平成28年度 九州ロービジョンフォーラム講習会(2016/05/05)
ロービジョンの児童生徒への教育的支援 -携帯端末の活用を含んだ取組-
広島大学 氏間和仁

1 あらまし

 本講義では,視覚障害教育の概要を解説し,その中でも近年使用が普及してきている携帯端末の導入について取り扱う。視覚障害教育の概要は,「特別支援学校学習指導要領」の5つの指導上のポイントを踏まえて,解説する。また,携帯端末の導入の考え方では,iOSデバイス(iOSで動作する,iPad,iPhone等)を視覚補助具の一つに位置づけ,①見て,気づき,②見る楽しさを知り,③見ようとする気持ちを見出し,④よりよく見ようとする態度を醸成する,という流れの中で,導入の考え方を紹介する。

2 視覚障害教育の概要

 視覚障害教育,つまり視覚の活用が困難な児童生徒に対する教育を実施する場は,特別支援学校及び通常の学校の2つが存在する。一般的に,通常の学校を選択することが標準的であるが,障害が重度であったり,中途失明等で教育を受ける際の困難度が高かったりする場合,特別支援学校が選択されるケースが多くなる。通常の学校に学ぶ視覚障害者は,特に個別の指導を要する場合は弱視特別支援学級に在籍し専門的な教育を受けることになり,そうでない場合は通常の学級に在籍する。通常の学級に在籍している児童生徒の中でも,例えば視覚補助具の活用法を身につけるなど,専門的なニーズを有する場合は,週に1度とか,月に2度といった具合に,弱視通級指導教室に学ぶことになる(図1)。
 教育で用いられる「盲」は,視覚を活用した教育が困難で,一般的に点字や,それが困難であれば音声を用いる状態を指し,「弱視」は,視覚を活用した教育が可能であるが,何らかの支援が必要な状態を指す。教育で言われる「弱視」は,医学で一般的に用いられる「弱視(amblyopia)」とは異なる。

3 視覚障害教育の実際

(1) 視覚障害者数

 視覚障害者の在籍者数は,図2の通りである。視覚特別支援学校の単一の視覚障害者の在籍者数は減少してきており,弱視特別支援学級の在籍者数は増加してきている。特別支援教育は平成19年4月からスタートした教育のシステムである。それまでの,制度に児童生徒を当てはめて教育を行う特殊 教育から,地域で学ぶことを重んじ,各自のニーズに応じて教育支援を考えていくシステムへと,教育の考え方が変わり,これが特別支援教育である。そういった社会情勢の変化も相まって地域の小中学校に学ぶ視覚障害者が増えていることが考えられる。

(2)視覚障害から生じる困難

 視覚障害者を教育する場合,視覚の制限で獲得されにくい事項を確認しておくことは重要である。佐藤泰正 (1988)は,視覚障害下で獲得されにくい概念として,1. とても大きいもの,2. 小さいもの,3. 遠くにあるもの,4. 動いているもの,5. 触ると変化するもの,6. 触れないもの,7. 触ると危険なものの7項目を挙げている。また,同書には,弱視の困難として,1. 細かい部分がよくわからない,2. 大きいものでは全体把握が困難である,3. 全体と部分を同時に把握することが難しい,4. 境界がはっきりしない,5. 立体感が欠ける,6. 運動知覚の困難なものが多い,7. 遠くの物がよく見えない,8. 知覚の速度が遅い,9. 目と手の協応動作が困難の9項目を挙げている。これらのポイントを押さえておくだけでも,日常の関わりに貢献できよう。

