拡大教科書の選定や活用、授業における拡大補助具の使用に関しては、教員が重要な役割を果たす。そこで、盲学校教員が拡大教科書や拡大補助具等に対してどのような意識を持っているかをインタビュー形式で調査した。
盲学校に在籍している教員が拡大教科書や拡大補助具等に関してどのような意識をもっているかに関して、半構造化面接による調査を実施した。調査対象者は、盲学校の小・中・高等部で児童生徒の指導に直接関わっている教員であった。全国の盲学校15校で調査を行い、50人の教員が面接調査に参加した。
面接内容としては大きく (1) メディア(点字や墨字や拡大補助具など)の選択について、(2) 拡大教科書について、(3) 拡大補助具について、(4) その他という4つのカテゴリーがあり、各カテゴリーにおいていくつかの設問を用意した。そして、各教員の状況や回答の内容に合わせて適宜、実際に尋ねる設問を選択していった。
以下に述べる結果では、50人の教員の回答をすべてまとめたものを提示していく。
まず、教科書の種類は点字や墨字といったように複数あるので、教員が所属する学部で生徒が使う教科書をどのようにして選んでいるかを尋ねたところ、「生徒の希望やニーズに合わせる」という意見が大多数であった。つまり、視力などの客観的指標も参照するが、教員が生徒や親と相談したり、生徒に実際に教科書を見せたりして、総合的に判断していることがわかった。例えば、生徒が既に点字に移行しているのであれば点字教科書を選択するというように対処することもあれば、拡大されていない通常教科書を拡大補助具と併用するということもある。
次に、教科書選定のための読書効率等の評価をどのくらいの頻度で行っているのかを質問したところ、「決まった時期に行う」という回答と「生徒の状況に合わせて行う」という回答に大きく分かれた。前者については、入学時に行う、身体測定時に毎年行うといった回答が得られた。後者については主に、進行性の眼疾患を持っている生徒に対して時機を見て評価をするといった回答が得られた。
今度は、読書効率に関連して、各学習段階で必要とされる読書速度を質問したところ、具体的な数値(例えば、中学校では1分間に300文字以上)を挙げた教員もいたが、多くの教員は「特に基準は無い」と答えていた。その理由として特に、読書速度よりも内容理解の方が大事だと述べられていた。ただし、センター試験を控えている生徒などはある程度の読書速度が必要とされているのが現状である。
さらに、読書効率に関連した質問として、MNREADやLVCを用いた読書効率の評価を行っているかどうかを尋ねたところ、10人程度の教員がそれらのどちらかを実行していると答えた。ただし、そこまで組織的に実施しているのではなく、希望者に対してのみ実施したり、教員がそれらをアレンジして独自に評価したりするという手法が多く採用されていた。
次に、メディアの選択に関しての現状の把握に留まらず、選択に関する望ましさを尋ねた。具体的には、メディアを選択する際にどのように判断するのが望ましいかを聞いたところ、「十分見えるうちには墨字教科書、眼疾患が進行性で徐々に見えなくなってきたら点字への移行を検討する」というやり方が一番望ましいとされていた。ただし、生徒本人のニーズや意思を尊重したいという意見も多かった。
では、どのようなタイミングでどのような評価を元にしてメディアの変更を考えなければいけないのだろうか。そこで、その評価の時機や内容も教員に尋ねたところ、定期的な評価をしている教員もいたが、定期的なものではなく日頃の授業の様子や生徒本人とのやり取りの中で眼疾患の進行を把握する、という方略が多く挙げられていた。そして、眼疾患がある程度進行した段階で、点字への移行を検討するのである。ただし、「急に点字に切り替えるのは、生徒が精神的に受け入れられない」ケースもあり、教員の介入の仕方も注意しなければならない。
最後に注意しなければならないのは一つの危険性である。具体的には、拡大教科書選定の際に文字の大きさだけで選んでしまうと、生徒が想像していたものとは異なり、使い勝手が悪いという可能性が指摘されていた。
