拡大教科書の標準規格では、書体(フォント)は、「弱視児童生徒の読書時における文字認知のしやすさを考慮して、当分の間、ゴシック体を標準とする」ことになっている。しかし、弱視児のタイプによっては、他のフォントを好むケースもある。そこで、我々は、全国の盲学校高等部に在籍している弱視生徒に対してアンケート調査を実施した(51校264名)。教科書体、明朝体、ゴシック体、丸ゴシック体の4字体を比較した調査の結果、最も好むと選択された字体は、ゴシック体、丸ゴシック体、明朝体、教科書体の順で、ゴシック系の字体の評価が高かった。次に、ゴシック系の字体間の比較調査(57校338名)を行った結果、最も好むと選択された字体は、UDゴシック、学参UD丸ゴシック、UD丸ゴシック、ゴシック、丸ゴシックという順番になることがわかった。つまり、同じゴシック系でもUD系の字体の方が評価が高いことが明らかになった。しかし、これらアンケート調査では、サンプル文字は示されているものの数行のサンプルしか提示できていなかったし、見る条件を統制することができなかった。そこで、字体比較用サンプル版単純拡大教科書を用い、一定の条件で比較する実験を実施した。
全国の盲学校・高等部で教科学習を行っている弱視生徒が在籍している18校の協力を得、90名の弱視生徒に対して面接調査を実施した。
調査では、まず、ランドルト環視力検査表(logMAR視力表)を用いて、視力を測定した。次に、字体比較用サンプル版単純拡大教科書を用いて、6種類の字体の中から好みの字体の選択課題を実施した。
用意した字体は、原本教科書の字体(原本書体)、教科書体(モリサワ製)、UDゴシック(タイプバンク製TBUDゴシックB)、丸ゴシック(モリサワ製じゅん201)、UD丸ゴシック(タイプバンク製TBUD丸ゴシックB)、UD明朝体(タイプバンク製TBUD明朝体)であった。教科は国語と数学とした。
実験参加者の課題は、以下の通りであった。
a) 6種類の書体で印刷されたサンプル版拡大教科書を比較し、好きか嫌いかで分類する。
b) 「好き」と分類した書体を好きな順番に並べ、「嫌い」と分類した書体の中を嫌いな順番に並べる。結果として、1番から6番まで好みの順位をつける。
c) 最も好きな書体と最も嫌いな書体について、好き嫌いの理由を答えることであった。
表9.1、表9.2に6書体のフォントを比較し、順位付けした結果を教科別に示した。順位和を求めたところ、国語では、TBUD丸ゴシック体、TBUDゴシック体、モリサワじゅん201、TBUD明朝体、オリジナル、モリサワ教科書体、数学では、TBUD丸ゴシック体、TBUDゴシック体、モリサワじゅん201、オリジナル、TBUD明朝体、モリサワ教科書体という順序で、ゴシック系の書体の評価が高かった。フリードマン検定の結果、国語(χ²(5)= 74.7492, p<0.01)、数学(χ²(5)= 57.3143, p<0.01)であった。また、多重比較を行った結果、上位のゴシック系書体と下位の教科書体や明朝体との間に差があることがわかった。なお、いずれの教科でも上位3位であった、TBUD丸ゴシック体、TBUDゴシック体、モリサワじゅん201の間には統計的に有意な差がないことがわかった。
書体
|
|||||||
原本教科書の書体
|
モリサワ
教科書体 |
モリサワ
じゅん201 |
TBUD
ゴシック |
TBUD
丸ゴシックB |
TBUD
明朝体 |
||
順位
|
1位
|
13
|
8
|
14
|
25
|
25
|
8
|
2位
|
12
|
7
|
8
|
27
|
28
|
9
|
|
3位
|
9
|
7
|
46
|
10
|
9
|
14
|
|
4位
|
17
|
7
|
15
|
9
|
4
|
35
|
|
5位
|
29
|
10
|
6
|
11
|
11
|
22
|
|
6位
|
10
|
51
|
1
|
8
|
13
|
2
|
書体
|
|||||||
原本教科書の書体
|
モリサワ
教科書体 |
モリサワ
じゅん201 |
TBUD
ゴシック |
TBUD
丸ゴシックB |
TBUD
明朝体 |
||
順位
|
1位
|
14
