障害者総合支援法は、法施行後3年を目途とした見直しにおいて、「障害者等の移動の支援」について検討を加え、その結果に基づいて、所要の措置を講ずるものとするとされている。
これに先立ち、我々は平成25年度障害者総合福祉推進事業において同行援護に関する実態調査を実施した。この調査研究の結果、特に視覚障害児の通学において、福祉と教育のサービスの狭間の問題が生じていることが明らかになった。最も大きな問題は、通学においても、自宅からスクールバスまでの送迎等の福祉ニーズが存在することであった。特に、重複障害のために自立訓練を受けても単独での移動が困難なケースや音響装置付信号機等の安全を確保する環境整備が出来ていない地域等では、家族が移動支援を行わざるを得ないことがわかった。また、子供の移動支援のために、家族が就労を断念したり、転職したり、年休を取り続けなければならないケースや特別支援学校への進学を断念せざるを得ないケース等があることがわかった。
移動支援に関する事業全般に於いて「通勤、営業活動等の経済活動に係る外出、通学等の通年かつ長期にわたる外出」を対象としていないが、自宅からスクールバスまでの移動支援については、制度の狭間であり、どの程度のニーズがあるか、どのような解決方法が考えられるかが明らかになっていない。また、独力で移動することが困難な障害児の移動を制度上、どのように捉え、どのような支援策が必要なのかを検討する必要がある。さらに、通学支援のために、家族の社会参加、特に、母親の社会参加にどのような影響が出ているのかは明らかになっていない。そこで、本調査研究では、特別支援学校を対象に実態調査を行い、課題の整理と問題解決に向けた提言を行う。そして、自立訓練では自力で移動することが困難な状況にある児童生徒の移動を支援できる体制を構築すると同時に、障害児を持つ母親等家族の社会参加を推進するための基礎研究の役割も果たす。
障害者の社会参加を促進する上で、移動支援にかかわる福祉制度は極めて重要な役割を果たしている。近年、移動支援の個別給付の拡大と新設(同行援護)により、障害者の移動支援環境は充実しつつあるが、移動支援が「通勤、営業活動等の経済活動に係る外出、通学等の通年かつ長期にわたる外出」を対象としていないことや、地域による差や制度の狭間等、解決すべき課題もある。申請者らが実施した同行援護に関する調査の結果では、視覚障害児の通学においても福祉ニーズに基づく移動支援が必要なケースが存在することがわかった。最も大きな問題は、自宅からスクールバスまでの送迎であった。現行制度では、自宅からスクールバスまでは、障害児が自立訓練を受けた上で単独で移動するか、保護者が送迎することが原則になっている。しかし、障害を併せ有するために、自立訓練を受けても、単独で移動することが困難な事例があることがわかった。また、音響装置付信号機等の環境整備が出来ていないために、安全上の理由で、単独では移動させられない事例があることもわかった。これらの事例では、家族、特に、母親が自宅からスクールバスの停留所までの送迎を行っており、そのために、家族が就労を断念したり、転職したり、年休を取り続けなければならない事例があることがわかった。また、仕事の都合で送迎が出来ないために、進学を断念せざるを得ない事例等もあることがわかった。そこで、本研究では、通学における移動支援にかかわる福祉ニーズをアンケートにより明らかにする。
本研究では、特別支援学校の校長や教員等へヒアリング調査を行った上で、アンケート項目を決定し、郵送方式のアンケート調査を実施した。文部科学省と全国特別支援学校長会の協力を得て、移動支援の対象となる視覚障害、知的障害、病弱、肢体不自由のある児童生徒が在籍しているすべての特別支援学校の学校長に調査を依頼した。アンケート項目は、在籍児童生徒の障害の特徴、登下校の方法、スクールバスの運行状況、通学に関する指導・支援の実態、移動支援制度の認知度等で、調査項目数は学校長用が15問326項目、保護者用が21問68項目であった。
特別支援学校長会の調査によれば,視覚障害特別支援学校(85校)、肢体不自由特別支援学校(334校)、知的障害特別支援学校(706校)、病弱特別支援学校(143校)の合計1,268校であった。この内、分校は本校に、併置校や総合特別支援学校は、主たる障害種別に統合し、視覚障害特別支援学校(69校)、肢体不自由特別支援学校(285校)、知的障害特別支援学校(531校)、病弱特別支援学校(64校)の合計949校にアンケート調査を郵送した。学校長用の調査(学校調査)は悉皆で、保護者用の調査(保護者調査)は各校のPTA役員を中心に学部等のバランスを考慮して10人をサンプリングしたサンプリング調査であった。
