4.2 高等学校標準拡大教科書発行者に対する拡大教科書製作実態調査

新井 哲也・大島 研介・中野 泰志


4.2.1 目的

 高等学校の拡大教科書は、ユーザのニーズも小中学校よりも多様である。小中学校段階で製作されているレイアウト拡大に加え、通常の教科書の判を単純に拡大して印刷(例:B5判→A4判)した「単純拡大教科書」を望むケースも少なくない。そのため、どのような拡大教科書が理想的であるかを決めるのは、容易ではない。また、ニーズが多様であることに加え、原本のページ数が多いので、小中学校よりも製作コストがかかるのも特徴である。さらに、義務教育ではないため、教科書は有償であり、かなりの低コスト化を実現できなければ、オーダーされない可能性が高い。

 このように高等学校段階の拡大教科書には、多くの課題があるが、その実態は明らかになっていない。そこで、本調査では、各発行者がこれらの課題をどのように捉え、製作を行っているかについて基礎データを収集することにした。レイアウト拡大版をより効果的に作成する方法やより効果的な単純拡大版を作成するための工夫等について、アンケート調査とヒアリング調査を実施した。


4.2.2 方法

 教科書協会を通して、高等学校の教科書発行者10社にアンケート調査を依頼した。また、アンケート調査に回答のあった発行者に対してヒアリング調査の依頼を行った。


4.2.3 結果

 アンケート調査は、高等学校の標準拡大教科書を発行した実績のある会社10社のうち8社から回答が得られた。表4.2.1に、この8社の拡大教科書の発行実績を示した。の8社の中でレイアウト変更方式の製作実績があるのは2社で各1教科ずつ(数学と理科)の製作であった。また、単純拡大教科書の製作において、字体変更を行っている発行者が1社あった。

 インタビュー調査には、レイアウト変更方式の教科書の製作実績がある2社と字体変更方式の単純教科書の1社の協力を得た。

 以下、テーマごとに、アンケート調査とインタビュー調査の結果を織り交ぜて示す。

表4.2.1 標準拡大教科書発行状況

発行者
盲学校共同採択本
発行書目数
単純拡大教科書
発行書目数
レイアウト変更方式
発行書目数
B社
8
8
1
C社
1
1
0
D社
1
1
0
K社
3
3
0
L社
3
3
0
M社
1
0
1
N社
1
1
0
O社
2
2
0

 <高等学校標準拡大教科書の製作プロセス>

 1)レイアウト変更方式の拡大教科書製作プロセス(質問1、2)

【質問内容】

【結果概要】

 高等学校教科書について、レイアウト変更方式の拡大教科書を発行予定の2社の製作プロセスを表4.2.2に示した。小中学校と比較すると、比較的少ない工数で製作できていることがわかった。これは、高等学校の教科書の場合、小中学校と比べると検定本のレイアウトが比較的単純であることが原因だと考えられる。

表4.2.2 B社とM社のレイアウト変更方式製作のプロセスと期間

(単位:ヵ月)
 
制作している
教科の数
検討開始
仕様検討
(基本となる組版
ルールの決定)
原稿作成
(初校出し)
校正
(校正〜修正〜校了)
校了まで
トータル
印刷・製本
B 社
1教科
平成22年12月
1.0
(発行企画 +0.5 )
1.0
0.3
2.5
0.3
オンデマンド印刷
平成23年度版の
発行が急遽決定
自社+外注
外注
第1分冊分
自社
(修正作業は外注)
 
印刷会社
M 社
1教科
平成21年12月
1.0
1.0
1.0
3.0
0.5
オンデマンド印刷
平成22年4月に
発行
自社
外注
自社
 
印刷会社

 2)レイアウト変更方式の拡大教科書の製作作業内容について(質問5〜11)

【質問内容】

【結果概要】

 平成23年度に高校のレイアウト変更方式の拡大教科書を発行する2社に、仕様検討からレイアウト・編集、校了までのプロセスにおける工夫点や、課題等についてヒアリング調査を実施したところ、以下のような回答があった。

 作業上で特に小中学校の製作と大きな違いはみられないが、文字の大きさは、学習内容の増大に対応して、小中学校より小さめのB5判18ポイントが基準の判になっていることがわかった。表4.2.3にレイアウト変更方式の教科書の製作に関する発行者ごとの質問への回答を示した。

