2.3 読書効率評価方法に関する調査

中野 泰志・新井 哲也・大島 研介・山本 亮


2.3.1 調査の概要

 前述の実態調査の結果、読書効率の評価方法として盲学校の教員によく利用されている検査は、MNREAD-J(http://www.cis.twcu.ac.jp/~k-oda/MNREAD-J/)と筑波大学附属視覚特別支援学校LVC最適文字サイズ検査(http://www.lv-club.jp/mokuji/saitekimoji.htm)であることがわかった。そこで、本研究では、これらの読書効率評価方法が拡大教科書の選定・評価の際に、どの程度、有効であるかを調査することにした。

 MNREADは読書に用いる文章の難易度等を統制して作成された検査法(Leggeら,1989;小田ら,1998)であり、世界で最も利用されている信頼性も妥当性も高いと評価されている検査である。MNREAD-Jチャートは、標準的な読書速度(最大読書速度)、読書に適切な文字サイズ(臨界文字サイズ)、読書ができるぎりぎりの文字サイズ(読書視力)を測定するために作成された読書チャートである(Leggeら,1989;小田ら,1998)。MNREAD-Jは統制された30文字の文章がポイントサイズごとに用意されており、読み上げ成績によって、ポイントサイズごとの読書速度を算出し、生徒の最大読書速度、読書速度が低下し始める手前の文字サイズ、何とかぎりぎり読書ができる文字サイズを評価することができる。しかし、拡大教科書の文字サイズの選択に適しているかどうかは明確ではない。そこで、実験1では、実際の拡大教科書を使っての読書効率測定結果とMNREAD-Jを用いた検査結果を比較する実験を、弱視生徒に対して実施した。

 MNREAD-Jは小学校高学年以上の人であれば、弱視であるかどうかにかかわらず、利用できる検査法である。これに対して、LVC最適文字サイズ検査は、弱視児の教材作成等に最適の文字サイズを評価するために考案された方法である。字体(フォント)、文字の大きさ(ポイント)、白黒反転の有効性、補装具(ルーペ・拡大読書器)の4点の有効性に焦点を絞り検査を行なう方法である。検査が容易・簡便であり、MNREADが課題制限法(30文字を読むためにかかる時間を測定し、読書速度を求める方法)を用いているのに対して、時間制限法(1分間に読むことができる文字数を測定し、読書速度を求める方法)を用いている点が特徴である。しかし、検査に用いられている文章の難易度に関する検討がなされていない可能性がある。そこで、実験2では、LVCに用いられている文章の難易度が均一かどうかを検討するための実験を実施した。

 実験3、実験4では、LVC最適文字サイズ検査の結果とMNREAD-Jや実際の拡大教科書を使った読書効率測定結果と比較する実験を実施した。

 なお、以下の評価の実施に際しては、人を対象とする研究が世界医師会ヘルシンキ宣言及び関係学会が定める倫理綱領及び諸規則等の趣旨に則って倫理的配慮に基づいて適正に行われることを管理・審査する「慶應義塾総合研究推進機構研究倫理委員会」で研究計画等の承認を受けた。参加者の抽出は盲学校の協力を得て行い、プライバシーの保護と権利擁護には細心の注意を払った。研究への参加依頼においては、まず、盲学校の責任者に研究目的、研究方法、倫理的配慮等に関して説明を行い、了解していただいた上で、参加者を募集していただいた。参加者には研究の目的と意義、個人情報の保護方法、研究成果の公開方法等の説明を行い、同意が得られるかどうかを確認した(インフォームド・コンセントを得られない参加者は対象としなかった)。個人情報保護リスクに関しては、データの匿名化を行い、研究実施期間中は、連結対応表を個人情報管理者(研究代表者)が管理することで対処した。


2.3.2 実験1 MNREAD-Jは拡大教科書の文字サイズ選定に有効か?