|
5
|
18
|
26
|
26
|
5
|
2位
|
11
|
11
|
15
|
25
|
23
|
13
|
|
3位
|
11
|
15
|
27
|
12
|
11
|
12
|
|
4位
|
19
|
13
|
20
|
9
|
6
|
20
|
|
5位
|
19
|
20
|
4
|
10
|
13
|
23
|
|
6位
|
16
|
26
|
6
|
8
|
11
|
17
|
図9.1、図9.2には、最も読みやすいと回答した弱視生徒の人数を示した。図表より、全体としてユニバーサルデザインフォント(TBUD)のゴシック体が、現在、拡大教科書によく利用されているモリサワじゅん201書体よりも評価が高いことがわかった。
表9.3、表9.4に、弱視生徒が最も好む書体を視力別に整理した。視力とフォントの好みに関するクロス集計を行った結果、視力と好みの書体との間に特定の傾向は見られなかった。ただし、視力との関係を分析するためには、本研究の参加者数は少ないため、今後の研究が期待される。
教科
|
視力
|
原本教科書
の書体 |
モリサワ
教科書 |
モリサワ
じゅん |
TBUD丸ゴシ
|
TBUDゴシB
|
TBUD明朝
|
計
|
国語
|
0.02未満
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0.02〜0.04
|
2
|
1
|
2
|
4
|
6
|
1
|
16
|
|
0.04〜0.07
|
4
|
2
|
4
|
6
|
8
|
2
|
26
|
|
0.07〜0.1
|
0
|
0
|
1
|
1
|
3
|
1
|
6
|
|
0.1〜0.3
|
6
|
3
|
6
|
11
|
8
|
4
|
38
|
|
0.3以上
|
1
|
2
|
1
|
3
|
0
|
0
|
7
|
教科
|
視力
|
原本教科書
の書体 |
モリサワ
教科書 |
モリサワ
じゅん |
TBUD丸ゴシ
|
TBUDゴシB
|
TBUD明朝
|
計
|
数学
|
0.02未満
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
0.02〜0.04
|
2
|
1
|
3
|
6
|
3
|
1
|
16
|
|
0.04〜0.07
|
5
|
0
|
5
|
9
|
8
|
0
|
27
|
|
0.07〜0.1
|
0
|
0
|
1
|
3
|
2
|
0
|
6
|
|
0.1〜0.3
|
6
|
2
|
9
|
6
|
11
|
4
|
38
|
|
0.3以上
|
1
|
2
|
0
|
2
|
2
|
0
|
7
|
従来、好みを評価する際には、数行程度のサンプルしか用いていなかったし、教科による違いが検討されることは少なかった。これに対して、本研究で用いた6書体のサンプルは、それぞれ教科書の1単元の長さがあり、教科も2種類用意することができた。さらに、アンケートでは、好みを比較する際の条件が同じとは限らないが、本研究では、読書評価と同等の検査条件で比較を行うことが出来た。また、好みの聞き方も、単に最も好む書体を選択するだけでなく、順位づけを行ったり、好む理由をインタビューしたり等、多角的な観点から評価した。
このように、サンプルも評価条件も制御し、各書体の好みを多角的に聞いた結果、全体的には、ユニバーサルデザイン書体系のゴシック体の評価が最も高く、従来のゴシック体が続くという結果であった。現在、拡大教科書で比較的利用されている丸ゴシック体(モリサワじゅん201)よりも、ユニバーサルデザイン書体として開発された書体のゴシックの方が好まれることがわかった。また、上位に選択された書体には教科による差はなかったが、下位では教科による差が見られた。
視力と書体の好みの関係を分析した結果、特定の関係性を見出すことは出来なかったが、教科書体や明朝体等の細い書体を好む弱視生徒は、視力が高い傾向があることがわかった。細い書体を好む弱視生徒のインタビューを整理した結果、太い書体だと漢字がつぶれて見えることやハネ・トメ等の細部の構造を確認しにくいことが原因であることが明らかになった。