2.5 拡大教科書選定支援キットの有効性に関する調査
中野 泰志・花井 利徳・吉野 中・新井 哲也・大島 研介
2.5.1 目的
本調査の目的は、前節で試作した拡大教科書選定支援キットの有効性を確認することである。
2.5.2 方法
試作した拡大教科書選定支援キットを盲学校等の研究協力機関で活用していただき、有効性を評価していただいた。
評価方法は、研究協力機関に出向いて行う実地調査と郵送によるアンケート調査の2種類を実施した。実地調査には11機関の協力が得られた。また、アンケート調査は、研究協力機関100機関(全国の盲学校68校、在籍数が多い弱視通級指導教室と弱視特別支援学級14校、大学や研究機関等12機関の合計100機関)すべてに送付した。アンケート調査では、「弱視児童生徒にとって、本サンプル集は拡大教科書選択の際に役立つと思うか」、「先生方が、児童生徒の拡大教科書選択を支援する際に有効活用できると思うか」、「地域の学校に在籍している弱視児童生徒の教育相談で活用できると思うか」等について質問した。
2.5.3 結果
2.5.3.1 実地調査
実地調査は、盲学校4校、弱視特別支援学級2校、大学等その他の機関5機関の合計11機関で実施した。
各機関のニーズに応じて、本キットを活用した結果、各セットを以下のように利用することが適切であることがわかった。
(1)読書効率評価セットを活用する際の基本的な手順
a) MNREAD-J標準条件での評価(必須)
- MNREAD-J練習用チャートを用いて視距離を決定する。18〜22pt(最大サイズの文章から5つ目)くらいの文字が十分読める視距離を決める。
- 書見台にチャートを、顎台もしくは紐などを用いて、視距離を固定し、スタンドなどで均等に照明した状態で測定を行う。
b) MNREAD-J自由視条件での評価(必須)
- 日常的な学習環境の照明下で、チャートを手に持った状態で、測定を行う。
- 読み上げ時に視距離を測定出来ると良い(可能ならば)。
c) MNREAD-Jエイド条件での評価(必要に応じて)
- 測定したい状態(通常使用、選定、エイド使用の指導)で測定を行う。
d) MNREAD-J白黒反転版、字体変更版、横書き版での評価(必要に応じて)
- ライベートサービス方式で拡大教科書を作成することを想定し、白黒反転、字体変更、横書きでの評価を実施する。なお、縦書きと横書きで結果が大きく異なる場合には、文字処理有効視野(林ら,2003)の測定等を行い、その原因を明らかにする必要がある。
e) サンプル版拡大教科書セットを用いた読書速度測定
- MNREAD-Jの評価結果の妥当性を確認するために、サンプル版拡大教科書を用いて、最大読書速度の評価を実施する。
(2)サンプル版拡大教科書セットを活用する際の基本的な手順
サンプル版拡大教科書は、弱視児童生徒が自分に適した拡大教科書を自分の意思で選択することを支援するために開発されたものである。弱視児童生徒の自己決定を支援するツールであるが、自分で選択するためには、自分自身では気づきにくい盲点をエビデンスに基づいて理解することも重要である。例えば、好きな文字サイズや字体等を選ぶ場合、思い込みではなく、実際に操作したり、読書効率等を客観的に測定したりした結果も踏まえて選択することが重要だと考えられる。
a) No.1からNo.3の教科書会社製作の拡大教科書の評価(必須)
- 5(18ポイント相当)、B5(22ポイント相当)、A4(26ポイント相当)の3種類のサンプル版拡大教科書の当該学年に相当する箇所を弱視児童生徒に自由に見せる。
- それぞれのサンプル教科書を用いて、ページ検索、音読、書写、脚注検索等の課題を実施する。
- 各課題にかかった時間等を児童生徒にわかりやすくフィードバックし、再び、サンプル版拡大教科書を自由に見せ、適切な拡大教科書を選択させる。
- この3冊の中に適切な教科書がなかった場合には、ボランティア製作の拡大教科書を用いた評価を行う。
b) No.4からNo.7のボランティア製作の拡大教科書の評価(必要に応じて)
- No.4からNo.7のボランティア製作のサンプル版拡大教科書の当該学年に相当する箇所を弱視児童生徒に自由に見せる。
- ボランティア版の拡大教科書は、プライベートサービスの例なので、児童生徒が好んだページを参考に、文字サイズ、字体、白黒反転、縦書き・横書き等をどのように変更すれば見やすいか検討する。