2.3.2.1 目的

 本実験の目的は、MNREAD-Jが拡大教科書の選定・評価に有効かどうかを検討することである。そこで、拡大教科書を用いて測定した読書効率とMNREAD-Jの結果を比較した。


2.3.2.2 方法

 実験では、logMAR視力(30cmの標準検査、視距離自由条件の検査)を測定した上で、MNREAD-Jによる読書効率評価(30cmの標準検査、視距離自由条件の検査)と模擬授業による読書効率評価実験(国語、数学、社会の教科ごと)を実施した。実験参加者は、9校の盲学校高等部に在籍している弱視生徒36名であった。以下、実験の手順を示す。

(1) 視力評価

 logMAR視力検査表を標準検査条件(距離固定)で測定した。次に、logMAR視力表を用い、視距離を自由にして最小可読視標とそのときの視距離(最大視認力)を測定した。

(2) 読書効率評価

 MNREAD-Jを用いて読書効率を評価するために、視距離を固定する標準検査条件、視距離が変えられる自由視条件で評価した。標準検査条件では、MNREAD-Jの標準的な検査方法に基づき視距離を固定(30cmもしくは通常、教科書を読む際の読書距離で測定)し、評価を実施した(視距離を一定にするためにあご台を用いた)。自由視条件では、MNREAD-Jを手に持たせ、読みやすい視距離で読み上げ課題を実施し、その際の読書効率と視距離を測定した。自由視条件での測定を行った理由は、弱視者の場合には、自由視条件の方が、距離固定条件よりも読書効率が良くなるという報告(中野ら,2010)がなされているからである。

(3) 拡大教科書を用いた読書効率評価

 中野(2009)が試作した高等学校の試作版拡大教科書30種類を用い、読書効率を評価した。用いた拡大教科書は、国語(改訂版新編国語総合、第一学習社)が、レイアウト拡大方式(A5版18pt、B5版22pt、A4版26pt)、オリジナル(B5版12pt)、単純拡大・横開き方式(A4版14pt、B4版17pt、A3版19pt)、単純拡大・縦開き方式(B5版17pt)の8種類、数学(数学 I、東京書籍)が、レイアウト拡大方式(A5版18pt、B5版22pt、A4版26pt)、オリジナル(A5版10pt)、単純拡大・横開き方式(B5版12pt、A4版14pt、B4版17pt)、単純拡大・縦開き方式(A5版14pt、B5版17pt、A4版20pt、B4版24pt)の11種類、社会(新版現代社会、実教出版)がレイアウト拡大方式(A5版18pt、B5版22pt、A4版26pt)、オリジナル(B5版10pt)、単純拡大・横開き方式(A4版11pt、B4版14pt、A3版16pt)、単純拡大・縦開き方式(A5版11pt、B5版14pt、A4版16pt、B4版20pt)の11種類であった。実験参加者の最初の課題は、この拡大教科書の中から授業で使いやすいと思われる教科書を、拡大方式(単純拡大・横開き、単純拡大・縦開き、レイアウト拡大)ごとに選択することであった。そして、選択した拡大教科書を用いて、読書速度を測定した。なお、読書速度の測定には、150文字程度の長さの文章を音読できる時間を測定するという課題制限法を用いた。なお、本実験の所要時間は、約60分であった。

図2.3.1 実験に用いた単純拡大・横開き方式の拡大教科書:教科書表紙とその内容を写した写真 図2.3.1 実験に用いた単純拡大・横開き方式の拡大教科書:教科書表紙とその内容を写した写真

図2.3.1 実験に用いた単純拡大・横開き方式の拡大教科書

図2.3.2 実験に用いた単純拡大・縦開き方式の拡大教科書:教科書表紙とその内容を写した写真 図2.3.2 実験に用いた単純拡大・縦開き方式の拡大教科書:教科書表紙とその内容を写した写真

図2.3.2 実験に用いた単純拡大・縦開き方式の拡大教科書

図2.3.3 実験に用いたレイアウト変更方式の拡大教科書:教科書表紙とその内容を写した写真 図2.3.3 実験に用いたレイアウト変更方式の拡大教科書:教科書表紙とその内容を写した写真

図2.3.3 実験に用いたレイアウト変更方式の拡大教科書


2.3.2.3 結果

(1) 実験参加者の視力の特性

 実験参加者の視力は0.02から0.8で、最小可読視標は0.04から1.0であり、様々な視力の弱視生徒の参加が得られた。

(2) 拡大教科書による読書評価とMNREAD-Jによる検査結果の比較

 以下、MNREAD-J標準条件(距離固定)の「臨界文字サイズ以上の読書速度の平均(MRS)」、「臨界文字サイズ以上の読書速度の最大値」、MNREAD-J自由視条件の「臨界文字サイズ以上の読書速度の最大値」と拡大教科書を用いた読書速度評価の結果を比較した。

