2.2 拡大教科書選定支援キットの要件に関するヒアリング調査
中野 泰志・澤海 崇文・山本 亮
2.2.1 目的
拡大教科書を選定する際には様々なコストや労力が生じるであろうが、何かしらの支援キットを作成することでそのような負担を減らせる。ここでの選定支援キットというのは主に、拡大教科書のサンプル本であるが、そのサンプル本の要件に関して、実際に拡大教科書を使って授業を進める教員の考えを反映させることが重要である。そこで、盲学校教員が拡大教科書選定支援キットに対してどのような意識を持っているか、インタビュー形式で調査した。
2.2.2 方法
盲学校に在籍している教員が拡大教科書等の選定・評価をどのように実施しているかに関して、半構造化面接による調査を実施した。調査対象者は、盲学校の小・中・高等部で児童生徒の指導に直接関わっている教員であった。調査項目は、(1)点字、拡大教科書、拡大補助具等のメディア選択一般について、(2)拡大教科書選定等に関するセンターとしての機能についてであった。全国の盲学校15校で調査を行い、50人の教員の協力を得た。なお、本調査は、平成22年度「民間組織・支援技術を活用した特別支援教育研究事業」の「高等学校段階における弱視生徒用拡大教科書の在り方に関する調査研究」におけるインタビューと同時に実施した。
2.2.3 結果
以下、主な回答をまとめた。
(1)点字、拡大教科書、拡大補助具等のメディア選択一般に関する質問
a) 点字にするか、拡大教科書にするかはどのように決めていますか?
- 点字使用者は点字教科書、他の場合には個別に話し合って決めている。
- 拡大が見えなければ点字という紹介の仕方をしている。
- 点字との兼ね合いも検討して選択している。
b) 拡大教科書の選定・評価にはどのような方法を用いていますか?
- 自分に適したものは生徒本人が理解していると思うので、生徒本人の希望を聞いて決めている。
- 本人の申し出や今までの教科書利用状況、視力、読みやすい文字サイズ等を考慮して決めている。
- 3月のオリエンテーションの際に生徒の希望を調査しており、希望に応じて選んでいる。
- 視機能訓練士や眼科の様な客観的指標を出せればよいが、スキルがないので本人の希望を聞いて選ばせている。
- 出来れば見本を見せて本人が一番読みやすいものを選びたいが、現在は、比較できる見本がないので困っている。
- 携帯性を重視する生徒も多いので、見本を手にとって貰って決めてもらうのもよいと思うが、適切な見本がないので困っている。
- 教科書会社が発行している拡大教科書を並べて、その中から選ばせている(ボランティアのものは紹介していない)。
- 4月の身体測定で毎年、実施している見やすい文字・サイズ等に関する調査をもとに自作教材を作成している。この資料は、係りが調査用の質問を作成し、資料化して全職員に配布している。
- 教科によっては授業中に読みにくくないかどうかを確認している。
- 現在は使っていないボランティア作成の拡大教科書を見本にして、それぞれの生徒に合った文字サイズ等を選択してもらっている。
- 理療科の拡大教科書の選択肢は少ないので、自作でプリント教材を作成しているが、国家試験を考慮し、16ポイントか22ポイントのどちらかを選択させている。
- MNREAD-Jで効率的に読めそうな文字サイズを絞り込み、文字サイズの見本で確認を行っている。
- MNREAD-Jを使用して評価を実施しているが、MNREAD-Jの活用方法がよくわからず、文字サイズ等の選定・評価には利用できていない。
- MNREAD-JやLVC最適文字サイズ検査の研修は受けているが、活用が出来ていない。
- 色々な倍率で拡大コピーをとって本人に見せ、どれがいいか選択してもらっている。
- 前年に使用していた教科書を参考に選択してもらっている。
- 入試で入ってくるときにどの文字サイズがいいか、ポイント数が分かっている児童生徒が多いので、入試のときにチェックしている。
- MNREAD-Jの評価結果を踏まえた上で、文部科学省初等中等教育局教科書課が作成した「拡大教科書サンプル集@、A」を目安に見せて選定している。ただし、このサンプル集では、教科書の判サイズが異なる(18ポイント相当はA5サイズのはずなのに、すべてA4サイズになっている)ので、文字サイズだけを参考にしている。
- 五十嵐先生の方法で、近距離視力を測定して、適切なサイズを算出し、目安としている。
- 進行性の場合は節目節目に検査を実施し、変化がないかどうかを確認している。
- 理療科では、実際に拡大教科書を見せたり、CCTVを見せたりして選択してもらっている。
c) 文字サイズ等を選定する際、読書速度に関する基準がありますか?