- 見やすさを検討する場合、理想的には、それぞれでサンプルを作成し、効率を測定する。
- 各課題にかかった時間等を児童生徒にわかりやすくフィードバックし、再び、サンプルを自由に見せ、適切な条件を決めさせる。
- 選択された条件に対応可能なボランティア団体を探す。
2.5.3.2 アンケート調査
試作した拡大教科書選定支援キットを盲学校等の研究協力機関で活用していただき、有効性を評価していただいた。有効回答は90件(回収率90.0%)であった。
「弱視児童生徒にとって、本サンプル集は拡大教科書選択の際に役立つと思うか」の質問に対しては87件(96.7%)、「先生方が、児童生徒の拡大教科書選択を支援する際に有効活用できると思うか」の質問に対しては85件(94.4%)、「地域の学校に在籍している弱視児童生徒の教育相談で活用できると思うか」の質問に対しては87件(96.7%)が有効だという回答であった。以下、主な意見を記す。なお、有効活用できると回答していただけなかったケースは少なかったものの、その理由として、「生徒の選択に全く役立たないというものではないと思うが、できれば拡大教科書そのものがサンプルとして学校に1セットある方が理想的だと思う。そうなっていれば、厚み、大きさ、分冊数なども児童生徒が直接手に取って見ることができると思う。」、「地域の学校に在籍している弱視児童生徒には紹介という形で活用できるものだと思う。ただし、正確な調査や決定ということになれば、やはり実物を見たほうがよいと思う。」、「標準規格とボランティア製作の教科書を比べるのであれば、やはり同じ単元で見比べられるようにした方がよいと思う。」、「ボランティア製作の拡大教科書を同列に並べるということは供給体制の違いがありますので、同じように見せるのではなく、26ポイントの標準規格でも文字が小さい児童生徒のみに見せるような手順を踏んだ方がよいと思う。」等、今後の制度を考える上で重要な意見が寄せられた。
(1)改善・改良に関する意見
- A4判は通常教科書の頁対応(1頁分を拡大1頁分とする)が、可能であれば、使用者側の使いやすさとして要望が大きいと思います。そのためには余白をつめる、図や絵が少ない頁という条件もあると思います。
- A5判では、1ページの情報量が少なすぎると思う。
- B5判よりも、A4判の方が、字と字の間隔がとれて見やすいです。
- LDの子にも役立つ。
- サンプルの特徴などの解説などが付いていれば、より良いものだったと思います。
- サンプル部分の原本が添えてなかったので、レイアウトを原本の教科書と見比べることが出来ないのが大変残念です。
- データのサンプルもあると役立つと思います。
- できれば、H23、H24で改訂される小・中の教科書についても出していただきたい。
- できれば、原本教科書との比較が出来ると良いのではないかと思います。
- フォントを統一してほしい(部分部分で違うと違和感がある)。
- ページがわかりくかったようなので、目次とページがあわせられるとよりよいと思います。見比べるものがどこにあるかわかるような一覧もあるとよいです。各ページにも(何年生の)何ポイントか、どんなフォントか示してあるとわかりやすいと思いました。
- ボランティアさん作成では、本人にぴったりあったものを使用できる場合がある。
- ボランティア作成のものは利用者のニーズに応じていろいろなやり方で作成できる事を知って欲しい。(サンプル集から選ぶという事ではないので、サンプル集はあくまで一例にすぎない事を付け加えて欲しい。)
- ボランティア作成の拡大教科書の作成グループがわからないと、どのように入手すればいいのかわからないので、作成されたボランティアグループ名と連絡先を明記して欲しい。サンプルを見て採択したい時に、すぐに連絡ができる。ボランティア作成のサンプルを出して頂いたのはとても有難いです。地域の小中学校にも紹介できます。
- 英語については、行間がもう少し欲しいという要望がありました。数学については、図や絵、線が細いという指摘がありました。音楽は4小節が見開きになっているので良いと思いました。器楽はパート譜が要ると思います。支援には活用できると思います。
- 英語はかなりよく見える生徒は使えると思う。色掛けの文字や、見開き頁にレイアウトされている会話文、色のうすい文字、挿絵など弱視生徒の見え方は多種多様なので、全対応は不可能だと思う。
- 記号と文字が重なって表記されている箇所がありましたが、拡大によるずれでしょうか?