(3)視覚障害教育の5つのポイント

 本邦では、全国のどの地域で教育を受けたとしても、一定の水準・内容・順序で教育を受けられるようにするため、文部科学省が学校教育法及び関連省令に基づき、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準を定めている。これを「学習指導要領」という。  「学習指導要領」では、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校に、それぞれの教科等の目標や大まかな教育内容を定めている。また、これとは別に、学校教育法施行規則で、例えば小・中学校の教科等の年間の標準授業時数等が定められている。 各学校では、この「学習指導要領」や年間の標準授業時数等を踏まえ、地域や学校の実態に応じて、教育課程(カリキュラム)を編成している(文部科学省ホームページより)。  この学習指導要領はほぼ10年に一度改定が行われており、平成21年3月に現行の特別支援 学校幼稚部教育要領・特別支援学校小学部・中学部学習指導要領・特別支援学校高等部学習指導要領が文部科学省より告示された。今回の改定で4つほどポイントがあるが、その中の一つに「一人一人に応じた指導の充実」が挙げられる。ここでは、「一人一人の実態に応じた指導を充実するため、すべての幼児児童生徒に「個別の指導計画」を作成することを義務付け」「学校、医療、福祉、労働等の関係機関が連携し、一人一人のニーズに応じた支援を行うため、すべての幼児児童生徒に「個別の教育支援計画」を作成する」こととなっているので、特別支援学校や通常学校で特別支援教育を進めるためには、関係者の協力が欠かせなくなってきている。  それでは、この学習指導要領に示されている、視覚障害者を教育する教育課程を編成するうえでの配慮点に沿って、視覚障害教育でのアプローチのポイントをまとめる。 ポイント1 的確な概念の形成と言葉の活用 ポイント2 点字等の読み書きの指導 ポイント3 指導内容の精選等 ポイント4 コンピュータ等の活用 ポイント5 見通しをもった学習活動の展開 4 視覚障害教育での携帯端末の活用 (1)ATとは  AT(Assistive Technology)は,米国の法律「障害をもつ人のためのテクノロジーに関連した支援法」(Technology- Related Assistance for Individuals with Disabilities Act,通称:Tech Act)(1988年成立)で以下の通り定義されている。  Tech Actは,Assistive Technology DevicesとAssistive Technology Servicesに対する人々の意識と利用の推進を図るものである。この法律は,障害者のAT利用を推進し,他の人々や地域での公平な競争の場において,教育・就労・日々の生活において完全な参加を実現しようとしている。この法律は全ての年齢,全ての障害種,全ての環境(早期・学齢・義務教育修了・職業リハビリテーション・地域生活・老年サービス)の障害者を対象としている。 (2)携帯端末の活用の実際  携帯端末は,これまでのパソコンと比較すると可搬性,即時性,直接性,直感性が高く,これまでの視覚補助具と比較すると一般的で機能拡張性が高い点で,今までのパソコンや視覚補助具では満たされなかったニーズをカバーできる可能性を持っている。視覚障害教育では,教育活動への導入が提案され,効果がみられている。氏間(2014)は,視覚補助具の活用の段階として,「1 見て,気付き」「2 見る楽しさを知り」「3 見ようとする気持ちを見出し」「4 よりよく見ようとする態度を醸成する」を提案している。 「1 見て,気づく」段階:より見やすい環境下で,視覚の存在を自覚する段階。より見やすい環境を整備し,私たちが見ているものと同じ「見える」を子どもにも経験させ,それを共有することを主目的とした段階。例えば,ブロックを触りながら見て行う型はめ,暗室での光遊び,視認性の高いベルに見て気づき振って鳴らす活動,拡大文字の絵本等で文字の存在に気付き文字を意識していく等々,様々な感覚も併用しつつ,「見て,気づく」活動を展開する。