文部科学省「高大接続改革」の一環としての大学入学共通テストについての私見
―2017年11月実施の「試行調査」(世界史B・日本史B)の検討
延近 充
2018年11月5日,2017年度世界史Bの検討結果とともに公表
2019年2月22日,2017年度日本史Bの検討結果の公表にともなう内容の加筆修正
2019年3月25日,2018年度日本史Bの検討結果の公表
2019年4月14日,2018年度日本史Bの検討結果の問題構成表と本文の一部を修正
2019年4月14日,2018年度世界史Bの検討結果の公表
2019年4月22日,2017年度と2018年度世界史B・日本史Bの検討結果の一部修正
本稿の題名を変更し「はじめに」の内容を大幅に修正して,別のウェブページに掲載
はじめに
(1) 文部科学省の高大接続改革とは
文部科学省は高大接続改革の一環として,2020年度から大学入試センター試験に代わる大学入学共通テスト(以下,共通テスト)を実施することを決定し,2017年7月に共通テストの実施方針を発表した。
高大接続改革とは,文科省の説明によると,
「グローバル化の進展や人工知能技術をはじめとする技術革新などに伴い,社会構造も急速に,かつ大きく変革しており,予見の困難な時代の中で新たな価値を創造していく力を育てることが必要です。
このためには,『学力の3要素』(1.知識・技能,2.思考力・判断力・表現力,3.主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度)を育成・評価することが重要であり,義務教育段階から一貫した理念の下,『学力の3要素』を高校教育で確実に育成し,大学教育で更なる伸長を図るため,それをつなぐ大学入学者選抜においても,多面的・総合的に評価するという一体的な改革を進めていく必要があります」
ということである。
3番目の要素の「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」とは,これまでの教師による一方向的な講義形式の教育ではなく,発見学習,問題解決学習,体験学習,調査学習,教室内でのグループ・ディスカッション,ディベート,グループ・ワークといった,いわゆるアクティブ・ラーニングを積極的に取り入れることとされている。
この改革の趣旨を大学入試において具体化する手段として実施される共通テストでは,これまでの大学入試センター試験と違って,マークシート式問題においても知識の深い理解と思考力・判断力・表現力を重視した作問を行なうこと,記述式問題を導入することが挙げられている。また,各大学独自の入試においても同様に,「学力の3要素」を多面的・総合的に評価するものへ転換することが求められている。
こうした改革が必要とされるのは,従来の大学入試問題が「知識偏重」となっているという認識,特に歴史科目については,高校生に「重箱の隅を楊枝でつつく」ような,細かい歴史的事実の暗記を強いるものになっているという認識があるからであろう。
すべての大学の歴史科目の入試問題が,「細かい歴史的事実の暗記」のみを強いるものであるとは言えないが,そうした傾向がみられることは否定できない。
大学の入試問題がそのようなものであれば,4年制大学への進学率が50%を超え,短期大学を含めた大学進学率が60%近くとなっている現在,高校教育でも大学への進学を考慮した教育,したがって,生徒が大学の入試に合格できるように「細かい歴史的事実の暗記」重視の教育をせざるをえなくなるだろう。
共通テストを含めて大学の入試問題が「学力の3要素」を重視するものに改革されれば,高校教育もそのような方向に誘導されるだろうという考え方には一理ある。
もちろん高校教育は,大学への進学だけが目的ではなく,多様な意義と課題を持っているから,大学の入試改革だけで高校教育の課題が解決されるわけではない。
しかし,少なくとも歴史科目の学習とは「細かい歴史的事実の暗記」であるという意識を変え,現代社会が抱える諸問題の原因や原点がどこにあり,問題の解決のためにどのような方向性を展望すべきなのか,といったことを考えるためにこそ,歴史を学ぶ意味があるという意識に変わるとすれば,この改革は重要な意義をもつであろう。
その意味でこの改革の理念は間違っていない。問題はこの理念をどう具体化するかである。
文科省および大学入試センターがこの理念をどのように具体化しようと考えているかは,共通テストのための「試行調査」(以下,プレテスト)で推測することができる。プレテストは,2017年7月に文科省が公表した「大学入学共通テスト実施方針」にもとづいて,大学入試センターが問題を作成し,2018年11月にその第1回目が実施された。
第1回プレテストの結果報告によれば,全国の高校1889校の2年生と3年生177,628人が受験し,うち世界史Bの受験者は6,335人ということである。問題作成は,大学入試センターの新テスト実施企画委員会に設置された問題調査研究部会の科目別ワーキンググループが担当し,2016年秋に選任された委員が,2017年夏まで10カ月程度の期間で集中的に議論し作成したということである。現在の大学入試センター試験の問題作成には通常2年程度を要するということなので,その半分以下の期間で作成されたわけである。