 製作上、困難だった箇所として、数式の表現、数式部分の強調、本文の図の位置関係、参照箇所等の指摘があった。また、1行の数式を2行でどのように表現すればよいかという問題や図版類のページ配当(原本の1ページを数ページに割り振る場合)の問題等の指摘もあった。

表4.2.3 レイアウト変更方式の製作作業内容

質問項目
B社
M社
仕様決めに苦労するところ
数学の1書目のみであり,数式をゴチックで表現することは著しく困難であり,学習上も不適切と判断したが,使用できるフォントが限られているため,数式部分の強調文字の表現をどうするか試行錯誤している。 レイアウト変更にともない,本文と図の相対的な位置関係が,原本教科書から大きく変化する。その変化に対して,本文中に,参照箇所の指示をどこまでフォローし,どのような形式で挿入するのか,といった基準を,最初から見通して決めることが難しいと感じた。
1行の数式が2行にわたる場合もあり,見にくい点を解消する方途がない。 今回は初めての制作であったため,最初に決めることができず,実際に組版を進めながら修正を繰りかえして,統一していくこととなった。
発行する文字ポイント
B5判 18pt ゴシック体 B5判 18pt ゴシック体 のみ
A4判 22pt ゴシック体
専門家の意見の取り入れ
制作に事案的余裕がなかった。 慶應大学・中野先生の研究報告などを参照している。
分冊仕様の考え方
発行を確定する時期が遅かったため,第1分冊だけでも4月上旬に納品することとした。 今回が初めてなので,明確な基準はないが,1分冊を原本教科書と大きく相違しない程度の厚さに抑えた。
最初から3分冊にすることを決めて編集作業を開始した。 内容的な区切りの兼ね合いから,頁数を決め4分冊にした。
検定本データを利用した加工について
【本文】数式部分を除いて標準規格に準じて変換する。 【本文】テキスト情報は変換せずに入力
【写真】必要に応じて拡大する。 【写真】単純な拡大のみ。
【図表】必要に応じて拡大する。 【図表】線の太さや種類を変えることもある。
校正作業について
1書目だけなので標準的回数はない。 3校まで。
チェックポイントは、分冊の切れ目が適切で,分冊同士で漏れや重複がないか、分冊にすることで,巻末に各章の問題の解答などがまとめてあったり,索引がある場合の処理が適切に行われているかなど。 理科の場合,図と本文が複雑に入り組んでおり,また,コラムや実験などの枠囲みのレイアウトも頻出する。このような原本教科書の1pを4pにしたときに,自然に読める流れを実現するための図版類の頁配当が難しい(図版類の登場順が,原本教科書と異なるケースがままある)。
   校正刷上で,その配当頁を修正した場合,動きが複雑なため,関連する参照番号類の動きをトレースするのが難しい。

 3)単純拡大教科書の製作プロセス(質問1、2)

【質問内容】

【結果概要】

 平成23年度の標準拡大教科書の発行は、ほとんどがB5判からA4判サイズへの単純拡大印刷であった。表4.2.4に単純拡大教科書製作プロセスと期間を示した。表より、すでに検定本で完成している版を印刷するだけなので、レイアウト変更に比べれば、少ない工数で実現出来ることがわかった。ただし、単純拡大と言っても、印刷・製本だけでなく、原稿作成や校正も必要であるし、字体変更をする場合には編集・校正の工数が増えることに留意しなければならないことがわかった。

表4.2.4 各社の単純拡大教科書製作のプロセスと期間

(単位:ヵ月)
発行している
教科数
検討開始
仕様検討
原稿作成
校正
校了まで
トータル
印刷・製本
B社
8教科
平成22年6月
0.25
0.25
0.5
1.0
0.5
オンデマンド印刷
 
(発行企画 2.5 )委託先、損益計算、発行決裁、製作スケジュールなど
  外注 自社(修正作業は外注)+専門校正社   印刷会社
C社
1教科
平成20年9月
0.0
0.0
0.0
0.0
0.25
オンデマンド印刷
 
