、15%前後の拡大教科書は27ポイント以上の文字サイズであることから、標準規格では対応できない児童生徒も一定の割合で存在しており、プライベートサービスの必要性が確認できた。

 拡大教科書の利用場面については、「授業中と自宅の両方で使用している」と「授業中に使用している」を合わせると9割近くに及ぶことから、ほとんどの児童生徒が授業で拡大教科書を使用していることがわかった。

 拡大教科書の満足度については、「とても満足」と「やや満足」と合わせると、8割前後の拡大教科書が満足に使用されていることがわかった。8割近くが満足している一方で、困ることが「ある」割合は5割を超えていることがわかった。その理由としては、「先生の指示するページがわかりにくい」が最も多く、「教科書が重すぎて使いにくい、持ち運びにくい」、「分冊が多すぎて使いにくい」、「教科書が大きすぎて使いにくい、持ち運びにくい」、「教科書が厚すぎて使いにくい、持ち運びにくい」、「図表や注釈の配置がわかりにくい」等が多かった。従来、拡大教科書の選定の際には文字サイズが最も重視されてきたが、実際に使用する児童生徒にとっては教科書そのものの大きさや冊数が重要であることが明らかになった。拡大教科書を使いたくないと思うことがあると答えた児童生徒(37人)に対してその理由を質問した結果、「一般の教科書とページや行が違って授業で使いにくいから」が40.5%と最も多く、以下、「持ち運びが不便だから」(27.0%)、「人の目が気になるから」(18.9%)の順となっていた。

 字体(フォント)についての質問の結果、文字の太さ(ウエイト)は太すぎても細すぎても見にくいことがわかった。また、字体の種類では、従来の教科書体よりもゴシック系の字体の方が読みやすいと判断されることがわかった。また、ゴシック系の字体の中でも、読みやすさと学校での利用を考慮して開発されたUD系学参丸ゴシック体が最も好まれることが明らかになった。

 担当教員へのアンケートの結果、文字サイズ等を選定する際の評価方法は「視力」が4分の3程度を占めて最も多く、以下、「最大視認力」、「視野」の順となっていた。MNREAD-JやLVC最適文字サイズ検査といった読書効率評価を行っている学級は少なく、特に弱視特別支援学級ではほとんど行われていないことがわかった。拡大教科書の文字サイズを選択したり、拡大補助具の倍率等を決定したりする際には、これらの読書効率評価は必須だと考えられている。そのため、何らかの対策が必要であることがわかった。

 ボランティア作成の教科書を使用している場合、文字サイズ等を選定する際にボランティアとどのようなやりとりをしているかについて質問した結果、「ポイント数のみを伝えている」が最も多く、「ボランティアとのやりとりはない」割合は通常学級で24.7%、弱視特別支援学級で18.8%と全体の約2割を占めることがわかった。ボランティアが作成する拡大教科書は個別対応が基本であり、やりとりがないことで適切な拡大教科書が提供できていない可能性がある。

 教科書発行者の教科書を使用している場合、文字サイズ等を選定する際に何を参考にしているかを質問した結果、通常学級と弱視特別支援学級では「ポイント数のみ」が約半数を占め、「出版社のホームページのサンプル」、「出版社から直接提供を受けた情報」はいずれも1割に満たないことが明らかになった。一方、通級指導教室では「出版社のホームページのサンプル」を参考にしているケースが4割を占めていた。実際に教科書を利用する児童生徒にとっては、文字サイズだけでなく、紙面のレイアウトや持ち運びやすさ等の使い勝手が重要である。しかしながら、現状では文字サイズのみで教科書を選定している割合が半数を占め、当人の視覚の状態やニーズに合わない選定が行われている可能性が高いことがわかった。このような問題を解決し、より使いやすい教科書を無駄なく提供するためには、実際に発行される拡大教科書に近いサンプルを提供し、事前にレイアウトや使い勝手を本人に確認してもらう必要があることが示唆された。

(8)発達障害者に対する拡大教科書の有効性に関するヒアリング調査

 a) 調査対象:成人の発達障害者8人

 b) 結果概要:

 発達障害、特に、ディスレクシアの人達の教科書利用の問題には大別すると4つの種類があることがわかった。すなわち、見えにくさから来る不快さの問題、漢字等の読み方の問題、読み分け困難の問題、記憶しやすさや想起のしやすさの問題である。

 見えにくさに依存した不快さの問題に関しては、紙の色、コントラスト、書体、文字サイズが重要なポイントになることがわかった。また、紙には色がついていた方がいいし、コントラストは高くない方がよいことがわかった。そして、紙が白く、コントラストが高い資料を読まなければならない場合には、カラーシートを使う必要があるという意見があった。書体に関しては、通常の教科書体や明朝体のような構成線分の太さが一定ではないものは嫌な感じがすることがわかった。また、個人差はあるが、あまり太い文字はコントラストが高いものと同じように気持ち悪く感じる場合があることがわかった。文字サイズについては14ポイント程度が最もよく、小さくても大きくても読めなくなってしまうことがわかった。これらの点については、字体変更をした単純拡大教科書に工夫を加えれば、実現できる可能性がある。ただし、弱視児童生徒の場合、コントラストを高くすることが重要な要素なので、共有する場合には、カラーシート等の支援技術を活用する必要があると考えられる。

