第4章 拡大教科書の効果的な作成方法に関する調査


4.1 小中学校標準拡大教科書発行者に対する拡大教科書製作実態調査

大島 研介・中野 泰志・新井 哲也


4.1.1 目的

 拡大教科書が安定供給されるためには、a)弱視児童生徒のニーズに即した内容を、b)コストパフォーマンスの高い方法で製作する必要がある。そのためには、弱視児童生徒のニーズを的確に捉え、作業効率の高い方法で製作しなければならない。弱視児童生徒のニーズに関しては、前章までの調査で明らかにした。そこで、本調査では、教科書発行者が拡大教科書等の製作効率を向上させるための手がかりを得るために、その製作実態を明らかにする。

 教科書会社に対する事前のヒアリングの結果、拡大教科書の製作実態は、レイアウト拡大が中心の小中学校と単純拡大が中心の高等学校では異なることが指摘された。そこで、小中学校と高等学校を分けて、調査した。本節では、小中学校の拡大教科書製作実態調査について述べた結果について述べる。

 本調査の目的は、1)標準規格に準拠した拡大教科書(以下、標準拡大教科書)がどのようなプロセスで製作され、どのような課題があったのか、2)標準規格がどのように活用されたのかといった実態を把握するためのアンケートを実施し、拡大教科書の製作実態を明らかにすることである。


4.1.2 方法

(1)調査形式

 電子メールによるアンケート票の送付、返送による調査を行った。

(2)調査対象

 教科書協会を通して、小学校・中学校・高等学校の教科書発行者28社にアンケート調査を依頼した。

(3)調査期間

 平成23年1月26日〜2月21日に実施した。


4.1.3 結果

(1)アンケート回収結果

 アンケート調査を依頼した28社のうち15社から回答が得られた。回収率は53.5%であった。

(2)平成23年度版標準拡大教科書の発行状況

 アンケート調査への協力が得られた15社の、小学校、中学校、高等学校の標準拡大教科書の発行状況を表4.1.1に示した。

 15社のうち、小・中学校の(検定)教科書を発行しているのは11社、高等学校の(検定)教科書を発行しているのは14社であった。平成23年度版拡大教科書については、小学校の教科書については全社で全教科書が発行され、中学校の教科書については約6割が発行される予定であることがわかった。高等学校の拡大教科書は、盲学校共同採択分については、ほとんどが発行される予定であるが、それ以外に発行予定の拡大教科書はないという状況であった。

表4.1.1 H23年度版拡大教科書発行状況(書目数)

上段…検定本   下段…拡大本

発行者
小学校
中学校
高等学校
〔計〕
A社
47
22
42
111
47
16
4
67
B社
54
22
74
150
54
6
8
68
C社
22
8
11
41
22
8
1
31
D社
18
10
55
83
18
10
1
29
E社
37
14
14
65
37
9
-
46
F社
22
11
6
39
22
3
0
25
G社
7
8
15
30
7
3
3
13
H社
6
4
5
15
6
4
0
10
I社
1
4
10
15
1
1
0
2
J社
2
1
-
3
2
1
-
3
K社
-
2
13
15
-
2
3
5
L社
-
-
197
197
-
-
3
3
M社
-
-
55
55
-
-
1
1
N社
-
-
29
29
-
-
1
1

(3)拡大教科書の製作プロセス

 平成22年度については、全ての発行者において、標準規格に基づいた小学校教科書の拡大教科書の製作を行ったことから、平成23年度版小学校の拡大教科書製作のプロセスと、その課題を中心に分析した。なお、以下に示す「質問」は、節末に示したアンケートの質問番号を示したものである。

 <拡大教科書製作の全体プロセスとスケジュールに関して>

 1)全体工程と作業期間について(質問1、2)

【質問内容】

【結果概要】

 小学校の拡大教科書を製作した全体プロセスを、おおまかにまとめると「仕様検討」→「原稿作成」→「校正」→「印刷・製本」という流れで進められていた。それぞれの期間については、1書目あたりの平均での回答と全体期間での回答があった。表4.1.2は各社の製作プロセスと期間を示している。

「仕様検討」・・・基本となる組版ルールの決定まで

「原稿作成」・・・組版ルールにそって、編集された初校出しまで

「校正作業」・・・赤入れ、修正編集、を繰り返し、校了まで

「印刷・製本」・・・需要予測が決まり、印刷部数を指定して出荷するまで

表4.1.2 各社の製作プロセスと期間について

(単位:ヵ月)
小学校教科書で製作している教科の数
検討開始
仕様検討

(基本となる組版ルールの決定)

原稿作成

(初稿出し)

校正

(校正〜修正〜校正)

校了までトータル
印刷・製本
A社
7教科
平成22年5月

(1書目の平均)

3.0
2.0
1.0
6.0
0.5

オンデマンド印刷

自社

見本レイアウト版による弱視モニターチェック

初校までの製作は自社 初校、最終校は自社

初校後に弱視者によるモニタリング

再校は外注

  印刷会社
B社
11教科
平成22年6月

(1書目の平均)

2.0

(発行企画  +2.5 )