 
        印刷会社
D社
1教科
未回答
0.0
0.0
0.0
0.0
0.1
オンデマンド印刷
 
 
    すでに完成したデータのPDFを利用   印刷会社
3〜4日
K社
3教科
平成23年1月
 
0.3
0.5
0.8
0.5
オンデマンド印刷
 
 
字体変更の検討
判サイズの検討
印刷会社 自社(修正作業は印刷会社) 字体変更の決定をしてから 印刷会社
L社
3教科
平成22年11月
0.0
0.0
0.0
0.0
0.5
オンデマンド印刷
 
 
        印刷会社
N社
1教科
平成21年10月
 
0.5
0.5
1.0
0.5
オンデマンド印刷
 
 
判サイズの検討 印刷会社 自社(修正作業は印刷会社)   印刷会社
O社
2教科
平成22年1月
 
0.25
0.75
1.0
0.5
オンデマンド印刷
 
単純かレイアウト変更かという検討は、ずっと前に実施
  印刷会社 自社(修正作業は印刷会社)   印刷会社

 4)字体変更のみを施した単純拡大教科書を製作・発行する可能性について(質問19)

【質問内容】

 今後、文字フォントだけを変換した単純拡大教科書を発行できる(または発行教科を増やす)可能性や条件を教えて下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 現在、字体を変更していない発行者に字体変更の可能性を質問したところ、変更の実績がない発行者からは否定的な意見が多く出された。理由は、字体を変更するだけと言っても自動的に出来るわけではなく、レイアウトの調整や校正作業が必ず必要になり、それなりのコストがかかるという指摘があった。また、字体変更にもコストがかかるわけで、需要数が少ない状況で字体変更すると教科書の値段を高くしなければならない。さらに、図表まで字体を変更すると、かなりの時間と費用がかかるので現実的ではないという指摘もあった。後述の字体変更を行っている発行者のノウハウが、他の発行者に有用な情報になり得るかどうかは、今後、検討が必要な問題だと考えられる。

 5)字体変更を含む単純拡大教科書製作の作業内容について(質問5〜11)

【質問内容】

【結果概要】

 標準規格では、弱視生徒の見やすさを考慮し、字体はゴシック体が推奨されている。中野ら(2010)の盲学校高等部の弱視生徒に対する全国調査でも、ゴシック系の字体を好む生徒が多いことがわかっており、判サイズを単純拡大する際に、字体をゴシック体等に変更することは、効果的だと考えられる。

 アンケートでは、このような字体を変更した単純拡大教科書(字体変更版単純拡大教科書)の発行実績等について調査した。その結果、字体変更版単純拡大教科書を発行している発行者があることがわかった。

表4.2.5 字体変更単純拡大教科書の製作作業内容

質問項目
回 答
字体変更のために工夫していること
基本的な文字組,写真,図版のすべてにおいて,ディジタルデータでの作成をおこなっていること。
本文の組版ルールを,印刷会社との打ち合わせで綿密におこなっていること。
拡大本でゴシック体にしたときにも全体レイアウトに影響が出ないよう、検定本を制作する際に、ゆったりめの組版を心がけた。
発行する文字ポイント
地理 A4判 11Pt 丸ゴシック系
世界史 A4判 11Pt 丸ゴシック系
A4判 22Pt ゴシック体
専門家の意見の取り入れ
Web等に公開されている研究論文等を勉強している。専門家の意見も参考にして、ゴシック体への変換を実施した。
検定本データを利用した加工について
【本文】単純拡大なので,文字の種類を,標準規格版に則ったかたちで変換。 教科書作成の最終データから,本文の文字をユニバーサルフォントの丸ゴシックなどにしている。
【写真】基本的には単純に拡大しているが,教科書本文中に,写真を見るというような指示がある場合ちょっと工夫をしている。
【図表】色のコントラストが悪く,メリハリや区切りのない図版などには,直しをくわえることもある。
校正作業について
3校まで。
単純拡大版の高校では,本文がもとの本どおりにおさまっているかどうかが重要。
現状の課題
DTP環境については,現状で,かなりレスポンスの良い体制になっているとは思う。 
あとは,編集/デザイン/版下/組版のすべてに関わる人間で,うまく仕様についての総意がとれているかどうかだと思う。

 アンケートで、字体変更をどのように実施しているか、また、その課題はどこにあるかについて質問した結果、表4.2.5に示した回答が得られた。字体変更を行うために、検定教科書も拡大教科書もデジタルデータで作成し、印刷を担当する会社と事前に打ち合わせを行い、字体を変更してもレイアウトが崩れないように、原本作成の際にゆったりとレイアウトする等の工夫を実施していることがわかった。