図2.3.4 MNREAD-J標準検査の最大読書速度(平均値)と拡大教科書の読書速度の比較:縦軸が教科書の読書速度、横軸がMNREAD標準検査のMRSの散布図。回帰直線式は、y軸=0.73x+58.72。R自乗=0.53。

図2.3.4 MNREAD-J標準検査の最大読書速度(平均値)と拡大教科書の読書速度の比較

図2.3.5 MNREAD-J標準検査の最大読書速度(最大値)と拡大教科書の読書速度の比較:縦軸が教科書の読書速度、横軸がMNREAD標準検査の最大読書速度の散布図。回帰直線式は、y軸=0.68x+43.09。R自乗=0.59。

図2.3.5 MNREAD-J標準検査の最大読書速度(最大値)と拡大教科書の読書速度の比較

図2.3.6 MNREAD-J自由視検査の最大読書速度(最大値)と拡大教科書の読書速度の比較:縦軸が教科書の読書速度、横軸がMNREAD自由視の最大読書速度の散布図。回帰直線式は、y軸=0.62x+46.13。R自乗=0.54。

図2.3.6 MNREAD-J自由視検査の最大読書速度(最大値)と拡大教科書の読書速度の比較

 拡大教科書を用いた読書速度評価との相関係数は、MNREAD-J標準条件(距離固定)の「臨界文字サイズ以上の読書速度の平均(MRS)」が0.7287、「臨界文字サイズ以上の読書速度の最大値」が0.7746、MNREAD-J自由視条件の「臨界文字サイズ以上の読書速度の最大値」が0.7352で、いずれも比較的高い相関があった。また、拡大教科書の読書速度とMNREAD-Jの評価結果を比較すると、どのインデックスを用いても、実際の教科書の方が速く読めることがわかった。

 MNREAD-Jを実施する際、標準検査では、視距離を一定に保つ必要がある。これは、網膜上の文字サイズを系統的に変化させるために重要な条件であるが、盲学校教員のヒアリングでは、通常の読書のときのように自由な視距離で読ませた方が読書の効率がよくなるのではないかという疑問が複数の先生から指摘されていた。そこで、標準の距離固定条件と自由視条件の比較を行った。拡大教科書の読書速度との相関を比較した結果では、ほとんど差はなかった。そこで、両条件間の相関を求めた(下図)。

図2.3.7 MNREAD-Jの標準検査と自由視検査の読書速度の比較:縦軸がMNREAD自由視の最大読書速度、横軸がMNREAD標準のMRSの散布図。回帰直線式は、y軸=1.08x+28.06。R自乗=0.84。

図2.3.7 MNREAD-Jの標準検査と自由視検査の読書速度の比較

 標準の距離固定条件と自由視条件の相関係数は0.9175と非常に高いことがわかった。関係式(線形)を求めた結果、傾きはほぼ1であったが、切片を見ると、自由視条件の方が読書速度が速いことがわかった。


2.3.2.4 考察

 MNREAD-Jと拡大教科書による読書効率評価の間には、比較的高い相関(相関係数0.73)があることがわかった。したがって、MNREAD-Jの読書課題は、実際の拡大教科書を読む課題に近いことがわかった。ただし、全体としては、MNREAD-Jよりも拡大教科書を用いた読書の方がスピードが速い傾向があった。つまり、MNREAD-Jで得られる最大読書速度よりも少し速いスピードで弱視生徒は読書が可能だと考えて活用すればよいことが示唆された。なお、実際の拡大教科書の方が速く読める理由としては、前後の文脈が影響していることが考えられる。


2.3.3 実験2 LVC最適文字サイズ検査に用いられている文章の難易度は均一か?