3.0
1.5
6.5
0.5

オンデマンド印刷

自社+外注

発行種目の検討・予算・スケジュールなど、仕様検討に入る前の企画に約2.5カ月

外注 自社(修正作業は外注)+専門校正社   印刷会社
C社
4教科
平成22年6月
2.0
2.0
6.0
10.0
0.5

オンデマンド印刷

外注

組版ルールの決定は自社

外注

見本本で作業

自社(修正作業は外注)

弱視者による校正もあり

  印刷会社
D社
3教科
平成21年8月
3.0
4.0
4.0
11.0
オンデマンド印刷

0.5カ月

自社+専門家

見本の作成は外注

外部専門家による見本のチェック

外注(標準ルールから外れる検討は自社) 自社(修正作業は外注)

(必要期間は点数による)

  印刷会社
E社
5教科
平成22年5月
4.0
7.0
11.0
0.5

オンデマンド印刷

外注 外注

仕様検討と合わせて4カ月

自社+外注(修正作業は外注)

分冊の多い算数等は長期間必要

  印刷会社
F社
4教科
平成21年8月
2.0
3.5
2.5
8.0
0.5

オンデマンド印刷

自社+専門家

見本版作製は外注

自社+外注

申請本で作業

申請本での仮校了

見本本/供給本での校了

自社+委託専門家

(修正作業は外注)

  印刷会社
G社
2教科
平成22年6月
3.5
2.0
0.5
8.0
0.5

オンデマンド印刷

自社+外注+外部専門家 自社+外注

頁単位のレイアウト指定は自社。編集作業は外注

自社   印刷会社
H社
1教科
平成21年10月
3.0
4.0
3.0
9.0
表紙:オフセット 1.0

本文:オンデマンド 0.5

自社+専門家

見本の作成は外注

外部専門家による見本のチェック

外注(標準ルールから外れる検討は自社) 自社(修正作業は外注)   印刷会社
I社
1教科
平成21年12月
1.5
3.0
6.0
10.5
1.0

製版・オフセット印刷

自社+専門家 自社 自社+専門家   印刷会社
J社
1教科
平成22年1月
0.5
1.0
4.0
5.5
0.5

オンデマンド印刷

外注 外注 自社(修正作業は外注)   外注

 仕様検討開始が最も早い発行者では、平成21年8月の検定申請本の提出後まもなく開始していた。見本本提出後に供給本に向けた訂正が始まる平成22年5〜6月頃から、拡大教科書の検討を開始する発行者が最も多かった。拡大教科書の校了までの製作期間は、平均すると8.6ヶ月で印刷・製本期間を含めると、9ヶ月〜10ヶ月を要していることがわかった。

 2)製作効率について(質問3)

【質問内容】

 平成23年度小学校教科書の大改訂において、検定教科書と拡大教科書を同時期に発行することで、製作効率はどのように変わりましたか。また、同時期に発行することで、拡大教科書の製作プロセス上、以前よりも効率化がはかれたことなどがあれば、教えて下さい。

【主な回答】

図4.1.1 発行者の全体スケジュール:平成20年4月から平成24年4月までの教科書の制作過程を示している。
教科書の制作は並行して行われており、小学校の教科書の改訂、小学校の拡大教科書の製作、中学校の教科書の改訂、中学校の拡大教科書の製作の4つのプロセスがこの期間にはあった。
(1)小学校の教科書の改訂プロセスは平成20年4月から1年の間に企画、製作(初校、修正、再校)、白表紙本提出と行い、平成21年4月から白表紙本の修正、再校、見本本製作というプロセスをふみ、平成22年4月から見本宣伝、修正、製造と印刷、納品を行い、平成23年度の小学校の教科書が完成となる。
次の年度(平成24年度)は平成23年度の検定教科書のマイナー修正を行い、製造と印刷、納品という流れを踏む。
(2)小学校の拡大教科書の製作プロセスは平成21年の白表紙本が検定合格した時点から企画に入り、製作(初校、修正、再校)、製造と印刷、納品を行い、平成23年度の小学校の拡大教科書が完成となる。
(3)中学校の教科書の改訂プロセスは小学校の改訂の1年後となるため、平成21年4月から1年の間に企画、製作(初校、修正、再校)、白表紙本提出と行い、平成22年4月から白表紙本の修正、再校、見本本製作というプロセスをふみ、平成23年4月から見本宣伝、修正、製造と印刷、納品を行い、平成24年度の中学校の教科書が完成となる。
(4)中学校の拡大教科書の製作プロセスは平成22年の白表紙本が検定合格した時点から企画に入り、製作(初校、修正、再校)、製造と印刷、納品を行い、平成24年度の中学校の拡大教科書が完成となる。

図4.1.1 発行者の全体スケジュール

【結果概要】

 検定教科書の大改訂にむけては、供給までには、a)検定申請本、b)見本本、c)供給本という、3つのステップを経て製作されるため、発行点数が多い発行者では、その製作企画は平成19年から始める必要性があることがわかった。また、検定教科書の大改訂に伴い、教師用指導書の発行作業も並行して進められており、それに加えて今回からは標準規格の拡大教科書の製作が加えられたために、大きな負担になったことがわかった。