【ヒアリング結果の概要】

 字体変更版の単純拡大教科書製作のノウハウを明らかにするために、K社にヒアリング調査を実施した。表4.2.6にはK社へのヒアリング内容と回答を示した。

 字体変更を含む単純拡大教科書は、単純拡大教科書よりは社内での校正作業分多くかかる分、コストがかかるものの、レイアウト変更方式拡大教科書よりは低いことが示された。また、字体変更は、検定教科書と同じ協力会社に外注しており、事前に字体を変更することを伝えてあれば、比較的効果的に製作できることが示唆された。

表4.2.6 字体変更を含む単純拡大教科書に関するヒアリング内容と回答

質問内容
回 答
高等学校拡大教科書制作について(字体変更の拡大教科書制作について)
現代政治経済の検定本はA5判サイズなので、A4判への拡大は拡大率からみて効果があると考えた。(他の拡大教科書は、検定本B5判に対してA4判なので拡大率が低く効果がないと考えている)
デジタルデータで全て制作を行っている為、文字変更版単純拡大教科書制作はそれほど難しくなく出来ると考えた。
文字フォントの変更作業は、文字を選択して希望する文字に変換する。検定本の枠を広めにとっているため、フォント変換を行ってもレイアウトが大幅に変わることなく、少々の微調整のみである(作業は、Quarkを使用)。図の中の文字変換は変換できないが、キャプションや注は、明朝体を出来る限り残らないよう全て変換している(モリサワ系明朝からモリサワ丸ゴシック系(UD)に変換)。
教科によっては外字の問題があるかもしれないが、社会系ではUD系明朝フォントからUD系ゴシックフォントへの変換は特に問題はなかった。
文字変更した単純版拡大教科書は、変換する外注工数と、社内での校正作業工数分、単純拡大版よりコストはかかるが、レイアウト版拡大教科書よりはコストが低い。
レイアウト変更するのであれば、指示のやり取りを考えると社内で内製化する効果はあるかもしれないが、字体変更だけであれば外注先に指示がしやすいので外注するほうが効率的である。
最初からフォント変換を想定してデザインをすればよかった。
元の図がゴシックが中心だと、変更が楽。図については単純に拡大だが、もともとの教科書がUD的になっている(当初、意識していなかったが)。
中学校拡大教科書制作について
平成24年度からインデザインを使用する予定(社会系は改訂が多い為)。
社会系のレイアウト版拡大教科書は、脚注やキャプションが多い為、脚注等の配置に苦労する。
平成24年度中学校検定本は、現在見本本を制作しており、拡大教科書の製作は秋頃を予定している。
仕様策定について
制作にあたり参考にしているのは、拡大教科書委員会、中野先生、高柳先生、宇野先生等の研究論文等。
教科書の判サイズは、どういうイメージを与えたいかによって判サイズを選んでいる。(情報量が詰まった高レベルな印象を与えたい場合には、小さい判を選ぶなど)。
使用後にフィードバックを受けたい項目は、中学校の場合、写真や注が本文とずれて配置される為、文脈をきちんと理解できたか、高校の場合は書体の読み易さ、中やキャプションのサイズが適切であったか等、制作上配慮した項目が適切であったかを知りたい。
検定本と拡大教科書の同時期発行の可能性は、難しい。歴史や倫理はあまり改訂が無い為、可能かもしれないが、他教科については毎年改訂が有る為、検定本が出来上がってから拡大教科書制作に移行せざるを得ない為。
DTPの外注の有無は、会社規模により変わってくると考える。レイアウト版拡大教科書を常に制作するのならば、社内でDTPを行った方が効率的だが、単純版拡大教科書は、きちんとした検定本を作っていれば簡単にできるものなので、外注先に正確な指示を出せば外注した方が効率的である。
教科書制作におけるXML使用は難しいと考える。写真や図を扱う為。また、教科書は営業が学校訪問したり、研究会で教員のニーズを汲み取って制作を行うものなので、XMLを活用するならば、XMLを活用できるようなシンプルな教科書を教員が望めば可能かもしれない。通常の先生方の意識を変える必要がある。
需要数は、小中学校は11月頃、高校はつい最近分かった。
今後の教科書について
もとの教科書の書体を選ぶ時には、UD系にすることが決まっている。
ユニバーサルデザインについて
フォーマットの段階からユニバーサルデザイン系のフォントを使用。
コントラストや明度・彩度を配慮したグラフや図の制作。
明度・彩度は気にするが、カラーUDについてはあまり意識していない。