2.3.3.1 目的

 読書効率の測定を行う場合、例えば、文字サイズによって異なる文章を利用し、サイズ間での比較を行う。その際、文字サイズ以外の要因は、条件間で同一にしておく必要がある。漢字の含有率、文章の難易度、行長、行間等の条件が文字サイズによって異なっていると比較ができなくなってしまう。MNREADは、基礎実験に基づいてこれらの要因を統制してあるが、LVC最適文字サイズ検査に関しては、明確な記述がない。そこで、本実験では、LVC最適文字サイズ検査に用いられている読書の材料が均一の内容になっているかどうかを検討することにした。


2.3.3.2 方法

 LVC最適文字サイズ検査に用いられている読書材料の難易度を比較するために、晴眼の大学生を対象に、文字サイズを均一に揃えた難易度調査用LVC検査チャートを用いて、1分間で音読できる文字数を測定した。

 実験では、LVC最適文字サイズ検査の明朝体・白背景黒文字条件の文章を比較した。LVC最適文字サイズ検査明朝体・白背景黒文字条件には、高校生用・中学生用・小学校高学年用・小学校低学年用の4つの年齢段階がある。また、各年齢段階に関して、12ptから32ptまでの6つの文字サイズの異なる文章が用意されている。つまり、年齢段階4種類×文字サイズ6種類=24種類の文章がある。本実験では、この24種類の文章の難易度を比較するために、晴眼者が十分に読書できる12ポイントの文字サイズで、難易度調査用LVC検査チャートを作成した。

 実験参加者は、10歳代から20歳代の母語が日本語の大学生30名であった。実験参加者の課題は、提示された文章をなるべく速く読むことであった。なお、読めない漢字の読み方に関しては、LVCの検査手順に倣い、1字を「なに」、2字を「なになに」と読むように指示した。なお、本実験の所要時間は、約60分であった。


2.3.3.3 結果

 各年齢段階、各ポイントサイズ用に用意されている読書材料の平均読速度を以下に示す。なお、図表中のポイントサイズ表示は、そのポイントサイズ用に用意されている文章という意味であり、実験においては、どのポイントサイズ用の文章も12ポイントで提示した。

表2.3.1 高校生用として用意された文章の平均読速度

 
読書材料
平均読速度
(文字/分)
標準偏差
高校生用検査
12pt検査用文章「ゴーシュは町の」
468.8
72.76
16pt検査用文章「眠れないのですから」
507.7
75.18
20pt検査用文章「大変喜んで」
563.1
72.36
24pt検査用文章「すると、たぬきの」
558.9
67.52
28pt検査用文章「おいおい、それは」
536.4
77.74
32pt検査用文章「実は嬉しさで」
559.1
73.13
高校生用文章全体
532.32
73.116
図2.3.8 高校生用として用意された文章の平均読速度:表2.3.1の表を棒グラフにしたもの。

図2.3.8 高校生用として用意された文章の平均読速度

表2.3.2 中学生用として用意された文章の平均読速度

 
読書材料
平均読速度
(文字/分)
標準偏差
中学生用検査
12pt検査用文章「どうだ、まだ」
576.2
75.17
16pt検査用文章「ナガナガをもと」
527.5
77.749
20pt検査用文章「もう一ど番をさせ」
526.6
61.216
24pt検査用文章「王さまは、よせ」
528.0
64.57
28pt検査用文章「二人はそれから」
516.6
58.928
32pt検査用文章「これは昔も昔」
517.2
63.24
中学生用文章全体
532.04
66.812
図2.3.9 中学生用として用意された文章の平均読書速度:表2.3.2の表を棒グラフにしたもの。

図2.3.9 中学生用として用意された文章の平均読書速度

表2.3.3 小学校高学年用として用意された文章の平均読速度

 
読書材料
平均読速度
(文字/分)
標準偏差
小学校高学年用検査
12pt検査用文章「町の上に高く」
519.6
73.591
16pt検査用文章「もう一ばんと」
537.6
73.224
20pt検査用文章「ツバメは、部屋」
506.4
72.941
24pt検査用文章「それを一まい」
516.4
67.995
28pt検査用文章「しもは木々を」
476.9
62.196
32pt検査用文章「しかし子ども」
541.0
93.161
小学校高学年用文章全体
516.32
73.851
図2.3.10 小学校高学年用として用意された文章の平均読速度:表2.3.3の表を棒グラフにしたもの。