 検定本と拡大教科書の同時発行は、データの有効活用により作業効率を向上させるのではないかと期待されたが、短期間に作業量が集中・増大し、効率的ではなかったし、発行者にとって大きな負担になったことがわかった。さらに、平成23年度の小学校大改訂に引き続き、平成24年度には中学校教科書の大改訂と標準拡大教科書の発行が行われるため、小・中学校、両教科書を発行しているところでは、膨大な製作工数と管理工数になっていることがわかった。なお、図4.1.1に、教科書ごとに発行者のスケジュールを示した。

 3)拡大教科書の製作委託状況(質問4)

【質問内容】

 上記のレイアウト・編集プロセスで委託している協力会社は、検定本の製作において委託している先と同じですか。異なる会社に委託した場合には、その理由を教えて下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 拡大教科書の製作にあたり、外部委託についての状況を確認した。特に、レイアウト・編集プロセスにおいて協力会社等に委託している場合、検定教科書と同じ委託先かどうかについて確認した。その結果、検定教科書とは違う会社に委託している場合が多いことがわかった。主な理由は、委託会社の工数分散(キャパシティの問題)と、委託先の拡大教科書製作ノウハウの有無によるものであった。

 4)拡大教科書製作プロセス上の工夫点(質問5)

【質問内容】

 御社として、拡大教科書を効果的(効率的)に製作するために製作プロセス上で工夫している点があれば教えて下さい。平成23年度の小学校拡大教科書を製作するにあたり、組版ルールの検討(仕様検討)は、どのような括りでおよそ何種類くらいの検討を行いましたか。

【主な回答】

【結果概要】

 各社の取組として、供給本が確定してから、一気に拡大教科書の製作作業にはいることで修正の手間を省くケースと、申請本や見本本のデータを利用して、早期の段階からにレイアウト等の形をある程度作ってから、最後に供給本と同じ修正を行っているケースがあった。

 <仕様検討について>

 5)仕様検討の種類(括り)(質問6)

【質問内容】

平成23年度の小学校拡大教科書を製作するにあたり、組版ルールの検討(仕様検討)は、どのような括りでおよそ何種類くらいの検討を行いましたか。

【結果概要】

 標準規格上、小学校については3年生までと4年生以降で文字の大きさに段階をもたせているため、仕様として、1科目について2種類の組版ルールを検討している場合があった。表4.1.3は各社の回答を拡大教科書の発行部数順に示したものである。

表4.1.3 発行者ごとの組版ルールの検討

発行者
拡大発行教科数
基本組版の検討数
理由など
11
9
本文の標準フォント策定のため、6種類のサンプルを検討した。
教科(9教科)ごとに数ページ分のサンプル版を作成して検討した(各1種類)。細部の仕様は,初校において編集部がチェックして適宜修正した。
7
7
5教科で7種類(国語・算数=低高学年,書写,生活,音楽)検討した。(あとの2科目は不明)
5
不明
 
4
5
国語は低学年・高学年の2種類、書写・社会・生活は、それぞれ1種類で検討した。
4
不明
 
3
およそ7種類(低中高による違い,原本特性による違い)の検討した
2
教科書の判型ごとで検討した(A4判,B4判,AB版の3種類)。
1
2種類(1教科について、中学年と高学年)を検討した
1
組版ルールについては、先行して製作した中学校の拡大教科書に依拠したので、基本的には1種類であったが、楽譜の大きさや歌詞の大きさなどの基本仕様の決定に際しては、各々3〜4種類のサンプルを作成した。(低学年用、3年用、4年用、高学年用に分けて検討)
10
1
旧課程で発行した拡大教科書を基調にして1種類を作成した。

 6)標準規格に基づく仕様検討について(質問7)

【質問内容】

 標準規格に準拠した仕様を決めるにあたり、最も苦労する(検討に時間がかかる)のはどういった教科や項目でしたか。また、苦労する理由についても教えて下さい。

【主な回答】

国語

書写

社会

地図

算数

理科

生活

音楽

図工

家庭科

その他

【結果概要】

 編集等に苦労する部分として、写真や図表の拡大の判断や、見開き等の図表の扱い(わかりやすい内容の理解のための配置)に関する記述が多くみられた。また、文字に関しては、数式や記号などのフォント、地図の地名の文字サイズ等の編集に苦労していることがわかった。その他、音楽は楽譜に決まりごとも多く、写真や図版のような方法で単純に拡大できないため、特有の難しさがあることがわかった。このように標準規格が決まっていると言っても教科ごと、教材ごとに検討しなければならない事項が多く、作業時間等がかかっていることがわかった。

 7)参考とした弱視教育の専門家等の意見(質問8)

【質問内容】

 弱視者や拡大教科書に関する専門家等から、意見や要望といった情報を収集し、仕様検討の参考にしていますか。参考にしている場合には、どのような方の意見か、また実際に仕様としてどのように取り入れたか教えて下さい。

【結果概要】

 弱視者や拡大教科書に関する専門家から、どのように情報や意見を収集し、仕様検討の参考にしているかを質問した。その結果、ほとんどの発行者が、専門機関の刊行物や公表されている研究結果などを参考にしているほか、実際の拡大教科書のページ見本を、弱視者や研究者に提示し、モニター評価を実施しているところもあった。また、拡大教科書の製作委託先として、経験の豊富な拡大教科書製作会社に委託しているところやボランティア団体の意見を聞いているところもあった。なお、コンタクトをとっている専門家等として、国立特別支援教育総合研究所、ボランティア団体、弱視者、株式会社キューズ等が挙げられていた。