 6)印刷・製本プロセスについて(質問12〜14)

【質問内容】

【結果概要】

 印刷・製本プロセスにおける印刷開始時期・初期印刷ロットの決定方法、留意している点や問題点・課題についての回答を表4.2.7に示した。

 表より、印刷を開始する時期と初期印刷ロットは、需要数と密接な関係にあることがわかった。特に、需要数調査の結果と受注実績に乖離が見られる場合もあり、予測が難しいことがわかった。また、小中学校の検定教科書や指導書等と印刷時期が重なることが大きな問題となっていることがわかった。

表4.2.7 印刷・製本プロセスについて

質問項目
回 答
印刷開始時期と初期印刷ロットの決定方法
印刷開始時期は、確定注文が出た3月頃になる。
数冊の予備・社内保管用を含めて印刷・製本予定している。
需要数が1冊なので、2冊程度印刷。5冊をロットにしても無駄が多くなる。
文科省提示の次年度需要数を目安に製造数を検討する。ただし、前年は需要数と受注実績とは乖離があり、提示された需要数をそのまま初期製造数と決定するわけにはいかない。
特別に留意している点
製本については堅牢であること。
問題点・課題
部数決定のプロセス・供給ルートがきちんと確立されていないまま、見切りでの製造となってしまった。
中学校の検定教科書見本や小学校の指導書、小学校拡大教科書の作業と重なるため、製造スケジュールが極めてタイトになる。

 <拡大教科書供給に関わる手続き等について>

 7)著作権許諾手続きについて(質問15、16)

【質問内容】

【結果概要】

 拡大教科書の著作権許諾について、検定本の手続きと同時に手続きを行ったかどうかについて確認したところ、同時に行った発行者3社、別途手続きを行った会社が3社であった。表4.2.8に供給に関わる手続きでの苦労点に関する主な回答を示した。

表4.2.8 供給に関わる手続きについて

質問項目
回 答
著作権許諾手続きを行うにあたって苦労する点
拡大教科書での使用料を検定本使用時の使用料に含めるような契約をしているものであるが、全ての著作物に関して契約が結べていない。
検定本制作時にあわせて手続きを行っているが、それが難しいものもある。その場合は再度、手続きを行うためかなりの労力を要する。
写真エージェンシーについては、倒産や他社に吸収されるなどしている場合もあり、版権者にたどり着くのに苦労する。

 8)サンプルの公開(質問17)

【質問内容】

 平成23年度発行予定の標準拡大教科書印刷サンプルを公開していますか。公開している場合には、どのようなサンプルを公開しているか教えて下さい。

【結果概要】

 拡大教科書印刷サンプルを公開しているかどうかについて確認したところ、8社中、公開を行っているのは1社のみであった。公開を行っているのは、字体変更を行っているK社で、「文字サイズ/判型/ページ組見本/教科などダウンロードしてもらって原寸印刷してもらうための手順」も掲載してあった。サンプルの提供状況は、小中学校とはかなり異なっていることがわかった。

 9)今後の高等学校拡大教科書の発行の考え方(質問20〜23)

【質問内容】

【結果概要】

 小中学校と同様、製作のための時間とコストが厳しい状況にある中で、今後に向けて、ユニバーサルデザインフォントの利用、デジタルデータの提供、デジタルデータ等の活用方法に関する資料作成やフォロー等を計画しているという積極的な回答があった。また、安定供給に向けては、経費、人員、作成技術等が課題であり、たとえ、公的な経費の補償が十分に行われたとしても、高等学校の場合、1科目につき複数点が発行されるのが主流なので、すべての拡大教科書を発行するのは、困難だという意見があった。表4.2.9に主な回答を示した。