ここから、拡大教科書に絞ってさらに詳しくインタビューを進めていった。まず、生徒が使う教科書の文字サイズをどのようにして決めているかを尋ねたところ、大きく二つの方略に分かれた。一つ目は、MNREADなどの客観的な指標を元にして、生徒に合う文字サイズを決定していくやり方である。もう一つは生徒本人の希望や自己申告に応じて文字サイズを決定していくやり方である。どちらの場合も、熟達した教員の協力や拡大教科書のサンプル集などを利用する傾向が見られた。
次に、拡大教科書を利用する段階に関して、現在発行されている拡大教科書に対する教員の意見を集めるため、教員にいくつかの事柄を尋ねた。まず種類に関して、現在発行されている拡大教科書では文字サイズが3種類用意されているが、3種類必要かどうかを尋ねたところ、回答が得られた教員のほぼ全員が3種類で十分という意見であった。あまり種類が多くても、社会に出てからの適応がうまくいかない危険性も指摘されていた。
さらに、教科書の標準規格に関して、現在の標準規格で拡大教科書に使用されているゴシック体に問題はないかどうかを聞いたところ、半数程度の教員はゴシック体で問題ないという意見であったが、それ以外の教員はゴシック体の抱える問題を指摘していた。主な問題として、明朝体や教科書体と比べ、ゴシック体では漢字のとめ・はねが正しく表示されていないのである。ただし、ゴシック体は見やすいという意見もあり、目的に応じて字体を選択するのが有効であると考えられる。つまり、漢字を学習するという目的では明朝体や教科書体を使用し、読んで理解するという目的ではゴシック体を使用するという両立の可能性が示唆された。
このような問題点を踏まえ、さらに、拡大教科書全般に対する不満や改善点を質問したところ、実に多種多様な問題点が指摘された。多くの教員が挙げていた不満や改善点として「拡大教科書が大きすぎて持ち運びや実際に利用する際に不便」ということである。例えば、机の大きさに対して拡大教科書が大きすぎる、音楽の授業で手に持ちながら歌うことができない、などの意見があった。他にも「光の反射が強すぎる」「高価である」「図と文章のリンクが正しくない」などの不満があがっていた。
ここまでは教科書会社の制作する拡大教科書について質問してきたが、次にボランティアの制作する拡大教科書についても何点か教員に尋ねた。その結果、ボランティアを利用しているという教員は少数に留まった。盲学校教員の間では、ボランティアに対する需要はそこまで高くないようである。ボランティアの制作する拡大教科書を利用している学校の中では、ボランティアに対してフィードバックを行うというところもあった。
次に、教員自身が作成する教材についても尋ねた。作成の方針について尋ねたところ、「生徒には皆同じものを使って欲しい」という意見と「生徒に合わせて個別に対応している」という意見に分かれた。このように、教員の指導方針に応じて、生徒に配布する教材も多様であることがうかがえる。また、教員独自の工夫をこらしていることが多く、例えば、「行間を広くする」「行末で適切に文節が区切れるようにする」「ゴシック体で作成する」「教科書の補助としてポイントを絞ったプリントを作る」といった工夫が挙げられた。
このように、拡大教科書を含めた拡大教材は様々な改善点を抱えているが、実際に多くの場面で利用されている。ただし、拡大教科書や拡大教材のみに頼ることの危険性も指摘されていた。具体的には、補助具がうまく使えないと社会的に自立できないということが考えられるのである。その点に関して教員に意見をうかがったところ、実に多くの意見が得られた。大半の教員の意見として、「最初は拡大教科書で十分であるが、徐々に拡大補助具にシフトしていくのが良い」というものであった。レンズなどの補助具が使えないと、将来社会に出た際に、拡大されていない普通の書類が読めなくなってしまうのである。ただし、拡大教材で学習するほうが勉強の効率は良いので、両者をうまく組み合わせることが肝要であるとも指摘されていた。また、生徒の進路に基づいて何を利用するかを決める事例もあった。例えば、進学する生徒には拡大補助具を勧め、施設に進む生徒には拡大教科書を勧めるといったかたちである。いずれにせよ、生徒のニーズや進路などを考慮した上で、その生徒にとって何が最適かを教員が判断する必要がある。
ここから、拡大補助具に絞ってさらに詳しくインタビューを進めていった。まず、拡大補助具へのメディア変更のため、どのようなタイミングや内容のスクリーニングをするのが良いかを尋ねたところ、眼科医や視能訓練士等の助けを借り、生徒の眼の状態や希望や将来のことを考慮し、総合的に判断するのが良いとされていた。