 <組版(レイアウト編集)作業について>

 8)検定教科書製作作業時の工夫(質問10)

【質問内容】

 平成23年度小学校検定教科書の改訂版製作において、拡大教科書の製作を前提としたレイアウト・編集等を行いましたか。拡大教科書の作成を見据えて、検定教科書作成時に、レイアウトなどで工夫した点があれば教えて下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 平成23年度の改訂版(検定)教科書を製作するにあたり、その拡大教科書を効率よく製作することを前提としたレイアウト編集作業を行った発行者が3社あった。その他の発行者は、検定本の製作企画を平成19年から始めていることもあり、拡大教科書の発行がまだ義務化されていない時点であることから、拡大教科書の発行を前提とした工夫はしていなかったという回答があった。また、検定教科書の表現と、拡大教科書の表現は別ものとして割り切らざるを得ない点が多いという意見もあった。

 9)検定本(素材)データの利用状況(質問12)

【質問内容】

 拡大教科書の編集にあたり、そのDTP環境が検定本の環境と異なる(アプリケーションやバージョン)といった事象によって、検定本データファイル形式を変換したり、新たに作り直す必要がありましたか。ファイル形式の変換等が必要だった場合には、変換内容と理由を教えて下さい。

【結果概要】

 検定教科書で製作した素材データ(テキストや画像)を、ファイル形式等の変換をせずに拡大教科書にそのまま加工・編集ができたと回答したのは10社中7社であった。検定本のデータがそのまま利用できなかった場合について、1社がAdobe illustrator、Adobe Photoshopで作成していたものについて、そのほとんどの変換が必要だったとの回答があったが、その他は全てフォント置換に関するものであった。表4.1.4に変換内容と変換理由の主な回答を示した。

表4.1.4 検定教科書データからの変換の必要性

変換内容
変換理由
使用していたOCFフォントから異なるフォントに置換した。 標準規格に沿う形に変換するため。その他弱視の生徒のために特に必要と思われる加工を行うため。
使用していたOCFフォントから異なるフォントに置換した。 標準規格に沿う形に変換するため。
CIDフォントをOTFに変換した。 検定本はQuark3.3 CIDで作成されていたが,制作室の環境はInDesign・OTFだったから。
算数の数字,記号,スペース等でオリジナルフォントを使用していたものを置換および手入力した。 制作環境は同様だったが,原本本文フォントに合わせた数字や記号だったため,ボールドタイプを準備していなかったため,そのままでは使えないので,置き換えていく必要が生じた。
図工の教科書については、ほとんどのデータについて変換する必要があった。 イラストレータ,フォトショップでDTPデータを作成していたので,拡大本ではデータの変換が必要だった。

 10)検定本の素材データの拡大本への編集・加工(質問11)

【質問内容】

 検定教科書で製作された素材データ(テキストや画像)をどのように編集して、拡大教科書を製作されていますか。

【主な回答】

文字

写真

図表

【結果概要】

 検定本で作成された素材データを利用し、機械的に拡大するわけではなく、フォントを変換したり、画像処理や輪郭線補正等を行ったり、原寸大にすべき箇所に配慮したりという様々なを工夫をしていることがわかった。

 11)レイアウト編集工程での、問題点・課題(質問14)

【質問内容】

 その他、拡大教科書のレイアウト・編集環境(DTP)や工程で、御社が抱える問題点や課題があれば教えて下さい。また、その課題に対する対策として、DTP環境等の変更などを検討されている場合には、可能な範囲で教えて下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 教科書発行は長期のスケジュールで行われており、その間の訂正作業や、新規の拡大本の発行により、様々な作業時期が重なりあっている状況にあることがわかった。特に、レイアウト・編集の作業は、同時進行する様々なジョブに対して、発注先の人員確保と、円滑な進行管理、それに伴うコスト負担増が課題となっていることが明らかになった。また、製作している拡大教科書の種類・冊数が多いところでは、協力会社に外注すれば終わりなのではなく、進行管理に課題があることもわかった。拡大教科書の製作を担当する人員や時間が絶対的に不足していることが大きな負担になっていることもわかった。さらに、人員を確保するために、人材育成も重要であるという指摘もあった。

 <校正作業について>

 12)校正時のチェックポイント(質問13)

【質問内容】

 校正プロセスでは、標準的に何校くらい行われていますか。また、校正において拡大教科書特有のチェックポイントや、苦労する点はありますか。

【主な回答】

【結果概要】

 校正作業は、時間的制約もある中で標準的に3校程度が実施されていることがわかった。検定本に準じているので、内容検証の必要はないが、そのかわり、弱視児童生徒にとって見えにくい箇所はないか、学習の順序としてわかりやすいレイアウトになっているか等、校正段階に期間をかけて、弱視モニターや、専門家の校閲などを実施しているところもあることがわかった。

 <印刷・製本について>

 13)分冊化の検討基準について(質問9)