もっとも,一般的な大学では,当該年度の入試の実施後にその結果の反省を踏まえて次年度の担当者を選任し,問題作成を開始するというのが普通であろうから,10カ月程度で作成というのは通常の業務期間といえよう。大学の専任教員は,研究と教育の他に,大学・学部運営に関わる業務も抱えているから,入試問題の作成に2年をかけられる大学は稀であろうし,問題作成期間が10カ月間というのも長い方かもしれない。
問題作成期間の長短は別として,実施されたプレテストは,高大接続改革の理念を具体化することに成功したのであろうか。入試センターはプレテストについての有識者のコメントを公表している。地歴・公民分野については,田中愛治氏(早稲田大学政治経済学術院教授,中央教育審議会教育課程部会高等学校の地歴・公民化科目の在り方に関する特別チーム主査,2018年6月から早稲田大学総長)がコメントしているので,全文を引用しておく。
「大学入試センターが作った新しいタイプのサンプル入試問題は,嬉しい驚きであった。学習指導要領の見直しの過程で,地歴・公民の分野での特別チームでの議論は,高校生にいかに考えさせるか,どう考えさせるかということを最優先課題としていたのだが,今回のサンプル問題はその精神を大変良く具体化している。
論述式でなく,客観形式の問題でありながら,これほどに受験生に考えさせる問題を作ることができるのかという驚きと,作題に携われた先生方のご苦労が想像できた。受験生に思考の大切さを教えることができる良い問題を良く練り上げられたと感服している。
例えば,基礎知識を必要とする問題でも,直接それを問うのではなく,その知識を基に考えて答えるように工夫された問題など,非常に工夫が行き届いて,受験生に考えて解くことの重要性を分からせる良問を作られたことに敬意を表したい。」
高大接続改革の一環としての共通テストの目的は「学力の3要素」,特に「思考力・判断力・表現力」を評価することにあり,具体的には「マークシート式問題においても知識の深い理解と思考力・判断力・表現力を重視した作問を行なうこと」とされているから,このコメントどおりであれば,プレテストはこの目的をみごとに実現できているということになる。しかし,世界史B・日本史Bのプレテストの問題を検討してみると,私にはどうしてこのような手放しで大絶賛するコメントができるのか,まったくわからない。
実は,田中愛治氏が所属する早稲田大学政経学部の歴史科目の入試問題は,教科書に記述のない史実を問う問題や史実の年代のみを正誤判断の基準とする問題など,まさに「細かい歴史的事実の暗記」を要求する出題が多いことが受験界ではよく知られている。また詳細な史実に照らして検討すると正解がない問題や複数の正解が存在するなど,例えば2013年度の早大政経学部の入試問題に対する予備校のコメントで,「問題文の厳密な吟味が不可欠」とか「正確な解答が導ける精度の高い作問を希望する」などと酷評されているのである。それに比べれば,プレテストの問題は「良問」と感じられるのかもしれない。
しかし,上述のように,共通テストは高大接続改革の理念の具体化する重要な手段であり,プレテストは共通テストのための試行調査にとどまらず,各大学独自の入試問題の改革のモデルとして位置づけられているのである。早稲田の政経の入試問題を比べて良問か否かというレベルの話ではない。プレテストの問題が高大接続改革の具体化として,また各大学の入試問題の改革のモデルとして適切なのかどうかを検討することは,高校教育と大学教育をより良いものとしていくために,きわめて重要な意義をもつのである。慶應義塾大学経済学部では,1990年代初めから,高大接続改革の理念に近い考え方に基づく入試改革とカリキュラム改革を実行してきた。したがって,プレテストの出題の妥当性の検討には,慶應義塾大学経済学部の入試改革の経験を基準とすることが有効である。
(2) 慶應義塾大学経済学部の入試改革
慶應義塾大学経済学部(以下では,たんに経済学部とする)の入試改革は,入試科目をそれまでの小論文に代えて世界史または日本史とし,その出題範囲を近代・現代に限定して,基礎的知識と体系的知識を問うことのできる入試問題にすることである。
この改革が意図したのは,社会科学としての経済学を学ぶうえで,近代から現代までの歴史に関する知識と問題意識を持つことは不可欠であるから,現代の経済や社会についての知識と問題意識,理解力や思考力をもった人に入学してほしい,そのためには歴史科目の入試問題もその目的にかなうものにする必要があるし,さらに大学入学までにそのような学習をしてきてほしい,というメッセージを広く社会に発信する必要があるということである。