- 県の教科書センターにも、今回の見本があると、なお良いと思われます。
- 現場で一人一人に合わせて加工できるものがあればいいなあと思います。
- 個々に見え方が違うので、もっとポイントを大きくしないと見えない子もおり(100ポイント以上)教師が、その都度書いています。
- 高等学校用の拡大教科書サンプルがあるとよいと思います。
- 国語は、画数を確認できるように、新出漢字は教科書体にしてほしい。
- 算数の3年と4年では字体が異なっている。3年の字体は輪郭がはっきりしないし、濁点や字画の多い文字はわかりにくいのではないかと思う。
- 算数の大きな数は行間が狭い。
- 使い勝手でいえば、各教科ごとに色つきの中表紙があれば、よりスムーズかと感じましたが、付箋貼付等でも対応できるかと思います。
- 使用者(評価者)の問題ですが、児童・生徒の「好み」だけで選定しないこと、色情報が活用可能か否か、拡大教科書ありきでなく視覚補助具の活用とのセットで、といった視点を有することが重要であると考えています。
- 実際にこれらのサンプル集をどのように活用していったらよいのか具体的に教えていただけるとありがたいです。
- 社会の地球儀の経線、緯線を示す線色が海の色と同じ色であり、分かりにくいのではないか。
- 弱視の子供達が、自分に合った使いやすい教科書を今までよりもスムースに選択し、手に入れることができるようにと希望します。
- 色弱生徒への配慮をもっと徹底してほしい(図や写真には輪郭線をつけてほしい。グラフなどは、線種を変えてほしい。赤や緑など、濃い色は見にくい。)
- 図や絵はペンのベタ塗りなど、くっきりした色にしてほしい。
- 図や写真が小さく、ぼやっとしていて、はっきり見てとれない。
- 大変すばらしいサンプル本が出来よかったと思います。教科書センター等に配布されることを希望します。
- 白黒反転の方がよい生徒がいるかもしれない。
- 白黒反転版も充実すると良いと思います。
- 文部科学省が出している拡大教科書のマニュアルを再確認し、それに沿って作成してほしい。
(2)活用に関する意見・感想
- H23年度の教科書の需要報告等は終わってしまったので、H24年度に向けて活用できると思います。
- MNREAD等で事前に評価をしてから拡大サイズ-フォント等の検討をすることが多いですが、サンプル集にも可能なものにはフォント名、サイズ、行間等が示されていると、より選びやすくなる(スピーディーになる)と思います。今までは、各教科書のサンプル集はなく、個人持ちの教科書を見てまわることがほとんどだったので、活用していけると思います。
- イメージがわきやすく、相談・支援をすすめるうえで役立つと思います。
- このようなコンパクトで教科の揃ったサンプル集は過去にはなかったので、非常に役立つと思います。いろいろな工夫を垣間見ることができて面白い内容だと思います。
- これまで、何冊も準備をして対応していたものが、一冊で対応可能となり大変有効です。
- サンプルがあると本人や保護者の方にわかりやすく伝えることができる。
- サンプルが充実していて選定に役立ちます。職員の研修用、市教委等との連携ツールとしても活用していきたいと思います。
- すばらしい出来映えだと思います。
- とても貴重な拡大教科書のサンプル本で、とてもありがたい物です。今までとは違い、次の教育相談で、拡大教科書の選択をしていく時に、とても、選択してもらいやすいと思います。
- ポイント数の違う文字、また図や絵もたくさん載せてくれているので、児童生徒の教科書選択の際に有効に活用できると思います。
- ボランティア作成と教科書会社作成の拡大教科書の特徴を生かした冊子になっていたと思います。ボランティア作成の中に、白黒反転文字、漢字表記の筆順を赤と黒で表す、手書き文字で目にもやさしく見やすいなどの特色では、教科書会社も取り組める内容も入っていると思われますが、需要数は少なく個別対応の必要な場合ということになるでしょう。