【質問内容】

 各拡大教科書の分冊仕様(数)はどの段階(プロセス)できめていますか。また、御社で分冊を決める際の標準的な基準があれば教えて下さい。

【結果概要】

 分冊の基準は発行者により異なるが、200ページから350ページを基準としていることが示された。表4.1.5に、分冊化の基準に関する主な回答をまとめた。

表4.1.5 分冊化の検討基準

発行社
分冊を決めるプロセス
分冊を決める基準等
1
原本教科書巻末にある付録類をどうするかを検討し、を「資料編」として分冊にすべきかなどを考えた。目次も同様で、分冊の2冊目以降、どこまでが必要かを検討した。 1冊のページ数は、多くても250程度とし、300を越えないようにした。
(1) の方針に沿って、本文を含む学年の分冊数を決めて、作業を進めた。

この分冊計画に沿った各冊ごとのページ数を吟味し、分厚すぎるものがないかを再点検して、最終の分冊数を決めた。

2
全体のページ数が判明した段階で決める。 250ページを超えると2分冊と考えているが、現在のところその必要性は生じていない。
3
企画段階で仮決定し、初校で全体の分量がほぼ確定した段階で調整・確定させる。 学年→章の順に分冊候補点を設定し、適切な分量のところで決定。
4
レイアウト原稿を作成した段階あるいは初校組版を行った段階。 1分冊が200頁を超えないことを基準に,単元等の区切りのよいところで分冊にする。
5
校了直前に決めている。 1分冊のページ数を350ページ前後にする。
6
協力会社が頁数で判断している。 400頁を越える場合は分冊化する。
7
初校出稿時。 1冊あたりの総ページ数を考慮しながら、編集部の意図によって決める。
8
ラフなページ割りを作成し途中で調整を入れていく。 原本教科書と比較したときの重さ,および分冊にすることにより使いにくくないか等を検討して決める。
9
編や章や節の区切りを目安として,できるだけ初校を戻す時までに決定。 オンデマンド印刷で取り組みやすいまとまりを意識して決める。(300ページは超えないように)
10
原本教科書が5,6年が合冊になっている場合は,大きく5年向けと6年向けに分け,その上で,教科書があまり厚くならない範囲で,分冊数を増やさないよう検討。 台割と原本教科書の内容を照らし合わせて検討している。

 14)製本について(質問16)

【質問内容】

 拡大教科書の製本について、特別に留意している点や仕様があれば教えて下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 製本については耐久性を重視していることが示された。また、ボランティア団体のような180度平らにひらくような製本はできないが、リング製本を選択肢として用意している発行者もあった。

 15)印刷発注ロットについて(質問15)

【質問内容】

 平成23年度小学校拡大教科書の供給について、印刷開始の時期と初期印刷ロットをどのように決める予定ですか。

【主な回答】

【結果概要】

 印刷は、ほとんどが小部数対応のオンデマンド印刷を行っており、発注する印刷ロットについては、需要数の連絡が2月末から3月上旬のため、それを待ってから開始するが、需要予測数には、不確定要素が多いことが示された。また、オフセット印刷を行っている発行者では、在庫管理の費用が発生していることがわかった。

 16)印刷・製本プロセスでの問題点・課題(質問17)

【質問内容】

 その他、印刷・製本プロセスにおいて、御社が抱える問題点や課題があれば教えて下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 印刷・製本プロセスでは、需要数決定の時期が遅いことが最も大きな課題であることがわかった。特に、発行点数の多い会社ほど、印刷・製本に時間がかかる(ひとつひとつが小ロットのオンデマンド印刷でも1日に印刷・製本できる冊数は限られている)ため、深刻な問題となっていることがわかった。各発行者が、早期に適正な需要予測の提供を求めていることが示された。一方、学校への調査では、需要数調査の時期が早すぎて、新入生・転入生への対応等が困難だという要望が出されている。確実な需要数を早期に把握するためには、弱視児童生徒にとって必要な拡大教科書の要件が早期に決定できている必要があり、本研究で試作した拡大教科書選定・評価支援キットが重要な役割を果たすと考えられる。

 <著作権許諾の手続きについて>

 17)著作権の手続きの時期(質問18)

【質問内容】

 平成23年度検定本の製作時に、拡大教科書の著作権許諾手続きを同時に行いましたか。拡大教科書の著作権許諾手続きを別途行った場合には、理由についても教えてください。

【結果概要】

手続きの時期に関して

 拡大教科書の著作権許諾について、検定本の手続きと同時に手続きをおこなったかどうかについて確認したところ、10社中8社は同時に手続きを行っていたが、2社は同時に手続きを行っていなかった。また、同時に行った場合でも、漏れてしまったものがあるケースもあった。著作権の手続きに関しては、検定本と同時に実施できるようにルーチン化する必要があることがわかった。なお、需要数調査の際に必要なサンプル版拡大教科書についても同時に著作権の手続きが行える必要があると考えられる。

同時に手続きしなかった理由についての主な回答

 18)著作権許諾手続きにおける問題点や課題(質問19)

【質問内容】

 拡大教科書の著作権許諾手続きを行うにあたって苦労する点ついて教えて下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 法律で規定されているとは言え、著作権許諾手続きに苦労しているケースがあることが明らかになった。神社・仏閣、写真、音楽、海外の著作物等の著作権許諾手続きがより効果的に行える仕組みづくりが必要だと考えられる。

 19)標準拡大教書のサンプル公開について(質問20、21)