949校中666校(回収率70.2%)から有効回答が得られた。主たる障害種別では、視覚障害が46校(66.7%)、肢体不自由が171校(60.0%)、知的障害が361校(68.0%)、病弱が61校(95.3%)であった。都道府県では高知県を除く、すべてから回答が得られた。設置されている学部と在籍者数は幼稚部が67校256人、小学部が587校18,497人、中学部が587校15,062人、高等部が602校31,802人であった。医療的ケアを受けている障害児の在籍している学校(在籍者数)は351校(3,665人)、在籍していない学校は310校(61,952人)であった。
スクールバスを運行している学校は474校(71.2%)、運行していない学校は189校(28.4%)で、運行しているスクールバスの台数は平均3.9台、最大21台であった。また、スクールバスの運行状況を地域ごとに比較した結果、北海道、青森県、山形県、新潟県、富山県、佐賀県、熊本県では、運行していない学校の方が多く、地域により差があることがわかった。
スクールバスの運行状況を障害種別に比較すると、単一障害の学校では肢体不自由が76.6%と最も高く、知的障害73.8%、視覚障害47.6%、病弱12.0%であった(併置校でも傾向は同じ)。
登校時のスクールバスのコース数(便数)は平均3.9(1.5)便、最大は13(14)便で、始発の発車時刻は6時5分〜8時45分(平均7時32分)であった。下校時のスクールバスのコース数(便数)は平均4.0(1.9)便、最大は19(11)便で、最終便の到着時刻は15時5分〜17時50分(平均16時23分)であった。
スクールバスを運行している474校中「在籍児の居住地域全体をカバーできている」のは229校であった。「全員利用」は12校のみで、「希望する場合のみ」が132校、「条件を満たした場合のみ」が284校であった。スクールバスを利用できる条件は、「自主通学が困難と判断した場合」が114校、「高等部以外」が57校、「バス停まで保護者の付き添いが可能」が125校、「運行ルートに居住している場合」が79校、「医療的ケア等が必要ない場合」が168校であった。
単独で通学しているケースは、登校時は22,546人(33.0%)、下校時は20,716人(30.2%)であった。付き添いを必要としているケースをスクールバスの利用の有無との関係で整理したところ、スクールバスを利用しているケースでは、登校時には28,141人(85.2%)、下校時には18,948人(82.3%)が付き添いを必要としていることがわかった。スクールバスを利用していないケースでは、単独歩行を行っている(付き添いが必要ない)ケースが半数程度(登校時17,671人[49.9%]、下校時16,643人[43.1%])あったが、付き添いが必要なケースも、登校時には17,596人(49.9%)、下校時には12,614人(43.1%)あった。なお、下校時には、放課後デイサービスの送迎を利用しているケースが16,241人(23.7%)あった。
障害者総合絵支援法の移動支援制度や地域生活支援事業の移動支援事業の制度に関する認知の度合いを調査した結果、いずれの制度も6〜7割程度にしか知られていないことがわかった。
回答は949校中589校(62.1%)からあり、回答者数は9,490人中5,202人(54.8%)であった。障害別では、視覚障害単一388人、肢体不自由単一613人、知的障害単一2,160人、病弱単一126人、複数障害併置1,734人、総合177人、無記入4人であった。対象児の障害は、視覚障害が219人、聴覚障害が15人、肢体不自由が530人、知的障害が2,604人、病弱が83人、重複障害が1,601人で、医療的ケアを受けているケースは647人であった。地域別では高知県以外のすべての都道府県から回答が得られた。
「公共交通機関を使って通うことが可能な地域にある」ケースは2,735人(52.6%)で、「公共交通機関はあるが、乗換時間等がかかったり、バリアフリー整備が十分でなかったりするため、公共交通での通学は困難な地域にある」が1,473人(28.3%)、「公共交通機関が整備されておらず、公共交通での通学は困難な地域にある」が581人(11.2%)であった。
スクールバスを利用しているケースは2,395人(46.0%)、利用していないケースは2,788人(53.6%)で、約半数はスクールバスを利用できていないことがわかった。
