4.4 総合考察

中野 泰志


(1)教科書発行者の拡大教科書製作実態

 標準規格に基づいた拡大教科書の製作プロセスは、長期にわたり、同時並行での作業も多く、作業量自体も多いことから、早期からの準備やスタートが重要であることが示された。また、需要数の連絡が年度末近くになってしまうため、需要数を把握する前に印刷せざるを得ないのが現状で、コスト面と作業面で大きな不安を抱えていることが示された。

 拡大教科書の製作効率を上げる方策として、検定教科書の製作の際に、最初から拡大教科書の製作を想定し、電子データ等を効果的に活用することが期待されていた。しかし、現時点では、検定本の改訂を拡大教科書に反映させなければいけないため、検定本の作業が終了してから拡大教科書の作業に入らざるを得ない状況にあり、効率化は実現できていないことがわかった。ただし、全く効率化が出来ていないわけではなく、字体(フォント)の差しかえの可能性を事前に考慮したり、原本の図表等の作成をユニバーサルデザイン化しておいたりという工夫を行っている会社もあった。

(2)標準規格に関する課題

 教科書発行者は標準規格に基づいて拡大教科書を製作しているが、内容やページ数や分冊数、図表の扱い等、必ずしも標準規格通りではない仕様検討を行っていることが示された。特に図表の拡大や音楽の楽譜等の教科特有の対処が求められており、標準規格に明記されていない箇所で試行錯誤を行っていることが推測できた。また、弱視当事者によるモニターや拡大教科書の専門家の意見や研究報告を参考にすることにより効果的な拡大教科書が製作できるように工夫を重ねている発行者もあることがわかった。

(3)高等学校段階の拡大教科書について

 平成23年度の拡大教科書の大半は単純拡大教科書であったが、字体変更版を作成している教科書発行者もあった。ヒアリング調査の結果、字体の変更は外注先にまかせており、事前に変更する可能性があることを伝えておけば、比較的スムーズに作業が実施できることがわかった。しかし、字体変更版単純拡大教科書に関しては、字体の変更に伴うレイアウトの調整・変更、図表中の字体の扱い等の観点から否定的な意見も多くあった。なお、字体変更版単純拡大教科書を製作している発行者では、検定教科書の図表がUD化されており、本文の変更が主となっていたことがポイントであった。検定教科書にUD系字体を採用することや図表の字体をゴシック系で作成する等の工夫をすることで、検定本のデータを拡大教科書にする際のコストを軽減できる可能性も指摘されており、費用対効果の面からの字体変更は可能な選択肢であると考えられる。

 小・中学校の拡大教科書と比較して、高等学校ではレイアウト拡大方式の拡大教科書は少ない工数で製作できていることがわかった。これは、教科書のページが高等学校の方が多いものの、レイアウトが単純であることや図表の量等の違いを反映していると考えられる。

(4)ボランティアの役割

 本来、ボランティアの役割は、標準規格で対応できないプライベートサービスを行うことだと考えられる。しかし、文字サイズに関して言えば、教科書発行者の製作している拡大教科書と同じポイントサイズの依頼がボランティア団体に来ていることがわかった。「標準規格に該当しても受け付けている」経緯としては、「継続して依頼のある児童・生徒」もしくは「教育委員会に確認のうえ判断する」という理由が多かった。ボランティア団体全体の基本方針としては、標準規格の拡大教科書で対応できないニーズをカバーしていくことになっている。しかし、実際には、新しく標準規格の拡大教科書が発行されても慣れ親しんだボランティア団体製作の教科書を使いたいという利用者の要望により製作しているケースが多いことがわかった。このような状況を変え、理想的な役割分担が出来るようになるためには、一定のルールづくりが必要だと考えられる。

 教科書発行者による標準規格の拡大教科書の発行実績が増えている現在、ボランティアの役割は、プライベートサービスの充実や発行実績が少ない高等学校の拡大教科書の製作へとシフトすることが期待されている。しかし、高等学校等の義務教育ではない生徒の拡大教科書の作成を担えると考えているボランティアは18団体(14%)に留まっていた。


<目次へもどる>