点字はフランスのルイ・ブライユが1825年に考案して、やがて175年を経て21世紀を迎えよ うとしている。日本の仮名に対応した点字は、石川倉次が1890年に考案して、やがて110年を 迎えようとしている。この間、世界中の各種言語の読み書きの手段として、視覚に重度の障害 のある人々に多大な貢献を与えてきた。
ルイ・ブライユの考案当初から、自分で容易に書け、指先で比較的に速く読める事など、点 字の効率性については高く評価されてきた。しかしながら、普通の文字との表現上共通性がな いため、文字としての市民権が得られにくく、「文字の代用品」あるいは「盲人のための特殊 な文字」として扱われることが多かった。
ところが、近年パソコンをはじめとする情報処理技術の発展に伴い、点字から普通の文字へ あるいは普通の文字から点字へと相互変換できるようになった。そこで、自然 言語や数理言語の共通コードとして、電子化コードがあり、そ れを媒介として、視覚用の白黒または色彩パターンの普通の文字表現、触覚用の点字表現、 聴覚用の音声表現などを、必要に応じて選択しながら、言語によるコミュニケーションがユニ バーサルに可能となった。
日本の点字の表記法を考える場合も、このようなユニバーサルな共通コードを意識しなが ら、普通の文字との相互変換が可能なものとなる必要がある。
一方、視覚で読みとる普通の文字表現の場合、同時に5文字以上あれば、読みの速度があ まり落ちないといわれているように、同時に多くの文字を1視野内にイメージとして映し出し ながら、注視点を移動させて速く読みとっていくことができる。また、「ななめ読み」や「とば し読み」なども可能である。
それに対して、点字を触読する場合は、指先に入ってくる縦3点ずつの刺激を、継時的に組 み合わせながら、階層的にまとめあげて読みとる必要がある。そのため、文の単位による分か ち書きと、自立語内部の語の構成要素による「切れ続き」が句読法と共に大きな役割を占め る事になる。
点字触読の指導法を考える場合も、継時的な階層構造である言語体系としての点字の凸面 を、両手の指先で巧みに速く読めるようにする学習プログラムを開発することが必要である。
最近盲学校でも点字使用者が減少しているが、安易に音声に頼るだけではなく、学習や思 考の手段としても、さらに、点字使用者相互はもとよりのこと、普通の文字を使用する人との パソコンなどによる相互変換を通してのコミュニケーションの手段としても重要であるので、 教員自身が正しい点字表記法を習得し、豊富な教材を提供すると共に、効果的な点字触読の指 導を充分に行うことが必要とされている。
最近高齢の中途視覚障害者が増加している。なかでも糖尿病性網膜症の場合は、触覚鈍麻や 麻痺が併発しやすいので、点字触読の指導が極めて困難になっている。そこで、1マスの点字 と次のマスの点字とのマス間や行間を広げることによって、初心者には読み易い教材を作るこ とができることがわかった。また、点字自体の1マスの点の直径や点間の間隔を広げることに よって、糖尿病性網膜症による中途視覚障害者も、点字触読の指導をうけることが可能となる ことがわかった。そこで、点の大きさや点間・マス間・行間を個人差に応じて評価し、個人差 に応じて最適な教材を作成することが必要になることが明確となった。
本報告書は、以上のような観点に立って、永年の点字研究の成果を含めて、点字表記法、点 字指導法、点字のサイズの評価法や教材の作成法、点字情報処理、点字の歴史と展望を総合的 にまとめ上げたものである。
国立特殊教育総合研究所
木塚 泰弘