登校の際に、スクールバスを利用していないケース2,788人中で「自宅から学校まで自力で登校している」のは511人(18.3%)で、「最寄り駅まで等の一部の区間は付き添いをしている」が123人(4.4%)、「自宅から学校まですべて付き添いをしている」が1,725人(61.9%)であった。主として付き添っている人は2,085人中、「母親」が1,549人(74.3%)と最も多く、「父親」が100人、(4.8%)「その他」が48人(2.3%)、「祖母」が44人(2.1%)、「祖父」が27人(1.3%)であった。利用している交通機関は「自家用車」が1,926人(69.1%)と最も多く、「公共交通機関」が682人(24.5%)、「徒歩」が464人(16.6%)、「ボランティア等の自動車」が29人(1.0%)という結果であった。スクールバスを利用していない理由としては、「自力で登校ができるから」が506人(18.1%)、「自宅の近くまでスクールバスが来ないから」が503人(18.0%)であった。
スクールバスを利用しているケース2,395人でも、スクールバスのバス停までは付き添いをしているケースが2,178人(90.9%)あり、付き添っている人は「母親」が1,875人(86.1%)と最も多かった。
登下校の際に誰かの付き添いが必要なケースは、「いつも必要」が3,916人(76.3%)、「ときどき必要」が238人(4.6%)、「あまり必要ない」は287人(5.5%)、「まったく必要ない」が610人(11.7%)であった。また、付き添い時に利用している交通手段は、「自家用車」が最も多かった。
登下校の際に付き添いをすることで、保護者の生活や就労にどのような影響があったかを質問した結果、影響がある(「とてもある」と「ややある」を合計)と回答したのは4,511人(86.7%)で、その理由は「労働時間の変更」が3,283人(72.8%)、「都合のつく職種への転職」が2,539人(56.3%)、「勤務時間内の調整(仕事の合間に仕事を抜ける等)」が2,419人(53.6%)、「就いていた仕事の辞職」が1,507人(33.4%)、「予定だった就職の断念」が1,418人(31.4%)、「違う部署への異動」が704人(15.6%)、「通学を考慮した入学先の変更」が564人(12.5%)、「転居」が482人(10.7%)、「年休を取り続ける」が468人(10.4%)で、保護者の生活・就労への影響が大きいことがわかった。
登下校時に受けたい支援について調べた結果、「病気等、突発的に保護者等が送迎できない時に支援してほしい」が3,267人(62.8%)と最も多く、「自宅から学校までの移動を支援してほしい」が1,772人(34.1%)、「スクールバスのバス停までの送り迎えを必要に応じて支援してほしい」が1,440人(27.7%)であった。「病気等、突発的に保護者等が送迎できない時」には、同行援護等の福祉制度が利用できるわけであるが、自由記述の中には、急な要請に対応できる事業者が少ないという課題が指摘されていた。
障害者総合絵支援法の移動支援制度に関する認知の度合いを調査した結果、2割前後しか知られていないことがわかった。一方、地域生活支援事業の移動支援事業については約半数が、放課後等デイサービスの送迎は8割以上の保護者が知っていることがわかった。各制度の利用経験は、認知の度合いと対応していることから、今後、障害者総合絵支援法の移動支援制度に対するさらなる普及・啓発が必要であることがわかった。
本実態調査の結果、特別支援学校で自立活動の指導を受けていても、障害の程度、発達段階、地域の特性等の理由で、移動支援を必要とするケースがあることが明らかになった。このようなケースには、スクールバス等の教育における通学支援制度が有効だと考えられるが、すべての学校がスクールバスを運行できているわけではないことがわかった。スクールバスを運行していても幼児児童生徒の居住地域全域をカバーできていなかったり、希望者全員が利用できない場合があったりすることがわかった。また、スクールバスを利用できている場合であっても、自宅からバス停までの送り迎えに付き添いが必要なケースがあることがわかった。さらに、これら通学に付き添いが必要なケースでは、保護者の生活や就労に影響が出ていることもわかった。
特別支援学校においては、幼児児童生徒の障害特性や発達段階に応じて、単独で移動出来るように自立活動の指導が行われている。ところが、特別支援学校へ幼児児童生徒が通学する際、障害特性、発達段階、地域の交通事情等の理由で、単独での移動が困難な場合もあり得る。このような場合には、スクールバスや就学奨励費等の教育に関する通学支援制度を利用することが可能になっている。しかしながら、上述のように、現行の教育及び通学支援制度だけでは、カバーし切れない事例があり得ることがわかった。一方、これらの通学支援に関するニーズは、通年かつ長期にわたるものもあり、移動支援に関する福祉制度でもカバーすることができず、「制度の狭間」になっていると考えられる。