【質問内容】

【結果概要】

 標準拡大教科書の発行に伴い、使用する弱視生徒に標準規格にある3種類の文字サイズから最も適したものを選択してもらうために、各社でどのようなサンプルの公開をどのように行っているのかを調査した。

 小学校拡大教科書の掲載するサンプルについては、発行者間で、各社のホームページ上に掲載するサンプルの標準的な基準が定められているため、その基準以外のサンプル公開を行なっているかについて確認を行った。結果を表4.1.6に示した。小学校では、標準的な基準以外に原本教科書と比較できるようにするという工夫がなされていることがわかった。中学校については、それぞれのやり方でサンプルが提示されていることがわかった。

 本調査研究の結果、拡大教科書を選択する際、文字サイズやレイアウトだけでなく、判サイズや重さ等を実感できることが重要であることが明らかになった。しかし、サンプル版の拡大教科書には、すべての発行者のすべてのページを掲載することはできない。そこで、サンプル版拡大教科書と各発行者がホームページで公開しているサンプルの両方を活用することが望ましいと考えられる。

表4.1.6 公開している標準拡大教科書サンプル

発行者
小学校拡大教科書の基準外サンプル
中学校拡大教科書のサンプル
1
検定本の近畿地方,ヨーロッパ・アフリカ2見開き分相当の内容全体。
2
比較しやすいよう、原本教科書の同一ページも掲載した。 中学校国語。20ポイント版。
3
音楽 文字サイズは22ポイント。
4
保健体育。18P,22P,26P。
5
発行する教科については全ポイントのサンプルを掲載している。
6
7
数学,理科,保健体育, 18・22・26P。
8
国語・社会・数学・英語・音楽 18ポイント・22ポイント・26ポイント。
9
数学,理科 標準規格の3パターンずつ。
10
英語,技術,家庭 1種類ずつ。
11
小学校の教科書発行はなし 文字サイズ/判型/ページ組見本/教科などダウンロードして原寸印刷してもらうための手順なども示している。

 <今後の標準拡大教科書製作について>

 20)中学校の大改訂に向けて(質問22)

【質問内容】

 平成24年度に中学校教科書が大改訂を迎えますが、組版ルールの検討(仕様検討)は、どのような括りでおよそ何種類くらいの検討を行う予定ですか。

【結果概要】

 平成24年度の中学校教科書の大改訂において、全教科書の拡大教科書が発行者から発行予定である。組版ルールの検討予定種類数についての記述を表4.1.7に示した。

表4.1.7 平成24年版中学拡大本の組版ルール検討予定数

発行者
回 答
1
地図帳用として1種類,教科書(地理,歴史,公民)用として1種類の計2種類を予定。
2
中学校は22ポイントを基準に、26ポイント版(1.2倍)、18ポイント版(0.8倍)を作成するが、組版ルールは、全教科1種とする予定である。
3
主として楽譜の仕様を4種類程度。
4
1種類。
5
発行する書目を含め,仕様は未定。
6
未定
7
現行に準じる
8
今後早いうちに検討の予定。
9
未定
10
未定
11
中学の新課程版教科書作成から,文字組のDTPソフトを変更し,ディジタルデータの活用が,効率良くなるような意識はしている。 仕様検討としては,文字組と図版の色,写真のコントラストなどを検討する予定。

 21)中学校の大改訂にむけて活かせるノウハウ(質問23)

【質問内容】

 平成24年度中学校拡大教科書製作において、平成23年度小学校拡大科書製作での経験を活かせる点(ノウハウ・効率化できる点等)があれば教えて下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 製作過程のため、まだわからないという記述がある一方で、小学校の拡大教科書製作で得たノウハウを平成24年度の中学拡大教科書製作に活かせるという回答もあった。特に、図表、地図の作成方法に関するノウハウが役立つと考えられていた。これらの工夫点については、可能な限りグッドプラクティスとして収集・共有できることが望まれる。

 22)必要なツール等について(質問24)

【質問内容】

 拡大教科書を製作するにあたり、どのようなツールがあれば、更に製作効率を向上させることができると思いますか。[複数回答]

【主な回答】

【結果概要】

 拡大教科書を製作するにあたり、どのようなツールがあれば更に効率化できるかという質問については、「特になし」(現在市販されているDTPソフト及び校正確認ソフト及びツールで十分である)という回答が多かった。

 最近の教科書製作では、電子データを利用しているので、変更・変換が自動的に行いやすいと考えられがちである。しかし、編集・校正作業は必須である。そこで、本質問では、この編集・校正作業を効率化するために求められているツールがないかどうかを尋ねたわけであるが、基本的な機能はDTPソフトが有しているので、必要ないという回答であった。発行者が利用しているDTPソフトは高機能であり、編集者はこれらのソフトを使いこなしているプロフェッショナルである。したがって、すでに自動化・効率化出来る部分は自動化・効率化していることが想定される。ツールではなく、製作プロセスモデルやカラーユニバーサルデザイン(CUD)が求められているのは、拡大教科書の製作効率向上のネックになっているのが、DTPソフトの問題ではないことを物語っていると考えられる。なお、CUDに関しては、検証ツールがすでに開発されているので、これらの情報が共有できることが重要だと考えられる。