ここでの携帯端末の活用は,視覚刺激の提示や画面にタッチするとリアクションがある機能などを利用したアプリが挙げられる。 「2 見る楽しさを知る」段階:魅力的に感じる拡大法を利用して楽しみながら視覚を活用する段階。例えば,iPadで身の回りのモノを大きくして見る〔電子的拡大〕,ポンと置けば拡大されるスタンプ型拡大鏡を用いて身の回りのモノを大きくして見る(相対距離拡大),単眼鏡(双眼鏡でも可)など身の回りの光学機器で遠くの景色を見る(角度拡大),畳より大きく地図を拡大して見やすい地図上で地図学習を楽しむ(相対サイズ拡大),羞明を訴える場合はタイポスコープやオーバーレイで絵本を読む,コントラストの高い絵本や,輪郭を強調した絵本を利用する(網膜像のコントラスト増強)など,見ることの楽しさを知るための活動を展開する。携帯端末の活用としては,カメラによる拡大や間違い探しやモグラ叩きゲームなどを挙げることができる。 「3 見ようとする気持ちを見出す」段階:視覚活用をより効率化するための視覚補助具の利用技術を熟達させる段階。拡大鏡・単眼鏡・拡大読書器・携帯端末など,どれか,またはいくつかの視覚補助具を使いこなし,使いこなすことで,より見える事を経験させ,さらに努力して使用技術を向上させ,見ようとする気持ちを見出す活動を行う。見る楽しさを十分に味わい,見ることの意義を実感している場合は,トレーニング的なアプローチも有効である。携帯端末の活用としては,カメラのより効率的な活用法の習得,画像処理や編集,画像活用を挙げることができる。 「4 よりよく見ようとする態度を醸成する」段階:目的に応じた補助具の選択と未熟達技術を獲得する段階。不慣れだったり,人前での利用を恥ずかしいと思っていた視覚補助具であっても,目的に応じてよりよい道具を選択して,よりよく見ようとする態度へと進化していく段階である。第3段階までが十分に経験できていることで,例えば,iPadのカメラアプリで電車の電光掲示板を映して見たとき,問題なく画面に表示させるものと,そうではないものがあるといったように,今まで利用していた道具の短所についても自覚がある。さらに見ることの意義も十分に理解されているため,第4段階の態度の醸成は無理なく実施できる。この段階で携帯端末を手にする視覚障害者は,それまで光学的視覚補助具など携帯端末以外の視覚補助具を中心に利用していたことになる。つまり,光学的視覚補助具の限界を補う経験をさせることが重要となる。例えば,画像を,記録に残す,記録に残して大きくする,コントラストを調整する,動画にして低速再生する,様々なアプリの活用をするなどが考えられる。 5 終わりに  ロービジョンケアも視覚障害教育も,視覚障害からもたらされる影響を十分に把握し,「見る」ことだけの改善を目指すのではなく,「見る」ことで人生をどのように設計していくのかといった,人間・人生そのものを共有しながら進めていくことが大切であると考えています。各立場の専門家がそのイメージを共有しながら,連携していけたらと考えています。 引用・関連文献 北野琢磨・氏間和仁 (2015) 視覚特別支援学校における3年間のタブレット端末の活用状況. 弱視教育, 53(3), 6-16. 松下萌・北野琢磨・佐々木良治・氏間和仁 (2014) 弱視教育における電子教材の作成と実践例. 弱視教育, 52(2), 19-26. 落石美菜子・氏間和仁 (2015) 弱視者における視覚補助具の使用について. 弱視教育, 53(1), 1-9. 小倉正幸・山本一寿・中野泰志・相羽大輔・氏間和仁 (2014) タブレット情報端末を用いた弱姿勢との指導実践報告-拡大教科書として・学習支援機器として-. 弱視教育, 52, 2, 1-6. 佐藤泰正 (1988, 視覚障害心理学, 学芸図書. 氏間和仁・木内良明 (2012) 弱視教育における携帯端末の活用に関する基礎的研究-EVESとしての活用のための基礎的研究-. 弱視教育, 50, 1, 8-12. 氏間和仁 (2014) 弱視教育におけるタブレットPCの活用のと基本的な考え方と活用事例. 弱視教育, 52(3), 21-33. 氏間和仁 (2015) 小学校におけるタブレットPCの活用の効果-弱視特別支援学級のA児の指導過程を通して-. 弱視教育, 53(2), 1-11.