図2.3.10 小学校高学年用として用意された文章の平均読速度

表2.3.4 小学校低学年用として用意された文章の平均読速度

 
読書材料
平均読速度
(文字/分)
標準偏差
小学校低学年用検査
12pt検査用文章「まどのほうを」
605.8
73.259
16pt検査用文章「そうして、その」
591.4
78.783
20pt検査用文章「あるくにに、」
587.8
63.884
24pt検査用文章「なぜ、そのとき」
640.6
74.582
28pt検査用文章「いままで、ぶん」
584.5
83.705
32pt検査用文章「そうおもって、」
641.0
102.917
小学校低学年用文章全体
608.51
79.522
図2.3.11 小学校低学年用として用意された文章の平均読速度:表2.3.4の表を棒グラフにしたもの。

図2.3.11 小学校低学年用として用意された文章の平均読速度

 以上の結果から、各学年、各ポイントサイズ用に用意された文章の読書速度に違いがあることがわかった。

 次に、この読書速度の違いが統計的に有意であるか否かを検討した。課題を読み上げるのにかかった時間について、各学年用課題にて読材料条件(12/16/20/24/28/32pt)の1要因被験者内分散分析を行った(Ryan's method)。全ての学年の課題において読書材料の主効果が有意であった(高校生用、 F(5,29)=49.118、 p<.001;中学生用、 F(5,29)=20.294、 p<.001;小学校高学年用、F(5,29)=15.181、 p<.001;小学校低学年用、F(5,29)=11.614、 p<.001)。そこで、どの条件間に差があるかを調べるために、多重比較を行った。結果を以下に示す。表中の「s.」は危険率5%で有意な差があったことを、「n.s.」は5%では有意な差がなかったことを示す。

表2.3.5 高校生用文章間の有意差(多重比較)

 
12pt
16pt
20pt
24pt
28pt
32pt
12pt
 
s.
s.
s.
s.
s.
16pt
s.
 
s.
s.
s.
s.
20pt
s.
s.
 
n.s.
s.
n.s.
24pt
s.
s.
n.s.
 
s.
n.s.
28pt
s.
s.
s.
s.
 
s.
32pt
s.
s.
n.s.
n.s.
s.
 


表2.3.6 中学生用文章間の有意差(多重比較)

 
12pt
16pt
20pt
24pt
28pt
32pt
12pt
 
s.
s.
s.
s.
s.
16pt
s.
 
n.s.
n.s.
n.s.
n.s.
20pt
s.
n.s.
 
n.s.
n.s.
n.s.
24pt
s.
n.s.
n.s.
 
n.s.
n.s.
28pt
s.
n.s.
n.s.
n.s.
 
n.s.
32pt
s.
n.s.
n.s.
n.s.
n.s.
 


表2.3.7 小学校高学年用文章間の有意差(多重比較)

 
12pt
16pt
20pt
24pt
28pt
32pt
12pt
 
n.s.
n.s.
n.s.
s.
n.s.
16pt
n.s.
 
s.
n.s.
s.
n.s.
20pt
n.s.
s.
 
n.s.
s.
s.
24pt
n.s.
n.s.
n.s.
 
s.
s.
28pt
s.
s.
s.
s.
 
s.
32pt
n.s.
n.s.
s.
s.
s.
 


表2.3.8 小学校低学年用文章間の有意差(多重比較)

 
12pt
16pt
20pt
24pt
28pt
32pt
12pt
 
n.s.
n.s.
s.
n.s.
s.
16pt
n.s.
 
n.s.
s.
n.s.
s.
20pt
n.s.
n.s.
 
s.
n.s.
s.
24pt
s.
s.
s.
 
s.
n.s.
28pt
n.s.
n.s.
n.s.
s.
 
s.
32pt
s.
s.
s.
n.s.
s.
 