 23)発行者間で協力すべきこと(質問25)

【質問内容】

 拡大教科書の製作効率を向上させるために、教科書発行者の間で協力できることがあると思いますか。ある場合にはどのような協力が可能か教えて下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 今年度の製作にあたり、本文の標準規格以外に、表紙・奥付に表示する項目等の取り決めがなかったことがわかった。これらは標準規格に入れる内容ではないと考えられるので、マニュアルやガイドラインのような形式でまとめる必要があると考えられる。なお、製作効率の向上策は、各社の事情が異なるので困難だという指摘があった。確かに、標準規格に加え、製作ガイドラインまで作成されると拘束条件が増えすぎてしまい、かえって効率が低下する可能性がある。そこで、良いと思われる事例をグッドプラクティスとして共有できるようにし、もし、有用な工夫等であれば、事実上、広がっていくという形式を採用した方がよいかもしれない。

 24)小・中学校標準拡大教科書製作における今後の課題(質問26)

【質問内容】

 その他、より良い標準規格にするためのご意見や、拡大教科書の継続的な供給に向けて御社として解決しなければならない課題や問題点があればご記入下さい。

【主な回答】

【結果概要】

 拡大教科書を安定して供給し続けるためには、必要経費が最低限補償される必要があることが重要であるという指摘が多かった。同様に、作業効率を効率化することも大きな課題であるという指摘が多かった。また、標準規格の見直し、デジタル教科書の検討等、今後の取り組みの方向性を示唆する指摘もあった。


4.1.4 考察

(1)発行者の拡大教科書製作プロセスの現状

 標準規格に基づいた拡大教科書の製作プロセスは、長期にわたり、同時並行での作業も多く、作業量自体も多いことがわかった。そのため、平均すると8.6ヶ月で印刷・製本期間を含めると、9ヶ月〜10ヶ月の時間を要することがわかった。また、レイアウト編集行程での問題点・課題(質問14)の回答から、作業量や同時進行する作業が多いため、人員と時間が不足している実態が明らかになった。さらに、印刷発注ロットについて(質問15)と印刷・製本プロセスでの問題点・課題(質問17)の回答から、需要数の連絡が年度末近くになってしまうため、連絡前に印刷せざる得ない現状が報告されており、コスト面と作業面で大きな不安を抱えていることがわかった。このように絶対的な作業量増と時間不足の問題、コスト面の問題、スケジュールの問題と拡大教科書発行者のおかれている厳しい現状が明らかになった。

 拡大教科書の著作権許諾について、検定本の手続きと同時に手続きを行っている発行者は10社中8社で、2社は同時に手続きを行っていなかった。また、同時に行った場合でも、漏れてしまったものがあるケースもあることがわかった。さらに、法律で規定されているとは言え、神社・仏閣、写真、音楽、海外の著作物等の著作権許諾手続きには苦労しているケースがあることが明らかになった。

 編集等に苦労する部分として、写真や図表の拡大の判断や、見開き等の図表の扱い(わかりやすい内容の理解のための配置)に関する記述が多くみられた。また、文字に関しては、数式や記号などのフォント、地図の地名の文字サイズ等の編集に苦労していることがわかった。その他、音楽は楽譜に決まりごとも多く、写真や図版のような方法で単純に拡大できないため、特有の難しさがあることがわかった。

 校正作業は、時間的制約もあるので、標準的には3校程度であり、回数は他の出版物と同程度であった。しかし、他の出版物と違い、弱視児童生徒にとって見えにくい箇所はないか、学習の順序としてわかりやすいレイアウトになっているか等、校正段階に期間をかけて、弱視モニターや、専門家の校閲などを実施しているところもあることがわかった。

 印刷は、ほとんどの発行者が小部数対応のオンデマンド印刷を行っていることがわかった。発注する印刷ロットについては、需要数の連絡が2月末から3月上旬のため、それを待ってから開始するが、需要予測数には、不確定要素が多いことが示された。つまり、需要数決定の時期が遅いことが最も大きな課題であることがわかった。特に、発行点数の多い会社ほど、印刷・製本に時間がかかる(ひとつひとつが小ロットのオンデマンド印刷でも1日に印刷・製本できる冊数は限られている)ため、深刻な問題となっていることがわかった。なお、オンデマンド印刷にしても、オフセット印刷にしても、ある程度の在庫は必要で、その管理の費用が発生していることがわかった。

 作業を協力会社に外注しているケースは多かったが、検定教科書とは違う会社に委託している場合が多いことがわかった。その理由は、委託会社の工数を分散せざるを得ないというキャパシティの問題と、拡大教科書の製作ノウハウがない会社には委託できないというものであった。なお、協力会社に業務を委託しても連携が必要であるため、すべてをまかせることが出来るわけではないこともわかった。

 教科書発行は長期のスケジュールで行われており、その間の訂正作業や、新規の拡大本の発行により、様々な作業時期が重なりあっている状況にあることがわかった。特に、レイアウト・編集の作業は、同時進行する様々なジョブに対して、発注先の人員確保と、円滑な進行管理、それに伴うコスト負担増が課題となっていることが明らかになった。また、製作している拡大教科書の種類・冊数が多いところでは、協力会社に外注すれば終わりなのではなく、進行管理に課題があることもわかった。拡大教科書の製作を担当する人員や時間が絶対的に不足していることが大きな負担になっていることもわかった。さらに、人員を確保するために、人材育成も重要であるという指摘もあった。

