第3章 拡大教科書の効果的な作成を支援する意見集約システムに関する調査


3.1 拡大教科書の利用実態等に関するヒアリング調査

中野 泰志・吉野 中・花井 利徳・澤海 崇文・新井 哲也・大島 研介・山本 亮


3.1.1 調査の概要

 拡大教科書の標準規格は、先行研究等の知見に基づき作成されているわけであり、どの要素も弱視児童生徒には欠かすことのできない重要な要件である。しかし、すべての要素が同等に重要なわけではないし、文字サイズ、判サイズ、字体(フォント)、行間・字間等は、相互に関連しているため、各要素の足し算で拡大教科書を作成することは出来ない。そのため、拡大教科書を効果的に作成するためには、弱視児童生徒のニーズを的確に把握する必要がある。盲学校高等部の弱視生徒に対しては、中野(2009)による調査があるが、盲学校以外に在籍している弱視児童生徒を対象にした実態調査は、近年、実施されていない。そこで、盲学校以外、つまり、通常の学級、弱視通級指導教室、弱視特別支援学級に在籍している弱視児童生徒に対する調査を次節で計画した。本ヒアリング調査は、そのための予備調査である。本ヒアリング調査の目的は、次節の盲学校以外に在籍している弱視児童生徒に対するアンケートの調査項目を明らかにするために、盲学校の教員に対して拡大教科書の利用実態に関するヒアリングを実施することである。また、通常学級や弱視特別支援学級の教員、教育委員会の指導主事経験者、弱視教育の専門家、拡大教科書作成者等へのグループディスカッションを実施し、調査項目の中で、重点化すべき項目の絞り込みを行うことである。さらに、本調査研究では、拡大教科書の作成実態を調査するための質問項目についてもグループディスカッションを実施して検討した。


3.1.2 方法

3.1.2.1 盲学校教員へのヒアリング調査

 盲学校に在籍している教員が拡大教科書等の選定・評価をどのように実施しているかに関して、半構造化面接による調査を実施した。調査対象者は、盲学校の小・中・高等部で児童生徒の指導に直接関わっている教員であった。調査項目は、拡大教科書の利用実態等についてであった。全国の盲学校15校で調査を行い、50人の教員が面接調査に参加した。なお、本調査は、平成22年度「民間組織・支援技術を活用した特別支援教育研究事業」の「高等学校段階における弱視生徒用拡大教科書の在り方に関する調査研究」におけるインタビューと同時に実施した。


3.1.2.2 弱視教育や拡大教科書に関する専門家へのグループインタビュー

 弱視教育や拡大教科書に関する専門家14名(教員3名、拡大教科書作成者5名、弱視教育研究者5名)に対して、グループインタビューを実施した。ディスカッションの内容は、通常学級、弱視通級指導教室、弱視特別支援学級に在籍している弱視児童生徒の拡大教科書等の利用実態を調査する上で必要な質問項目を絞り込むことと教科書作成者に対する調査項目を絞り込むことであった。


3.1.3 結果

3.1.3.1 盲学校教員へのヒアリング調査結果

 以下、主な回答をまとめた。

(1)標準規格の拡大教科書は適切ですか?

(2)拡大教科書を作成する際に、重視してほしいポイントがあれば、教えてください。

(3)拡大教科書と拡大補助具をどのように選択すればよいと思いますか?

(4)標準規格以外の拡大教科書についてはどう思われますか?


3.1.3.2 グループインタビューの調査結果

 以下、主なグループ討議で得られた主な意見をカテゴリー別にまとめた。

(1)弱視児童生徒を対象としたアンケート調査に対する意見

 弱視特別支援学級の教員から、児童生徒が教科書学習に際して直面している問題として、拡大教科書では図表と文章のレイアウトがわかりにくい、通常教科書とページの構成が異なるので授業で使いにくいことが挙げられた。この意見を受けて、アンケート調査では、児童生徒が使用している拡大教科書の問題点を明らかにするための項目を設けることとした。特に、標準規格で定められた項目について尋ねることで、企画の改善に資することができると考えた。また、字体(フォント)に関する問題も指摘された。標準規格ではゴシック系の字体を用いるように定められているが、ゴシック体ではトメやハネを省略したり、漢字を簡略化して表記したりと、文字を学ぶ段階にある児童生徒には適していないという意見が挙がった。これを受け、どのような字体が児童生徒に好まれるかを調査することとした。

 次に、同じく弱視学級の教員から、補助具の使用状況を調べるべきであるという意見が挙がった。なぜなら、弱視児童生徒の学習スタイルは多様であり、必ずしも拡大教科書があれば問題なく学習ができるとは限らないからである。そこで、児童生徒の補助具の利用状況ならびに拡大教科書との併用状況を調べることとした。

(2)教科書発行者を対象としたアンケート調査に対する意見

 教科書会社からは次のような意見が挙がった。標準規格に準拠して拡大教科書を作成しているが、規格内の各項目を具現化する方法については、社内で度重なる検討が必要である。例えば、本文と見出しとで字体を変える必要があるが、それぞれにどのような字体を用い、どのように使い分ければよいのか定かではない。それらを社内で統一するために、「総合指定」という作成上のルールを定めているが、総合指定もあくまでひとつの基準であり、製作段階においては各編集者に判断が委ねられる。この実態を受けて、各社がどのようなプロセスで教科書を作成しているか、また各プロセスの要する時間を明らかにすることとした。プロセスの中には、標準規格の改定によって時間的コストを低減できるものがあるかもしれない。

(3)ボランティアを対象としたアンケート調査に対する意見

 ボランティア団体からは、対象児童生徒とのやりとりが少ないのが現状であり、何を必要としているのかわかりにくいという意見が挙がった。また、実際に使用して何が問題だったかをフィードバックしてもらう仕組みも十分ではないと感じていることがわかった。同様の見解は弱視教育の研究者からも挙がっており、ボランティアの実態と要望が明らかになることで、適宜、専門家が介入して教科書作成のプロセスを円滑化できる可能性が指摘された。したがって調査では、ボランティアと児童生徒のやりとりの実態と、ボランティアの要望について明らかにすることとした。

 また、ボランティアと教科書会社の共通の意見として、需要の予測が困難であることが挙げられた。次年度の4月に拡大教科書を配布するためには、8月から作成作業に取り掛からなければならないが、その段階で需要が明らかになっていることは少ない。需要調査が早まるに越したことはないが、それが難しい場合には、何らかの形で全体の作業プロセスを短縮する必要がある。そこで調査では、各発行者の作成プロセスを明らかにし、その中から効率化が可能なものを抽出することとした。


3.1.4 考察

 以上の結果及び第2章の調査から、拡大教科書に関する弱視児童生徒の利用実態とニーズに関する調査の要件と拡大教科書製作の実態やシーズに関する調査を実施する際のポイントが明らかになった。

(1)拡大教科書に関する弱視児童生徒の利用実態とニーズに関する調査の要件

(2)拡大教科書の製作実態やシーズに関する調査の要件

 これらのポイントを考慮して、それぞれの調査の項目を決定した。


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