この入試改革との連動を意図したカリキュラム改革としては,新入生を対象とする「世界の経済」,「日本の経済」,「経済と環境」の3つの科目を新設し,現代の経済や社会について,多様な専門分野の専任教員がそれぞれの専門分野の垣根を超えて,入門的な授業を担当するというものである。
新しい入試制度の下で入学してきた学生に対して,その問題意識を発展させ,専門課程での学習・研究につなげるという目的である。
その後,入試制度も学部のカリキュラムも何度か部分的に変更されたが,基本的な理念と枠組みは現在まで継承されている。
私は,入試改革については改革が始まった初期から,歴史科目の入試問題作成に関係し,その後,断続的にではあるが,問題作成者および作成責任者として取りまとめ役も務めてきたが,改革の意図と理念を入試問題として具体化するのは簡単ではなかった。
史実の知識だけを問うのであれば,問題作成はそれほど難しくないが,理解力や思考力・判断力を必要とする問題とし,同時に入試問題としての必要条件である選抜能力を兼ね備えた出題をするのはかなり難しい。
もちろん出題ミスはあってはならないことだから,あらゆる可能性を想定して,ミスがないように細心の注意を払わなければならないのは当然である。さらに,試験の実施から合否判定までの短期間で,公平かつ公正で効率的な採点ができるような問題でなければならないのである。
史実の知識を問う出題形式としては,文章中の空欄に当てはまる語句を選択させる空欄補充問題,設問の文章に合致する事項を選択させる事項選択問題などが多くの大学の入試問題で用いられている。複数の語句や事項を選択肢とし,受験生にその中から選ばせて選択肢の番号で答えさせる方式が,マークシートなどによる機械採点問題である。
選択肢ではなく,受験生に語句や文章を記入させる問題も可能であるが,その場合には難易度はかなり上がることになる。なお,経済学部では語句を記入させる問題を記述問題,文章を書かせる問題を論述問題と呼んでいる。
空欄補充や事項選択という出題形式は,教科書の記述を修正して提示し,語句や事項を伏せて答えさせればよいから,問題を作成するのが比較的容易である。しかし,この出題形式で選抜機能を確保しようとするために難易度を上げようとすると,いわゆる「史実の暗記」だけを要求する問題になりがちである。
また,受験生の入試対策が進めば進むほど,受験生の学力の平均が高い大学(いわゆる偏差値の高い大学,以下では高偏差値の大学とする)では,選抜機能を確保するために教科書に記述がないような史実まで出題することになり,まさに「細かい史実の暗記」のみを問う傾向がみられるようになった。
そこで,経済学部の入試問題では,このような出題形式はできるだけ少なくし,教科書の記述の範囲内で受験生の学力を評価するために,誤文選択という出題形式を多用するようにした。これは,あるテーマに関する50〜100字程度の短文を選択肢としていくつか提示し,そのテーマの説明の文章として誤っているものを選択させる出題形式である。
史実の知識を前提としつつ,時系列関係や因果関係についての誤りを作ることによって,受験生が解答するためには,史実の理解だけでなく,文章の読解力,正誤判断をするための思考力・判断力が必要となるのである。
ただ,この出題形式だけでは,史実だけでなく,教科書に記述のある時系列関係や因果関係までも暗記するという受験対策を促進しかねない。
経済学部の入試改革の目的は,現代の経済や社会についての知識と問題意識,理解力や分析力,思考力をもった志願者に入学してほしいということである。そうした能力をもつ志願者を選抜するためには,従来からの伝統的な出題形式はもちろん,誤文選択形式の出題だけでも充分ではない。
入試改革の理念の具体化という課題の解決のために,受験生の理解力や分析力,思考力を適切に評価できるような,新しい出題形式を考案することが必要になっていったのである。
現在,経済学部の独自の出題形式として受験界でよく知られているのが,年代を伏せた年表を提示し,年代の暗記ではなく時系列関係や因果関係を判断基準として史実を解答させる問題,教科書には掲載されていない文献資料を読解して,史実の知識・理解と照合しながら解答させる問題,統計表やグラフの特徴を読み取って時期区分を特定し,その時期に関する史実や政治・経済・社会情勢,政府の政策などを解答させる問題などである。
こうした問題形式に,誤文選択や論述問題を組み合わせることによって,受験生の問題意識,理解力や分析力,思考力,表現力を評価できるようになったのである。
長年にわたって試行錯誤を繰り返しながら,こうした努力をしてきた結果,改革開始から10年あまり経ったころには,大手の予備校から次のような評価をされるようになった。
入試問題全体に対するコメントとしては,
「『大学入試のあるべき形』の具体的な姿をみせてくれる珠玉の問題の数々。昨今の政治情勢・社会情勢及び経済政策のあり方に、大学入試といえども看過せず、警鐘を乱打している歴史への洞察力も学び取りたい。」(日本史,駿台2013年度)
