拡大教科書の仕様は、文部科学大臣が策定・公表する標準規格で定められているが、書体(フォント)に関しては、「弱視児童生徒の読書時における文字認知のしやすさを考慮して、当分の間、ゴシック体を標準とする」ことになっている。しかし、弱視児童生徒のタイプによっては、他の書体を好むケースもある。そこで、本研究では、弱視児童生徒に適した書体を検討するために活用できる「書体比較用サンプル版単純拡大教科書」を試作した。
サンプル版拡大教科書を作成するにあたり、現在、出版されている拡大教科書でどのような書体が利用されているかを調査した。そして、調査結果に基づき、主要なフォントを用いて、書体(フォント)比較用サンプル版単純拡大教科書を試作した。
教科書発行者等が市販している拡大教科書でどのようなフォントが利用されているかを調べた結果、小学校では、丸ゴシック体(22件)、学参ゴシック体(11件)、ゴシック体(6件)、太ゴシック体(5件)が利用されており、丸ゴシック体の利用が最も多いことがわかった。また、中学校では、丸ゴシック体(16件)、ゴシック体(13件)、学参ゴシック体(2件)、明朝体(1件)が利用されており、小学校同様、丸ゴシック体の利用が最も多いことがわかった。高等学校では、原本を単純に拡大した教科書が多いが、UD書体を採用しているケースもあった。
そこで、丸ゴシック体、ゴシック体を基本にし、通常の教科書に使われている明朝体や教科書体を加え、フォント比較用サンプル単純拡大教科書を作成した。また、従来のゴシック体とUD系のゴシック体の比較が行えるように考慮した。用意したフォントは、原本教科書の書体、教科書体(モリサワ教科書体)、UD明朝体(TBUD明朝体)、UDゴシック(TBUDゴシックB)、丸ゴシック体(モリサワじゅん201)、UD丸ゴシック体(TBUD丸ゴシックB)の6種類の字体で、用意した教科は、国語と数学の2教科であり、合計6×2=12種類のフォント比較用サンプル単純拡大教科書を作成した(図3.1、3.2)。なお、一瞥した際の好みを評価するだけではなく、ページ検索、読書、書字、脚注検索等のパフォーマンスの評価を可能にするために、各教科、一つの単元を拡大した。
従来、書体を比較する際には、数行のサンプルを見比べるという方法が取られてきた。しかし、この方法では、ページ検索の効率、長文を読んだ際の疲れ、パラグラフの見つけやすさ等を検証することが困難であった。そこで、本研究では、高等学校の国語と数学の教科書をサンプルにして、書体を比較するための「サンプル版単純拡大教科書」を試作することにした。本サンプル教科書が完成したことにより、実際の学習場面に近い課題を用いた比較研究が実施可能になった。また、本サンプル教科書は、拡大教科書をプライベートサービスで依頼する際の書体選びにおいて重要な役割を果たすと考えられる。