2.3.3.4 考察

 以上の分析結果より、LVC最適文字サイズ検査で用いられている文章は、条件ごとに難易度に有意な差があることがわかった。つまり、LVC最適文字サイズ検査で文字サイズによる差が出た場合、文字サイズによる差なのか、文章の難易度による差なのかが分離できないことがわかった。したがって、文字サイズと読書効率の関係を評価するためには、難易度の補正等の特別な操作を行う必要があることがわかった。ただし、文字サイズによる読書効率の差が、難易度の差以上に大きい場合には、問題ない可能性もある。そこで、同じ弱視生徒に対して、LVC最適文字サイズ検査と他の評価方法(MNREAD-J、拡大教科書を用いた読書効率評価)を実施し、データを比較することにした。


2.3.4 実験3 LVC最適文字サイズ検査とMNREAD-Jの読書速度の比較

2.3.4.1 目的

 実験2より、LVC最適文字サイズ検査の文字サイズごとの文章の難易度は均一ではなく、統計的に有意な差があることが確認できた。そのため、LVC最適文字サイズ検査で評価を行った場合、文字サイズ等の条件による読書速度の差なのか、文章の難易度による差なのかを分離することが困難であることが示唆された。一方、前掲(2.1節)の盲学校教員に対するアンケート調査では、LVC最適文字サイズ検査は、MNREAD-Jに続いて実施されている読書効率の評価方法であり、MNREAD-Jよりも扱いやすく、拡大教科書等の選定には役立っているという意見もある。そこで、本実験では、LVC最適文字サイズ検査とMNREAD-Jの読書速度を比較した。


2.3.4.2 方法

(1) LVC最適文字サイズ検査

 LVC最適文字サイズ検査では、まず、12、16、20、24、28、32ptの文字サイズで作成されたサンプル文章から好みの文字サイズを選択する課題を実施した。好みの文字サイズの評価における実験参加者の課題は、検査表までの視距離を自由に変更して良いという条件で、最も見やすい文字サイズを1つ選択することであった。次に、選択した好みの文字サイズの文章、好みの文字サイズより4pt小さい文字サイズ、好みの文字サイズより4pt大きい文字サイズの文章の読み上げを1分間実施し、正しく読み上げた文字数をカウントした。なお、正しく読み上げていたかどうかを確認するために、ICレコーダーに記録した。

(2) MNREAD-J検査

 MNREAD-Jは標準検査の手法に基づき、一定の距離(十分に読書が可能な場合には30cmで実施し、30cmでは読書が困難だった場合には、通常使っている教科書の文字サイズが楽に読める距離に設定した)で評価する視距離固定条件と、LVC最適文字サイズ検査と同様に視距離を自由にする自由視条件の2つの条件で実施した。

(3) 実験参加者

 実験には、バンガーターフィルタで視力を0.3以下に制限した晴眼大学生10名と盲学校の高等部に在籍している弱視生徒28名の参加を得た。


2.3.4.3 結果

(1) バンガーターフィルタを用いた低視力シミュレーション実験の結果

 以下に低視力シミュレーション実験の代表的な結果を示した。観察距離の異なる結果を比較するためには、文字サイズをlogMARで示す必要があるが、直感的なわかりやすさも考慮し、ポイントサイズでも示した。

図2.3.12 低視力シミュレーション実験でのMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の4例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの6つの棒グラフ。

   

図2.3.12 低視力シミュレーション実験でのMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の4例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの6つの棒グラフ。

   

図2.3.12 低視力シミュレーション実験でのMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の4例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの6つの棒グラフ。

   

図2.3.12 低視力シミュレーション実験でのMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の4例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの6つの棒グラフ。

   

図2.3.12 低視力シミュレーション実験でのMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の4例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの6つの棒グラフ。

   

図2.3.12 低視力シミュレーション実験でのMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の4例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの6つの棒グラフ。

図2.3.12 低視力シミュレーション実験でのMNREAD-JとLVCの比較(代表例)

   

(2) 弱視生徒の実験結果

 以下に弱視生徒でMNREAD-JとLVC最適文字サイズ検査の読書速度を比較した代表的な結果を示す。

図2.3.13 弱視生徒におけるMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の3例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの8つの棒グラフ。

   

図2.3.13 弱視生徒におけるMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の3例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの8つの棒グラフ。

   

図2.3.13 弱視生徒におけるMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の3例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの8つの棒グラフ。

   

図2.3.13 弱視生徒におけるMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の3例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの8つの棒グラフ。

   

図2.3.13 弱視生徒におけるMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の3例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの8つの棒グラフ。

   

図2.3.13 弱視生徒におけるMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の3例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの8つの棒グラフ。

   

図2.3.13 弱視生徒におけるMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の3例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの8つの棒グラフ。