そこで、これら「制度の狭間」になっている通学支援の課題を解決するための議論の方向性を以下に示した。
特別支援学校においては、単独で移動出来るように自立活動で歩行等の指導が行われている。しかし、学校における歩行等の訓練は、実際の通学と必ずしも同じ状況で実施できるわけではないと考えられる。例えば、学校における歩行訓練は、授業時間の中で実施されるため、実際とは時間帯が異なるため、使える交通機関等の環境も異なる。しかし、教員が実際の通学時間帯に歩行訓練等を実施することは現実的ではない。そこで、福祉の制度を活用した自立訓練を通学の時間帯に利用できるようにすれば、訓練効果を向上させられる可能性が高くなると考えられる。
幼児児童生徒の移動・歩行能力が高くても、公共交通機関やバリアフリー整備等の環境が不十分な地域では、単独での通学は困難だと考えられる。このような場合には、環境整備を行ったり、特別支援学校をバリアフリー重点整備地区に移転させたり等のハード面の整備を充実させるか、移動支援制度のようなソフト面の配慮を行うかを検討する必要があると考えられる。
スクールバスの運行率の低い地域には、地方都市が多かった。また、スクールバスが運行されていても、自宅の近くまでスクールバスが来ないため利用できないケースもあった。さらに、視覚障害のように特別支援学校の数が少ない場合には、在籍している幼児児童生徒が広範囲に点在しており、スクールバスでカバーすることが困難だと考えられる。地方都市であり、県域も広いにもかかわらず、スクールバスを運行している地域の中には、複数の学校でスクールバスを共同利用するという試みもみられた。また、医療的ケア等が必要な重度の障害児がスクールバスを利用できる学校もあった。異なる障害種別が同じバスを共同で利用できるようにしたり、医療的ケア等が必要な重度の障害児がスクールバスを安心して、安全に利用できるようにしたりするためには、スクールバスのハード面はもちろん、人的支援体制等のソフト面も充実させる必要性がある。
本調査の結果、スクールバスを利用しているにもかかわらず、保護者の付き添いが必要なケースが8割以上(登校時に28,141人[85.2%]、下校時に18,948人[82.3%])存在することがわかった。自宅からスクールバスのバス停までの間の送り迎えのために、保護者の生活や就労に影響が出ているという事態に対しては、早急な対策が必要だと考えられる。スクールバスで自宅まで迎えに行くことは現実的ではないので、移動支援に関する福祉制度が利用できるようになることが望まれる。また、前述した自立訓練と組み合わせることで、自宅からスクールバスまでの単独での移動を段階的に可能に出来ると考えられる。
本調査により、通学支援が保護者、特に、母親の生活や就労に切実な影響を及ぼしていることがわかった。保護者の社会参加を考慮すると、これらのケースでは、何らかの社会的な保障体制が必要だと考えられる。また、保護者に急病が生じた場合等の長期かつ通年にあたらない移動支援に関する福祉制度が利用出来ると考えられるが、病気の際にすぐに対応が可能な事業者は少ないため、実質的には、利用出来ていないケースがみられた。緊急時の福祉的ニーズに対応できる体制の整備も急務の課題だと考えられる。
本調査の結果、移動支援に関する福祉制度の認知度は必ずしも高くないことがわかった。また、これらの福祉制度の利用率は、認知度と対応していることがわかった。これらの福祉制度を普及・啓発するためには、特別支援学校在学中から制度を積極的に利用できる取り組みが必要になると考えられる。例えば、通学の際に、部分的にこれらの制度を活用する等の取り組みが必要だと考えられる。
保護者調査の結果、障害者総合支援法の同行援護、行動援護、重度訪問介護の利用者は全体の5%未満であり、利用率が極めて低かった。しかし、今後、本制度が普及していけば、放課後等デイサービスの送迎のように利用者が増加することが想定される。しかし、移動支援に関わる事業者は、必ずしも学齢児に対するサービス提供に対する研修等を十分に蓄積していない可能性がある。そこで、サービス提供事業者に対する理解・啓発活動や研修カリキュラムの見直しが必要になってくると考えられる。
上述した通り、通学支援に関する課題は多様な側面から検討する必要があるため、厚生労働省、文部科学省、国土交通省等の複数の省庁が協力して解決法を検討していく必要があると考えられる。
上述の通り、障害のある幼児児童生徒の通学には、各省庁で提供している各種サービスの狭間となっている課題が存在していることがわかった。これらの課題を解決するためには、以下の諸問題に関して検討を講じる必要があると考えられる。よって、これらの検討を行うことを提言する。