第2期トランプ政権の関税政策の誤謬
2025年4月12日公表(初出は2025年3月4日の年表[アメリカの政治情勢])
トランプ政権が4月2日に発表した「相互関税」は,貿易相手国が米国に対して課す関税・非関税障壁を考慮して,同等の関税を課すとしている。

相手国の関税率は輸入品目ごとに異なるから,輸入総額に占める品目ごとの輸入額の割合を比重として,全体の関税率を計算する必要がある。この計算は非常に複雑だから,総計185カ国への「相互関税」率を計算するのは短期間では不可能なはずである。まして「非関税障壁」を考慮して合理性のある関税率を導き出すのはほぼ不可能と言える。

トランプ政権は一見すると高度な計算式を提示しているが,実質的には相手国の対米貿易黒字額を相手国の対米輸出額で割り,その値を2で割ったものが「相互関税」率になっている。

(米国への輸出額ー米国からの輸入額)/米国への輸出額

この式を変形すると,
1−米国からの輸入額/米国への輸出額
となる。つまり,相手国の関税率の高低とは無関係で,米国への輸出額に対する輸入額の比率が小さい国ほど「相互関税」率が大きくなるように設定された式なのである。
その意図は,対米貿易黒字は相手国の関税・非関税障壁の高さによるとの主張に基づいて,「相互関税」によって米国の貿易赤字を減少させ,収支を均衡または黒字化させたいということであろう。
そうだとすれば,この式の値ではなく,下の表の「寄与率」を用いる方が妥当である。
対米貿易黒字上位国の輸出入額(単位:億ドル,寄与率以下は%))
貿易黒字A 輸出額B 輸入額C 寄与率 A/B A/B÷2 C/B
1 中国 2951 4397 -1446 24.3 67.1 33.6 32.9
2 EU 2367 6092 -3724 19.5 38.9 19.4 61.1
3 メキシコ 1815 5159 -3344 15.0 35.2 17.6 64.8
4 ベトナム 1234 1366 -131 10.2 90.3 45.2 9.6
5 アイルランド 868 1035 -167 7.2 83.9 41.9 16.1
6 ドイツ 851 1610 -759 7.0 52.9 26.4 47.1
7 台湾 737 1164 -427 6.1 63.3 31.7 36.7
8 カナダ 706 4205 -3499 5.8 16.8 8.4 83.2
9 日本 687 1496 -808 5.7 45.9 23.0 54.0
10 韓国 662 1331 -669 5.5 49.7 24.9 50.3
11 インド 456 876 -419 3.8 52.1 26.0 47.8
12 イタリア 444 768 -325 3.7 57.8 28.9 42.3
USA -12130 20832 -32962
[資料出所]米商務省経済分析局(US Department of Commerce, Bereau of Economic Analysis)
さらに重要なのは,根拠の薄弱な計算式による「相互関税」では,米国の貿易収支は改善されず,米国経済を景気後退と物価上昇,スタグフレーションに陥らせ,世界貿易や経済を混乱させるだけの結果を生む可能性が高いことである。
一般的にはある商品の輸出や輸入は両国の価格競争力によって左右される。
米国が貿易赤字に転落したのは1970年で,これは米ソ冷戦の下での米国経済の軍事化によって,非軍事産業の生産性上昇率が日本や西ドイツなどに比べて相対的に低下し,優秀な学生たちも給料も高くや研究費も豊富な軍事産業に集中したために,非軍事産業の研究開発が遅れたことによる。

また,自動車貿易についてみれば,排気ガス規制の強化や第1次石油危機による石油価格高騰のため,燃費が悪く排気ガス規制への対応が遅れた米国車が敬遠され,排気ガス規制にいち早く適応し,燃費の良い日本車が米国市場でシェアを急速に拡大したのである。
米国の貿易収支が赤字となり,その後も赤字が累増していったのは,決して関税や非関税障壁が原因ではない。

さらに重要なのは,トランプ大統領が繰り返し主張している関税による米国製造業の復活と雇用の拡大のシナリオの誤謬である。

米国の製造業は1990年代以降,グローバルなサプライチェーンの下で生産を行なうようになっている。
米国の自動車メーカーもカナダなどから重要部品や装備を輸入して完成車を生産しているため,関税率の引き上げは米国内で販売する価格や輸出価格を上昇させ,米国内の物価上昇や輸出の減少をもたらす可能性がきわめて高い。これは当然,米国内の雇用の減少にもつながる。

トランプ大統領は関税によって米国への輸出が不利となった海外メーカーが,米国内での工場建設・生産へ移行することによって,貿易収支が改善し雇用の増えるというシナリオを描いているのだろう。

しかし,長年機能してきたサプライチェーンの変更は一朝一夕でできるものではなく,工場建設は巨額の固定資本投資を必要とするので,その資本の回収には10年以上の期間が必要である。

トランプ政権の4年の任期後に次の政権も同様の関税政策が維持される可能性は不透明だし,トランプ政権の関税・経済政策によって物価上昇と景気後退(スタグフレーション)が進めば,国民の不満が高まり来年の中間選挙で共和党が敗北する可能性も大きくなる。
その場合,トランプ政権の現在の関税政策は2年以内に修正されるだろう。そのことを考慮すれば,長期的な計画のもとで事業を行なうメーカーが米国内に生産拠点を移す可能性は低い。

自動車だけでなく,航空宇宙関連産業や住宅建設産業なども海外のサプライヤーに依存している。トランプ政権期だけの関税政策で米国への生産回帰が実現すると考えるのは,正しい事実認識と経済理論に基づかない誤謬でしかない。

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