- ボランティア作成のサンプルもあり、とてもよいと思いました。小・中学校から拡大教科書の問い合わせもあるので、有効に活用していきたいと思います。
- 拡大教科書については、一般校ではあまり知られていないこともあり、大きい文字の方がよいという間違った考えもあると思うので、実際のサンプル集を使いながら、子どもにとって一番よい教科書を採択するのに役立つと思われる。
- 拡大教科書のポイントの決定、教育相談の中で有効に活用させていただいています。
- 貴重な資料をありがとうございました。活用させていただきます。
- 教育相談、高等部入学生が教科書を決める際に活用したいと思います。以前、文科省から出されたものより、多くの内容があるので、助かります。
- 教科書の文字サイズを支援している児童生徒の様子から相談を受けることが多くなっているが、イメージがもてず、印象で勧めていた。これからは、自信をもって紹介ができると思います。
- 現場で役立つサンプルを送っていただき、ありがとうございました。
- 今回送付いただいたサンプルを用いて、児童生徒にとってより見やすい拡大教科書を選定できるので、このような支援キットがあると助かります。ボランティア作成のものとそうでないものを比較できるのも良いと思います。
- 今年度、初めて教科書係を担当していますが、再来年度の教科書選択に活用させていただきます。
- 昨年発行された拡大教科書サンプル集1・2よりわかりやすく使い勝手がよさそうに思います。サンプル集1・2も本校の児童生徒だけでなく教育相談の児童にも活用しました。
- 冊子型式として同原稿をA5判→B5判→A4判という作りなので、文字サイズ・フォントの違いによる見やすさ、文字行間の違いによる見やすさなど比較しやすいです。
- 視覚障害者支援グッズ展示室に置き、相談に来られた方へも見ていただこうと思います。
- 実際に拡大教科書の相談を受けた際に、このようなサンプルを提示することは、大変有効だと考えます。
- 実際の判の大きさで試すことができるので、使用時のイメージが持ちやすいと思います。
- 写真、絵、イラストのわかりやすさの大切さを感じました。
- 弱視児・教員の教科書選択、保護者への説明等様々に活用できるのではと思っています。
- 大変すばらしいサンプル集でありがたいです。今まで、困っていましたが、これからは、これが大いに役に立つと思います。
- 短期間で価値あるサンプル集を仕上げて下さったことに敬意を表します。
- 同じ内容、同一ページを異なるポイント数で見比べることができ、文字間、行間の違いなどを実感することができました。参考になりました。
- 標準規格の拡大教科書がとても読み安くなっていることが理解できました。
- 本サンプル集は、拡大教科書選択の祭に、見やすさ、読書効率、検索性、操作性等の必要なポイントを踏まえており、有効な冊子です。
- 様々な教科や文字の大きさのものが一冊にまとまっていて比較が容易になると思います。
2.5.4 考察
実地調査とアンケート調査の結果、拡大教科書選定支援キットは、弱視児童生徒の拡大教科書選定を主観、客観の両面から支援できる有用なツールであることが確認できた。
しかし、自由記述の中に、誤植の指摘、文字サイズ・フォント名の記載、マニュアルの改訂等の改善点の指摘も多くあった。これらの点については、今後、修正・改良していく必要があることがわかった。また、本サンプル版拡大教科書を継続して発行して欲しいという意見や教科書センター等に配布されることを希望するという重要な指摘もあった。さらに、サンプルではなく、拡大教科書の実物を学校に置くべきであるという指摘もあった。これらの点については、今後、政策等に反映されることを期待する。
<目次へもどる>