表4.2.9 今後の高等学校拡大教科書の発行について

質問項目
回 答
平成24年度教科書改訂に向けた拡大教科書発行予定
できるだけユニバーサルフォントを使用した教科書づくりを心がけ要請がある教科については柔軟に対応したい。
高等学校の弱視生徒への今後の支援
単純拡大教科書の継続的な発行を検討している。
可能な範囲で、拡大教科書を発行するとともに、スムーズにデジタルデータを提供する態勢を整える。
デジタルデータなどの活用について、教員による資料作成などを容易にできるようなフォロー。
安定供給に向けた課題・問題点
経費、人員、作成技術
高校は1科目につき複数点発行が主流であり、時間的に、費用的に、解決しなければならない課題が多すぎる。仮に国から費用保証があったとしても、すべてについて拡大教科書を出すのは、物理的に困難である。

4.2.4 考察

 高等学校教科書について、レイアウト変更方式の拡大教科書を発行予定の2社の製作プロセスを検討した結果、小中学校の拡大教科書と比較して、高等学校レイアウト拡大方式の拡大教科書は少ない工数で製作していることがわかった。これは、教科書のページが高等学校の方が多いものの、レイアウトが比較的単純であることや図表の量等の違いを反映していると考えられる。平成23年度に高校のレイアウト変更方式の拡大教科書を発行する2社に、仕様検討からレイアウト・編集、校了までのプロセスにおける工夫を質問した結果、小中学校の製作と大きな違いはみられないが、文字の大きさを、学習内容の増大に対応して、小中学校より小さめのB5判18ポイントが基準の判にしていることがわかった。製作上、困難だった箇所としては、数式の表現、数式部分の強調、本文の図の位置関係、参照箇所等の指摘があった。また、1行の数式を2行でどのように表現すればよいかという問題や図版類のページ配当(原本の1ページを数ページに割り振る場合)の問題等の指摘もあった。

 平成23年度の標準拡大教科書の発行は、ほとんどがB5判からA4判サイズへの単純拡大印刷であった。すでに検定本で完成している版を印刷するだけなので、レイアウト拡大と比較すると、少ない工程で製作できていることがわかった。しかし、校正等の作業は必要であるし、字体変更を行っている発行者もあるので、相応のコストがかかることがわかった。

 標準規格では、弱視生徒の見やすさを考慮し、字体はゴシック体が推奨されている。また、中野ら(2010)の盲学校高等部の弱視生徒に対する全国調査でも、ゴシック系の字体を好む生徒が多いことがわかっており、判サイズを単純拡大する際に、字体をゴシック体等に変更することは、効果的だと考えられる。そこで、字体変更の可能性について質問したところ、現在、字体を変更していない発行者からは否定的な意見が多く出された。理由は、字体を変更するだけと言っても自動的に出来るわけではなく、レイアウトの調整や校正作業が必ず必要になり、それなりのコストがかかるという指摘があった。また、字体変更にもコストがかかるわけで、需要数が少ない状況で字体変更すると教科書の値段を高くしなければならない。さらに、図表まで字体を変更すると、かなりの時間と費用がかかるので現実的ではないという指摘もあった。一方、字体変更版拡大教科書を発行している会社へのインタビューでは、字体変更を含む単純拡大教科書は、単純拡大教科書よりは社内での校正作業分多くかかる分、コストがかかるものの、レイアウト変更方式拡大教科書よりは低いコストで作成できることが示された。また、字体変更は、検定教科書と同じ協力会社に外注しており、事前に字体を変更することを伝えてあれば、比較的効果的に製作できることが示唆された。字体変更を行うために行っている工夫としては、検定教科書も拡大教科書もデジタルデータで作成し、印刷を担当する会社と事前に打ち合わせを行い、字体を変更してもレイアウトが崩れないように、原本作成の際にゆったりとレイアウトする等であることがわかった。また、検定教科書の図表がもともとUD化されており、本文の変更が主となっていたということも字体変更ができた理由として考えられる。なお、発行者によって様々なシステムに違いがあるので、本事例は、一つのグッドプラクティスとして考えることが適切だと思われる。

 小中学校と同様、製作のための時間とコストが厳しい状況にある中で、今後に向けて、ユニバーサルデザインフォントの利用、デジタルデータの提供、デジタルデータ等の活用方法に関する資料作成やフォロー等を計画しているという積極的な回答があった。また、安定供給に向けては、経費、人員、作成技術等が課題であり、例え、公的な経費の補償が十分に行われたとしても、高等学校の場合、1科目につき複数点が発行されるのが主流なので、すべての拡大教科書を発行するのは、困難だという意見があった。


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