 漢字等の読み方の問題に関しては、ルビが重要であることがわかった。拡大教科書の場合、原本に忠実にしてあるが、ディスレクシアの場合、原本にもないルビが必要であることがわかった。また、ボランティアが作成した拡大教科書の中にあったルビと本文の色を変えるという工夫はとても評価が高かった。

 読み分け困難の問題に関しては、通常の教科書では、文字と文字がくっついて見えたり、1ページにたくさん図表等の情報があったりするとポイントを掴むことができない等の困難さがあることがわかった。拡大教科書だと、これらの困難さが軽減できるということであった。

 記憶しやすさや想起のしやすさの問題は、短期記憶・作業記憶の問題に起因していることがわかった。文字サイズが大きすぎると困るのは、この記憶の問題が原因で、全体が一覧できることが大切だからとのことであった。また、必要な箇所や重要なポイントが見つけやすいレイアウトが重要であることがわかった。

 以上より、弱視児童生徒用の拡大教科書は、そのままでは発達障害者に有効なわけではないが、書体を工夫した単純拡大教科書、レイアウト拡大教科書の図表部分、プライベートサービスのルビ等の工夫等は共通した配慮になり得ることがわかった。

(9)小中学校の教科書発行者に対する拡大教科書製作実態調査

 a) 調査対象:小中学校の教科書発行者15社

 b) 結果概要:

 標準規格に基づいた拡大教科書の製作プロセスは、長期にわたり、同時並行での作業も多く、作業量自体も多いことから、早期からの準備やスタートが重要であることが示された。また、需要数の連絡が年度末近くになってしまうため、需要数を把握する前に印刷せざるを得ないのが現状で、コスト面と作業面で大きな不安を抱えていることが示された。

 拡大教科書の製作効率を上げる方策として、検定教科書の製作の際に、最初から拡大教科書の製作を想定し、電子データ等を効果的に活用することが期待されていた。しかし、現時点では、検定本の改訂を拡大教科書に反映させなければいけないため、検定本の作業が終了してから拡大教科書の作業に入らざるを得ない状況にあり、効率化は実現できていないことがわかった。ただし、全く効率化が出来ていないわけではなく、字体(フォント)の差しかえの可能性を事前に考慮したり、原本の図表等の作成をユニバーサルデザイン化しておいたりという工夫を行っている会社もあった。

 教科書発行者は標準規格に基づいて拡大教科書を製作しているが、内容やページ増や分冊数、図表の扱い等、必ずしも標準規格通りではない仕様検討を行っていることが示された。特に図表の拡大や音楽の楽譜等の教科特有の対処が求められており、標準規格に明記されていない箇所で試行錯誤を行っていることが推測できた。また、弱視当事者によるモニターや拡大教科書の専門家の意見や研究報告を参考により効果的な拡大教科書が製作できるように工夫を重ねている発行者もあることがわかった。

(10)高等学校の教科書発行者に対する拡大教科書製作実態調査

 a) 調査対象:高等学校の教科書発行者10社

 b) 結果概要:

 平成23年度の拡大教科書の大半は単純拡大教科書であったが、フォント変更版を作成している教科書発行者もあった。ヒアリング調査の結果、フォントの変更は外注先にまかせており、事前にフォントを変更する可能性があることを伝えておけば、比較的スムーズに作業が実施できることがわかった。しかし、フォント変更版単純拡大教科書に関しては、フォントの変更に伴うレイアウトの調整・変更、図表中のフォントの扱い等の観点から否定的な意見も多くあった。なお、フォント変更版単純拡大教科書を製作している発行者では、検定教科書の図表がUD化されており、本文の変更が主となっていたことがポイントであった。検定教科書にUD系フォントを採用することや図表のフォントをゴシック系で作成する等の工夫をすることで、検定本のデータを拡大教科書にする際のコストを軽減できる可能性も指摘されており、費用対効果の面からの字体変更は可能な選択肢であると考えられる。

 小・中学校の拡大教科書と比較して、高等学校ではレイアウト拡大方式の拡大教科書は少ない工数で製作できていることがわかった。これは、教科書のページが高等学校の方が多いものの、レイアウトが単純であることや図表の量等の違いを反映していると考えられる。

(11)ボランティア団体に対する拡大教科書製作実態調査

 a) 調査対象:ボランティア72団体とヒアリング6団体

 b) 結果概要:

 本来、ボランティアの役割は、標準規格で対応できないプライベートサービスを行うことだと考えられる。しかし、文字サイズに関して言えば、教科書発行者の製作している拡大教科書と同じポイントサイズの依頼がボランティア団体に来ていることがわかった。「標準規格に該当しても受け付けている」経緯としては、「継続して依頼のある児童・生徒」もしくは「教育委員会に確認のうえ判断する」という理由が多かった。ボランティア団体全体の基本方針としては、標準規格の拡大教科書で対応できないニーズをカバーしていくことになっている。しかし、実際には、新しく標準規格の拡大教科書が発行されても慣れ親しんだボランティア団体製作の教科書を使いたいという利用者の要望により製作しているケースが多いことがわかった。このような状況を変え、理想的な役割分担が出来るようになるためには、一定のルールづくりが必要だと考えられる。

 教科書発行者による標準規格の拡大教科書の発行実績が増えている現在、ボランティアの役割は、プライベートサービスの充実や発行実績が少ない高等学校の拡大教科書の製作へとシフトすることが期待されている。しかし、高等学校等の義務教育ではない生徒の拡大教科書の作成を担えると考えているボランティアは18団体(14%)に留まっていた。


<目次へもどる>