次に、レンズや拡大読書器等の拡大補助具の指導を学校で行っているかを質問したところ、多くの学校で行われていることがわかった。その中で、視能訓練士等の専門的な経験を積んだ者に頼んで指導を行ってもらう事例もあれば、盲学校の中にいる教員の中で補助具の使用に慣れている者が授業中などに指導を行う事例もあった。
このように盲学校内にも熟練した教員が存在しているのであるが、教員を対象とした技術向上や研修は行われているのだろうか。この点に関してもインタビューしたところ、実際に技術向上や研修が行われているケースが多く、主に新任の教員を対象としていた。ただし、忙しい教員もいて、全員が一度に参加できる機会は少ないので、長期休暇などに実施されるのを望む声もあがっていた。
最後に、外部に対する盲学校の役割、デジタル化という2つの観点でインタビューを進めていった。まず、通常学校に通いながらも見えにくさを感じている生徒に対して、盲学校が教科書・補助具選定などにおいて支援するという役割を果たせないかどうかということを質問した。その結果、非常に肯定的な意見が多数を占め、既に実際に支援をしている事例も挙げられた。例えば、拡大教科書や拡大補助具の選定に際し、盲学校にいる適材適所の教員が相談をしているのである。さらに教員からの要望として、拡大教科書のサンプル本を盲学校に置いておき、いつでも気軽に見に来られる状態にしたいという意見があった。ただし、外部から要請されない限りは何もしないという意見も少なくなかった。これに関連して「通常学級にいる生徒や周囲はこのようなシステムを知らないのだろう」と推測する意見もあり、そのために「盲学校が積極的に広報や啓発していく必要がある」という考えも得られた。
また、デジタル化に関しても尋ねたところ、拡大教科書のデジタルデータを実際に利用している教員は少数であった。使用していない教員からは「指導書のデータで十分」という声が多かった。
また、生徒が使うデジタル教科書のあり方についても考えを聞いたところ、期待しているといった意見が多数寄せられた。その理由として「拡大教科書を購入するよりはコストが低い」「行間や字体など個々に合わせられる」「持ち運びが楽」といった意見が挙げられていた。ただし、デジタル教科書はメリットばかりではない。もちろんデメリットも存在し「紙に書き込むのとは要領が違う」「紙媒体もそばに置いておきたい」「点字を練習しなくなる危険性がある」という不安も語られていた。
以上、盲学校教員に対し半構造化面接を実施したところ、実に多くの役立つ意見が集まった。まず、メディアの選択に関しては、生徒の眼の状態や進路やニーズを反映しつつも、視力などの客観的データも参照し、教員や親や生徒が一体となってメディアを選択するのが望ましいのであろう。その際、教員は生徒の精神的な側面にも配慮する必要がある。次に、拡大教科書に関して、拡大教科書は様々な問題点を抱えていることが明らかになったが、それに対して、教員が独自に工夫して教材を作るなどの対処をしている事例が多く挙げられていた。ただし、拡大教科書に頼るだけでは生徒の将来を考えたことにはならない。常に拡大されたものが社会に用意されているわけではないので、拡大補助具を使えるように指導をする必要があり、ここにおいても、生徒のニーズや進路などを考慮した上で、その生徒にとって何が最適かを教員が判断する必要がある。また、拡大補助具の指導に関して、盲学校内に知識のある教員がいれば問題はないが、そうでない場合には外部の専門家などに頼らなければならないということが明らかになった。外部に頼りきりという状態を回避するためにも、新しく盲学校に入ってきた教員を主な対象とした技術向上や研修も続けなければならない。また、盲学校が他の機関に対して支援をする役割も望まれていた。最後に、盲学校教員はデジタル化に対して、否定的な意見はありつつも、多くは肯定的な意見であった。デジタル化のリスクを事前に回避した上で、デジタルデータやデジタル教科書が普及するのは、生徒にとっても教員にとっても有効だと考えられていることがわかった。ただし、デジタル教科書に関しては、具体的なものがない状態なので、今後、さらなる検討が必要だと考えられる。