   

図2.3.13 弱視生徒におけるMNREAD-JとLVCの比較(代表例):縦軸が読書速度、横軸が文字サイズ(logMAR)の3例と、それぞれのlogMAR文字サイズをポイントサイズに変換したものの8つの棒グラフ。

図2.3.13 弱視生徒におけるMNREAD-JとLVCの比較(代表例)

   

 MNREAD-JとLVC最適文字サイズ検査の読書速度の関係を比較した。以下の図は、LVC最適文字サイズ検査とMNREAD-J標準条件(距離固定)の「臨界文字サイズ以上の読書速度の平均(MRS)」、「臨界文字サイズ以上の読書速度の最大値」、MNREAD-J自由視条件の「臨界文字サイズ以上の読書速度の最大値」との読書速度の比較である。

図2.3.14 MNREAD-J標準検査の最大読書速度(平均値)とLVC最適文字サイズ検査の読書速度の比較:縦軸がMNREAD標準のMRS、横軸がLVCの読書速度の散布図。回帰直線式は、y軸=0.81x+23.06。R自乗=0.60。

図2.3.14 MNREAD-J標準検査の最大読書速度(平均値)とLVC最適文字サイズ検査の読書速度の比較

   

図2.3.15 MNREAD-J標準検査の最大読書速度(最大値)とLVC最適文字サイズ検査の読書速度の比較:縦軸がMNREAD標準の最大読書速度、横軸がLVCの読書速度の散布図。回帰直線式は、y軸=0.94x+41.02。R自乗=0.72。

図2.3.15 MNREAD-J標準検査の最大読書速度(最大値)とLVC最適文字サイズ検査の読書速度の比較

   

図2.3.16 MNREAD-J自由視検査の最大読書速度(最大値)とLVC最適文字サイズ検査の読書速度の比較:縦軸がMNREAD自由視の読書速度、横軸がLVCの読書速度の散布図。回帰直線式は、y軸=1.01x+48.18。R自乗=0.67。

図2.3.16 MNREAD-J自由視検査の最大読書速度(最大値)とLVC最適文字サイズ検査の読書速度の比較

   

 LVC最適文字サイズ検査との相関係数は、MNREAD-J標準条件(距離固定)の「臨界文字サイズ以上の読書速度の平均(MRS)」が0.7792、「臨界文字サイズ以上の読書速度の最大値」が0.8500、MNREAD-J自由視条件の「臨界文字サイズ以上の読書速度の最大値」が0.8216で、いずれも高い相関関係にあることがわかった。また、拡大教科書の読書速度とMNREAD-Jの評価結果を比較すると、どのインデックスを用いても、MNREAD-Jの方が速く読めることがわかった。


2.3.4.4 考察

 以上の実験の結果から、MNREAD-JとLVC最適文字サイズ検査の読書速度の関係を分析した結果、両検査の相関係数は高いことがわかった。しかし、LVC最適文字サイズ検査では、好みを中心にプラスマイナス4ポイントの文字サイズを比較するため、ダイナミックレンジが狭く、文字サイズによって読書速度はほとんど変わらないことがわかった。Nakanoら(2010)は、弱視者の好みの文字サイズと読書効率の関係を分析し、好みの文字サイズはMNREAD-Jの臨界文字サイズよりも大きくなる傾向が強いことを示している。本実験の結果でも、LVC最適文字サイズ検査が基準としている「好み」の文字サイズは、臨界文字サイズよりも大きな文字サイズが選択されている。そのため、プラスマイナス4ポイントでは読書速度がほとんど変わらなかったのだと考えられる。つまり、LVC最適文字サイズ検査は、MNREAD-Jと最大読書速度を測定する点では一致しているが、これ以上文字が小さくなると読書効率が低下する文字サイズ(臨界文字サイズ)を評価したり、ルビや図表等に使わざるを得ないギリギリ読むことができる文字サイズ(読書視力)を評価したりすることは困難であることがわかった。なお、MNREAD-JとLVC最適文字サイズ検査の読書速度を比較すると、どのインデックスを用いてもMNREAD-Jの方が速いことがわかった。


2.3.5 実験4 LVC最適文字サイズ検査は拡大教科書の選定に有効か?