- 理想の読書速度は、小学校卒業時には200〜300字/分、中学校卒業時には300字/分以上だと考えている。
- 特に基準として考えているわけではないが、100字/分を下回ると学習上、厳しいと思う。200字/分は超えてほしいと考えている。
- 大学等に進学する場合には350字/分以上が理想。それ以外の進路であれば、100字/分以上読めればよいのではないかと思う。
- 明確な基準はないが、視力である程度判断している。
- 読書速度を考慮する事は現在出来ていない。
d) 教科書を選定した後にも評価を実施しますか?
- MNREAD-Jを使用し、最大読書速度等をチェックしている。検査を担当している視能訓練士に意見を聞き、変更が必要な場合は生徒と相談するようにしている。
- 個別支援・指導計画の作成時に毎回評価をする。評価は、担任サイドと学校保健サイドの両方で実施する。
- 生徒の状況が変わった場合、再度、評価を実施し、状況を把握している。最低限、年2回は評価を実施するようにしている。
- 学年が変わる度に評価をすることはしない。本人が見づらいと言えば自作教材等で調整する。
- 教科書は年度途中で変更できないので、特別な評価はしていないが、授業等の様子を見て、必要であれば、自作教材で対応する。
- 評価をしているわけではないが、年度初めに選択しても、字体が見えにくかった等の理由で、個別対応が必要なことがある。
- 特別な評価はしていないが、少人数なので、授業中で十分把握可能である。
(2)拡大教科書選定等に関するセンターとしての役割についての質問
a) 通常学校に通いながらも見えづらさを感じている生徒に対して、教科書の選定や補助具の選定を盲学校がセンターとして支援するという役割を果たすことは可能でしょうか?
- 盲学校以外の弱視児童生徒への教科書評価を盲学校でするっていう案については賛成。既に相談の場があったりするので、そういうところでできる。
- サンプルを盲学校に置いて、盲学校に来れば見られるという制度は良いと思う。
- 可能ではあるが、これまで要望はなかった。きっと、本人や周囲の人物が知らないことが原因だと思うので、普及・啓発が必要だと思う。
- 理想では盲学校の教員が誰でも窓口となれるようにすべきだと思う。
- 盲学校に来ていただけるのであれば可能である。
- 普通学校に案内を出す際の窓口は、教育相談に関する窓口で一本化することが一番良いと思う。
- 通常学級の弱視児童生徒は周囲と違う事を嫌うので、盲学校に来るまでが困難なのではないかと思う。
- できれば、盲学校に来れば拡大教科書を見られるシステムにしておきたい。全科目の教科書を取り揃えておいて、支援教育室に教育相談に見えたときに、こういうものがありますけどどうですか?という役割を担っていれば良いのかなと思う。
- 通常学級の先生が盲学校に相談に来られることが多い。しかし、盲学校の教員は、全体を把握できているわけではない。通常学級への広報や盲学校教員の勉強会が必要だと思う。
- すでに実施している。
- 学校公開をしている際に拡大教科書の実物を見ることができるように工夫している。
- 支援室の先生が他校に出向いて生徒に直接指導することが多い。
- 教育相談や入学相談等での説明、案内、紹介は行っている。
- 今は特別支援教育部の主任のみが担当しており、まずは視機能評価に来てくださいと言って、拡大教科書も紹介する。センター的な仕組みになっている。教員の知識の向上や医療面との連携が上手くいくと良い。MNREAD-Jなどの研修システムも作っていきたい。
b) 評価・選定は、誰が、もしくはどの分掌が担当することが適切でしょうか?
- 視覚支援部
- 教育相談
- 支援センター員
- 地域支援部
- 特別支援教育部
2.2.4 考察
以上、視覚障害教育のセンターである盲学校の教員に対する半構造化面接の結果、以下の点が明らかになった。
- 拡大教科書の選定・支援の方法は必ずしも確立されていないが、本人の主観的な好みと客観的な読書効率の2つの側面からの評価が必要だと考えられている。
- 主観的な評価方法としては、サンプルを見て、選べることが適切だと考えられている。
- 客観的な評価方法としては、読書効率の測定が必要だと考えられているが、どの方法をどのように活用すればよいかがよくわからないケースが多い。
- 現在、サンプル本には、各出版社がホームページ等で公開しているものと文部科学省初等中等教育局教科書課が作成した「拡大教科書サンプル集@、A」があるが、いずれのサンプルも判サイズ等の操作性に関して実感が得られないと思われている。
- 理想的には、実際の拡大教科書をサンプルとして比較して欲しいと思われているが、学校で購入するためには、値段が高すぎて用意することが困難である。
- 盲学校以外の弱視児童生徒に対して、拡大教科書の選定・評価を実施している学校もあるが、今後、さらに広げていく必要性があると考えられている。また、盲学校が地域の視覚障害教育センターとして、拡大教科書の選定・評価に積極的にかかわるべきだと考えている教員が多い。
つまり、拡大教科書の選定・評価方法を確立し、判サイズや使い勝手がわかりやすい実物に近いサンプル教科書を作成する必要があることがわかった。
<目次へもどる>