「『暗記型』ではなく『思考型』の入試問題であり,むしろ国公立大学の2次試験に近い。瑣末な知識の詰め込み能力ではなく,思考力や分析力,表現力を持つ学生を集めたいという経済学部の方針はすでに明確である。」(世界史,駿台2013年度)
経済学部の入試問題の受験対策としてのコメントは,
「現在の時点の問題を歴史的にとらえる出題が本学部の特徴でもあるので,時事問題についても興味関心をもち,日頃から新聞やニュースに触れ,その『定義・意義・問題点』を考えて整理する習慣をつけることも有効である」(日本史,駿台2007年度)
「教科書レベルの基本事項を確認し,その上で経緯や歴史的背景に踏み込んだ学習に取り組むことが必要」(世界史,駿台2007年度)
「入試の範囲に閉じこもらず,平素から,社会一般に広く関心を向けつつ『生きた日本史学習』を心掛けたい。」(日本史,河合塾2007年度)
「日頃から現代社会の諸問題に問題関心を持っておきたい。単なる暗記でなく,理解を重視した学習をすすめておきたい。」(世界史,河合塾2007年度)
これらのコメントでわかるように,経済学部の入試は,25年以上前から文科省の高大接続改革と同様の理念を掲げ,さらに10数年前からは,そうした理念を入試問題に具体化していると受験界から高く評価されるようになっているのである。
また,一部の予備校では経済学部独自の出題形式に対応するための講座も開設されているそうである。その内容は承知していないが,入試改革の目的の一つでもあった,大学入学前に「現代の経済や社会についての知識と問題意識,理解力や思考力」を身に付けられるような学習をしてきてほしい,というメッセージが実を結びつつあるということかもしれない。
(3) 本稿の課題
文科省の高大接続改革において共通テストはその理念の具体化の一つとされ,それは共通テストにとどまらず,各大学独自の入試もそうした方向に転換することが求められている。上述のように高大接続改革の理念自体は有意義なものである。この改革が成功するか否かは,その理念をどう具体化するかに関わっている。
そこで,私の長年の経験にもとづく入試問題作成のノウハウを,経済学部の中だけにとどめておくのではなく,各大学の入試業務関係者,高校教育界,そして大学入学を希望する受験生たちに,広く発信していくことが必要であると考えるにいたった。
その発信手段として,本稿では2017年11月に実施された「共通テスト導入に向けた試行調査(プレテスト)」の世界史Bと日本史Bの問題について検討し,私のノウハウに基いてコメントする。検討内容は,高大接続改革の理念を具体化するものになっているか,言い換えれば,受験生の基礎的な歴史的知識の理解度や思考力,判断力を推し量るのに適切かどうか,そのうえで入試問題としての選抜機能を果たせるかどうかという視点からの出題の妥当性である。
検討結果については,このプレテストの問題が,入試問題の草稿として出題メンバーから提出された場合,私が出題責任者・取りまとめ役の立場にあったとしたら,どのようなコメントをするか,必要ならばどのような修正案を提案するかという形式で述べていく。
高大接続改革は,大学入試だけでなく高校教育にも大きな影響を与えるであろうから,プレテストの問題の特徴やその問題点を知ること,いわば入試問題作成の舞台裏を知ることは,これからこの改革のもとで学習する高校生や大学入学を希望する受験生たちにとっても有意義であろう。
検討には,受験生の多くが使用していると思われる教科書として,世界史Bは,実教出版『世界史B』(以下,実教),帝国書院『新詳 世界史B』(以下,帝書),東京書籍『世界史B』(以下,東書),山川出版社『詳説 世界史B』(以下,山川),日本史Bは,実教出版『日本史B』,東京書籍『新選日本史B』,山川出版社『詳説 日本史B』を基本的な参照文献とし,必要に応じて山川出版社『世界史B用語集』(以下,用語集) ,『日本史B用語集』,岩波書店『世界史年表』,『日本史年表』,『ブリタニカ国際百科事典』,旺文社『世界史事典』,『日本史事典』,小学館『日本歴史大事典』や,インターネット上に掲載されている信頼性が高いと思われる資料・情報を参照した。
プレテストの世界史Bの問題は48ページ,日本史Bの問題は39ページと大部なので,問題文は出題内容を理解するために必要な部分だけを引用する。問題全文と正解,問題のねらい,成績統計などは大学入試センターのウェブサイト(https://www.dnc.ac.jp/)で入手可能なので,参照していただきたい。なお,私の入試問題作成のノウハウは,私個人の経験の積み重ねに基づいているもので,経済学部としての公的なものではないし,本稿も慶應義塾大学を定年退職した私が個人の立場で発信するのであって,学部が公式に関与しているものではないことをお断りしておく。
本稿は,2018年度のプレテスト世界史Bと日本史Bの検討結果の公表にともなって,2017年度の検討結果もかなり大幅に修正し,本稿の題名と「はじめに」も修正して,別のウェブページに掲載しました。
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