(2)効果的な拡大教科書作成に向けての教科書発行者の工夫について

 前述のように、人員的にも、時間的にも、財政面でも厳しい状況であるが、弱視児童生徒に見やすい拡大教科書を作成するために、様々な工夫が行われていることがわかった。

 弱視児童生徒にとって効果的な拡大教科書にするために、ほとんどの発行者が、専門機関の刊行物や公表されている研究結果などを参考にしていることがわかった。また、実際の拡大教科書のページ見本を、弱視者や研究者に提示し、モニター評価を実施しているところもあった。さらに、拡大教科書の製作委託先として、経験の豊富な拡大教科書製作会社に委託しているところやボランティア団体の意見を聞いているところもあった。

 小学校の拡大教科書製作で得たノウハウを平成24年度の中学拡大教科書製作に活用し、社内にノウハウを蓄積しようとしている発行者もあった。特に、図表、地図の作成方法に関するノウハウが役立つと考えられていることがわかった。なお、図表等の作成においては、検定本で作成された素材データを機械的に拡大するわけではなく、フォントを変換したり、画像処理や輪郭線補正等を行ったり、原寸大にすべき箇所に配慮したりという様々なを工夫を行っていることがわかった。

(3)製作上の効率を向上させる方略について

 検定教科書と拡大教科書を同時発行する場合、同じデータを利用することができるため、製作効率が上がるのではないかという期待があった。しかし、実際には、効率化のはかれた部分はないといった厳しい意見が得られた。全く別々に最初から製作するよりは、効果的かもしれないが、先に述べたように、スケジュールがタイトになるため、現状では、画期的に効率を向上させる方法とは言い難いことが示唆された。なお、データを共有し、検定本と拡大教科書を同時に作成するというシングルソース・マルチユースは、少なくとも現状では、実施されていないし、日本のように要素もレイアウトも複雑な教科書においては、現実的な方法とは考えられていないことがわかった。

 最近の教科書製作では、電子化が進んでいるので、コンピュータの機能を用いて、拡大教科書の製作効率が向上できるのではないかという期待が高い。しかし、本調査の結果、データ変換後の編集・校正作業に多くの時間がかかっていることがわかった。この編集・校正作業を効率化するために求められているツールがないかどうかを調べた結果、基本的な機能はDTPソフトが有しているので、必要ないという回答であった。求められているのは、製作プロセスモデルであり、ソフトウェアの問題ではないことがわかった。発行者が利用しているDTPソフトは高機能であり、編集者はこれらのソフトを使いこなしているプロフェッショナルであるので、すでに自動化・効率化出来る部分は自動化・効率化していることが想定される。

 教科書発行者にとって解決すべき大きな課題は、正確な需要数をより早い段階で把握することである。需要数の確定が早くなり、需要数予測が確実に行えるようになると、作業効率の向上やコスト削減に貢献できる可能性がある。一方、前述した盲学校や弱視特別支援学級等への調査では、需要数調査の時期が早すぎて、新入生・転入生への対応等が困難だという要望が出されている。確実な需要数を早期に把握するためには、弱視児童生徒にとって必要な拡大教科書の要件が早期に決定できている必要があり、本研究で試作した拡大教科書選定・評価支援キットが重要な役割を果たすと考えられる。

(4)標準規格の課題

 発行者は標準規格に基づいて拡大教科書を製作しているのだが、標準規格に基づく仕様検討について(質問7)の記述で示されているように、内容やページ増や分冊数、図表の扱いなどにより、標準規格にこだわらない仕様検討を行っていることが示された。特に図表の拡大や音楽の楽譜等の教科特有の対処が求められており、標準規格では対応していない部分での試行錯誤の作業が多いことが指摘された。

 拡大教科書の標準規格には、様々な規定がなされている。しかし、拡大教科書を作成する際、標準規格同士の調整が必要になる。例えば、文字サイズを大きくしようとすると判サイズや重さ等を犠牲にせざるを得なくなるというような場合である。その際、標準規格のどの要素を重視すべきなのかに関する科学的な根拠が明確ではないため、判断に困る場合がある。また、需要数が極めて少ない判サイズを製作し続ける必要があるかどうか等の問題を判断する場合にも根拠が必要になる。つまり、個々の標準規格の重要度や優先順位等を科学的なエビデンスに基づいて、整理しなければならないのである。

 今年度の製作にあたり、本文の標準規格以外に、表紙・奥付に表示する項目等の取り決めがなかったことがわかった。これらは標準規格に入れる内容ではないと考えられるので、マニュアルやガイドラインのような形式でまとめる必要があると考えられる。なお、製作効率の向上策は、各社の事情が異なるので困難だという指摘があった。確かに、標準規格に加え、製作ガイドラインまで作成されると拘束条件が増えすぎてしまい、かえって効率が低下する可能性がある。そこで、良いと思われる事例をグッドプラクティスとして共有できるようにし、もし、有用な工夫等であれば、事実上、広がっていくという形式を採用した方がよいかもしれない。


<目次へもどる>