2.3.5.1 目的

 実験3より、LVC最適文字サイズ検査は、MNREAD-Jと最大読書速度を評価する点では相関が高いことがわかった。ただし、MNREAD-Jよりも読書速度が遅かった。MNREAD-Jの方が読書速度が速いのは、MNREAD-Jが30文字の課題制限法で読書速度を求めているのに対して、LVC最適文字サイズ検査では1分間の時間制限法で読書速度を求めていることが影響している可能性がある。そこで、本実験では、実際の拡大教科書を用いた読書速度評価とLVC最適文字サイズ検査の読書速度の比較実験を行った。


2.3.5.2 方法

(1) LVC最適文字サイズ検査

 実験2、3と同じ手続きで実施した。

(2) 拡大教科書を用いた読書効率評価

 実験1と同じ手続きで実施した。

(3) 実験参加者

 盲学校の高等部に在籍している弱視生徒28名の参加を得た。


2.3.5.3 結果

図2.3.17 LVC最適文字サイズ検査と拡大教科書の読書速度の比較:縦軸が教科書の読書速度、横軸がLVCの読書速度の散布図。回帰直線式は、y軸=0.78x+41.75。R自乗=0.54。

図2.3.17 LVC最適文字サイズ検査と拡大教科書の読書速度の比較

   

 図2.3.17は、LVC最適文字サイズ検査の読書速度と拡大教科書を用いて評価した読書速度の関係を示した図である。相関係数は0.741であった。読書速度を比較すると、拡大教科書を用いた方が速いことがわかる。


2.3.5.4 考察

 実験3の結果も併せて考えると、最大読書速度は、実際の拡大教科書を用いた評価の結果が最も速く、続いて、MNREAD-J、そして、LVC最適文字サイズ検査という順番であった。また、実際の拡大教科書を用いた読書速度評価との相関を分析した結果、MNREAD-JもLVC最適文字サイズ検査も相関係数はほぼ同じであった。したがって、最大読書速度を評価する際には、LVC最適文字サイズ検査を用いても、MNREAD-Jを用いても大きな違いはないことがわかった。


2.3.6 総合考察

 適切な拡大教科書を選定するためには、選定・評価方法が重要な役割を果たす。本研究では、4つの実験を実施して、どのような選定・評価方法が適切かを検討した。その結果、最大読書速度を予測する場合には、MNREAD-JもLVC最適文字サイズ検査も活用可能であることがわかった。ただし、LVC最適文字サイズ検査は、文章の難易度が不均一であり、しかも、一度の測定で読書速度が決まってしまう(MNREAD-Jの場合には臨界文字サイズ以上の複数の読書速度から推定)ため、信頼性の観点で課題があることが示唆された。また、拡大教科書の文字サイズを選択する際、最大読書速度だけでなく、その最大読書速度が確保できる文字サイズ(臨界文字サイズ)やこれ以上小さい文字だと読めなくなってしまうギリギリの文字サイズ(読書視力)を評価することも重要である。拡大教科書は、すべての文字サイズを揃えることが原則であるが、メリハリをつけたり、ルビをつけたり、ページ番号を振ったり、図表で表したりするために、様々な文字サイズが用いられているのが現状である。このような情報を得るためには、LVC最適文字サイズ検査よりもMNREAD-Jの方が適していると考えられる。

 しかし、MNREAD-Jを拡大教科書の選定・評価に用いる場合、注意しなければならない問題もある。最も大きな問題は、小学校の低学年を評価する適切なチャートがない(現状では、ひらがな文字を用いたMNREAD-Jkを利用するしかないが、ひらがなでは最大読書速度の推定が困難だと思われる)ことである(LVC最適文字サイズでは様々な学年用の文章が用意されている)。また、現状では、白黒反転版はあるが、字体変更版、横書き版等の用意されていないため、文字サイズ以外の要因を検討することが困難である。そして、盲学校教員へのヒアリングで指摘されたように、logMAR等の難解そうに思える概念を理解する必要があったり、「30cmでなければ評価できない」等の誤解があったりするため、わかりやすく理解できる研修会や手引き書等の整備が求められている。そこで、本研究では、MNREAD-Jの課題を補い、さらに、妥当性を高めるための選定支援方法を検討した。


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